二章 死体は戸棚にしまいましょう 3—4
猛が口をひらく。
「自殺じゃないと、お二人は考えるわけですね?」
「警察も、よく調べなかったらしいしさ」
「ほんまのとこは、わかれへんけど」
「あたしはケンさんと立やん、どっちが犯人でも、おかしくないと思うな。浮気を知られたら、美里なら、とりあえず立やんと別れると思う。それで、ケンさんに泣き落とし? そこで、カッとなって、立やんが殺したか。でも、その場をしのいだら、けっきょく、元サヤで、立やんとこに戻ると思う。で、ケンさんが、カッとなったか」
「うーん。悪女! 魔性の女だ」
と言う僕を見て、二人が、くすくす笑ったのは、なんだったのか。
「そうでもないよね。あれで、いいとこもあった。きさくで、さばけてて、あねご肌っていうか。少なくとも女友達にウソはつかない」
「うち、ようトロトロしとったから、手伝ってもろた。課題制作とか」
「男気あったよね」
男気? 女の人なのに? よくわからん。
しかし、ひとつだけ、わかったことがある。二人が笑ってたのは、僕のウナギを猛がチョロまかしてたからだ。話が一段落して、さあ食べようと見ると、重箱からウナギが一枚、消えていた。いつのまに……。
「兄ちゃん! お客さんの前で、よく、そんなことできるよね。返せよォ。僕のウナギ」
「ウナギはとっても、おまえの彼女は、とらないよ(ウソばっかり!)」
あははっと女の人たちに笑われた。
「仲いいよねえ。ザ・兄弟って感じ。いいなあ。でも、あの子たち、せっかく一対だったのに、離ればなれになったゃったね」
あの子? ああ、僕らの人形のことか。
猛ドールは殺人現場にあったので、警察に証拠品として持っていかれた。そのうち返してもらえるらしい。
僕の人形は、あいかわらず行方不明。うちには、蘭さんの人形だけが、さみしくテレビ台にすわってる。
「ところで、お二人が美里さんの死について、ほかにご存じないなら、今度は阿久津さんのことを話してもらえますか?」
僕のウナギ、とったくせに、すました顔で猛はたずねる。
もう、バカ。猛のバカ。
泣く泣く、むなしくタレのついた白飯をほおばる僕の前で、話は続く。
僕はもう死んでも重箱をはなさない。
「響子か」
「下の名前は、きょうこさんですか」
「たしか、実家は鹿児島か、そこらへん。おばあちゃんがオランダ人だとか、お父さんがアメリカ人だとか。なんか、そんなん」
「グローバルなんですね」
「だから目鼻立ちがハデで、スラッと背が高くて」
「宝塚の男役みたいな?」
今井さんは苦笑した。
「美人は美人だったよ。男にはモテなかったけど」
「なぜですか?」
「だって、蘭さんより、背、高かったよ」
蘭さんは白玉をつるんと赤い唇で包みこみながら、しかめっつら。
こういう、なんでもない表情が、すごくエロく見えるからなあ。
「僕、これでも標準なんですけどね」
さよう。僕と同じ、百七十センチ弱。
「うん。だから、男子には敬遠されるっしょ? それで性格がね。男っぽければ、さっそうとして、カッコイイ女だったんだろうけど。響子はちょっと、しつこいっていうか。あれよね。響子と美里は、性格、反対なら、よかったんだよね。見ためと中身が違うから、二人とも男どもに誤解されたんだよね」
なるほど。そういうことか。やっと、ちょっと、わかってきたぞ。
こがらで女らしい女性が内面も女らしく、大きくて男っぽい女性が男勝りとは、かぎらない。
女性的に見える蘭さんが、じつは、けっこう暴れん坊なのと同じか。
「ふうん。蛭間さんは、ぜんぜんタイプの違う人を好きになったんですねえ」
ハッ。いかん。食べるのに専念しようと思うのに。恋バナになると、つい口が……。
「それはね。響子のねばり勝ち。あの子、学生のころから、すごかったんだよォ。ケンさん一筋でさあ。最初は響子、うちのグループじゃなかったんだよね。なんか、ケンさんに、ひとめぼれだったみたい。で、いつのまにか内輪に入ってたっていうか」
「うんうん。そうやった」
「ケンさんが美里にコクって、ふられたとき、たぶん、響子も一回、こくってるよね」
「うん。うちらには、ナイショにしとったけど」
「それで、ふられて。でも、あきらめてなかったんだ。美里のこと、ひがんでたねえ。グループにいたかったから、だまってたんだと思うけど。あれは本心、美里のこと憎んでた」
「うん。うちら三人のとき、ようグチっとったねえ」
陰気でグチっぽい宝塚の男役か……それは、たしかに、ひくかな。
「そっか。それで、美里さんが亡くなったあと、阿久津さんは献身的に蛭間さんを支えたんだ」
「そりゃもう、チャンス到来!——だもんね。響子にとっちゃ」
「毎週、毎週、よう続くな、思うとったら、やっぱりムリしとったんやねえ」
「男に尽くす根性だけは、みあげたもんだったよね。死んじゃったら元も子もないけど」
恋バナ終わり。猛にバトンタッチ。
「阿久津さんの事故については、警察も不審をいだいてたみたいですね」
「でも、確証がとれなかったみたい。なんていうの? かぎりなく黒に近いグレー?」
「つまり、事故ではないものを感じつつ、殺人とも言いきれなかったと」
「そんな感じかな」
「物証が集まらなかったんだろうな」
ひとりごとのように、つぶやいてから、猛は続ける。
「お二人は当時、阿久津さんから相談を受けましたか?」
二人は首をふった。
「響子は隠しごと多かった。あたしらと友達になりたいっていうより、ケンさんに近づく目的だったんだし」
「どっちかっていうと、美里より響子のほうが自殺しそうなタイプやんなあ」
「まあ、念願のケンさん、ゲットしたんだから、自殺するわけないけどね」
「でも、あのころ、ちょっと響子、暗くなかった?」
「うーん、そう言われれば、そうかな。もっとウキウキしてるはずだよねえ。本来なら」
ついに猛は、にぎりこぶしをつくった。なんか、ひらめいたかな?
やがて、ふたたび、口をひらく。
「ところで、蛭間さんの人形のことなんですけど」
「うん」
「谷口さんと阿久津さんのほかに、モデルになって亡くなったかたをご存じですか?」
今井さんが答える。
「あたしは知らないなあ。あれは、たまたまでしょ? だって、モデルになっても死んでない人のほうが多いし」
「海外の人は、そうらしいですね」
「あたしや優羽だって、モデルになったよ。大学時代は、けっこう、いろんな人、モデルにしてた」
「そうなんですか」
だが、ずっと考えこんでいた藤江さんは、首をかしげた。
「……はっきりとは言えへんけど」
「なにか知ってるんですか?」
「うちは高校もケンちゃんと同じやってんな。ほんで、小耳に挟んだことが……」
「なんです?」
「ケンちゃんのお姉さん、子どものころ、亡くならはって」
子どものころなら関係ないんじゃ?
僕は重箱と格闘しながら、話だけは聞きもらすまいと耳をかたむける。
「蛭間さん。お姉さんもいたんですね」と、猛。
「小学のころに、亡くならはったらしいえ。それが……ここだけにしといてや」
藤江さんは声をひそめた。
「ケンちゃん。お姉さんの棺おけに、お人形、入れてあげはったんやって。誕生日にプレゼントした、手作りの」
まさか……家族は死なないんじゃなかったのか?
にわかに僕は、ゾッとした。
やはり、たましいを吸いとるっていうウワサは、真実なんだろうか?
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