第15話 俺の罪
「約二十年前、隣の大陸にある王国で、大規模な魔物の襲撃事件が有ったそうです」
ダイスは俺の目を見たまま話し続けた。
そう、あれは二十年前の事だった。神の声が聞こえなくなった俺は、身寄りも無いこの世界で生きて行く為に、同じ位の歳の仲間達と共に冒険に明け暮れていた。
そんなある日、辺境の複数の村で魔物が同時発生したと知らせを受け、今回の様に冒険者ギルドで幾つかの部隊を結成し、騎士団と共に被害が有ったとされる村の一つに俺は彼女と一緒に派遣された。
「その際、村の防衛に当たった冒険者の少年の一人が事も有ろうに、その村の住民を虐殺した。すぐにその少年は騎士団に拘束され、その場で騎士団長により死刑が宣告されたようです」
そうだ、俺が村人達を……。
村に到着後、手分けして村を捜索する事になった。
俺と彼女を含めた数人のメンバーは、村の奥にある広場に向かったのだが、不思議な事に報告に有った魔物達の姿は無く、村人達だけが広場の中央に集まり、ただぼーっと立っているのを見付けたんだ。
俺達は村人達に事情を聞こうと声を掛けた途端、突然跳ねた様に動き出し、目に入る者全て……動く者全てを目掛けて襲いだした。
そう標的は、俺達だけじゃなかった。
最初に俺達の方を振り向いた奴は、その後ろの奴によって、その手に持っていた鎌に首を切られた。
そして、そいつもその後ろの奴に……。
それを皮切りに、一斉に村人達は動き出し狂乱の幕が上がったんだ。
明らかに異常な村人の様子に、一旦逃げようと進言した俺の言葉を振り払い、魔物に襲われた恐怖で気が触れたからだと、治癒魔法を掛け続けた彼女。
そんな彼女が襲われそうになった際、俺は思わず村人を斬ってしまった。
それでも村人達は止まらい。
農具を振り回す腕を切っても、迫り来る足の骨を砕いても、まるでゾンビの様に立ち上がる。
目の前で繰り広げられる、その地獄の様な光景に恐怖に駆られた俺は、だから……。
『なぜ殺したの! 私が治そうと頑張っていたのに!』
数分後、動く者は俺と彼女の二人だけ。
全てが終わった後、そんな俺を責める彼女の言葉と侮蔑の目。
俺は絶望と言う言葉を初めて思い知った。
その後駆け付けた他の者達も、彼女の言葉をそのままに俺を責め立て続けた。
庇ってくれた奴も居たが、その声は周りに転がる村人達の屍の前にすぐに掻き消えてしまった。
そんなつもりじゃなかった。ただ彼女を助けたかっただけなんだ。
でも、殺してしまった罪は変わらない。
それに、あの時は分からなかったけど、実際に『
その後の事はあまり覚えていない。
騎士団に拘束され裁判も何も無く、その場でそれまで世話になっていた騎士団長の口から死刑の宣告を受けたのを、他人事の様に聞いていた事だけは今も頭に残っている。
「少年を王都に護送中、奇妙な魔物に遭遇した。それは下半身は蛇、そして上半身は人の様な姿だったそうです」
そうだ、護送車の檻の中で膝を抱えていた俺の前に奴が現れた。
その姿を見た途端、頭の中に神の言った『魔族』と言う言葉が浮かんで、恐怖によって固まってしまったんだ。
「その魔物が唸り声を上げた途端、護送車の周りの騎士達が急に狂った様に後詰の騎士達を襲い出した。壮絶な同士打ちだったらしいですよ。その後魔物は姿を消したそうですが、それと共に護送されていた少年の姿も消えていた」
そうだ。街道を進む俺達の横手から現れた奴は、その能力を使い周囲の騎士達を洗脳……いや、魔物化させた。
そして、他の騎士達を襲い出した。
それは地獄の光景だった。仲が良かった騎士の皆が殺し合っている。
その中心に俺が居た。
護送車を引いていた馬も魔物化されたのか急に暴れ出し、それによって護送車が横転し俺を閉じ込めていた檻が壊れて俺は外に投げ出されたんだ。
見上げると、奴が無表情で見下ろしていた。
俺は逃げるのも忘れ、その場で死を意識したが、奴はそのまま踵を返し去って行った。
我に返った俺はその場から逃げ出した。ここより遠くへ、悪夢から逃れる為に。
「おかしくなった騎士達の中心に居ながら変わらなかった少年。その少年が魔物を操って逃げたのではないか? との疑いで指名手配がされましたが、いまだにその少年は見付かって居ないそうです」
俺の過去を喋り終えたダイスは、俺の顔を見詰めたまま黙っている。
そうだ、俺は『魔物使いの容疑者』として指名手配を受けていた。
冒険者仲間だった奴等も関与を疑われ、全員取り調べを受けたらしいが、『足手纏いなあいつは仲間なんかじゃない』や『最初から疑っていた』とか言って俺が潜伏しそうな場所を残らず喋ったらしい。
俺が助けたかった治癒師の彼女も……。
「ふぅ……。良く調べたな。で? どうするんだ? 俺を王国にでも売り渡すのか?」
俺は戯けた振りでそう言った。
まぁ、それも良いかもしれん。
こいつに面と向かって俺の罪を語られると、何故か逃げると言う選択肢が浮かんで来なかった。
正直もう疲れた、そんな気持ちになって来る。
そんな心境でダイスを見ていると、真剣だった顔が急に緩みだした。
え? どう言う事だ? 今の流れでなんでそんな顔をする?
俺はダイスの急変に思考が付いて行かず狼狽えてしまった。
「まぁ、最初はそれも考えたんですけどね。と言っても、もうその指名手配は無効ですし」
「は? どう言う事だ? 無効って?」
ダイスの言葉の意味が分からない。
無効ってなんだ? もしかして俺の疑いが晴れたのか
「だって、その王国って今はもう無いんですもん」
「なっ! なんで! 王国がないって? そんな馬鹿な! 騎士は? 王は? それに仲間だったあいつらはどうなった?」
王国が無くなってるってどう言う事なんだ? あれから二十年しか経ってないだろ!
奴にやられたのか? いやさすが王国を滅ぼす程の力が有るとは思えない。
「落ち着いて下さいよ。先生。でもその態度で確信しました。先生はやっぱり魔族と繋がっていた訳じゃないんですね?」
「当り前だ!! 奴の所為で俺は……。それより何が有ったんだ?」
「先生が逃げたとされる十年後位ですかね。また似たような事件が有った様なんですよ」
また有った? 逃げるのに必死で知らなかった。
辛い現実から目を背けたくて王国の名を聞くだけでその場から立ち去っていたし、噂さえ今まで聞こうと思わなかった。
「ふむふむ。その様子だと、これについては先生も関わってないんですね。安心しました」
「おい! 人の表情を読むなよ!」
「ハハハッ、すみません。大丈夫だとは思っていましたが、一応は警戒をしませんとね」
なるほど、今のは誘導尋問みたいな物か。
俺の反応を見て、指名手配に有る様に『魔族の手先』かどうかを測っていたんだな。
嘘が下手と思っていたが、結構な役者具合だぜ。
「話の続きですが、魔族に滅ぼされたと言う訳では有りません。その混乱に乗じて南方の国が侵攻してきて王都を陥落、そして王国は滅びました。この騒動に関しては周辺国からも色々と非難の声が上がりましたが、その頃王国の評判はあまり良くなかったようで、結局先生の件を含めて全て有耶無耶のまま南方の国が併合し、現在に至っているそうですよ」
「そんな馬鹿な! 王は聡明で優しい賢王として周辺国からも慕われていた! それに南方の国は友好国だった。なのになぜ?」
身寄りの無い冒険者だった俺にも気さくに話しかけてくれたあの優しい王。
それに南方の国も商隊護衛で何度か言った事が有るが、両国が戦争をするなんて空気は全く無かった。
一体何が有ったんだ?
「それなんですが、時期的には先生が逃げてから三年後位でしょうか? 王が急死してその後継に第二王子が新しく王になったんですよ」
第二王子? どんな奴だっけ?
第一王子は何度か会って色々と話をした事を覚えている。王に似て、とても聡明な人だった。
第二……第二? ……あっ、あの愚鈍か。
馬鹿で臆病と街中で噂されていた。幾度か城で会ったが、冒険者と言うだけでゴミを見る目で俺を見て来たな。
あの目は今でも腹が立つ。
しかし……。
「そんな馬鹿な。あいつは王になる器じゃないぞ。それに第一王子はどうした」
「それは、分かりません。そこまでの資料は見付かりませんでした。けど確かに新しい王は先生が言う通り王の器じゃなかった。次第に王国は荒れ、周辺国に対しても横柄な態度を取り、かなり浮いていたそうです。そして南方の国の王女に目を付けて無理矢理結婚を迫り、ついには攫ってしまった。だから王女奪還の為に兵を挙げ侵攻したとの事です。まぁここら辺は戦勝国の侵略の正当性を主張する為の資料ですので何処まで本当か分かりませんけどね」
確かにあいつならやりそうだ。街の噂の大半が女癖の話だったし、俺の彼女……だった奴に対しても色目を使っていた。
くそ! 何が有ったんだ? 第一王子ならこんな事にはならなかったのに。
「そうだ、ギルドマスターならそこら辺詳しいんじゃないでしょうか? 実は指名手配の件に関しては、ギルドマスターから裏付けを取ったんですよ。資料に書かれていた国の名をギルドマスターから聞いた事が有りましたから、もしかして知っているのかなと思って聞いてみたんです」
「なっ! あいつ喋りやがったのか!」
「そんなに怒らないで下さい。ギルドマスターは先生の疑惑を晴らす為ならばと話してくれたんですよ」
「どう言う事だ?」
俺の疑惑を晴らす?
確かにあの事件の時、ギルドマスターはあの現場に一緒に居た。
ギルドマスターは当時あの王国の冒険者ギルドで俺の先輩冒険者として活躍していたんだ。
そしてあの事件の時、同じ部隊で一緒にあの村に派遣され、俺の罪を目の当たりにした人でもある。
そう言えばあの時、ギルドマスターは俺を庇おうとしてくれたか。
時が流れ、再び出会うとは思わなかった。
逃げようとした俺に『あれは彼女を助けるためだったのだろう。仕方が無かった』と言って匿うことを約束してくれたんだ。
『魔物の使い』と言うのも端から信じていなかったらしい。
逆にあの事件の時の俺の悲壮な表情を見て、そんな訳が無いと笑ってくれた。
まぁ混乱に乗じて逃げ出したことは怒られだけどな。
護送に先回りして、俺の死刑撤回の準備をしていたのが台無しだったと言われたよ。
この大陸に居た理由は、あの後王国から離れ、故郷であるこの国に帰って来たからだと言っていたが、そうか、王国がそんな事になっていたからだったのか……。
「でもな、疑惑と言っても村人を殺した事は事実だ。しかも治せた人達をだ。その罪は消えねぇよ」
そうだ、俺の罪は消えない。
彼女の言った通り、頑張って色々な魔法を掛け続けていたとしたら、その内浄化の魔法に気付いて治せたかもしれないんだ。
「それなんですが、朗報があるんですよ」
俺が拭う事が出来ない罪の意識を再び自覚していると、ダイスは嬉しそうな顔でそんな事を言い出した。
「……朗報?」
俺の言葉にダイスは深く頷いた。
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