第55話 両親の教え


「しかし、ソォータ……いや、この場ではショウタ殿と呼ばせてくれ。ショウタ殿は壮絶な人生を歩まれたのだな。人々から蔑まれて来たにも拘らず、力も得た後も影から人を助けていたとは……」


 国王は、俺が語った過去を何度も噛締めるように頷きながら、そう呟いた。

 ちょっと格好つけちまったかな。

 まぁ、傍から聞いたら何処の聖人だよ! ってツッコミ入れられてもおかしくねぇや。

 普通の奴だったら、仲間に裏切られ故郷を追われるなんて過去が有ったら、力を持った途端に復讐に走ってもおかしくねぇからな。

 現に俺だって、何度復讐に走ろうと思った事か。


 俺が復讐に走らなかった大きな理由は二つある。

 一つは、勿論この世界の住人達は全て神の娯楽の犠牲者と言う事を知っていたからだ。

 優しさとは違う、俺は逃亡生活の所為で心が冷めてしまっているだけなのだろう。

 それに、俺に対しての好意も悪意も全て神々の娯楽の為に作られた、俺の物語の登場人物が役に合わせて演じているに過ぎない。

 そう思えて仕方が無い。

 事実は分からんが、そう割り切らないとやり切れないと言うのが正しいか。


 けれど、それでも命の危険に陥っている人が居れば、その者達を助けようと思うのは、もう一つの理由からだ。


 俺の両親の教え。

 あぁ、これは記憶の両親じゃなく、元の世界の両親だ。

 小さい頃から幾度も自分の力は人の為に使えと言われてきた。

 本人達も俺に言う以上に自分に厳しく、人には優しかった。


 俺の家は普通の家庭と呼べるのかは分からない。

 父さんは、医者をしていた。

 そして、国境無き医師団として、幾度も紛争地域の人々を救いに現地に飛んでいってく様な人だったんだ。

 母さんは高校の教師だった。

 特に何かに優れていたと言う訳じゃなかったが、生徒達からは厳しいけれど、自分達の事を考えてくれている先生として慕われていたんだ。


 二人共、記憶の両親達と違い、別に二枚目でも美人でも無かったし、口煩く言った通りのとても厳しい人達だったけど、俺は嫌いじゃなかった。

 もしろ、そんな両親が誇らしくもあった。

 正義の味方と言う訳じゃないが、俺の中ではヒーローの様に映っていたんだ。

 そりゃ、この世界で生き抜く為の役立つ事は教えてくれなかったが、今の俺の心を形作ったのは間違い無く二人のお陰だろう。


 まぁ、俺が現実世界で死んだのは、その叩き込まれた正義感によって、他人を助ける為に事故現場から逃げ遅れた所為と言うのが原因だけどな。

 その行為自体に関して後悔は無ぇが、親不孝だったなと言う気持ちは残っている。


 俺が死んでから二十四年……。二人は元の世界で元気に暮らしているのだろうか?

 歳を取った今になって、そんな事が気になってきやがるぜ。


「それは、俺の両親の教育の賜物ですよ。まぁ、それの所為で結構痛い目も見ましたがね」


「す、すまん。まさか『大陸渡り』が、お前の両親のかたきだったとは」


「あの事件の孤児だったのだな。知らなかった」


 先輩が記憶の両親の事だと勘違いして謝ってきた。

 恐らく自分が逃げ出すためのダシに使った事に罪悪感を覚えたらしい。

 王子もショックを受けている。

 まぁ、人の交流が途絶えていた村とは言え、自国領での人的被害が出た魔竜騒動だ。

 実際被害は出てはいないんだが、そんな事は王子が知る筈も無ぇんだから仕方無いけどな。


「おい! 先輩! そんな事気にするなよ。『大陸渡り』のお陰で俺と先輩は出会えた、と言えるんだからな」


 これも、嘘じゃ無ぇよな。

 俺の『大陸渡り』への恨みは、神が植え付けた記憶の中での出来事だし、俺と先輩の出会いも仕組まれた物かもしれない。

 しかし、これに関しちゃ神に感謝している。

 先輩と出会えていなかったら、俺は早々にこの世界に幻滅していただろう。


「うっ、うぐぅっ! お前って奴は……。うっうぅ、泣かせやがるぜ」


 ゲッ! 先輩が泣き出してしまった。

 それに王子も涙を拭いながら肩を震わせている。

 あぁ! 国王に至ってはドバーッと、男泣きだ!

 これダメな奴だな。

 また何言っても俺の評価上げにしかならない展開だ。

 しかも、取って置きの俺の罪話までご披露済みだから始末に負えない。

 クソ面倒臭いぜ。


「ほらほら、皆、俺の事なんてどうでも良いから、本来の目的を忘れちゃいないか?」


「そうなのだが、暫し待ってくれ。……のう? ショウタ殿。おぬしは静かに暮らす事が望みとの事だが……、儂の娘を貰ってくれぬだろうか? 勿論おぬしの過去の事はなんとしても守る。それに何処か地方の領地を与えて、穏やかな暮らしを約束する」


「「「なっ何っ!」」」


 俺が場の空気を変えようと、本来の目的であるこの王国に伝わる、王家成人の儀の口伝の話題を持ち出そうとすると、国王がとんでもない事を言ってきた。

 あまりの事に、俺と先輩と王子が息ぴったりに驚きの声を上げた。

 なんだそれ? 今、娘をやるとか言ったか? もしかしなくてもあのじゃじゃ馬姫の事だよな?

 それは俺のライフが0になるのでマジで止めてくれ。


「国王、冗談でも止めて下さいよ。そう言う事言うの。心臓止まるかと思いましたよ」


「そうだぜ、叔父上。そう言う事を言うのなら、俺の娘を……」


「いや、私の娘の方が……」


 先輩と王子が抗議の声を上げて止めに入るのかと思ったら、更にとんでもない事を言い出した。


「おい! バカ親父共! 何トチ狂った事言ってやがるんだ!」


「いや、お前の生い立ちや、生き方の素晴らしさを知って、お前になら惜しくないと……」


「私もだ。お前なら私の息子と呼んでも恥ずかしくない。いやむしろ誇らしい」


 くそ、このバカ親父共は場の空気に当てられて、なに訳の分からない事を言ってやがるんだ。

 さっきまでの親バカは何処に行ったんだよ。


「あのなぁ? 父親が勝手に嫁に行く相手を決めてどうすんだよ。あいつらにゃ、ちゃんと好きな奴が居るんだよ! ったく」


「え? あ、あぁ。……い、いや、それなんだけどな?」

「メアリの好きな奴は、おま……」


「はいはい! その話はもう終わり! それに俺は心に決めた奴はもう居るんだよ!」


「「なっ! なんと?」」


 二人綺麗に揃いやがったな……。

 王様はそれが何か? 見たいな顔をしてやがる。

 まるで、側室にでもすれば良いじゃない? 的な余裕さだ。

 これだから王侯貴族って奴は。


「だ、誰だ? もしかしてカモミールなのか?」


「カモミール……? あぁ、商店街にある薬屋の店長の名前がそうだったな。そうなのかショウタよ」


「違う違う! そんな噂出すのも止めてくれ! あいつなら『あらあら、貴方の所為でこんな噂が広まってしまいましたね。フフフッ責任を取って頂く必要がありますわ』とか絶対言ってくるぞ! あいつは俺の製薬知識が喉から手が出る程欲しがってやがるからな」


「お前も苦労しているな……」


「では、誰なのだ? 私達が知っている者なのか? も、もしかして我妻のフォーセリアの事か?」


「ちょっ、ちょっと待て、なんでそこでフォーセリアさんの名前が出て来るんだよ! ちげぇーよ!」


「では、誰だ? バーバラとか言ったら殺すからな?」


「物騒な事言うな! それこそ心臓が止まるかと思ったわ! なんでさっきから出てくる名前が未亡人やら人妻ばかりなんだよ!」


「と言う事は、まさかあの昔の恋人のレイチェルか?」


「それだけは絶対に違う! あ~、もうっ! ……幼馴染の事だよ」


 思わず勢いで心に決めた奴が居ると言ってしまったが、これはでまかせな訳じゃ無ぇ。

 今まで、漠然と思っていたが、目を背けていただけ。

 何故か知らねぇが、女神の目を見た途端、突然その気持ちを思い出したんだ。

 

「幼馴染ってお前、それ『大陸渡り』に……」


「あぁ。だからよ、俺が誰かとそんな気になるなんてのは、ちょっと出来そうも無ぇや。少なくとも今の所はな」


「お前……。そんな事言いながら、昔はレイチェルとよろしくしてたじゃねぇか」


「なっ! それを言うなよ! あの頃は現実逃避してたんだよ!」


 まぁ、実際に現実では無かったんだが、逃避先相手を間違えたな。

 ただ、俺の記憶は本当にただ作られた物なのか?

  幼馴染への気持ちを思い出した途端、ふとそんな疑問が湧いて来た。

 神の存在、それに神のプログラムは確かに夢や幻じゃない。

 現実だった。

 だから、村での事は神が言った通り、作られた記憶だけの産物なのだろう。

 けど、昨日聞こえて来たあの声……、それに女神と目が合った時に感じた既視感。

 ただの記憶にしたら矛盾だらけだ。


 俺がこの世界へ最初に降り立ったのは、村の麓の町だ。

 神界で神と会話した後に意識を失い、次に目を開けたらあの町の入り口に立っていた。

 作られた記憶を持ってな。

 すぐに神が話しかけて来たし、冒険が始まったと言うわくわく感で悲しみを心の奥に仕舞い込もうと必死だった。

 だから、一度も俺が住んでいたと言う村の跡に行った事は無かったんだ。

 

 ふぅ、次の魔族の件が片付いたら一度里帰りでもしてみるか。

 そしたら、この疑問の回答の断片が転がっているかもしれねぇ。

 ちょうどメイガスにも会いたいしな。

 そうだ、国王に紹介状を書いて貰うのも良いかもしれねぇ。

 大陸跨いで離れた国だが、元罪人の俺がふらっと行くよりはすんなり城に入れるだろ。

 

「ショウタ殿。おぬしの想い相分かった。こちらも失礼な事を言ってしまったのぅ。ショウタ殿の気高さには儂の娘の婿と言う肩書き程度では役不足も甚だしかった。おぬしに相応しい者となるべく一から花嫁修業をさせ、いつの日かおぬしに認められる様にしてみせる」


「いやいや、そんな恐れ多い事。何度も言う様ですが俺はそんな立派な者じゃないですから。それに姫さんはもう人前でダンスを踊る事が出来る様になったんですから、その頃にはもっと相応しい相手が見付かってますよ。きっと」


 俺の気高さに一国の姫の婿が役不足とか、どれだけ俺の事を買ってるんだよ。

 いくら女神が実際に姿を現してその使徒相手だからと言って、逆に気持ち悪いぜ!

 これ以上俺の株上げが続くと、さすがに居心地が悪すぎる。

 と言うか、今まで蔑まれる事は有ったが、褒められる事なんて無かった人生だからな。

 褒められる事に慣れてなさ過ぎて、この部屋の空気を吸うだけで胃に穴が開きそうだ。


「ふむ、儂の娘はあやつだけじゃなく、まだあと二人居るのだが……」


 おーい、じゃじゃ馬姫の上の二人も結婚してないのかーい!

 やっぱり、この王様は娘を嫁にやるのが嫌なだけなんじゃないのか?


「はははは……。そ、そんな事より、口伝に付いて聞かせて貰えませんか?」


 これ以上話を進めると、王宮の聞きたくない話まで、聞かされてしまいそうになるので話を変えよう。

 

「ふむ、仕方無いのぅ。では語ろうか。我が王国の建国に纏わる、女神様からのお言葉を……」


 やれやれ、やっと本題に入る事が出来る。

 しかし、この無駄な時間、俺の気苦労が増えただけだったな。

 もう上流階級の奴らと会うのはコリゴリだぜ。


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