第19話 聖女再び


「また小父様おじさまにお会い出来て本当に嬉しいですの」


 運命の強制力により、成す術も無く再び俺の前に現れた聖女様(偽)に見付かってしまった俺は、『逃げるとバラしますわよ?』と言わんばかりのその目に宿る怪しい輝きによる無言の圧力に屈し、逃げる機会を完全に失ったまま、その丁寧な物腰による案内に促されて、ギルドに併設されている酒場の隅っこのテーブルに着いた。

そして、先程から談笑と言う名の尋問を受けている。


「どうしても、もう一度小父様おじさまにお会いして、お礼を言いたいと思っていたんですの」


「はははは、そんな事お構いなく」


 ギルドの連中はと言うと、空気を呼んでかそのテーブルの周りからそそくさと離れた席に座り直して、こちらの方を見ない振りをしてくれていた。

 いや、時の人である聖女が俺なんかを訪ねて来たなんて、本来なら天地がひっくり返っても有り得ない事態に現実逃避でもしているのだろうか?


 あぁバカカイだけは、そのまま一緒のテーブルに座ろうとしてきたが、治癒師の嬢ちゃんに耳を引っ張られてどこかへ連れて行かれていってたな。


 本当治癒師の嬢ちゃんも苦労するよなぁ~。


 とは言うものの、先日カイが宿に押しかけて来た時に一緒に付いて来ていたんだが、カイが席を外した時にコソッと何処に惚れたか聞くと、なんかモジモジしながら『ちょっとバカだけど、一途でまっすぐな所』と惚気られた。

 ……まぁ、お幸せに。


 しかし、このメアリ。

 受付の嬢ちゃんが言うには親同士が知り合いの幼馴染との事だが、本当に先輩ギルドマスターが現役冒険者時代にライバルだったと言う人の娘なのか?

 なんか喋り方や仕草全てに至るまで、上品と言うか気品溢れると言うか、何か上流階級のお嬢様オーラが漂っていて、お世辞にも上品とは言えなかった先輩とは住む世界が違い過ぎる人物だと思うんだが……。

 演技とかキャラ立ちとかそんな感じでもなく、小さい頃からの親の躾がしっかりとされていたのだろう。

 まさに育ちが違うと言う言葉がピッタリだ。

 やはり俺が王国に居る頃に、そんな上流階級身分の魔法使いが冒険者として名を連ねていた記憶は無いんで、先輩達が知り合ったのは俺が居なくなった後の話かもしれん。

 だって、そんなが居たら嫌でも記憶に残るしな。


 目の前の少女を改めて観察すると、教会の時は余程焦っていたのだろう、オドオドと弱々しく何の変哲も無い普通の見習いシスターと言う印象しかなかったのだが、今の落ち着き払った彼女は、そのお嬢様オーラに加え、幼いながらも目鼻立ちが整ったとても美しい顔をしており、俺でさえ思わず本当に聖女と言われても納得出来る程の佇まいだ。

 何も知らない人からすると、幾ら本人が否定しようとも信じ切ってしまうのも頷ける。

 こりゃもしかすると、本当に魔法に気付いておらず、俺の激励にただお礼を言いに来ただけ……?

 

「先日は小父様の、コホン。いえ、を頂いたお陰で皆様を助ける事が出来まして、私……本当に感謝していますの」


 ……って事は無い様だ。


 ……これ完全気付いてるわ。しかもちょっと怒ってる?

 あからさまな言い間違いといい、その後のにっこりと微笑んでいながらも放たれている圧力。

 まるで手練手管を巧みに操る大貴族の腹芸の様だ。

 この娘、マジで何者だ?


「ははははは、そんな大袈裟な。感謝の言葉など、私には勿体無いですよ」


     「ぷぷぷぷ。ソォータさんが『私』ですって」


「いえ、私など神様の悪戯……。いえ神様の恩寵で一度の奇跡の機会を授けて頂いただけですの。聖女なんて分不相応ですわ。小父様がご謙遜されなくてもよろしいですの」


     「メアリ~? この人はセクハラ親父だから気を付けないとダメよ~」


 …………。


「って、 嬢ちゃん! さっきからちょこちょこ五月蝿いっての! 何でお前が同席してるんだ!」


 いつの間にか、ちゃっかりとメアリの横に座っている嬢ちゃんが、俺達が何か言う度に合いの手と言うか、俺をディスる言葉を放ってくる。


「そりゃ決まってるじゃないですか! ギルド内で聖女様に何か有ったら大問題ですからね。私が監視してるんですぅ~」


 今日はやけに突っかかってくるな? 親友がそれだけ大事ってのは分かるが……。

 もしかして俺がポロッと失礼な事を言ってギルドの評判を下げる事に警戒してるのか?


 ……あぁ、それなら十分有り得るわ。納得納得。


 とは言え、嬢ちゃんが居たら色々込み入った事も喋れんし退場して貰おうか。

 どうもメアリも何処と無くそれを望んでいる風だ。

 

「あのなぁ~。だからそんなバカな事する訳ねぇって言ってるだろ? 邪魔だからあっち行ってろ。ほれほれ」


 手で犬を追い払う様にシッシッと振ると、嬢ちゃんはそれに習ってか、まるで餓えた狼のように『ガルルル』と唸りながら、俺に向けてシュッシュとシャドーボクシングをしだした。


 やめろ! その攻撃は俺に効く!


「ウフフフ。小父様って、普段はそんな喋り方を為さってるのですね」


 思わず素が出た俺の事を、さもおかしいと言わんばかりに笑っている。

 離れた所に座ってるギルドの奴等からも笑い声が上がった。

 ……あいつら、聞き耳立ててやがったのか。


 まぁ、思わずあの時の喋り方のままで対応してる俺が可笑しいっちゃ可笑しいのだが、何となく流れで喋ってしまっていた。

 何だろうな? メアリを前にしていると、何かそれが自然と言うか当たり前みたいな感じがして、嬢ちゃんに指摘されるまで自分でも気付かなかった。


「そうなのよ。いつもは口の悪いおっさんなのよ~」


「うるせぇよ! と言うか本当に嬢ちゃんとメアリは幼馴染みなのか? どうも育ちが違うと言うか……」


「しっ、失礼ですよ! そんな事無いもんねぇ、メアリ!」


「えぇ、アンリは私の掛け替えの無い親友ですの。小さい頃から私の心の支えとなって頂いてるとても大切で素晴らしい人ですわ」


「そんな誉められると照れる~」


 多分お世辞で言ったのだろうが、二人が幼馴染みで小さい頃からの親友ってのは本当の様だな。

 嬢ちゃんはそのお世辞をそのまま受け取って顔真っ赤にして照れてるな。単純な奴だ。


「私は……、今の小父様の方が素敵と思いますの」


 なっ! 何を言いやがる! しかも少し頬を赤らめて伏し目がちに言うこの仕草!

 こ、こいつは俗に言う小悪魔女子と言う奴か?

 ちょっとトキメいちまったじゃねぇか!

 末恐ろしい奴だ……!


「メッ! メアリ? あなたもしかして悪い物でも食べたの?」


「だから嬢ちゃん、さっきから失礼だってぇの!」


「それに今日は、服も寝巻きじゃないですし、その服とても似合っていますわ」


 ……そう言えば、あの時パジャマだったな。

 しかもそのまま北に向かったんで、帰りはボロボロになった所為で門番に止められちまって大変だった。

 化け物と戦ったからこうなったと言ったら、『かわいそう』にと今着ている服を貸してくれたんだよな。 

 一見普段着の様だが、どうも国から支給される一種の制服みたいな物で、結構な上物らしく気に入ったから暫く借用予定になっている。

 まぁ、あの門番も元冒険者で俺の教え子だったので、これ位は大目に見て貰えるだろう。


「え? もしかしてソォータさん! ギルドの名を語りながら寝巻であちこちに出没してたんですか?」


「出没って、変態じゃあるまいし人聞きの悪い……」


「同じ事です!! ギルドの品位を落とす真似は許しませんよ? 気を付けて下さい!!」


「はいはい、今後は気を付けますよ」


 あの時は時間も無かったし、武装してパニックになっている住民の前に出て、不安を煽る事も無かったんで仕方無かったんだよ。

 と反論しようと思ったが面倒臭いので折れておこうか。俺は大人だしな。


「しかし、メアリとアンリか。なんか名前も似ているな」


 アとリが被ってるじゃねぇか。

 少しややこしいな、思わず言い間違ってしまいそうだ。

 それに何処と無くだ。


「えぇ、私のお父様とアンリのお父様が、娘が出来たらこの名前にしようと決めていたそうですの」


「へぇ~、実は俺もこの嬢ちゃんの父親と古い知り合いなんだが、どうもメアリの父親について心当たりが無いんだよな。そこら辺の話何か知らねぇか?」


 俺の言葉に二人して首を傾げて考え出した。

 二人顔を見合わせて互いに何かを伺っているようだが、何なんだ?


「どうしたんだ二人共? 話せねぇ事でも有るのか?」


「それがねぇ、知らないのよ~。お父さんもお母さんも現役時代の事はあまり詳しく話してくれないのよね~。言われたらなんでだろう? う~ん」


「うちもですの。昔住んでる街で親友だったとしか」


「ふ~ん、まっ冒険者ってのは楽しい事ばかりじゃないからよ。先輩も色々有ったんだろうさ。悪かったな変な事聞いて」


 そう言って、腕を組んで悩んでいる嬢ちゃんの頭を軽く撫でてやった。

 嬢ちゃんは子供扱いされた事に拗ねて口を尖らせている。

 嬢ちゃん? それ十分子供だぜ?


 しかし、昔住んでいた街で親友だった……か。

 元々先輩はこの国の出身で、冒険の旅の末、あの国の街に腰を下ろしたと言っていたか。

 姉御と出会ったかららしいが。

 と言う事は、メアリの父親はこの国の人間だったのか?

 いや、それなら過去を語らないのが解せない。

 ……まぁ、良いか。俺には関係無い事だ。



「しかし、本当にアンリと小父様は仲が良いんですね。羨ましいですの」


 は? 仲が良い? いや、悪くはないが、先輩の娘だしギルドの受付嬢もやってるしな。

 羨ましがられるような物でもないと思うが?

 ある意味成長を見守ってきたと言っても過言ではないし、どちらかと言うと娘的な? そんな感じだ。


「な! ななな何言ってんのよメアリ! そんな事全然無いって! こんなセクハラ親父!」


 嬢ちゃんが急に立ち上がって全力でメアリの言葉を否定した。

 ……。いや良いんだけどよ。少しおじさん傷付いたわ。

 娘じゃねぇな、やっぱり他人だわ。


「実は、二人で遊んでる時『ソォータさん、ソォータさん』って小父様の話をしてくるんですのよ。だから、元々ずっとどんな方なのだろうと思っていましたの。それがまさか小父様の事だったなんて」


「違うってそんなんじゃないって!」


「ほ~そうなのか。どんな事言ってるんだ? あ~『うちのギルドに怠け者のおっさんが居て困ってるのよ~』とかか? ははは」


「そうそう! そんな感じ!! ねっ? ねっ? メアリ」


 嬢ちゃんが俺の言葉にえらく喰い付き気味に、メアリに対して片目をパチパチさせながら必死で何かをアピールしている。

 こんな慌ててる嬢ちゃんを見るのは初めてだな。


「ウフフ、そう言う事にしておきますの」


「もう! もう! それ以上何か言ったら絶交だからね~!」


 ダダダダダダダッーー!


 あっ嬢ちゃんが顔を真っ赤にして捨て台詞を吐きながら逃げてった。

 何だったんだ? 全く。

 しかし、皆の聞き耳といい、なんとかしないとな。

 メアリが俺の力の事を喋っちまったら、そこからバレちまう。


「アンリには少し意地悪をしてしまいましたわ。後で謝らないとダメですの。……でも、これでゆっくりと小父様とお話が出来ますの」


 逃げて行く嬢ちゃんを眺めながら、どうするか考えていると、急に声を潜めながらメアリが、そう言って来た。

 慌ててメアリの方を向くと、相変わらず圧力を放つにこやかなお嬢様スマイルで俺を見詰めていた。

 もしかして、今のは嬢ちゃんを追い払う演技だったのか?

 こいつは思った以上に喰えない奴の様だ。

 本当に人選間違えた。あの日の俺をぶん殴ってやりたい気分だぜ。


 ある意味、魔族との戦い以上に緊張している俺は、目の前の俺に仕立て上げられてしまった聖女の口から何が飛び出すのか、ただ固唾を飲んで待つ事しか出来なかった。

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