第60話 受付嬢最強伝説


「うっ、いつつつ。何で僕こんな所で寝てるのだ?」


 目覚めてまだ状況が掴めていない勇者の側まで来て、腰を下ろした。

 さて、まだ俺を見て襲い掛かってくるんだろうか?

 さすがにそうなったら、力を合わすなんてのは無理だな。

 神の言葉か知らんが一人でやらしてもらうぜ。


「おい! 目が覚めたか?」


 バカ勇者は、俺を見るなりまた戦闘体制を取ろうとしたが、先程のダメージが残っている様で、立ち上がろうとしたがすぐに膝を付いた。


「そうか……僕は……負けちゃったのか……」


 負けた事を自覚したバカ勇者は目にいっぱいの涙を浮かべて悔しそうにそう呟いた。

 恐らく負けた経験なんて無いのかもしれない。


「あぁ、途中までは悪くなかったがな。最後の大技。ありゃダメだ。隙が多過ぎる」


まぁ、触れるだけでダメージ受けるとは思わなかったが、それでも多少腕に覚えの有る奴なら見逃す筈が無いだろう。

 従者の治癒師のねぇちゃんが言っていたが、人に向けて使った事が無いんだろうな。


「……。な、なんとなく、そんな気はしていたのだ。けど皆凄い凄いって言ってくれてたし、魔物達も怖がって逃げるだけだったから……」


 そりゃそうだろ。

 俺だってあの技はちょっと格好良いって思ったし、この世界にあんな技が有るなんて知らなかった。

 魔物達にしても、地竜レベルなら兎も角、周辺にいる魔物程度なら、さっきのギルドの奴らみたいに、その力のでかさにビビッて逃げ出しただろうしな。

 あまりの強さに、そんな弱点を指摘してくれる奴なんていなかったんだろう。

 とは言え、この先そんな弱点を許してくれる敵ばかりとは限らない。

 魔族もそうだし、恐怖を抱かないゴーレムなどの魔物や、人間にも悪い奴がいる。

 容赦無く弱点を付いてくる奴等と遭遇する事は幾らでもあるだろう。

 そして、その一度の出会いで、命を落とす事だってこの世界じゃ当たり前の出来事だ。


「まぁ、いい勉強になっただろ?」


 図星を突かれて凹んでいるバカ勇者の頭をぽんぽんと叩きながらそう言った。

 バカ勇者は完全に観念したようで、そんな俺の仕草にも腹を立てる事無くうんうんと頷いていた。

 そろそろ良いか。


「んで、お前転生者か?」


 頭を冷やしたバカ勇者にストレートに聞いてみた。

 神の話し振りでは俺以外の奴を送る気は無さそうだったが、無駄に過ぎ去って行った二十四年の月日の間に気が変わっていてもおかしくないだろう。

 俺以外の奴が来ていても不思議じゃないさ。


「……テンセイシャって、何なのだ?」


 バカ勇者が訳が分からないと言う、間の抜けた顔で首を傾げている。

 やはり、違うのか?

 いや、もしかして『転生』って意味が分かっていないのかも知れねぇな。

 見た目的に小学校三年生位だしな。

 もし、転生者だとしても、言葉自体を知らなければ分かるはずが無いか。


「あぁ! そう言えば、皆から『お前はテンセイの才を持っている』とか言われた事があるぞ。それの事なのか?」


 ……それは天性だな、おしいがテンセイ違いだ。

 う~ん、こいつに言葉の意味を説明するのは難しそうだ。


「あ~、お前は今の記憶の他に、もう一つ世界の記憶を持っているか?」


 俺の様に前世の世界の記憶を持っていたら、それは転生者だろう。


「もう一つ? 良く分からないけど、僕は生まれた時から僕なのだ!」


 バカ勇者は、元気良くそう答えた。

 嘘付いてる顔でもないし、そもそも鑑定結果でも、転生者なんて情報は無かった。

 いや、自分自身を鑑定した事ないから、転生者にそんなドストレートな称号が付くのか知らねぇけどな。


「そうか。んじゃ、なんで俺を見てムカムカしたんだ?」


 落ち着いた今なら、こいつもムカムカの原因の事をちゃんと喋ってくれるだろう。

 今の様子からすると、魔族の様に問答無用の敵と言う訳でも無さそうだ。

 女媧に関しちゃ死に際でも憎悪ビンビンだったし、モドキでさえ女媧から解放されてなお、俺への憎悪は消えていなかった。


「そ、それが分からないのだ。お前の顔を見るまでは、ダイスくんの先生に会えると思って嬉しかったのだ。でもお前のその目を見た途端、急にダイスくんじゃなく、お前の事が頭にいっぱいに広がって来て……」


 ん? どう言う事だ?

 俺が頭にいっぱいに広がった?

 なんか、攻撃目標的なロックオン状態って事か?

 やっぱり俺の事を敵と認識したって事なのか?

 しかし、こんなちっこい奴に『お前』呼びされるのは何か腹が立つな。

 他の呼び方に替えさせるか。

 

「取りあえず、お前は止めろ。俺の事は……そうだな、先生と呼べ」


「うっ、分かったのだ。お前の事を先生と呼ぶのだ」


 負けを認めた途端、えらく素直になりやがったな。

 一体何がこいつの中で起こったんだ?


「それと、お前の名前は?」


「僕の名前? え? 知らないの? 僕勇者だよ? 有名人だよ?」


 ムカッ!


 やっぱりこいつチヤホヤされていい気になってやがるな。


「知らねぇーよ! 一般人の俺に負ける程度の勇者なんてよ」


「うぅっ! ひっく、ひっく。うぇ~ん、うぇ~ん。先生ひどいのだ~」


 いかん、マジ泣きされてしまった。

 ちょっと言い過ぎたか。

 実際は一般人じゃないしな。

 後ろから二人の従者の視線が痛いぜ。

 傍から見たらマジで小さい子を虐めてるおっさんにしか見えないしな。


「おいっ。悪かったって。ちょっと言い過ぎた。ほら、泣き止めって。後でお菓子でも買ってやるから。な? 機嫌直せって」


 自分で言っといてなんだが、凄く事案なセリフだよな。

 と言っても仕方無ぇーだろ、子守なんて嬢ちゃんが小さい頃に数回有るくれぇだし、慣れてないもんでよ。


「……イチゴショートケーキ」


「へ? 今なんて?」


「イチゴショートケーキ!!」


「有るのか! それ?!」


 この世界にイチゴショートケーキが存在していたなんて知らねぇぞ!

 やっぱりこいつ転生者か……?


「ガイドブックに書いてたのだ! この街のロイヤルグランドホテルにあるカフェの人気メニューって! それ食べたいのだ!」


「マジで有るのかよっ!」


 何処だ? その高そうな名前のホテル……って、国王が泊まってたホテルじゃねぇか!

 あそこのカフェって、確か国王と話した後、姫さんに奢ってもらった所だよな。

 隠れて帰ろうとしたら捕まって無理やり連れていかれたんだった。

 チラッと見たメニューに書いていたコースの値段が一食で普段の俺の月収越えてそうな程バカ高かったぞ!

 あまりの恐怖にそれ以上目を向けなかったんだが、イチゴショートケーキなんてのも有ったのか!

 一体それは幾らするんだ?

 ダンス講師の儲けが吹っ飛びそうだな……。


「ちっ、分かった分かった。んで、お前の名前は?」


「やったぁーなのだ! 先生大好き~」


 何が大好きだよ! 調子の良い奴め。

 さっきまで俺を殺す気満々だったくせによ。


「僕の名前はコウメなのだ!」


「コウメ? 小梅?」


 また微妙な名前だな。

 転生者とも取れる響きをしてやがる。

 転生前の事を忘れているだけなのか? それとも転生の仕組みが変わったのか?


「僕の名前、何か変なの?」


 バカ勇者……、コウメが、名前を聞いて考え事をしだした俺の事を心配そうな顔をして見て来る。

 どうも、自分の名前が変だと思われていると勘違いしているようだ。

 何かもう丸っきり普通の子供だなこいつ。


「いや、変じゃないさ。可愛い名前じゃないか」


 俺はそう言って頭を撫でてやった。

 コウメも嬉しそうだ。


「コウメの、お父さんお母さんは元気なのか?」


 神は言っていた。

 転生者の場合魂の総量や因果律とか言う関係で、この世界の人間から生まれて転生する事は出来ないらしい。

 孤児なら、本人が忘れているだけで転生者の可能性は高いだろう。


「お父さんは三年前に死んじゃったのだ……」


 コウメが悲しそうな顔をしてそう呟いた。

 え? 孤児じゃないのか?

 いや、育ての親と言う事も有り得る。

 まぁ、血の繋がりの有る無しで、親しい人と死に分かれる悲しみに、大した違いなんか出ないさ。

 作られた記憶の家族、それに村の人達でさえ、死に別れた悲しみは俺の中では、本当の両親や友人との別れと同じくらいに大きい物となっている。

 父親が死んだ時の事を思い出したのか、また泣きそうになっているコウメの頭を、優しく撫でてやった。

 それだけこいつに取ったら大切な人だったんだろう。


「いいお父さんだったようだな」


「うん、僕に剣を教えてくれたとっても強い戦士だったんだ」


 強い戦士で、三年前に死んだ?

 ……記憶にあるな。


「もしかして、ヒドラ事件で亡くなった英雄の?」


「そう……、なのだ」


 やはりそうか。

 確か、三年前にこの国より北西にある、とある国での騒動だ。

 街の近くの山にヒドラが現われた事件が有った。

 俺も内緒で駆け付けようとしたんだが、一足遅く多大な犠牲の元、そのヒドラは討伐されたとの情報が、向かう道すがら流れて来たのを聞いた。

 犠牲者の中に、英雄の称号を受けていた戦士が居たと言う。

 そいつがコウメの父親だったのか。


 俺がもっと早く現場に着いていたら助ける事が出来たんだろうか?

 そうしたら、こいつのこんな泣き顔を見なくて済んだんだろうか?


「どうしたのだ? どっか痛いのか」


「いや、すまん。お母さんはどうだ?」


「ママ? ママは元気なのだ。時々……辛そうにしてるけど」


「そうか……」


 俺はあの時、犠牲者達の事よりもヒドラと戦えなかった事を悔やんでいたんだ。

 クソッ! 犠牲と言う影には、必ず残された者達が居るんだ。

 それなのに俺って奴は……。


「先生泣いてるのか? ごめんなのだ! 僕の技の所為で怪我したの?」


 コウメは、自分の技で怪我したから俺が泣いたと勘違いして、俺の頭を撫でてくれた。

 こいつは、こんな俺なんかを心配してくれているのか。

 なぜ、俺を見て暴走したのかは分からんが、あの爺さんが言った通り、これが子のこのなんだろう。

 優しくて、思いやりもある。


 とても良い子じゃないか!


 急に、そんな健気でいて、こんな小さい内から神のオモチャとしての運命を背負わされたこの小さな勇者の事が、とても愛おしいと思う気持ちが湧いて来た。


「え? 先生? ちょっとなに? え? え? ヒャァーーー」


 その愛おしいという気持ちのまま思わずコウメを抱き締めてしまった。

 あっ、愛おしいって言っても変な意味じゃねぇよ。

 純粋な気持ちだ。

 父性とか、庇護欲とかそんな感じの。

 決して邪まな思いは微塵も無いから、いやマジで。


「コウメ……すまん」


「え? 先生? そ、それってどう言う事なのだ? そ、それよりギュゥされると恥ずかしいのだぁ~」


 俺の謝罪に訳が分からないと言う反応のコウメ。

 謝罪の意味は勿論、俺がこいつの父親を助けられなかった事だ。

 しかし、その事は言葉に出来ない。

 伝え聞いた話では、英雄と呼ばれた戦士は、その名に相応しく、皆の盾となり最後まで命を懸けてヒドラと戦い、そのお陰で勝利の糸口を掴めたとの事だ。

 彼が居なかったら、被害が広がり下手すると一つの町が滅んでいただろう。

 俺の所為なんて言葉は、その名誉を汚す事になる。

 こいつの前でそんな事を言えねぇよ。


「キュゥゥゥ」


 あっ、気絶しちまった。

 強く抱き締めすぎちまったか?

 勇者だからって加減を怠っちまったようだ。


 やべぇ!


 変な声を上げて気絶してしまったコウメを、慌ててコウメを地面に降ろした。

 顔は真っ赤で目を回しているだけで、命に別状は無さそうだ。


「おい! コウメ! 大丈夫か? ど、どうしようか? そうだ治癒魔法!」


 俺が気絶しているコウメに治癒魔法を掛け様とした瞬間、背後から凄まじいプレッシャーを感じて、体が固まる。

 何事かと恐る恐る振り向くと、そこには指をぽきぽき鳴らしながらMAX怒り顔の嬢ちゃんがゆっくりと近づいて来ているのが見えた。


「じょ、嬢ちゃん。気が付いたのか……良かったぜ」


 俺の言葉にも応えず、その歩みを止めない嬢ちゃん。

 何を怒っているんだ?

 も、もしかしてコウメを抱き締めて気絶させちまった事か?

 いや、アレにしたって、ちゃんと理由がある。

 一連の流れを見ていたら分かる筈だ。


「落ち着け嬢ちゃん! どこら辺から起きてたんだ?」


「……勇者様にいやらしい手で抱き付いていた所から……」


 それ最悪じゃねぇかっ!

 そこから見たら、ただの変態が女の子に抱き付いてる事案にしかならねぇ!!


「誤解だ! 嬢ちゃん! 話せば分かる!」


「問答無用だ!! この変態親父ぃーーー!!」


 嬢ちゃんの右ストレートが俺の左頬に突き刺さり、俺はそのまま地面に倒れこんだ。

 相変わらず良いパンチをしやがるぜ。


 パリーーン


 その時、階段の方から何かが割れる音が響いた。

 それと共に大勢の人間が階段を下りてくる音が聞こえてくる。


「おい! アンリ! それにソォータ! 大丈夫か!」


 どうやら先輩のようだ。

 やっとお出ましかよ。

 てっきり、逃げ出した奴らが先輩を呼びに行ってすぐにでもやってくるかと思ったのに。


「な、何が起こったんだ? この惨状は一体……」


 先輩が俺達を見て驚愕の声を上げた。

 あぁそりゃそうだろう。

 肩で息を切らしていまだに怒っている嬢ちゃんと、その足元に転がっている俺と勇者であるコウメ。

 誰の目にも、嬢ちゃんがやらかしたとしか見えねぇ。


『え? アンリちゃんが勇者とチュートリアルを倒したのか?』

『ソォータさんは分かるが、勇者まで?』

『喧嘩してる二人を止めようとして、殴り倒したのか?』

『受付嬢最強じゃね?』

『教官弱すぎ~』


 ギルドの奴らが好き勝手な事を言いやがる。

 いやある意味、嬢ちゃんは最強なのは確かだ。

 けど、カイ! 後で覚えていろよ。


「師匠ぉぉぉぉーーーー! 大丈夫っすかぁーー!」


 あぁ、チコリーは優しいな……。


 ガクッ。


 こうして暫くの間、この国に受付嬢最強伝説と言う噂が冒険者の間で、まことしやかに語られる事になるのは別の話しだ。


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