第96話 男湯
「先生! ここ良い所でしょ!」
ダイスの野郎が俺の背中をゴシゴシと洗いながら嬉しそうに話し掛けて来る。
「お、おう……」
確かに悪くはねぇ。
この世界にこんな温浴施設があるなんて知らなかったぜ。
そりゃ、温泉を名物にしている観光地は在ることは在るが、まるで元の世界のでかいスーパー銭湯みてぇな、こんな娯楽施設は初めてだ。
大小色々な湯船に、打たせ湯、電気風呂、ジャグジーに子供用の滑り台まで有りやがる。
と、まぁ様々な魔道具テンコ盛りと言った、ここだけ中世と言う設定を忘れちまったかの様な豪華さだ。
神の奴等がここに遊びに来てるとかねぇだろうな?
キョロキョロ。
う~ん、それらしい気を持っている奴等は見受けられねぇな。
最初は一国の王都だからと思ったが、少なくともアメリア王国にはこんな温浴施設は無かった。
まぁ、フォローじゃ無ぇが、アメリア王都はすぐ近くに封印の土地が有ったんだから、観光目的な娯楽施設なんてのは作ってる場合じゃなかったんだろう。
てな感じにこの施設自体にはツッコミ所は多々有るのだが、何故俺の返事があまり冴えないかと言うと……。
「いや~、先生の背中を流せるなんて嬉しいですね!」
結構客は居やがるのに、何故か俺達の周囲には謎の空白地帯が出来てやがる。
いや、何故でもねぇし謎でもねぇよな。
男湯で男が満面の笑みを浮かべて男の背中を流すそんな絵面。
そんなん近寄りたくねぇよ!
俺がそんな場面に遭遇したらダッシュで出口に出て行くわ。
勿論、警備員呼びにな。
……違うよな?
「先生って、結構体細いのに何処にあんな力が有るんですかねぇ?」
「き、鍛え方が違うんだよ」
何か背筋やら肩やらを摩りながらそんな事を言って来る。
時折、ギュッと二の腕辺りを掴んできやがる。
その触り方止めろ。
周囲の空気が更に凍り付くのと、その中で一部熱を持った目でこちらを見て来る奴も現れやがった。
……勘弁してくれ。
何か言葉にするのが怖すぎて、あえて為すがままにされているのだが、一体いつからなんだ?
なにがかって?
そりゃ決まっているじゃねぇか、いつから俺を
『最初から』とか言われたら……、ゾゾゾォォ~。
違うと言ってくれ。
「おや? そのお守りは……。誰に貰ったんですか?」
ふとダイスが俺の腕に巻き付けてある嬢ちゃんのお守りに気付いて声を掛けて来た。
「ん? あぁ、嬢ちゃんに貰ったんだよ。旅の安全を祈るお守りらしいな」
「おぉ、そうですか。とうとう……。」
俺の言葉にダイスがお守りを見てにやにやと含み笑いをしている。
『とうとう』ってなんだ?
なんか感慨深いって感じだし。
良く分かんねぇな。
「よし、じゃぁ次は前を洗いましょうか~」
「いやいやいや! 前は止めろって!」
急に話が変わったかと思うと、飛んでもねぇ事を言って来やがった。
何キョトンとしてやがる!
男同士で前を洗うなんて公衆の面前ではアウト過ぎるだろ!
……面前じゃなくてもアウトだがな。
マジなのか? やっぱりこいつそうなのか?
ひねたガキの頃は兎も角、今のダイスは金髪碧眼で容姿端麗、そしていつもニコニコと人当たりが良く、決める時は決めるって言う正統派イケメンだ。
そんな趣味に走る要素が微塵も無いんだが……。
いや、そう言やこいつ浮いた話一つ有りゃしねぇよな。
同じパーティーに女性二人居るが、別にどっちと付き合ってる訳じゃねぇって言っていたし、その言葉の通りその二人の態度も仲間のクセにどこかよそよそしい感じがする。
いや、仲が悪いとかって事も無ぇし、ダイスの言葉を素直に聞いたりしているんで、その言い方はおかしいんだがなんだろうな?
たまにダイスに敬語使ってたりするし、ビジネスライクな付き合いって事かもしれねぇな。
Aランクパーティーってな、そう言うもんかもしれねぇな。
けど、どっちかと言うとパーティーの男性メンバーとは比較的仲が良い様な気がする……。
ややや、やっぱり?
いやいや、まだ結論付けるのは早い。
俺の勘違いの可能性は十分考慮する余地が有る筈だ。
女の噂、女の噂~?
他に女って言うと……、あっ!
そう言えば、コウメって確か最初ダイスの事が好きで付き纏っていたって話だよな。
なんせ俺見た瞬間に、自分の心の中からダイスが消えそうになったって理由でキレていたし。
……今はどうなんだ?
コウメの奴、冒険中ずっと俺にベタベタしていたし、王都に先に帰るように言った時も、俺と離れたくねぇってグズって大変だった。
ありゃ、ただ単に俺の中に父の面影を見てるって感じじゃなかったよな?
最初の頃こそダイスから
なんだかあいつに懐かれるのは悪い気はしねぇんだよな、ダイスはあんなに嫌がっていたがよ。
もしかして、もしかして?
寝取っ……ては居ねぇよ? 俺としては父親代わりって言うマインドだし?
何より年齢が下過ぎる。
そんな対象で見れ無ぇし、コウメが大きくなって適齢期になった頃にゃ俺はジジィだしよ。
だが、もし、もしもだぞ? 考えたくないがダイスの守備範囲がロリだったら?
嫌がっていたのは世間体を気にしていただけのポジショントークで、隙有らば狙っていたとしたら?
もしそうならば全ての辻褄が合うぞ? 同年代の女性は興味が無いから浮いた話が無ぇって事も、俺の背中を急に流すって言い出しやがったと言うのも。
コウメが俺にベッタリになっちまったもんだから、ダイスは俺が取ったと思って復讐しようとしてるんじゃねぇのか?
俺と男風呂でベタベタとする事によって、俺にまでホモと言うレッテルを貼らせて、俺の周りから女性を排除しようと企んでいるとか。
そんな悪評もこいつに取ったらそれも良いカモフラージュだ。
なんたって、女に興味が無いと周囲が思ってくれていたら警戒が薄まるしな。
って、全然辻褄も合ってねぇし、こいつがそんな奴じゃないってのは分かっている。
ただの現実逃避だ。
分からねぇのは良い笑顔で俺の前に回り込もうとしているこいつの心境だな。
これホモ確定なのか?
取りあえず、まぁコウメの事は謝っておこうか。
ロリコンじゃなくとも、慕ってくれている子が離れて行くってのはそれなりにショックだろうし、何より話し掛ける事によって意識をそちらに逸らせるしな。
俺は半身状態でダイスに声を掛ける。
「お、おい、ダイス」
「ん? なんです? 先生」
おっ、予想通り喰らい付いて来たな。
動きを止めたぞ。
「あ~、そのなんだ。コウメの事なんだが……」
「あっ、そう言えば言おうと思ってたんですよ。やっぱりコウメと先生って気が合いましたね」
ん? あれ? 思ってた反応と違うぞ?
なんか『ほら~言った通りでしょ?』みてぇなドヤ顔してるんだが。
「え? まぁ、結構気は合う感じなんだが、それよりどうだ? お前の事を今でも追い掛け回したりしてるのか? もう王都で会ったんだろ?」
「えぇ、もうすっかり仲が良いようですね。最初再会した時は俺の所にも寄って来ませんし、先生の事も口を噤んで喋らない。そこでピンと来たんですよ。これは先生の力の事を知っていて、しかも先生の事が好きなんだなって」
「いや、好きって言っても俺に父親像を重ねてるみたいだったぞ?」
「ははははは。コウメはまだ小さいですからね。好きって言う事が良く分かっていないみたいですよ。俺の事も最初の頃お父さんに似ているって言って来ましたし」
「あっ、そうなの?」
ちょっとショックだな。
ダイスにも『お父さんと似ている』と言っていたのか。
俺だけなのかと思っていた……。
「あ~、でも確かに先生は本当にショーンさんに似てるかもしれませんね」
「ショーン……? それがコウメの父親の名前なのか? 隣の国の英雄とか言う」
名前は知らなかったな。
興味が無かった……と言うより、あの頃は街の外で有名人と知り合いになりたくなかったし、そいつが死んだと言う速報を聞いた時でさえ、心が揺らぐ事は無かった。
「ショーンさんとは何度か一緒に旅した事が有るんですよ。先生程じゃなかったけどとても強い人でした。……先生と会って頂きたかったなぁ。あの頃の先生なら絶対会わなかったでしょうけどね」
「……あぁ、なんかすまん。実は俺もあの時現場に向かおうとしていたんだよ。だが、あの頃の俺は人生が惰性で消費しているだけだった。誰かを救うって事が億劫でな。その気ならコウメの父親が死ぬ前に間に合う事だって出来たんだ。俺が怠けた所為で殺しちまった様なもんなんだ」
バッシーーン!!
「痛ぇっ!!」
俺が神に懺悔をする様に、ダイスにそう告白すると突然ダイスは俺の背中を強く叩く。
周囲に炸裂音の様な平手打ちの音が響き渡った。
周りの奴等が『喧嘩か?』とか『しかも痴話喧嘩?』とか言う話し声が聞こえる。
痴話喧嘩じゃねぇよ!!
痛いとは言ったが、反射的なもんだ。
音に比例する程は痛くねぇ。
正直嬢ちゃんの拳骨の方が痛いだろう。
ただ、今の平手は心の奥を直接叩かれた様な錯覚を起こした。
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