第65話 原初の力
「ロキねぇ? 一体いつそんなホラを吹き込まれたんだ?」
俺はいまだ目の前で傷口を押さえて蹲っている、クァチル……名前なんだったっけ? まぁ、名前なんてどうでも良い、取りあえずこのミイラ野郎を煽ってやる事にした。
さっきの言葉はまるでロキと直接会った事が有るみてぇな口振りだ。
折角女媧と違って喋れる魔族に会えたんだ。
誰も聞いていないってのにペラペラと一人で喋るような奴だし、あまり長い時間見ときてぇ面じゃねぇが、この際だから知ってる事を吐いてもらおうか。
「ホラだと? ロキ様が嘘なんか仰る筈が無いだろう! 五百年前は
……思った通りベラベラとよく喋る野郎だぜ。
しかし、喋った内容自体は思った以上に色々とブッ込んで来やがったな。
ツッコミ所が多過ぎて、どれから手を付けて良いのやら。
全てにツッコンでいたら多重ブーストの効果が切れちまう。
それにそれら全部作られた記憶って事も有り得るし、問い質して真実を得られる保証も無ぇな。
まぁ、どれも神達が好きそうな中二病ワードのテンコ盛りなんで、全部本当って事を有るかも知れ無ぇ。
ただ一つ確実に言えるのは、やはりこいつは正式な『2nd』じゃなかったって事だ。
少なくとも後ろから五番以内の敵だったんだろう。
まぁ、時間もやべぇし、こいつからの情報はこれ位で良いか。
「なにそんな古臭い情報でイキってやがるんだ? 時代は日々進歩して行ってるんだよ」
と言っても、正直な所女媧モドキの時の経験が有ったお陰だけどな。
もしかすると、俺に多重ブーストを教えたあの声は、今回の事を知っていたから急遽教えたのかもしれねぇな。
本来は正規の順番でこいつと当たる前の魔族との戦いで目覚めるみてぇな展開だったんじゃねぇのか?
神の奴等め、適当に期限付きの予言なんかした所為で、フラグ管理が滅茶苦茶だぜ。
「クソッ! 数多の魔族を倒し力を得たと言う訳かっ! よくもロキ様に作られた同胞達を! 善神共の手先め!」
ん? こいつどうやら自分が何番目と言うのは分かってねぇみたいだな。
それよりも、魔族達にそんな仲間意識が有る事にビックリだぜ。
「何を勘違いしてるか知らんが、お前は二番目だ」
「へっ?」
自分が二番目の相手と言うのにショックを受けているようだ。
ただでさえ丸く開いた虚空の目がなのだが、俺の言葉に更に目を丸くし、しかも呆然と口をぽかんと開けるものだから、まるでハニワの様になっている。
プライドだけは高そうだし自分が二番目の相手って言うのが認められないんだろうな。
「だから、悪いがお前は二番目だ。時を止められた時はビビッたが、まぁこれに関しても事前に神のお告げって奴でしっかり予習済みだ。けどよ、正直女媧の方が周りを巻き込む分、まだ厄介な相手だったぜ」
「神からのお告げだと? ば、馬鹿な、善神共めそこまでして我を滅ぼしたいのか!! それに我があの出来損ない以下だとーーー!! 許せぬ! その発言!」
同胞意識は何処へやら、女媧と比べられた事に激しい怒りを顕にしたクチャり歌う……えーっと、もうミイラ野郎で統一しよう。
「どれだけ怒ろうが、お前の能力が効かない以上、お前は俺に勝てねぇよ」
ミイラ野郎は俺の言葉に悔しそうな顔をしたが、すぐに何かを思い出したのか口に嫌らしい笑みを浮かべ出した。
とうとう観念したのかと思ったがそうじゃないらしい。
「ハーッハッハッハ! 我の力は時間を止めるだけに非ず、真の力は我に触れるモノ全てを時の歯車から外し、因果の形骸となる楔を外し塵芥へと還す事!」
何っ? そう言や不意打ちで剣が急に腐食していったが、その能力の所為なのか。
確かにあれは厄介だな。
致命傷を与える前に武器を消されちゃ倒すのに骨が折れる。
しかも、こいつ回復力は異常だ。
血が止まっている所を見ると先程の傷がもう塞がって来てやがると言う事か。
武器が無理なら魔法でサクッと倒すか……。
「フフフフッ。我には魔法も一切効かんぞ? 我の力は魔法さえその形を失い、魔素に還るのだからな」
……説明ありがとよ。
しかし、それは不味いな。
こいつを倒すにはどうすりゃ良い?
俺の手持ちはもうナイフ一本だし、これで殺し切るのはちょいと足りねぇな。
物理で殴り倒すにしても、触れると塵になる力は本当に俺に効かないという保証は無ぇだろう。
時が止まるにしても俺に効いたし、試すにしたら少しばかりリスクが高過ぎる。
どうしたものか……。
あっ良いこと思いついた。
「
俺はミイラ野郎の顔の周りに真空のフィールドを作った。
これは俺のオリジナル魔法で、元は周囲の空気に指向性を与えて、風を起こすだけって言う初歩の魔法だ。
それをある一点から全方位に向けてみたらどうなるか? なんて思い付きで実験してみたら出来た、と言うか出来てしまったと言うべきか。
恐らく俺以外の奴は真空になる前に魔力が空気圧に負けて弾けちまうだろう。
余りに凶悪な魔法なのだが、射程は短いわ、発動中は常に魔力をコントロールしなきゃいけないわ、とデメリットはそれなりに有るので使い勝手は非常に悪いのが玉に瑕だ。
生物に対して使うのは気が引けるが、魔族相手なら別に良いか。
奴に座標を固定したら解除されるかもしれねぇが、奴の顔の周囲の空間を指定すりゃ関係無ねぇ筈だ。
そして案の定、ミイラ野郎は急に空気が無くなった事に苦しみ出した。
魔族でも空気が無いのは堪えるようだな。
こいつの時間を止める能力にヒントを得て試したが、やはり本人に対して間接的に影響が出るような物までは防ぎ様が無ぇって事か。
これに関しては肝に命ぇじとかねぇと。
何かしらの対抗手段を持って無ぇと、俺でさえコロッと逝っちまう可能性が有るからな。
さて、ミイラ野郎。
普通の生物なら数分も持たねぇが、魔族ならどうだ?
そのフィールドから逃げようとしても、何処までも追尾してやるぜ。
「なっ!」
俺が勝ち誇った顔で蹲っている奴を見下ろしていると、何を思ったか、奴は突然後ろを振り返った。
最後の足掻きで逃げ出すのかと思ったが、次の行動で奴の真意を理解する。
奴は俺とコウメに挟まれる位置に居た。
奴が振り返ったと言う事は、今奴の目の前にはコウメが居るって事だ。
思った通り、奴はコウメに対して手を伸ばして触ろうとしている。
奴の手に触れたら……。
「させるかよっ!!」
慌ててコウメに触れようとしているミイラ野郎の横腹を左足で思いっ切り蹴飛ばすと、『グェ』と言う声と共に吹き飛び、数メートル先の地面に激突した。
それによって集中力が途切れ魔法は消えてしまった。
まぁ、吹っ飛んだ地点は魔法射程範囲外なのでどっちにしても解かざるを得なかったけどな。
それに今は別の理由で魔法の維持は難しくなっている。
吹っ飛んだミイラ野郎だが、感触的には致命傷ではないが、かなりのダメージを与えたと思う。
地面に這い蹲っている奴の口からドス黒い血の様な物を吐き出して苦しがっているのでそれは間違いない。
ただ、今のは殺す気で蹴ったつもりだった、しかし貧弱そうに見えてもさすが魔族と言う事か、奴の回復力じゃそのダメージもすぐに元に戻るだろう。
チッ! しくじったぜ。
「グ、グハッ! ゼェゼェ。お、愚かな奴、我に触れるとは。お前はもうお仕舞いだ。我の力によって塵と化すが良い」
ミイラ野郎が俺を見て笑い出した。
蹴った足を確認すると、奴の言葉通りブーツの当たった場所を中心に風化が始まり、既に小さく穴が開いている。
そして、それは急速に塵となりながら広がり、ズボンをも巻き込み地肌が露出した。
「ハァーハッハ! どうだ塵となる気分は! 我に歯向かった事を後悔するが良い……え? あれ?」
塵となっていくブーツとズボンを見ながら高笑いしていたミイラ野郎だが、次第にその笑い顔が困惑の色に染まりだした。
「ふん、どうやらお前の能力は俺には効かねェみてェだな。俺のブーツとズボンの仇は取らせて貰うぜ」
何とか上着とパンツまでは風化の影響を免れたぜ。
下半身露出はさすがに間抜け過ぎるし、コウメの前では事案確定だ。
とは言え、既に下半身パンツ一丁って時点でアウトだけどな。
着替えが入ったバックパックは休息地点に置いて来たし、このままコウメを連れて戻ったら案内人になんて噂を流されるか考えただけでも恐ろしいぜ。
「ば、馬鹿な! 我の能力が効かないだと……?」
「残念だったな。んじゃさっくりとお前を倒させてもらうか」
俺はゆっくりとミイラ野郎に向かって歩き出す。
そうは言ったものの、
やはり真空の魔法を使うしかねぇかな。
射程まであと少し、しかし、今の俺にコントロール出来るか心配だ。
「そ、そんな……、ロキ様は嘘を仰っていたのか? ん? ……いや、フ……フフ、フフフフ、ハーハッハッハッ! やはり
ミイラ野郎が俺の様子に気付いたようで高笑いをする。
やはり、誤魔化しきれなかったか。
「どうやって進行を止めているかは知らんが、その足を中心に急速にお前の生命力が低下していっているのが分かるぞ! そんな身体でどうやって我と戦うのだ?」
ミイラ野郎の言う通り、俺の左足は今まで感じた事の無ぇ気味の悪い痛みに苛まれている。
そして、奴に気付かれない様にと膨大な魔力によって無詠唱で完全治癒の魔法に転換して発動させていた。
恐らくこれを止めると俺の身体は左足から一気に塵と化して行くだろう事が予想出来る。
先程、魔力コントロールが出来るか心配だった理由がこれだ。
発動し続けなければいけない魔法、しかも両方かなりの魔力をコントロールする必要があると来たら、いくら俺でも奴が死ぬまで維持出来るか自信が無ぇ。
それに、ブーストの加速効果の時間もそろそろ切れる頃だ。
正直言って、今の状況は将棋で言う所の『詰み』って奴かもな。
「ふふふ、我を倒さぬ限り、お前が塵となる運命からはもう逃れる事は出来ない。そしてお前には俺を倒す手段は残されてはいない。どうするつもりだ? 善神の犬よ」
ん? 今こいつ自分から、自分が死んだら能力が解けるって事を言ったのか?
おしゃべり野郎ここに極まれりだな。
一生完全治癒を掛け続ける人生かと嘆いていた所だが、少し希望が出て来たぜ。
「ほう、お前を倒すとこの効果は消えるのか。それは良い事を聞いた」
「あっ、しまった。……い、いや、だからと言って我を倒す手段が無ければ同じ事。良い事を教えてやろう。お前を更なる絶望の淵に叩き込む言葉だがな。いいか、我を倒すには封印と同じく勇者の力が必要なのだ。しかし、勇者はその通り、この逸脱した時の流れの中で動く事は適わない。お前が自身に使った方法を持ってしてもな」
倒すのにも勇者の力が必要だと?
クソッ! あの口伝マジで本当の事言ってやがったのか!
神の奴め! 訳の分からねぇ制限付けやがって。
それに、奴の言った通り多重ブーストをコウメに掛けても、俺の様に動ける保証は無ぇてのも納得だ。
何せ、俺の時と違ってコウメは止まった状態のまま、今も全く動いていねぇ。
と言う事は、幾らブーストを掛けようが時の中で多少動けていた俺と違ってコウメには全く効果が無い可能性の方が高いって事だ。
それ以上に、今のこの状態でコウメに多重ブーストを掛けるのは根本的に不可能だ。
完全治癒を維持しながら連続で異なるブーストを掛けるのは無理が有る。
何よりこいつがそれを黙って見逃してくれるとは思えねぇしな。
これは完全な詰みかもしれねぇ……。
「ハーハッハッハ! その絶望顔が見たかったのだ! もう一度言おう、我を倒すには、魔法も物理も不可能。倒すにはこの世界の始まりから形を変えずに存在する原初の純粋な力! そう勇者が使う光の精霊力による技が必要なのだ!」
「え? 今なんつった?」
ミイラ野郎の口から信じられない言葉が飛び出してきた。
こいつを倒すには、勇者の技が必要だって?
あぁ、信じられないってのは、弱点をそのまま口にした事だ。
「ふん、言った通りだ。原初の力に関しては我の力でも塵に戻す事は出来ない。元からその形で有るかならな。そしてその力を使う勇者のみが我の魔核を滅する事が出来るのだ」
本当に丁寧な説明ありがとうよ。
なるほどな、こいつを倒すにはその魔核とか言う中二病臭い名称のナニかを破壊する必要があるって事か。
そして、通常ならその魔核に到達する前に全ての物が塵に還ると。
唯一勇者の技だけが塵に返せない原初の力を使えるんで倒す事が出来ると。
で、その技ってアレだろ? 魔核と言う名称にも負けずとも劣らない中二病臭いあの『雷光疾風斬』とか言う奴。
はは~ん、あれね、うんうん。
俺は腰からナイフを取り出して構えた。
「お前馬鹿だろ?」
「は? 絶望によってとうとう頭がイカれたか? そんなナイフでどうするつもりだ? もうお前ではどうする事も出来ないのだ! 諦めろ」
「それが、違うんだな。……この世界に宿りし数多の精霊達よ。我の求めに応じ、その大いなる力と共に我に集え」
「なっ……そ、それは……、まさか?」
奴の顔が驚愕の表情に変わった。
俺の詠唱と共に周囲からまばゆい光が身体に集まり、それと共に途轍も無い力が宿ってくるのを感じる。
この力を行使するにはコウメの身体には負担が大きいだろうな。
技の瞬間があんな単調になるのは扱い切れねぇ力によるものだろう。
それに、コウメはあれだけ技に集中していたが、どうやら一度詠唱を終えるとあとは自動的に精霊達が集まって来る仕様になっている様だ。
勿論、それには術者の能力が関係しているんだろう、身体がこの力に耐え得る必要が有るのだろうし、本来精霊が宿る為の魔力の通路だが、事前に身体の中に作っておく手順を加えるだけで、集まるスピードもコウメの時とは段違いに早くなる。
これらは詠唱時に設定するだけなので、完全治癒を掛けながらでも余裕で扱える。
まぁ、なんで俺がこれが使えるかと言うと、実はあの後一人で練習したからだな。
とは言え、精霊が集まって来るのを試しただけで、『雷光疾風斬』とか言うのを使うにゃ場所も相手も無かったので、技自体は今がぶっつけ本番だ。
どんな技かは最後まで見てねぇが、この力の昂りを感じたら大体想像が付く。
それに、集まっている力は既にコウメの時より大きく、これだけの力が有りゃわざわざ直接切り付ける必要も無さそうだ。
これには助かった、さすがに今の俺じゃ飛び掛かる為の力に左足が耐えられそうに無ぇしな。
「残念だったな。この技も既に学習済みだぜ。お前のお喋りには感謝しなくちゃな」
「ば、馬鹿な! なぜお前がその力を使えるのだ!」
「だから言っただろ? 神の使いだってよ」
「ひゃぁぁぁーー、馬鹿な馬鹿な馬鹿な! ひぃぃぃーー」
俺の言葉に奴は、情けない悲鳴を上げながら、まだ回復しきっていない身体を引きずって這うように逃げ出し始めた。
俺は集まった精霊の力を構えたナイフに込める様に握り、ゆっくりと振り被る。
「逃がさねぇよ。喰らえ! ら、雷光疾風斬!」
そして、中二病臭い技名を恥ずかしさに少し頬を染めながら叫び、力の放出をイメージしてナイフを振り下ろした。
それにより、ナイフの剣先から精霊の力が迸り、凄まじい轟音と共に奴目掛けて、稲妻を纏った光の波動が放たれる。
一瞬奴が振り返り、なにやら口をパクパクと動かしていたが、すぐに光の波動に飲み込まれて行く。
恐らく最後の命乞いか、恨み言を言ったんだろうが、轟音にかき消され俺の耳には届く事無くその姿は塵となって崩壊してくのが見えた。
ぶっつけ本番だったのが逆に功を奏したな。
紋章のアドバイスの無い俺じゃあ、力の加減が分からなかった様だ。
もし、これを演習場で使っていたらと思うと肝が冷える。
何故かと言うと俺の目の前には一直線に伸びる、俺の技による傷跡。
樹海を貫き、火山の脇を大きく抉っている、まるでトンネルの様な跡が残っていた。
これより北には海が広がっているので、この技によって人的被害は無い物と思いたい。
「これ、危険すぎるわ。今後は封印だな」
俺は視線の先に有る、奴が居た場所の地面に残った黒いシミとその上にぷかぷかと浮遊しているひび割れた黒い球を見ながらそう呟いた。
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