第59話 決闘


「おい! お前! お前の方がさっきから失礼なのだ! 僕は勇者なんだぞ!」


 はぁ~、天然馬鹿の僕っ幼女勇者か~。

 なんか色々属性盛り過ぎだろ。

 しかし、なるほどなぁ~、なんとなく神がコイツを選んだ理由が分かった気がするぜ。

 どれも如何にも神が好みそうなキャラ付けだわ。

 けど、何でもかんでも混ぜりゃあ、いいってもんでもねぇんだよ! ったく。


「おいおい、勇者だからって何だってんだ? お前自分が何しても許されるとか思ってないか?」


「それとこれとは話が別だぞ! この街に行く様に言われたから、てっきりダイスくんとデート……ゲフンゲフン。……冒険出来るかと思ったのに、お前みたいなおっさんとなんて、正直ムカついているのだ」


「勇者殿。気を落ち着かせよ。国王のめいですぞ」

「そうですよ。勇者様。ギルドの教導役の方と力を合わせよと言われていたじゃないですか」


「お前達はちょっと黙っているのだ! なぜかこいつの顔を見てるとムカムカが止まらないのだ」


 俺の顔を見てムカムカするって、失礼な奴だ。

 何だってんだよ、全く。


 しかし、ダイスとデートってお前……。

 なんか最近似たようなシチュエーション有ったな。

 まぁ、あれは『踊らず』を継続する為の策だったか。

 しかし、こいつは一瞬乙女な顔になりやがったから、マジなんだろう。

 そうか……、ダイスの奴が珍しく毛嫌いしているっぽかったのは、こいつに付き纏われてウンザリしてたんだな。

 俺も最近色々有るから、その気持ち良く分かるぜ。


 ただ、こいつちょっと力に溺れてやがるな。

 まぁ、幼い内に力を与えられ、周りにチヤホヤされて育ったんだから仕方無ぇかも知れんがよ。

 勇者の称号受けてからは、国からも色々と補助受けているだろうし増長しても不思議じゃねぇな。

 なんせ、国王からすると口伝の中に『勇者』と言うのが出て来ていたんだから、どこか口伝が真実だと言う期待していたのがあったのだろうし、猫可愛がりしてても可笑しくねぇ。


 そこら辺は俺も力を覚醒してから暫くは、増長して強い化け物を探して腕試しとかしてたし、強くは言えねぇがよ。

 だからと言って、ムカつくから一般人に絡むなんてのは、このまま成長しても碌な大人にならねぇだろうし、ここらで一発締めとくか。


「バーカ。勇者と呼ばれてる奴が、ムカつくなんて理由で一般人に喧嘩売ってんじゃねぇよ。頭を冷やせ! このちんちくりん」


「あわわわ。ソ、ソォータさん、ゆ、勇者様にそんな口聞いたら……」


 勇者を案内して来た嬢ちゃんが、俺と勇者のやり取りを見てオロオロとしながら喧嘩を止めようとして来た。

 従者二人も、俺の言葉で顔を上気させているバカ勇者を止めるべく肩を掴みながら宥めている。


「嬢ちゃんとお嬢さんは、ちょっと離れときな」


 俺は、嬢ちゃんとダンスの教え子にそう言って勇者に目を向けた。

 猪突猛進馬鹿相手にここで謝ろうものならば、更に図に乗るが目に見えている。

 こう言うのは大勢の前で一度ギャフンと言わすのが一番だ。


 いやなに、別にガチンコで勝つ必要は無ぇ。

 勇者が攻撃して来た所を、大袈裟に避ける振りして足を引っかけたり、皆に見えない速度で当身して気絶させたりと、幾らでも棚ぼた勝利を演出する方法は転がってるし、何より皆の前で強くない奴に油断して負けたと言う体験を植え付けるのがコイツにとって大切……、


「ちんちくりんとはなんだぁーーーっ! 失礼な奴には鉄拳制裁だーーー!」


 って、いきなり突撃してくるのかよ!

 しかも、一般人相手に躊躇無しとか正気か?

 従者二人を振り切って飛び掛かって来たようで、先程までこいつが居た場所に、従者二人が倒れていた。


「うおっとっと、あぶねぇな!」


 不意を突かれた俺は計画通りに大袈裟に避けるが、思った以上の鋭い攻撃に追加攻撃をする暇は無かった。

 

 こいつ、めっちゃ攻撃スピード早ぇし、隙も無ぇっ!

 さすが勇者と言う所か……。

 

「ふん、弱そうなクセに逃げるのだけは一人前なのだ」


 ムカッ!


 いや、落ち着け俺!

 今ここで手を出したら、皆にバレる。

 いつの間にかギルドメンバー達も、騒ぎを聞きつけてどんどん集まっててきやがってるしな。

 ただでさえ、勇者なんてのお出ましなんだ。

 その戦いを間近で見れるなんて、そりゃ俺でさえ当事者じゃなかったら野次馬するさ。

 今朝、俺とすれ違いで冒険に出やがった奴らの顔も、この演習場の観覧席に座ってノンキに観戦してる中に紛れている。

 恐らく勇者が来たって言う情報を聞き付けて慌てて戻ってきたんだろう。


『うぉ~! 勇者の戦いをお目にかかれるなんてツイてるぜ』

『けど、ソォータさんが戦う所なんて初めて見るんだけど』

『グレンさんが言ってたぜ。『思っていたより強かった』って』

『へぇ~、けど勇者相手じゃ、ダイスさんあたりじゃないと勝負にならないんじゃない?』

『師匠が勝つのにお昼ゴハンを賭けるっす』

『チコリー大丈夫か~? 先生が勝つ方なんて誰も賭けないぞ?」


 くそっ、好き勝手言いやがってお前ら。

 まぁ、それだけ俺の身バレ防止の工作が上手くいっているって事なんだが……。

 それにしてもカイの奴め! 後で絞めてやるから覚えてろ?


 う~ん、ここまでの騒ぎになるとは正直思わなかったぜ。

 ゾクゾクと観衆が増えてやがる。

 さすがにちょっと早まったちまったか?

 旅の途中なら人目も気にせず幾らでもボコボコに出来たってのに。

 いや、ティーンネイジャーでもねぇ子供を殴る趣味は無ぇけどよ、世の中不可抗力って言葉も有る事だしな……ってあぶねぇ!


 くそ~、さっきから止まる事無く勇者の攻撃が続いてやがる。


 とは言え、たまに付き合ってやる、ダイスとのガチ試合の時よりはまだマシだ。

 あいつは俺相手になると、普段の紳士振りは鳴りを潜めて、砂での目潰しとか石を蹴り上げてぶつけて来たりとか卑怯な事も好き放題やりやがるからな。


 ……もしかして、昔ちょっと鍛えてやった事を恨んでて、それの仕返しをしようとしてやがるんだろうか?


「くそ~ちょこまかと! もう怒ったぞ! こいつでトドメなのだぁーーー! 奥義! 雷光疾風斬でやっつけてやる! はぁーーー! この世界に宿りし数多の精霊達よ! 我の求めに応じ、その大いなる力と共に我に集えーーー!」


「ゆ、勇者殿! 止めるのじゃ!」

「勇者様、人に向けてその技を使うなんて!」


 おい、こいつトドメとか言い出しやがったぞ!

 しかも、剣を抜いて何やら力を込め出しやがった。

 なんか奥義とか言ってるし、それにその中二病臭い名前と詠唱は何なんだよ!

 従者の二人も何とか止めようとしているが、この技の事を知っている為なのか、近付く事を躊躇してやがる。


 そして、その従者達の様子の通り、どうやらこの中二病台詞はただのハッタリじゃ無さそうだ。

 詠唱の通り周囲から力を取り込んでいるのか、どんどんバカ勇者のが増幅されていくのがわかる。

 そして、その身体は青白く発光して剣からはバチバチと稲妻がほとばしり出した。


 う~む、凄まじい力だな。

 しかし、この世界にはこんな中二病臭い技が有ったの、知らなかったぜ。

 いや、よく考えたらあの神々の事だから有って当たり前だったな。

 俺も後で練習してみるか。


 ただ、この技がどれだけの威力が有るか知らねぇが、少なくともこんな地下の密閉された空間で放って良い技じゃない事だけは分かる。

 ノンキに見物しているギルドの奴らに被害が出る可能性を否定出来ねぇ。


「おい! お前ら! ヤバいから早く逃げろ!」


 どんな技か分からん限り、周りの奴らを守る事は出来そうにない。

 俺は観覧席に座って固唾を飲んでいた奴らに向けて声を上げた。


 さすがに、のんきな奴らと言っても勇者に集まって来ているの強さは分かるのだろう。

 皆、俺の言葉に素直に従って地上への階段に殺到しだした。

 カイの奴は相変わらず残ろうとしている所を、恋人に耳を引っ張られて連れていかれていたがな。

 そして、そのの増幅が収まった頃にはギルドの奴らの避難は終わっていた。


 ふぅ、とりあえずこれで一安心だな。


「バカ野郎! お前! それは洒落になってねぇだろ! 何考えてやがるんだ!」


「まだそんな口を利くか! でぇやぁぁぁーーー!!」


 そう言って、気合と共に飛び掛ってきた勇者だが、なんだこれ?

 馬鹿正直に一直線にやってくるぞ?

 正直先程までのあっちこっち動きまわる攻撃の方がトリッキーな分、事故りそうで危険だった。


 ふっ、どうやらこいつは、その中二病臭い奥義に絶大な信頼を置いているようだな。

 先程までの隙の無い俊敏な動きと違って、大振りな分だけ隙だらけだ。

 これなら避け際に一撃入れて気絶させる事も簡単だろう。


 さぁ! 来いよ! バカ勇者!


 俺は、勝ち誇った顔して飛び掛ってくる勇者にタイミングを合わせるべく半身の姿勢を取った。


「ダメェーーーー!! お願い止めてーーーーー!!」


 なっ!! なんでっ!!


 勇者に意識を取られ過ぎて気付かなかった。

 それは勇者も同じだった様だ。

 目を剥いて驚いてやがる。

 その表情が意味する事は、今更その攻撃を止める事は出来ねぇって事か。


「バッ、バカ! 何やってんだ、嬢ちゃん!!」


 そう、何が起こったかと言うと、有ろう事か嬢ちゃんは、俺達の決闘を止めようとして俺と奥義を放とうとしているバカ勇者の間に入り、その身を挺して俺を庇う為に手を広げて勇者の前に立ちふさがったんだ。


 ヤバい! このままじゃ嬢ちゃんは!


 そう思った瞬間、俺は持てる力を振り絞り走り出した。

 ブーストは掛けてないがこの距離なら問題無ぇ。

 一瞬で嬢ちゃんの傍まで駆け寄り、片手で嬢ちゃんを抱き勇者の剣先から庇う。

 そして、もう片方の手で振り下ろそうとしている勇者の手を剣の柄ごと掴んだ。


「ば、馬鹿な! この技をそんな風に受けるなんて……」


 バカはテメェだ! そんな隙だらけの大振り、懐に入っちまえばこっちのもんだろが!


 バリバリバリッ


 ゲッ、い、痛ぇ!

 激しい音と共に俺の身体にまるで電気が走ったかのような痛みが駆け巡った。

 体に触れただけでダメージ喰らう技かよ! 反則だろそれ! これは想定に無かったぜ。

 いや、ちょっと待て。って事は?


「キャァァ!」


 クソッ! やっぱり片手で抱いてる嬢ちゃんにも俺の体を通してダメージが行ってやがる。

 多少は俺の体で軽減されてるだろうが、それでも女の子が生身で耐えられる痛みじゃねぇ筈だ!

 案の定、嬢ちゃんは低い呻き声を上げた後、気絶してしまった。


 許せねぇ!


 そう思った俺は、掴んだ剣をバカ勇者ごと全力で壁目掛けてぶん投げた。


「うわぁぁぁぁぁーー!」


 ドゴンッ! 「ぐえっ」ドサッ。


 バカ勇者は俺のフルパワーの勢いにどうする事も出来ず、そのまま壁に激突して地面に受身も取れないまま落ちる。


「きゅぅぅぅーー」


 どうやらそのショックで気を失ったようだな。ざまぁみろ、バカ勇者。


 とは言え、こいつ見た目だけは普通の子供にしか見えねぇから、なんか悪い事した気になるのが嫌だな。

 いや、今はそれよりも。


「大丈夫か? 嬢ちゃん!」


 嬢ちゃんに目を向けると、まだ気絶しているようだった。

少し辛そうにしていたが、胸は上下に動いており命に別状無さそうだ。


「おいそこの従者! 嬢ちゃんに治癒を掛けてくれ」


 念の為、治癒術を掛けてもらおうと従者の治癒師に声をかけた。

 俺が掛けても良いんだが、従者二人に見られるのはヤバイし、取りあえず先にやる事がある。

 俺が従者の方に目を向けると、そこには二人して土下座している姿があった。

 何してんだこいつ等は?


「申し訳ありません! ソォータ殿。我々が付いていながらこんな不祥事を起こしてしまうなど!」


 どうやら、こいつらはバカ勇者のお目付け役でも有ったようだ。

 役に立たねぇ奴らだな。

 それに、なんだってこんな危険な奴を野放しにしてやがるんだこの国は?

 そんな事よりも嬢ちゃんの治療だ。


「そんな事はどうでもいい! 早くしやがれ!」


 その言葉に治癒師は慌てやって来て嬢ちゃんに治癒魔法を掛けた。

 これで大丈夫だろ。

 俺は嬢ちゃんを治癒師に任せて、もう一人の土下座したままの従者の元へ歩いて行った。


「おい! なんであんな危険なバカを放置してやがるんだ?」


 俺の言葉に従者の爺さんは更に身を小さくした。


「すみませぬ。普段はちょっと馬鹿な所も有るのじゃが、こんな態度を取る子じゃないのじゃ」


 本当か~? 結構躊躇無く攻撃して来たぞ?

 俺は爺さんの言葉をそのまま受け取る事は出来なかった。


「ダイスの事が好きみたいだから、それの八つ当たりじゃねぇのか?」


「いやいや、そんな事も有りますまい。ソォータ殿に会うまでは少しは残念そうな事は言っておったが、ダイス殿の先生に会えるという事を喜んでおりましたのじゃ。冒険も楽しみにしておった。ダイス殿の事でもここまで怒る事など後にも先にもこれが初なのですじゃ。だから儂達としてもどうしたら良いか分からず止められなかったのですじゃ」


 ん? どう言う事だ? 俺に会うのを楽しみにしていた?

 なんだそれ、俺の顔を見たらムカムカして来たとか言っていたじゃねぇか。


「爺さん、今から起こる事は秘密にしてくれ」


「……いや、国王から聞いておりますのじゃ。魔法の件は分かっていますとも」


 あの狸親父国王! 俺の事を早速バラしやがったな。


「あぁ、その顔はどうやら勘違いしておられる様子。儂達は王の密命でソォータ殿の素性を守る様にと受けていますのじゃ」


「あっ、そう言う事か……。っていきなりヤバかったじゃねぇか!」


「面目無い……」


 人払いして良かったぜ。

 嬢ちゃんが残っていたのには驚いたが、取りあえず今この演習場には他に誰も居ねぇな。

 ギルドの奴らが来る前に終わらすか。


鑑定アナライズ!」


 俺の頭に鑑定の声が響く。

 今日は……、おっさんだな。

 聞いた事の無ぇ声だ……、いや、所々の発音に聞き覚えがある……、誰だ?

 あっ! これ父さんだ! 記憶の中の!

 寡黙で『あぁ』とか『んっ』とかの意思表示程度しか喋らなかったが、この感じは間違い無く父さんだ。

 喋るとこんな感じなのか……、十四年間過ごした記憶の中でもここまで長く喋っているのを聞いたのは初めてだぜ。


 違う! 今はそんな事を感慨深く考えている場合じゃねぇ。


「鑑定結果は……。どうやらあのバカは誰かに操られてたって訳でも無さそうだな。それに勇者ってのも正しいみたいだ」


 俺が鑑定した対象物は、勿論部屋の隅で気絶しているバカ勇者だ。


「おぉ、勇者殿を鑑定出来るとはやはり……」


 爺さんが俺が鑑定出来たことに驚いている。

 と言う事は、あいつも俺と同じく管理者権限が無いと鑑定出来ない奴って事か。

 こいつも神に人生を弄られた被害者なのか?

 だとすると、こいつも可哀想な奴なのかもしれねぇな。


「しかし、なんだって俺の事にムカついてやがったんだ?」


 洗脳はされていなかったが、俺と会った時の態度は明らかに異常だった。

 俺は普段からそんな危険人物かと思ったが、従者の言葉だと違うらしい。

 俺を見た途端おかしくなったと言っていた。


「もしかして……? 俺を見たからスイッチが入ったってのか?」


 女媧は俺の力の目覚めと共にスイッチが入ったが、魔族ではないこいつは俺を見る事がスイッチの入る条件だったって事か?

 しかし、そうだとしてもなんで俺に攻撃して来たんだ?

 神は力を合わせろって言っていたじゃねぇか。


「うっ? うぅ~ん」


 丁度、バカ勇者が意識を取り戻したみたいだ。

 鑑定では気絶しただけで特にケガをしてなかったみたいだし大丈夫だろ。

 直接何が有ったか聞いてみるか。


 俺は、意識を取り戻して起き上がろうとしているバカ勇者の元に足を向けた。

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