第25話 王国
『ほう、懐かしいじゃねぇか。やっと俺の事をまた先輩って呼んでくれたな。良いだろう入って来い』
扉の向こうで先輩は何処か嬉しそうな声で俺に入室を促した。
確かに先輩の事を先輩と呼んだのはいつ振りだ?
久し振りにこの大陸で再会した時以来か。
あの時は確か隣の国へのギルドの寄り合いの為に移動中とか言っていたな。
乗合馬車がゴブリンの大群に襲われていた所に出くわしたんだ。
そこで馬車を守りながら一人で戦っている魔法使いが居た。
数が数だし、四方を取り囲まれて状況は最悪だったからな、俺は通りすがりの魔法使いを装って魔法でゴブリン共を一蹴した。
すぐ様立ち去ろうとする際に、その男が先輩が声を掛けて来た。
『お、おい! お前、もしかしてショウタ……? キタハマ=ショウタなのか?』
それが先輩との十二年振りの再会だった。
その時、俺は思わず「先輩」と反してしまったんだ。
まぁ、その後は身バレの事や、逃亡生活で荒んでいた事も有り、過去への嫌悪感からギルドマスターか、先輩の名前であるガーランドと呼んでいた。
あの時の先輩が言うには娘が一緒じゃなかったら、あんな雑魚共なんかに手間取る訳が無かったと言っていたが、まぁ実際そうだろうな。
だから、俺も先輩と気付かずに手助けしちまったんだ。
そう言えば嬢ちゃんと会ったのもその時が初めてか。
まぁ幼かったからその時の事は覚えていないようだがな。
「誰か居るみたいですが、そっちの話は良いんですか?」
『んっ? あぁ別に良いだろ。丁度昔話をしていた所だ。なぁ?』
『あぁ構わんよ。私もずっと君と話をしたいと思っていたからな』
俺が来て『丁度昔話をしていた』と言うって事は、勿論王国での話なんだろう。
それに、やはり客は俺の事を知っているみたいだな。
あの王国出身者が、先輩と姐御以外にもこの街に居たのか。
そいつは知らなかったな。
あっ、もしかして、それが先輩のライバルだったと言うメアリの父親なのか?
そうか、メアリの父親も王国に居た人間だったのか。
「それなら失礼します」
ガチャ。
「おおう。なかなか良い面構えになったじゃねぇか。昔のお前を思い出すな」
部屋に入って来た俺を見て、先輩がそんな事を言って来た。
改めて先輩を見ると、魔法使いと言う概念から足を踏み外していると思ってしまう。
まるでオーガと見間違う程の身長に筋骨隆々なその体躯。
現役当時も『魔法を使うより殴った方が早い』と周囲に言わしめた程だ。
その癖、魔法の技術もまるで時計職人の様に繊細で天才の名を欲しいままにしていたっけか。
「昔の俺なんて汚名しかないですけどね」
「ははは、そう自分を卑下するな。しかし、う~む、昔の様とは言え、なんかその喋り方は気持ち悪いな。正直この街での付き合いの方が長いんだ。普段通りにしろ」
「なっ! 気持ち悪いって酷ぇな! わーったよ。一応先輩に敬意を表したんだけど、お言葉に甘えさせてもらうぜ」
「ガハハハハ。それで良い、それで良い」
まぁ昔から先輩はそんな感じだった。
外見通りの豪快な性格で、敬語を使う俺達に『背筋が寒くなるから普通に喋ろ』と言っていたか。
しかし、新人の俺達にゃ、オーガの様な先輩に普通に喋るなんて出来る訳も無く、敬語を使ってはその度に注意されてたな。懐かしい。
「ショウタ、私には挨拶は無しなのか?」
「え?」
そう言えば、先輩との言葉に気を取られてもう一人の存在を忘れてたぜ。
その声の主は、正面のギルドマスターの席にでーんと座っている先輩と違い、部屋の真ん中に有る応接スペースの壁側に座していた為、最初視界に入って来なかった。
声の主に目を移すと、そこには先輩と同じぐらいの年齢の男が座って、こちらを少し憮然とした顔で見ていた。
腰に届くかと言う程の長い金髪に先輩とは対照的な痩身で細面の整った顔、純白のローブを身に纏って、如何にも魔法使い! と言う風貌だ。
胸に描かれている紋章からすると魔法学校の関係者か?
それに、やはりメアリの父親の様だな。何処と無く顔も似ているし、その身から醸し出される上流階級オーラが半端無い所もそっくりだ。
しかし、誰だ? やっぱりこんな上品そうな冒険者なんか知らねぇぞ?
向こうは俺の事を知っているようだが……?
……いや、違う。何処かで見た事は有る気がする。
何処だ? ギルドじゃなく、何処か俺が場違いな所で見たような……。
あれは確か、城で……?
え? ……まさか? いやそんな。ここに居る訳が無いだろ? だってダイスの調べた資料にも載っていなかったからてっきり死んだものだと……?
しかし、この顔とオーラ。
「も、もしかして……あんた。いや貴方は……ヴァレウス……王子?」
「フフッ、如何にも。まぁその名で呼ばれるのは十数年振りだがね」
そ、そんな……まさか。どうしてここに
確かに顔はあの頃の王子の面影が有るし、それにこの上流階級オーラも納得出来るな。
だが、生きていたなら何故第二王子に王の座を譲った? それに王国が滅びたのに何故ここに居る?
「ふむ、その表情からすると、王国が滅んだ事は知っているようだな」
「え、えぇ。いや、その事は今日知ったんですが……。しかし何故王子がここに? それよりもなんであの第二王子なんかに王位を譲ったんですか?」
あの優しかった王とそっくりだったこの人なら、あんな事にはならなかった筈だ。
一体俺が居ない間に何が有ったんだ?
「私は王を毒殺した者として、北の監獄に護送中に不慮の事故で殺された、いや、表向きには死んだ事になっているのだよ」
「な、何だって? そんな馬鹿な! 貴方がそんな事する訳無いだろ!」
「あぁ、ショウタの言う通り、そんな馬鹿な事をする訳が無い。しかし、あの馬鹿な弟、それに新しく登用した女宮廷魔術師による告発で私が犯人されてしまったのだよ」
「それこそ馬鹿な!」
優しく聡明で王に次いで皆からの信頼が厚かった王子に対して、あんな馬鹿王子の戯言なんか皆が信用する筈が無い!
それに誰だ? その宮廷魔術師と言う奴は!
「本当に馬鹿な事だ。君が去って行って暫く経った後だったか。ある日その者は王城にふらりと現れた。その時は占い師と名乗っていたか。光輝く宝玉を手にしその者が占った事は悉く的中した。過去、そして未来の事までも」
「光る玉?」
「あぁ、不思議な事にその中央には何かが書かれていたプレートが埋まっていた。それを通して占っていたようだ」
「え? それって?」
真ん中にプレートが有る光る玉って、魔族から出て来たって奴じゃねぇのか?
俺が触った途端に光は北に飛んでいき、プレートだけが残った。
「ん? 何か知っているのかショウタ?」
「い、いや。それより王子。続きを」
「あぁ、その者は父に気に入られ、やがて宮廷魔術師としての地位を与えられたのだよ。その頃からか、父の体調が悪くなり始めたのは。いや、体調だけじゃない何かに魅入られた様に徐々にその女の言葉にしか耳を傾けなくなり、そして弟を重用しだした」
「それって、その女の所為?」
「恐らくな」
魔物化と症状は違うが、もしかしてあの魔族が人に化けて王を操ったのか?
徐々にと言っているし、瘴気の注入量で調整出来るのかもしれない。
先日のあの場では、そんな風に操るより一気に魔物化させた方が都合が良かっただろうしな。
「父の変心と共に周りの者にも影響が出だした。特に要職者に多くてな。どんどんおかしな政策を公布し住民に混乱が広がった。そこで私が止める様にと進言したが却下されたんだよ。そして私は疎まれ蟄居を命ぜられた」
「そ、そんな……」
「そこで、俺が協力に乗り出したんだ。俺のライバルで有り親友で有り、何より俺が唯一認める男でもあるこいつが、王に歯向かって蟄居なんて有り得ないしな。何か裏が有るとな」
先輩がその太い右腕で力瘤の作り左腕で叩き良い笑顔でそう言った。
そうだった、俺には恐れ多くて王族と友達、ましてやライバルなんて言う事にピンと来なかった。
元々一介の出自もはっきりしない冒険者の俺なんかが王や第一王子、それに騎士団と知り合う機会なんて有る訳ねぇんだ。
全ては先輩が紹介してくれたお陰だった。
「そう、ガーランドへ秘密裏に女の出自の調査を依頼したのだ。その結果……」
「あぁ、俺達が調査した結果、そいつは元々近くの村に住んでいた普通の村人だった。占いなぞした事もない、本当に普通のな」
な、元々存在していた人間だったのか? てっきり魔族が変化した奴かと思っていた。
いや、成りすましたと言う事も考えられるか。
「他の村人が言うには、ある日近くの森に入ったまま帰らなくなったんだが、数日後無事に戻って来たそうだ。そして、手には不思議な光る玉を持っていたとな」
「その森の中で何か有ったと?」
魔族に喰われたのか? それとも……?
「あぁ、俺達はすぐに森に入って行った。村人が言うにはその森の奥には魔物が潜んでるらしくてな、奥には近寄らないらしいんだが、調査の為に奥まで足を踏み入れた。そしてついに見付けたんだよ。とんでもない物をな」
「な、なにを見付けたんだ? もしかしてその女の死体とか?」
俺の問いに先輩はゆっくり首を振る。
じゃあ何だ? 何が有った?
俺はゴクリと息を飲み先輩の言葉を待った。
先輩はそれまでと打って変わって真剣な表情となり、小さく息を吐き、そして口を開いた。
「そこに有ったのは、あの日騎士団を豹変させ、そして先日ジャイアントエイプを率いてこの街を襲おうとしていた
その衝撃的な言葉に俺は更に息を飲んだ。
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