第144話 伝言

「くそっ……。神の奴め。一体どう言う事なんだよ!!」


 俺は暗闇の中、全速力で走っている。

 コウメは数分前に引き離しちまった。

 付いて来るなって言ったのに『絶対付いて行くのだ!』とか言って無理矢理ついて来たんだよな。

 こんな真っ暗な山の中、一人置いていくのは心配では有るが今の俺にはそれが些細な事に思えちまう。

 まぁ、俺の行き先はコウメも分かっているし、なにしろ勇者だ。

 危険な目に遭うと言う事もあるまい。

 それに先輩が言うには以前この道には人迷いの結界とか言う物が張られていたらしいが、今はもう存在しないだろう。

 二十四年経って多少荒れているが、かつて人が通った山道の名残は其処彼処に見受けられる。

 それどころか明らかに多少以上の人の手が入っている所さえ有あった。

 先程通り過ぎた道端に転がっていた倒木は、その状態から推測するに元々山道を塞いでいた物の様だ。

 だとしたら俺が目指す先はほぼ一本道。

 コウメも迷うこたねぇだろ。

 第二覚醒を果たした俺の脚力は以前と比べものならねぇ。

 体力さえもこんな真夜中の山道を駆け上がっても息一つ切れてねぇや。


「あと少し……。あそこの坂を上り切ったら……」


 そう、あの向こうに……。




        ◇◆◇




「ふぅ、やっと信じてくれたか。まぁ、さっきから言っている様に色々と忙しいから今んところ誰とも結婚する気はねぇんだ。そんな物は全部終わらねぇと考えられねぇんだよ」


 コウメのいつも通りな戯言に端を発した壮絶なる誤解については、説明の甲斐も有って何とか納得してくれる事となった。

 本人に聞かれたら否定するだろうから、町長に『こいつの親父と俺がそっくりらしくて、父性の欲求と恋愛を勘違いしてんだ』と、こっそり耳打ちをして皆に広めて貰ったんだがな。

 ついでにレイチェルに関しても『俺が死んだと思って、俺に似てる奴と結婚した』と、少々俺としても複雑な事情を話したのが功を奏したようだ。

 その事情を話した後、町長は優しい目で俺を見ながら肩を叩いて来た。

 おそらく慰めてくれたんだろうな。

 思わず涙が出そうになっちまうぜ。


 まぁ、闘技場で姫さんにが言っていた一夫多妻に関してコウメの知識ではあまり分かっていなかったようで、『皆と一緒に結婚するのだ!』とか言い振らされなくて良かった。

 王侯貴族は普通か知らねぇけど、少なくとも庶民の間では重婚なんて制度は一般的ではねぇしよ。

 そりゃ大富豪とかなら無い訳じゃねぇんだろうが、折角の歓迎ムードが台無しになっちまう。

 腕に巻かれた『還願の守り』の数だけでも既に独身の奴らから羨ましがられてる状況だし、全員から結婚申し込まれてるなんてのがバレたら……恐ろしいわ!


 いや、全員と結婚なんてしねぇけどな。

 あんな一人でも濃い奴らを纏めてなんて絶対死ぬ。

 と言うか、俺なんてのは身体は人間じゃねぇかもしれねぇが、中身は一般人なんだよ。

 元よりそんな甲斐性が有る分けねぇし、皆素敵な女性達だと思う。

 誰か一人と付き合うのでも勿体無ぇのに、全員となんて烏滸がましいんだ。


 あっ、嬢ちゃんだけは俺に結婚申し込んできた訳じゃねぇんだったか。

 なんか生前味わった事のねぇ甘酸っぱい青春の匂いがする純粋な想いって奴だったな。

 おじさん年甲斐も無くキュンと来ちまったぜ。

 と、感慨深くあの騒がしいギルドからの逃亡劇の際の真っ赤に頬を染めた嬢ちゃんの顔を思い出していると、急にコウメが「あっ!」とか言い出した。

 その声に皆が注目する。

 うん、嫌な予感しかしねぇぞ。


「そうだ! 結婚するのは僕だけじゃ「わぁーーーわぁーーー!!」むぐぐぐ」


 ふぅ、間一髪口を塞ぐ事に成功したぜ。

 気付かれてないよな? 辺りの様子を窺ったが、皆急に大声上げてコウメの口を塞いだ俺に驚いちゃいるが、コウメが言おうとした事までは分かっていねぇみたいだ。

 コウメの奴この土壇場で思い出しやがって危ねぇ危ねぇ。


 まぁこれ以上絵面的におっさんが幼女を後ろから抱きかかえて口を塞いでるって言う犯罪臭が半端ねぇ姿を見られるのも何なので話を逸らすとするか。

 何かネタはねぇかな?

 ……あっ。

 そう言えば守護者って奴の正体を聞けてねぇじゃねぇか。

 丁度いい、皆の意識も変わるだろうぜ。


「もうこの話題は良いじゃねぇか。それより守護者って奴の正体を教えてくれ。あの日俺以外に村から出掛けた奴は居なかった筈だ。そりゃ俺が出発した後に出たってんなら別だが、それにしても今になるまで現れなかったってのも解せねぇ。さっき町長がそいつは俺が来るのを待っているとも言ってたが、一体誰なんだ?」


 話を逸らす為、俺は出来るだけ大きな声で周囲の皆に畳みかける様に問い掛ける。

 話を変えるには周りの奴ら全員の意識を逸らす必要が有るからな。

 だから特定の誰かじゃなくて、不特定の誰かに対して質問したんだ。

 案の定、皆が騒めき出した。

 意識は完全に守護者の正体を俺に教えようとする方向に向いている。

 ただ、何故か皆いい笑顔してやがるんだが、なんだって言うんだ?


「そうだね、では教えようか。キミも驚くと思うよ」


 結局町長が代表して教えてくれるらしい。

 町長のこの言葉で皆が静まりワクワクとした目で俺の事を見詰めている。

 なんなんだろうな、この雰囲気。

 俺の故郷なんて全部神が作った偽物なのに、その生き残りとか居もしねぇ奴の事を知っても俺は驚かねぇよ。

 取りあえずその嘘吐き野郎の正体を突き止めて何を企んでるか知りてぇだけだ。

 今のところはこの町に迷惑は掛けてねぇ様だが、この先分からんからな。

 まぁ、ただの正義の味方ならこのまま町の守護者としていて貰いてぇとは思うがよ。


「その方は、なんと! キ「ちょっと待ちなよ。それはあたしに言わせて貰えないかい」


 町長がその正体を言い掛けたその時、それを遮るように誰かが大声を上げる。

 その声がする方に顔を向けたが人混みの中でよく分からねぇ。

 いい所で邪魔しやがって、俺は別に誰に教えられようと構わねぇんだけどな。

 しかし一体誰だ? いや、この声は確か……。

 俺が人混みの中の声の主を確かめるべく爪先立ちをして首を伸ばして覗き込んでいると、それに気付いた周りの奴らは、さぁっと広がり声の主から離れる。

 そこに姿を現したのは見知った人影だった。


「ん? 婆さんじゃねぇか。一体どうしたってんだよ」


 声の主は俺の言葉の通り薬屋の婆さんだ。

 婆さんは少し拗ねた様な顔をしている。


「どうしたもこうしたもないよ。守護者様の正体はあたしに言わせておくれ」


「はぁ?」


 あぁそう言えば、元々この婆さんから守護者が村の生き残りだって事を聞いたんだったっけ。

 その時も正体を言おうとした所で邪魔が入ったんだったな。

 今度は婆さんが自身が邪魔をするのかよ。


「町長、あたしに言わせてくれないかい? 親友の息子にはあたしから伝えたいんだよ」


 婆さんの言葉にドクンと心臓が跳ねた。

 おいおい、なんだその思わせ振りな言い方はよ。

 親友の息子とか今関係有るのかよ。

 有ったらなんだってんだよ。


 …………有る訳ねぇよ。

 あの幻覚は……ただの……そうそれこそただの幻だ……。


 俺の脳裏に神に見せられた故郷の風景が浮かんで来た。

 そして、そこに居たのは……。



「いいかい、よくお聞き。守護者ってのはね。あたしの親友の夫であんたの父親。剣王カイルスその人さ」


 ドクンッ


「そ、そんな……」


 ドクンッ


 俺は婆さんの言葉を茫然自失とした顔で聞いていた。

 心臓がバクバクと音を立ててやがる。

 頭の中が真っ白だ。


「う、嘘だろ? と、父さんな訳ねぇよ……」


「信じられないのも無理はないねぇ。あたし達だって死んだと思ってたんだから」


 周囲の顔を見る。

 何処にも婆さんの言葉を否定する顔は無かった。

 何人かは頷いてやがる。

 本当だって言うのか?


 偽物じゃなかったとしても、まだ別の村人なら可能性は有った。

 たまたまそこに住んでいた普通の人間を、造られた記憶に当て嵌めたって言い訳出来る。

 小さな山奥の村にしちゃ住んでる奴らが四十人くらい居たからよ。

 全員分の歴史差し込むより実際に居た奴の記憶弄る方が楽だろ。

 実際に居たと言う存在証明が説得力を持つからな。


 だが、俺の両親ってのは話が違う。


 造られた俺の記憶の中の両親が居ちゃいけねぇだろ。

 ガイアは実在しねぇって言ってたじゃねぇか。

 なんで居るんだよ! 居る訳ねぇんだよ!


 だってよ……、俺の両親が実在していたとすると……。

 ……俺のこの想いってのはなんなんだよ……。


 両親の事が大好きだったと言う俺の記憶。

 実在しねぇ相手なら全て幻で納得出来たんだ。

 もし実在したってんなら俺の想いだけが偽物だったってのか?


 ……会わなきゃ。

 会って確かめなくちゃ。

 俺が来るのを待ってたってんなら!


「な、なぁ、さっき町長が言っていた事は本当か? 父さんは俺を待つ為に村に残ってるって話だったよな?」


「あぁ、そうだよ。『息子は必ずこの町に戻って来る。だから俺はここで待つのさ』と言ってね」


「と、父さんがそんな事を言ったのか?」


 嘘だろ? 記憶の中の父さんって殆ど喋らなかったぞ?

 話し掛けても相槌程度で二言以上の会話文を聞いた覚えが無いんだが?

 それに『~さ』なんてさわやかな語尾を言うなんて想像出来ねぇ。

 俺は自分の記憶と婆さんが語る父さんの言葉のギャップに混乱した。

 周りの奴らも父さんが言った言葉について特に疑問を感じていないようだ。

 彼らの知る剣王とは、そう言う性格なのだろう。

 と言う事は、やはり……俺の記憶だけが偽物なのか。


「あぁ、もう一つあんたに伝言が有るよ。この町にあんたが来たら伝えてくれと言われてたんだ」


「え? 伝言? そ、それは?」


 実在する剣王父さんは俺を待っていると言う。

 少なくとも俺の存在を知っていると言う事だ。

 それは俺を息子としてなのか、それとも神からのメッセンジャーとしての役割を果たす為なのか……。


「それはね、『今までお前の側で守ってやれなくて済まなかった』だよ」


 ドクンッ


 俺はその言葉を聞いた俺の身体は飛び跳ねたように走り出していた。

 どこへって? そりゃ決まってるだろ!


 少し離れた場所で皆が俺を取り囲むように集まっているが、今の俺の脚力じゃ人混みなんて関係無い。

 脚に力を込めりゃ一っ飛びだ。

 突然宙を舞った俺に驚きの声が上がる。

 驚かせて悪いが、ぶつかって大怪我するよりゃマシだろう。

 いや、今の俺がぶつかりゃ大抵の人間は死んじまうか。


「先生! どこ行くのだーーー!」


 後ろからコウメの声がする。

 空中でチラッと振り返ると、コウメが人込みを掻き分けて俺の後を付いて来ようとしているようだ。


「決まってるだろ! 俺の村だよ! と言うか、お前は町に残ってろ!」


 俺はそれだけ言うとまた前を向き、その目線の先にある目的の場所に向かって意識を集中させた。

 後ろから「絶対付いて行くのだ!」とか言ってるが、今の俺にはお前に構っている余裕がねぇ。


「父さん! なんだよ! なんなんだよ! なんで今になって……」


 婆さんが語った父さんの伝言。

 その言葉が俺の頭の中に木霊した。

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