第128話 故郷へ……?

「じゃあコウメ。精霊を纏え」


 皆との別れを終えた俺は、コウメに出発の合図をした。


「分かったのだ! この世界に宿りし数多の精霊たちよ……」


 それを受けてコウメは元気良く憑霊の呪文を唱え始める。

 それと共にコウメの周りに光の玉が集まり身体が光り出した。

 どうやら準備完了のようだ。

 俺はコウメの手をしっかりと握りしめる。

 なに俺も手に同じ精霊を纏ったからよ。

 あの時みてぇにビリビリはしねぇさ。

 勿論もう一方の手には纏ってねぇぞ。

 そっちはトカゲの入った籠を持ってるからな。

 そうじゃないと実験前にトカゲを殺しちまう。


「あ~。コウメ。試しにお前が転送の呪文を唱えてくれねぇか? 行き先は『フェルモントの近く』。あぁ『私』じゃなくて『私達』な。下手すりゃお前だけ行っちまう可能性も有るからよ」


「ん? 僕が唱えるのか? 分かったのだ。え~と『この世に満ちる精霊の架け橋……』」


 コウメは俺の言葉に素直に従って今度は転送の呪文を唱え出した。

 コウメに唱えさせたのは、皆の前であの恥ずかしい呪文を唱えて笑われたくねぇからだ。

 王城での時と違って、今度はバルトの近衛騎士やジョン達も居るからな。

 『私を連れてって!』なんて言葉、アラフォーのおっさんが言っていい言葉じゃねぇよ。

 だから言っても『可愛いな』で済ます事の出来るコウメに譲ったって訳だ。


 そして問題の転送場所はフェルモントの町の近郊。

 そう偶然にもアメリア王国内の『城食いの魔蛇』の出現箇所は、俺がこの世界に初めて降り立った町であるフェルモント近郊だ。

 距離的に王都に近い場所は国境を越えた周辺国にも有ったんだが、あっちの大陸の現在の状況が分からねぇ。

 出来るだけメイガスに会うまではあまり国境の関所なんて通りたくねぇから、少し遠いがフェルモントを選ぶ事にした。

 なにしろ元々故郷に帰って、幻影で見た父さんが真実なのかを確かめねぇとって思っていたし、俺としても好都合だ。

 ……これも神の計画って可能性も否定出来ねぇけどな。

 なんにせよ、こちらの利害と一致してるから利用させてもらうぜ。


「……いざ参らん。私達をフェルモント近くへ連れてって!」


 丁度コウメが呪文を唱え終えたようだ。

 どうだ? 何か変化は……。


「先生。何も起きないのだ」


「う~ん、その様だな~」


 コウメの言う通り、呪文を唱えたが何も起こる気配はない。

 魔力の高まりも何も感じなかった。

 『私』を『私達』にってのは絵本の中でも出て来たセリフだ。

 呪文が違うからって線はないだろう。

 もしや『世界の穴』説が間違ってたのか? それとも……。



「やっぱりお前じゃないとダメなんじゃねぇか?」


 俺達の様子を見ていた先輩が魔法陣の外からそう声を掛けてくる。

 ……ちっ、やっぱりそうか。

 絵本に出て来た『旅する猫』だけが使えた『世界の穴』。

 考えるまでも無く『旅する猫』はやはり俺を示してたんだな。

 神の奴はどうしてもあの恥ずかしい呪文を言わせたいって言うのかよ。


 ……いや、まだ手は有るはず。

 無詠唱はどうだ?

 他の呪文は口に出さなくても俺なら全て発動出来る。

 ならばこの呪文も……。


 『この世に満ちる精霊の架け橋。彼の地はこの地に。この地は彼の地に。いざ参らん。私達をフェルモントの近くへ連れてって!』


「……ダメか」


 魔力マシマシで唱えてみたが周囲に変化はない。


「おい、ショウタ。恥ずかしがらず早く唱えてみろって。プーークスクス」


「こら、先輩笑うなって。なっ! 他の奴らまで!!」


 俺が呪文を唱えるのを恥ずかしがっているのに気付いた先輩がそう茶化すと、他の奴らまで笑いを堪えだした。

 そらそうだ、この大陸の奴らは大抵この呪文を知ってるんだからな。

 俺みたいなおっさんが『私を連れてって』なんて似合わねぇと思ってるんだろう。

 俺だって思ってるから言いたくねぇんだよ。

 くそ~、どうすればいいんだ?


 ……そうだ、重要なのは行き先を指定する事だ。

 ならば……。


「この世に満ちる精霊の架け橋。彼の地はこの地に。この地は彼の地に。……」


 俺が呪文を唱え出した途端、周囲からどよめきが起こった。

 なに、とうとう俺が恥ずかしい言葉を言う覚悟を決めたって事に対してじゃねぇ。

 俺の周囲に起こった事象に対してだ。

 要するに俺の推測が当たったって事。

 いや、一つ外れた事が有るな。

 俺を中心に光が広がり絵本通りの魔法陣が浮かび上がる。

 あぁ、ジョン達が描いた魔法陣がって事じゃねぇよ。

 呪文を唱えたら勝手に俺を中心として浮かび上がりやがった。

 だからジョン達が描いた魔法陣と位置が少しずれている。

 魔法陣はジョン達が描いた魔法陣より大きいようで、元の魔法陣スレスレの位置に立っていた奴らが慌てて新しい魔法陣の外に逃げ出した。

 一つ外れたってのは魔法陣を描く必要は無かったって事だ。


 これで『世界の穴』を開くには三つのキーが必要になる事が分かった。

 一つは『城食いの魔蛇』の出現場所。

 もう一つは、呪文。

 そして最後は俺だ。


 なるほどな。

 こりゃ過去に俺の推測と同じ考えの奴が居たとしても、『世界の穴』が本当に有ったなんて事は分からなかった筈だ。

 俺じゃないと使えないんだからよ。

 だが、これなら大丈夫そうだ。


「いざ参らん……。俺達をフェルモント近くへ連れて行きやがれ!」


 ふっ、最後だけ恥ずかしくないように改変させて貰ったぜ。

 ここまでの魔力の昂りだ。

 これでも発動に問題は無いだろう……あれ?


「おいおいショウタ。なに勝手に呪文を変えてるんだ。そんなに恥ずかしがるなって。プッ、プププ」


 と、先輩が言う通り、良い感じで昂ぶっていた周辺の魔力は元より、浮かび上がっていた魔法陣まですっかりと消えちまった。


 ………ち~ん。


 くっそ~! 最後の言葉までしっかり術式に組み込まれてるのかよ!

 神の奴め! 会ったら絶対に殴ってやる!


「くそ! わーったよ! 言ってやるよ! この世に満ちる精霊の架け橋。彼の地はこの地に。この地は彼の地に。いざ参らん。……」


 あ~恥ずかしいぜ。

 けど再び浮かびやがって来た魔法陣と周囲の魔力の昂り。

 どうやら正解の様だな。


 神の策略による俺への辱めって奴はよ。


 こんな事なら黙って俺一人でこっそり来りゃ良かったぜ。

 ふぅ~文句ばかり言っても始まらねぇか。

 仕方ねぇ、覚悟を決めるとするぜ。

 どうせ一瞬後には俺はアメリア王国で帰るのは数週間は後になる筈だ。

 その頃には皆忘れてるだろ。

 よし! やってやるぜ! ちくしょーめ!


「私達をフェルモント近くへ連れてって!」


 俺は呪文を唱えた終えた。

 皆の目が笑っていやがる。

 あ~ここにレイチェルが居なくて良かったぜ。

 あいつなら帰った時も絶対弄り倒してくるだろうしな。


 辱めを受けちまったが、今度は魔法陣も周囲の魔力も消えていねぇ。

 それどころか強く激しく魔力の渦が高まっていっている。

 まるで際限が無いようだ。

 その状況に、俺の呪文を笑っていた皆の顔が驚愕に染まって固まっていた。

 おいおい、そんな近くに居たら危ねぇぞ?


「おい! お前ら! 巻き込まれるかもしれねぇからもっと離れとけ!」


 俺の言葉で皆はビクンと身体を振るわせた。

 どうやら放心していたようだ。

 今ので我に返ったってところか?。

 う~ん、どうやら魔力酔いしていたみてぇだな。

 この魔法陣の中より外への放出の方が強いようだ。

 空間に作用しているって事かね。 


「は、はい! では先生! それにコウメちゃんも気を付けて!」

「ショウタ! 絶対帰って来いよ」

「我が弟よ。死ぬのは許さないぞ。我と冒険に行く約束を守るのだぞ!」

「ソォータ殿。勇者様をお守りください」


 我に帰った皆は慌てて魔法陣から逃げ出し始めた。

 そして一人一人俺に声を掛けて来る。


「あぁ! 行ってくる! じゃあな! いざ故郷へ出発だ!!」

「行ってくるのだ! お母さんによろしくなのだ!」


 俺達はその言葉を最後にこの世界から消えた。

 消えたって言うか、落ちたってのが正しいな。

 なるほど、これが『世界の穴』って奴か。


「うわぁぁぁーー落ちるーーーー!!」

「ひゃぁぁ落っこちてるのだーーーー!!」


 俺達は行き先の知れねぇフリーフォールに為す術も無く悲鳴を上げるだけだった。




        ◇◆◇




「うわぁぁぁぁ! いつまで落ちんだよこれーーーー!」


 転送の呪文で落下する俺達は目を瞑ってただ叫ぶだけしか出来ねぇ。

 男なら分かる股間がヒュッとなるあの嫌な感覚。

 苦手だぜ。


「って、え? アレ?」


 と、いつ終わるとも知れない恐怖を叫んだのも束の間、特に衝撃も無くいつの間にか地面に足が着いている事に気が付いた。

 それと同時に落下する嫌な感覚も消えている。


 も、もしかして、もう目的地に着いたのか?

 あ、あははは、ほ、本当にあっと言う間だな。

 うん、俺はなんとも無かったぜ。

 叫んだのはアレだ。

 そう言う振りって奴だ、うん。


 と強がりを言いつつ、俺はゆっくりと目を開けた。

 するとそこに広がっていたのは……。


「さぁ麗しき我が故郷!! なぁ~んてな……ってなんじゃこりゃぁーーー!!」


 俺は目の前に広がっている光景が理解出来ず思わず叫んでしまった。

 目を開けたらてっきりフェルモントの町が目に入ってくると思っていた。

 しかし、そこに広がっていたのは一面の夜空。

 いや、別に時差でこの大陸が夜だったって意味じゃねぇ。

 目の前に広がっている星々の大海は、なにも天にだけ輝いているんじゃなく、俺の前後左右そして上下にまで及んでいる。

 そう俺は今、宇宙の真っ只中に居た。


 一瞬本当に宇宙空間にスッ飛ばされたのかと思ったが、俺の両足は目に見えない地面の上にしっかり立っているし、何より息が出来るんだからここは宇宙空間そのものじゃないんだろう。

 まるで故郷の幻覚を見せられた時みてぇだが、あの時と決定的に違う事がある。


「自由に歩ける……。視覚だけの幻覚って訳じゃ無ぇって事か?」


 試しに数歩歩いてみたが、あの時のように身体が動かない訳じゃなかった。

 目線も歩く動きに合わせてちゃんと移動する。

 俺は暫し現状を忘れ、目の前に広がる宇宙に目を奪われた。

 およそ地上から見る満点の星空なんて目じゃねぇや。

 そこには天体写真で見たような銀河系の姿が肉眼ではっきり見える。

 あっちに見えるモワモワってした光の帯は星雲って奴か?

 本当に綺麗だ……。


「あ、アレ? そう言えばコウメは? それにトカゲの籠も無ぇぞ」


 今頃になって両手が何も握っていない事に気付いた俺は慌ててコウメの姿を探した。

 しかし、どこにもその姿は見えない。


「おいコウメーー! 何処だーーー! 何処に居るーーー!」


 いくら叫んでも声は木霊する事無く掻き消えて行く。

 どうやら音が届かねぇくらい広いか、もしくは元の世界の音楽室みてぇに遮音壁……いや反響が無いのはおかしい。

 テレビで見た無響室って奴かもしれねぇ。

 あまりに声が通り過ぎるんで耳がおかしくなってくるぜ。


「おーい、コウメ~! 返事しろーーー!」


 反響が無くても声は届くはず。

 逆に反響せずに綺麗なまま遠くまで聞こえるだろう。

 そう思い俺は声の限り叫んだ。

 しかし、誰からの返答も無い。


「くそっ! コウメとはぐれちまったってのか? しっかり握ってたのに……なんで?」


 俺は消えたコウメの事が心配で鼓動が激しくなる。

 転送途中の事故なんてどんな目に合うか分からない。

 壁の中に飛んじまったり、それこそ目の前に広がる宇宙空間を漂っているかもしれねぇじゃねぇか!


 くそっ! やはり俺だけで来るべきだった。

 そうしたらコウメを巻き込んじまう事なんて無かったんだ。

 後悔が次から次と俺の胸を締め付ける。


「くそっ! くそーーー! ここは何処なんだ!!」


 俺は大声で叫ぶ。

 しかし、その問い掛けに誰も返答は……。



《おや〜? この場所を覚えていないのかい~~?》


 その時、突然声が聞こえて来た。

 それも耳じゃない脳内にだ。

 な、なんだこの声……?

 耳に纏わりつくようなとてもいやらしい声だ。

 ここの事を覚えていないだと? どう言う意味だ?

 俺はここに来たことが有るってのか?


《あぁごめんごめん。真っ白だったね。うんうん、そうだったそうだった》


 いや、ちょっと待て、前回は真っ白だった……だと?

 真っ白……? ここも……知っている……?


 そうだ……俺はここを知っている。

 いや、厳密にはこの声の言う通り、ここじゃねぇ気もするが。

 混乱してたから分からなかったが、この空気……。

 女神が降臨してきたよりも、もっと濃密で……。


 そ、そんなまさか……?

 そして、こいつは……?


「お前は神かっ!」


 考えられる可能性が脳裏に浮かんだ途端、弾かれた様に俺は叫んだ。

 そうだ思い出した。

 ここは神と初めて出会った神界ってやつだ。


《ヒヒヒヒヒ。そうさ。神だよ》


 声はそう答えた。

 やはり神……いや、違う。

 この声はじゃない!


「お前はガイアじゃねぇな! 一体誰だ!」


《あぁ、そうか。君にとっては僕は初対面って事になるんだね。いや失敬失敬。いつもから知り合いの気分でいたよ》


 元々いやらしい声が更にいやらしさを増した。

 背筋がゾワゾワしやがる。

 嫌悪感が半端ねぇぞ。


《ヒヒヒヒヒ。嫌悪感って酷いじゃないか~。それに一度僕の声を聞いた事あるだろ~? つれないな~》


 くそ! ガイアと同じで脳内を読んでやがるのか。

 しかし、一度声を聞いた事が有るだと?

 神の声なんて二十四年間一度も聞いて無ぇぞ?

 何処だ? 何処で聞いた?


 ん? ……そう言えば、その『ヒヒヒ』って気持ち悪い笑い声。

 確かに聞いた事が有るぞ?

 あれは確か……?


《思い出したかな? ヒヒヒヒ。そうだよ、キミが封印の祭壇を鑑定した時に僕が直々に答えてあげたんだ》


「な、なんだと? あれはお前だったって言うのか? おい! 一体誰なんだよお前は!」


 考えを読んでいる相手なんで叫ばなくていい筈なのに、俺は激情に任せて声の限りに叫んだ。


《ヒヒヒヒヒ。では改めて自己紹介をしようか。君にとっては初めましてだね~。僕の名前は……》


 脳内の声は信じられない名前を俺に告げた。

 その名前は……。


《ロキって言うのさ》


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る