第97話 罪悪感
「先生!! なに馬鹿な事を言っているんですか!!」
ダイスの声が浴場に響き渡る。
先程まで俺達の事をヒソヒソと囁き合っていた周囲の奴等も黙り、周囲に静寂が訪れた。
『馬鹿な事を』ってどう言う意味だ?
俺ならヒドラなんざサクッと倒せる事はお前も知っているだろうに。
「先生は間違っている!」
「間違ってるってお前……」
「はい。それを言うなら俺だって、まさかショーンさんが死ぬなんて思わなかったから、後から合流しようと別の依頼を優先して見殺しにしてしまった。他の冒険者だってそうです。色々な理由で間に合わなかった。皆その事を今でも悔いています。だから先生一人の所為だなんて言わないで下さい! あなたが特別だからと言って全て背負う必要な無いんですよ」
ダイスが俺の目を見てそう言った。
その言葉はコウメの父親の死を知ってから、ずっと俺の心の中で軋む様な痛みを発していた罪悪感を拭い去る。
……しかし、その言い方はどうなんだ?
周囲から『あなたが特別だって?』とか『やっぱり痴話喧嘩?』と言う声が聞こえる。
だから違うって!
いや、今は取りあえず置いておこう。
「ダ、ダイス……。すまねぇ」
「良いんです。こちらこそいきなり叩いてすみませんでした。しかも生意気な事を言ってしまって」
「いや、そんな事は気にするな。ここ最近色々と有ったもんでよ。ほっぽらかしたままの過去のあれこれで少しばかり心の整理が付かなくてな。ちょっと弱気になっちまっていたぜ。しかし、生徒に教えられるとは俺もまだまだだな」
元より出来た人間だった訳じゃねぇんだから、『まだまだ』なんてのはダイスに失礼か。
ただ冷めた心で人生斜に構えて上から目線で喋ってただけだ。
教える知識にしても記憶の中の母さんを通した
ダイスの方がずっと立派な奴だぜ。
「本当に最近色々有りましたからね~。先程も言いましたが、一人で抱え込まないで下さい。そりゃ俺達なんてどこまで力になれるか。それどころか足手纏いにすらなるかもしれません。けど、先生の力になりたいと思っている人は沢山居るんですよ。微力ですが少しぐらいなら先生を助ける力になれると思います。もっと俺達の事を手足の様に使ってください。役に立てると思います」
ダイス……。
頼りないなんて事はねぇよ。
ここ最近の様々な出来事で感じたのは、皆の想いだ。
死を前にして諦めそうになった時、今まで出会った人達との繋がりで命を繋ぎとめる事が出来たんだ。
皆のお陰だぜ。
……ただ、言い方!
周囲から、『俺達を使うだって?』とか『役に立つって何に?』とか『そりゃ
「だから違うっての!
さすがにこのまま噂になっちまうと、折角築いた皆との信頼関係が崩壊するわ!!
逆にそれで近付いて来る奴は絶対
周囲の声に耐え切れず、遠くで取り囲んでいる入浴客達に向かって思わず叫んでしまった。
「え? え? 先生どうしたんですか? いきなり。びっくりするじゃないですか」
突然叫んだ俺に驚いたダイスがキョトンと首を傾げている。
ダメだ、そろそろ現実から目を背けずにちゃんとこいつの口から真相を聞き出さねぇと。
しかも誤解を解く為に皆の前でだ! せめて俺だけはノーマルって事をな!
「あのよ、ダイス。ちょっと聞きたいんだが……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アーーハッハッハッ。何言ってるんですか、先生。俺がホモなんて事有る訳無いじゃないですか~。酷いなぁ~」
ダイスに恐る恐るホモかどうか尋ねると、笑いながらそう言った。
周囲の人々も『おっ違うのか?』とか『ちっ残念』とか言う声が聞えて来る。
……『残念』ってなんだよ。
しかし、違うのか? 俺の勘違いだったのか?
いやいや、まだ安心出来ねぇ。
「だってお前、浮いた話無ぇじゃねぇか。パーティーに若い女性二人も居るのに付き合ってる訳じゃねぇんだろ?」
俺の言葉に苦笑するダイス。
誤魔化す為に慌てて言い訳するかと思ったら、なんか『やれやれ』みたいな余裕の態度。
本当にホモじゃないのか?
「浮いた話が無いのは仕方有りませんよ。だって俺、国に婚約者いますもん。噂なんて立ったらその人を悲しませる事になるじゃないですか。それに俺も婚約者以外の女性に興味無いですし」
「なっ! なんだってぇっ!」
初耳だ! 国に婚約者? どう言う事だ……って、いやこいつは王族だったな。
居てもおかしくないのか?
周囲から『え? あの英雄に許嫁がいただって?』とか『ホモ疑惑よりトップニュースだぞ! 明日の朝刊の一面はこれだ!』とか色々聞えて来る。
ゲッ! 新聞記者が混じってやがる!
なんかインタビューしたそうにうずうずしているな。
ヤバかったぜ、このまま疑惑を晴らさなければホモカップルとして新聞に載るところだった。
それにしても他の女性に興味無いって、こいつ無茶苦茶一途なんだな。
「驚き過ぎですよ。言わなかったのは悪いですけど、先生ってそう言う話嫌いそうでしたし」
まぁ、それは確かに。
レイチェルのトラウマ以降、女性の事をそう言う対象で見る事は出来なかったし避けていた。
だから、そんな話題自体話す事も無ければ、聞いたりする事だってしなかったんだよな。
「一時は先生がホモじゃないかって話も出たくらいなんですよ」
その言葉に、沈静化に向かっていた周囲が騒めく。
「ブゥゥゥーーッ!! ゲホッゲホッ! な、なんだそりゃ! ち、違うぞ! 俺はノーマルだっての」
何とんでもない事を言いやがる。
周囲の今し方までダイスに向けられていた疑惑眼差しが、一斉に俺に向けられる。
「ハハハハ。分かっていますって。最近色々女性と浮名を流していますしね。けど、アンリちゃんを泣かせちゃダメですよ」
「な、な、なんだよ浮名って! 俺はただ単に巻き込まれてるだけだ。それになんで嬢ちゃんの名前が出て来るんだよ」
「あれ? ……あぁ、すみません。いやてっきり。そのお守りで勘違いしてました。なんでもないですよ気にしないで下さい。先走って俺が喋ってしまう所でした。ハハハハ」
内緒の話を喋っちまったみてぇな顔をしてダイスが誤魔化している。
どう言う事なんだ?
まぁ、良いか。
嬢ちゃんを泣かせる気は更々無ぇしな。
「んじゃ、お前もノーマルで良いんだな?」
「当たり前ですよ。先日国に帰った際に彼女とデートもしましたし。とってもいい子なんですよ。昔俺が悪ガキで周囲から疎まれてた頃も彼女だけは味方になってくれていましたし、実家を武者修行と言う名目で勘当された時でさえ、愛想を尽かさずにきっと立派になって帰って来てくれると、ずっと待ってくれていたんですよ」
「お、おう。なるほどそりゃいい子だな」
なんかトロトロの顔してやがる。
こんなダイスの顔は初めて見たぜ。
もしかすると、その子はダイスの素質を見抜いていたのかも知れねぇな。
周囲の新聞記者?達も、今の言葉にどよめき立っている。
女神降臨で影に隠れた感のある新英雄任命だが、火山の噴火に『城喰いの魔蛇』の出現と言った人々の心を恐怖のどん底に叩き落す大事件によって、最近逆に注目度が上がって来ている。
暗い話題を吹き飛ばしたいと思ってるんだろう。
ダイスの奴は自らの出自を偽っていた所為で、冒険者として名を上げだした当初は謎の大型新人って触れ込みで世間を賑わわせていたからな。
そんな神秘のヴェールに包まれていたプライベートの情報が、今まさに本人の口からポロポロと飛び出して来たってんだから、新聞記者にとっては垂涎ものだろう。
いつの間にかペンと手帳を持って来て書き込んでる奴も居るな。
湿度でべちゃべちゃにならねぇもんなのかね?
そんな事より、ダイスの奴はこんなに国の事を皆の前で喋って大丈夫なのか?
肝心な事は言っていねぇが、俺の様に犯罪者ってのを隠す訳じゃねぇにしても国の事は周りには内緒にしてたのによ。
「……後ですね。実は俺のパーティーの皆って俺の国から派遣された騎士達なんですよ。所謂お目付け役です」ボソッ。
ダイスが周囲に聞こえない様にボソッと呟いた。
お目付け役? しかも奴等がダイスの国の騎士だって?
……あ~なるほど、勘当同然で放り出された問題児だもんな。
外で悪さを仕出かして国の名を汚す事を恐れた国王が監視する為に騎士を派遣したって事か。
言われるとしっくりくる。
余所からの移籍組って事で俺の生徒じゃねぇから良くは知らなかったが、冒険者にしちゃ少々上品だし、元はどこかの没落貴族か何かと思っていたが、現役の騎士だったって事か。
ビジネスライクなのも納得だ。
本当に上司と部下の関係って事だしな。
「なるほどなぁ~。けど、今のお前にはお目付なんて要らねぇだろ。パーティーの奴等も早く国に帰って騎士団に戻りてぇんじゃねぇのか?」
「いや、それなんですけどね。今のままでも騎士団としての給料は出るし、自由気ままな冒険者生活の方が楽しいって言って帰ろうとしないんですよね」
「あ~朱に交わればって奴か。それに今の立派なお前と一緒に居る方が、王族に付き従う騎士としての矜持が満たされるってのも有るだろうしな」
先日聞いたダイスの兄弟の話を聞く限り、ちょっと驕り高ぶって嫌な奴等っぽいしダイスと居た方がそりゃ楽しいだろう。
酒場でもよく他のギルドの奴等とご機嫌に酒飲んでるしな。
「じゃあ、なんで俺と風呂入るのにそんなにはしゃいでたんだよ。俺かなりの恐怖を感じてたんだぞ」
「それは、誰かと一緒に風呂に入るって言うのでテンション上がってしまったんですよ。小さい頃に読んだ冒険活劇の本に主人公が仲間と一緒に銭湯に入るって場面が有ったんです。お湯を掛け合ったり湯船で泳いだり、背中の流し合いっこしたり。そう言うのに憧れてたんですよね~。さすがに大人なんでお湯を掛けたりとか泳ぐなんてのは他のお客さんの迷惑になるからやりませんけど」
「いやいや、風呂ならお前んところのパーティーの奴等と入ったら良いじゃねぇか」
「それがですね、彼等は曲がりなりにも部下でしょう? 背中流すって言うと断られるんですよ」
「あ~まぁそれが普通か。どこの世界に王族に背中流して貰う騎士が居るって話だよな。じゃあ、他にも冒険者の知り合いは居るだろ? グレンとかカイとも仲良いだろ?」
「う~ん、そうなんですが、彼等は年下ですしね~。それにやっぱり~」
年下は嫌なのか?
なら別にギルドにはダイスより年上の冒険者も居るんだけどな。
それより気になるのが『それにやっぱり~』って言いながら少し照れて頬をポリポリと掻いているのはなんでなんだぜ?
「なんだよそれ? 他に何か有るのか?」
「それに……やっぱり初めては、尊敬する先生の背中を流したいじゃないですか~」
「ブフォォォォォーーーーー!!」
いやいやいやいや! 頬染めて『初めて』とか言うな!
やっぱりこいつって……?
俺の心にそこはかとない不安が渦巻く。
「お、おいダイス? 違うよな?」
「え? 違うって? あぁ、当り前じゃないですか~。俺はノーマルですよ~」
本当かよ……。
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