第26話 真実


「先輩! それは確かなのか!?」


 先輩のその言葉に思わず机に乗り出して先輩に迫った。

 どう言う事だ? あの魔族の死体が有った? 見間違いじゃないのか? いや、そもそも先輩は直接魔族の姿を見ていない筈だ。

 俺の護送中の遭遇は、周囲には騎士団しか居なかった。確か先輩はその時、王都に戻り俺の死刑撤回の為に動いていたと言う。

 それに今回の件に関して……。


「あぁ確かだぜ。お前なぁ、ギルドマスターの俺がこの五日間何もしなかったと思ってんのか? ダイスの報告でピンと来てな。すぐに現地に行ったんだよ。昔と違いえらいボロボロになっていたが、間違い無くあの森で見た魔物の死体と同じだったよ」


「あっそうか……」


 そう言えば、そうだったな。あれから五日経ってるんだ。ピンと来なくてもこれだけの騒ぎだったんだ。ギルドマスターが視察に行くのは有り得るのか。

 いや、だが……?


「いや、しかし、先輩がなぜそいつが俺の護送中に現われた奴と一緒って断言してるんだ? 俺の護送には騎士団の一部の奴しか居なかったろ。会ったのは俺だけの筈だし、ダイスには因縁の奴とは言ったがあの事件の事自体は言った事が無ぇ。どうやって結び付けたんだ?」


「簡単な事だ。なんせ二十年前の探索メンバーには、魔物襲撃の現場に居たメイガスが居たからな」


 メイガス!


 その名前を聞いて俺の心臓は鼓動を早めた。

 クソッ! 嫌な汗まで出てきやがる。

 しかし、そいつはその場に居る筈がない人間じゃないのか?


「どう言う事なんだ? 調査は『秘密裏に』じゃなかったのか? が動いているなんて、凄く目立つだろ!」


 騎士団長のメイガス。彼も先輩の親友だった。

 当時の仲間達と一緒に先輩の紹介で知り合ったんだ。

 中でも取り分け俺を、まるで弟みたいに可愛がってくれていた。

 メイガスも当時の俺と同じ年頃に両親を亡くしていた事から、同じ境遇の俺を気に掛けていたと言っていたか。

 しかし、そんなメイガスだったが、あの事件の時に俺に死刑を宣告した。


「あぁ、その時の奴は団長どころか騎士ですらない一般人だったんだよ」


「はぁ? なんでだ? ……いや、なんでじゃねぇな。ある意味当たり前か……」


 その理由は、魔族の襲撃によって引き起こされた騎士達の同士討ち、更に俺の逃亡。

 これ程の不祥事だ。しかも騎士団長自ら先頭に立って護送隊を率いていた時に起こった事件。

 騎士団を束ねる者として、それ相応の責任を取る必要が有っただろう。

 逆に騎士団追放程度で済んだ事が運が良かったと言えるんじゃないか?

 下手したら打ち首、軽くても終身刑くらいは求刑されても不思議じゃない。

 騎士家の生まれとは言え、元々はその家名は弱小で、しかも天涯孤独の身にも拘らず、その実力を以って若くして騎士団長にまで上り詰めた人物と聞いていた。

 コネなんかは有る訳無い。中にはその才を僻む者も少なからず居ただろう。

 そう言う点から処刑されなかったのは運が良かった。そう思う。


 しかし、正直複雑な心境だ。責任を感じもするし、ざまぁみろとも思えてくる。そんな相反する思いが渦巻いている。

 メイガスは、あの場で俺の話を聞かず、周りの声に同調してその場で俺に死刑を宣告し、そのまま王都の刑場に護送する裁定を下したんだ。

 護送馬車を王都から呼び寄せる為、俺は一晩民家に軟禁されたのだが、俺が逃げ出さないようにと、ずっと扉の前でメイガスが見張っていやがった。

 その時も幾ら俺が弁明しても、全く耳を貸さずまた一切口を利いてくれなかったんだ。

 それ程、俺の行為に憤り、そして死刑にしたかったんだろう。


 俺はあの時、恋人や仲間達だけじゃなく、少し兄の様に思っていたメイガスにも裏切られた事により一晩中泣いた。

 夜が明け護送車が着く頃にはもう生きる気力も残っておらず、言われるがまま護送車に乗り込んだっけ? はっきり覚えちゃいない。

 その時も、メイガスは厳しい顔のまま目を合わそうともしなかった事だけは、はっきりと俺の心に絶望として刻まれている。

 そんな奴が、俺の行為によって騎士団長の座を下ろされたんだ。少しスカッとした気分になっても変じゃないだろう。


 ただ、一つ気掛かりなのが、魔族に襲われ騎士団が混乱している最中、俺が逃げ出そうとした時、一瞬メイガスと目が合った。

 その時のあの目は、逃げる俺を咎める様な目で無く、まるで俺を送り出すかの様に思えて……。

 

「言っとくが、あいつはお前の所為とは思ってねぇぞ。王都に戻るなり自分の力不足を嘆いて、自ら騎士団長の座を降りたんだ。まぁもっと重い処罰を求める声も有ったが、そんな奴等はすぐに空いてる騎士団長の座の争奪戦の方に気が行って静かになったがな」


「力不足? あの魔物を倒せなかった事か? いや、そんな事よりも俺の所為じゃないってどう言う意味なんだ? 原因は間違いなく俺だろ?」


「お前なぁ、メイガスが何でお前をあの場で死刑を宣告したんだと思ってるんだ?」


「そりゃ俺が襲ってきた村人達を……殺した……からだろ。助けた彼女、いやや後から来た仲間達に騎士達も俺を殺せと息巻いていたからな。まぁ先輩だけは止めようとしてくれていたが」


 俺の言葉に先輩はやれやれと肩を竦め溜息を吐いた。


「あのな? 直接あの場に立ち会わなかった人間が、現場の惨状を見れば誰でもお前の恋人の戯言を信じるだろうさ。実際騎士の何人かは今すぐにでも斬って捨てようとする奴が居たしな」


「あいつを恋人と言うのは止めてくれ。虫唾が走る」


「ん? あぁ、済まねぇ。まぁ言葉の流れで出たんだ。だがそんな状況だからな。大抵の奴はお前の弁明なんて聞く耳持たんだろう。今でこそダイスの報告でそれしか手は無かったと言う事が分かっているが、当時の俺にしてもお前がこいび……、レイチェルを助ける為に仕方無かったと割り切る事しか出来なかった」


「そうだな。しかし先輩、良くもまぁあの状況で俺を庇おうと思ったよな。逆の立場なら俺も非難する側に居ただろうってのによ」


「そりゃ決まっている。お前を信頼していたからだ。俺がレイチェルの悲鳴を聞いて駆け付けた時のお前の悲痛な顔を見れば状況は分かるさ。それにあれに関しては……俺の判断ミスだ。あの時二手に分かれず一緒に行動していれば、お前達を二人切りにさせなければあの悲劇は起こらなかった。本当に済まない。」


 そう言って先輩は机に額を擦り付ける様に俺に対して謝ってきた。

 確かにあの時、広場に居る村人達を見付けた俺達は二手に分かれた。

 村の周囲に魔物の痕跡が無いか調査する先輩達と、村人達に事情を聞くと共に怪我人が居た場合の為に治癒師であったあの女、そして俺だ。

 村人達があんな事になって居なければ、その事も俺達二人を安全な場所に残すと言う先輩の思いやりだったと言えるだろう。


「いや、頭を上げてくれ。それに関しちゃ先輩を恨んだりなんかしねぇ。あんな事になるなんて誰も分からねぇからよ。それよりメイガスの事を教えてくれ」


 先輩は俺の言葉で顔を上げたが、顔は後悔の念で囚われているのが伺える。

 俺を匿ってくれたのも、そして教導役としてそれなりの賃金で雇ってくれているのもその時の罪滅ぼしのつもりだったのかもな。

 しかし実際先輩に関しては当時から恨んじゃいねぇ。

 あの場でも俺を庇ってくれていたしな。

 しかし場の空気がその声を許してくれなかっただけだ。


「あぁ。あの場でお前を王都の刑場にて処刑すると宣言しなければ、他の騎士達がお前を罪人として斬っていただろう。更にわざわざ護送馬車を手配した意味が分かるか?」


 ん? それはどう言う意味だ? 死刑を宣告しなければ俺が殺されてたって言う意味か?

 それに護送馬車の手配した意味? 言われてみるとわざわざそんな無駄な事はせず、縛り上げて馬で連れて行けば良かったんじゃあ?

 混乱していたし恨みで判断が鈍っていたんで今まで気付かなかったが、まるで時間稼ぎでもしている様な?

 しかし、何故だ? 何故そんな事をする必要が?


「お前を村の小屋に監禁した後、メイガスは俺にこっそりと依頼をして来たんだ」


「こっそりって、まさか……?」


「あぁ、至急王都に戻り、お前を助命する為の準備をして欲しいとな」


「なっ! なんだって!!」


 何故だ! 何故メイガスは俺を死刑としながら助命を先輩に頼む?

 まさか……? そんな……。


「う、嘘だ……。そんな事って?」


「そしてメイガスはこうも言った。『私が寝ずに小屋の見張りをし、早まってショウタを殺そうとする不埒者から護る』とな。最初からあいつはお前を信頼していたんだ。しかし周りがそれを許さない。幾ら騎士団長が不問を言い渡したって納得しない奴は居ただろう。……あの現場を見た奴ならな。だから敢えてあの場で死刑を言い渡し、そう言う奴らからお前を護ろうとしたんだよ」


「なんて事だ……。俺は今までメイガスの事を……」


 先輩の言葉に俺は力が抜けてその場に膝を付きへたり込んでしまった。

 俺の言葉に耳を貸さなかったり、俺の顔を見ようとしなかったのも、情が湧いて周りに不信感を抱かせない為だったのか?


「そして俺は王都に戻り、このヴァレウスを通じて王からの恩赦を貰おうとしたんだよ。まぁ王都には居られなくはなるだろうが、王からの赦しが出た奴を殺すなんてのは不敬者だからな」


「さよう。しかし、それも無駄足となったがね」


「す、すみません。王子、それに先輩」


「いや、良いんだ。魔物の襲撃から帰還したメイガスは君が逃げた事に安堵していたよ。ただ罪人として逃げた為に指名手配としなければならないのが申し訳無いと言っていたがね。それにあの場で自分に周りの者の声を静めさせる力が有れば、そんな汚名を着せさせる事など無かったと悔やんでいた」


 そ、そんな。メイガスは俺の事をそんなに思っていてくれたのか……。

 それなのに俺と来たら、ずっとメイガスの事を恨んでいた。


「そして、メイガスは不祥事の責任と言う事で騎士団を退団したんだが、その際にお前の件は自分の手で追い詰めると宣言したんで、王国はお前の捜索にあまり兵を割く事も無かったんだ。まぁそこら辺はヴァレウスのお陰でも有るがな。そして裏では俺と共にお前を見付けて保護しようとしていたんだよ」


「メ、メイガスは今何処に?」


 会って謝らなければ!

 初めて知ったその真実に、俺の頭にはその言葉だけが響いていた。

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