第13話 敵(かたき)


「遅ぇ! もうその魔法は使わせねぇよ! ウィンドカッター風刃& アイスチェーン氷鎖


 性懲りも無く触手の魔法を使って来ようとした奴に対して、走ると同時に準備していた風と氷の魔法で攻撃した。

 風刃によって触手は切り刻まれ、氷鎖は奴の身体を縛り上げる。

 身動きが取れない奴に対して、俺は左からダイスは右から同じタイミングで切り抜けた。

 勿論、剣が当たる瞬間に氷鎖は解除する。


「ギャァァァァァァ!!」


 俺の攻撃によって奴の右腕は宙を舞い、ダイスの剣は奴の脇腹を切り裂く。

 それによって奴は断末魔の如き叫び声を上げた。


「やったか!?」

「先生! 危ない!」


 背後から聞こえる絶叫に勝利を確信して振り返ると、ダイスが俺に大声で注意して来た。

 その言葉が示す通り、目の前に奴の尻尾が迫って来るのが見える。

 ……そう言えばこいつの下半身って蛇だったな。苦し紛れの攻撃か!

 俺はすぐさまその攻撃に反応し、手に持った斧を草原の草を薙ぐように尻尾目掛けて真一文字に斬り払った。


ザンッ! ドサッ!


 俺の攻撃によって、奴の尻尾が先程の腕同様宙を舞い、少し離れた所に落下した。

 奴は再び痛みのあまり、辺りを転げ回って絶叫を上げている。

 魔族もこうなると哀れだな。さて、止めを刺すか。

 

「えっ? えぇぇぇ~。先生~。何ですか。なんで斧なんかで、そいつの鱗をバターみたいにすっぱり切ってるんですか? 俺の剣ってかなりの業物なのにさっき簡単に弾かれたんですけど……」


 ダイスが、俺が事も無げに奴の鱗ごと尻尾を切り落とした事に驚き、情けない声を出した。

 

「うん? あぁ最初から硬いと分かっていたら力の入れ具合も変わるだろ。気にすんな、ある意味お前のお陰だ」


 一応この言葉は嘘ではない。

 ダイスの攻撃が通らない程の硬さと分かっていたら、ただ単にそれ以上の力を出せば良いだけだ。

 硬さの具合を知らないままだったら、奴を侮って斬り損なってダメージを受けていた可能性が高かっただろう。


「う~ん、そうですかねぇ~」


 ダイスは俺の回答に首を傾げながらも、武器を構え直して奴へ止めを刺す為、のた打ち回っている奴へと間合いを詰めた。

 奴は迫りくる俺達に、恐怖と痛みで顔を歪ませながらゆっくりと後退っている。

 しかし、それを逃すまいと飛び掛かろうとした時、急に奴の周りに魔力が集まり出すのを感じた。

 先程の触手の時より明らかに大きな力だ。

 

「気を付けろ! また何かやらかすぞ!」


 俺はダイスに声を掛け、魔法発動前に一気に方を付けようと走り出した。

 ダイスもそれに習う。


「ガァァァァァァ!!」


 奴は命運尽きた自分への恨み言を俺達にぶつけようとでも言うのか、急に吠え出した。

 その瞬間、足元が地鳴りと共に大きく揺れ出し、それによって体勢を崩し思わずこけそうになったのを何とか踏み止まった。

 しかし、揺れは収まるどころか更に大きくなり、地面に幾筋もの地割れが出来、それらが隆起しだした。


「うおっ! これアースクエイク地震かよ! こいつこんな魔法まで……」


 奴は魔法による地震にこけまいと踏ん張っている俺達を、まるで嘲笑っているかの如く目を細めてこちらを見ている奴の背後の地面が大きく割ける。


「せ、先生! ど、どうやらあいつ逃げるみたいですよ!」


 ダイスの言う通り、避けた地面に奴は飛び込み、そしてその姿を消した。

 俺達はすぐに追おうとするが、 姿を消しても揺れはまだ続いており、思った様に進めない。

 クッ! 逃がすかよ! 俺は足で追うのを諦め地面に立膝を突き体制の安定を図った。


「ど、どうするんですか先生? 急に座り出して」


「慌てんなって。奴には既にマーキングをしている。地面の中に居ようが逃さねぇよ」


「いつの間に! さすが先生!」


 俺が最初に奴に放った魔法である土槍だが、奴は土槍の魔法解除では無く、土を操作して元の姿に戻していただけだ。

 すなわち奴の身体を貫いた魔力自体は残滓となって、そのまま奴の身体に染みついていると言う事だ。


 それを探れば……、居た。


 奴は地面の下を北に向かって移動している。

 怪我の所為かスピードはそこまで早くないようだ。

 これなら俺の魔法射程内だな。

 俺はいまだ揺れる地面に手を当て魔力を集中させた。


アースバレット土弾!!」


「え? 先生? なんでそんな呪文? ……え? えぇ! 嘘ぉ!」


 俺が唱えた呪文にダイスが意図を分からず疑問の声を上げたが、すぐに効果を表したに驚き、変な声を上げている。

 まぁ、そうだろう。普通は土弾と言えば地面からスリング用の弾位の大きさの塊を作り出し、相手に発射する魔法だ。

 地面の中に居る奴に使用する魔法じゃない。ダイスが疑問を呈するのは本来間違っちゃいない。

 しかし間違いだ。俺の場合はな。


「更に! アイスバレット氷弾


 続けて俺はに対して魔法を掛けた。

 今度は氷弾。空気中の水分を集め氷の弾を作り出し相手にぶつける土弾と似たような魔法だ。

 但し今回は奴にぶつける訳じゃねぇ。

 少々空気中の水分が足りなかったようで、周りの木々が急速に枯れ出した。

 

「せ、先生……。もしかしてあの中に?」


 俺の意図に気付いたダイスが信じられないような物を見る目で、俺と空中に浮かぶを交互に見比べて絶句している。

 いつの間にか、いや確実に俺の魔法の仕業なんだが、地面の揺れは収まっている。

 その代わり、奴が逃げていた場所が大きく抉られていた。

 その土は何処に行ったかと言えば……。


「先生、ってスリングの弾と言うより砲弾。い、いや、まるで隕石ですよ!」


 震える手で指差している先に浮かぶ物。俺が土弾の魔法で作った

 そう、奴の周りの地面をそのままとして、奴ごと土弾にしてやった。

 勿論、土のままだと槍や鎖同様キャンセルされるので、土弾の表面をコーティングする様に氷弾で覆ってやったぜ。

 これであいつは逃げられねぇ!

 氷弾生成に水分吸われて枯れてしまった周りの木々達よ、すまんな。これも魔族討伐に必要な事だったんだ。お前らの犠牲は無駄にはしねぇよ。


 目の前に俺からの発射の合図を待っているふよふよと浮かぶ、直径6メートルは有ろうかと言う魔族in土弾in氷弾。

 その弾の中からドンドンと何かを叩く音が聞こえる。

 恐らく土弾を解除した奴が、中から氷弾を叩き割ろうと殴っているんだろう。

 やはり解除出来るのは土属性だけか。

 なら話は簡単。破壊出来るかどうかは、お互いの魔力の強さ勝負だな。

 そして、俺の魔力にお前じゃ勝てねぇよ!


「おい! ダイス。ちょっと離れてろ」


「え? どうするつもりですか?」


「まぁ見てな」


 俺はダイスに離れる様に指示すると、ドンドンと奴が氷を殴りつける音が響く氷弾を空高く浮かび上げた。


「これ位か? んじゃ行くぜ!!」


 50mばかり浮かび上げた所で、俺は氷弾を止めて次の指示を実行した。

 それにより氷弾は抉れた地面に向かって超スピードで落下を始めた。


「抉れった地面の土を、元の場所に戻さないとな!! ははははは!!」


「ひぃぃぃ! 先生は魔族より魔族だ!」


 失敬な! 俺は少し面倒臭がりなだけの心優しい人間だぞ?

 氷弾は超スピードのまま抉れた地面に突き刺さり、それによりとてつもない大音量と衝撃を放った。

 辺りに凄まじい爆風が吹き荒れ、あまりの事に両腕で顔を覆う。

 爆風が止んだ後、グレン達が無事かと振り返ったが、地面に寝転がっているのが幸いしたのか巻き上げられた土砂は多少被っているものの大丈夫だったようだ。

 ダイスも木の陰に隠れて、爆風を凌いでいて無事だった。

 しかし、グレン達全然起きねぇな? 俺の探知魔法ってそこまできついのか?


「さて、ミミズ野郎。覚悟は良いか?」


 皆の無事を確認した俺は氷弾が落下した地点まで歩いて来た。

 まぁ、当たり前なのだが、抉れた地面は落下の衝撃で更に大きなクレーターを形成していた。

 そして、奴と言えば砕け散った氷弾の上に仰向け状態で倒れている。

 一瞬死んでいるのかと思ったが、まだ息は有るらしい。

 微かだが弱々しく胸が上下に動いており、びゅーびゅーと耳障りな荒い息が聞こえて来た。


 さすが魔族。しぶとい野郎だな。

 このまま放って置いても死んじまいそうだが、そうはさせねぇよ。

 俺の手で止めを刺してやる。


 俺は奴が横たわる傍まで来ると手に持った斧を大きく振りかぶり魔族を見下ろした。

 奴は血だらけの姿のまま忌々し気にこちらを見ているが、既に反撃をする力も残っていないようだ。

 この斧を振り下ろせば全てが終わる。

 俺の悪夢。そして村人達のかたき

 こいつさえ居なければ、俺はまだあの国で仲間達と共に冒険を……、いや案外腰を落ち着かせてあの子と一緒に家庭を気付いていたかもしれない。

 そんな日々はもう取り返せないが、悪夢を終わらせる事は出来るだろう。



 ん? 村人達のかたき? ……。あっ……。


 その時、俺は気付いてしまった。

 村人達のかたき……。それは……。


 気付いてしまった俺は手に持った斧を振り下ろせず、その場で固まってしまった。


「先生? どうしました?」


 俺の様子に心配そうに声を掛けて来るダイスだったが、俺はその言葉をどこか遠くから聞いている感覚に陥った。

 頭の中がぐわんぐわんと音を立てて揺れている。

 込み上げてくる吐き気に俺は意識が失いそうになった。

 

「ダイス……」


「ん? 何です先生?」


「こいつの止めはお前が刺せ」


「えー何でですか? 因縁の相手なんでしょう?」


 俺の突然の言葉にダイスが驚いた声を上げる。

 因縁の相手……。そうだ因縁の相手だ。

 でも俺にはこいつの止めを刺す資格はねぇ。

 俺は斧を地面に放り投げ、死に掛けの奴に背を向けて森の出口に向かい歩き出す。


「ダイス……すまんが俺は帰るわ。今回の事、全部お前の手柄って事にしておいてくれ」


 俺は立ち止まりダイスに顔を向けてそう言った。

 その言葉にまたもや驚いた顔をしたダイスだが、俺の表情から何かを察したのかすぐに真剣な顔になった。

 そして何かを納得したのか、顔を緩め小さく頷く。


「仕方無いですね。先生の目立ちたくないって性格は本当に筋金入りです。分かりました。何とか誤魔化しますよ。でも今度俺のお願いも聞いて下さいよ?」


 ダイスはやれやれと言った仕草でそう言った。

 本当にこいつは良い奴だ。


「すまん、助かる」


 俺はそう言うと、また森の出口に向かって歩き出した。

 背後から聞こえる魔族の断末魔を聞きながら……。

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