第10話 デントスのホテルでの出来事

 開放的な南国の明るい景色と街並み。こちらで揃えた衣服の軽さや、乾いた空気の心地よさ。


 隣には大切な人がいてくれる。大切で愛しい時間。




 衣料品や雑貨のお店にもあちこち立ち寄り、買った物でかさばる物は全てホテルに届けてもらう様に頼んだ。


 急な石畳の、坂道の隙間から見える海が青い。コンテスさんとは別行動だ。


「リボンは橙色の方が良かったか?」


「ううん、ザクの選んでくれたこの深緑のリボンがいいよ」


 麦わら帽子に似た植物が素材の帽子のリボンの色を、ザクは気にしてくれていた。


 帽子を被って見せれば、彼は目を細めてこちらを見る。



 彼には、白いシャツも生成りの足首丈の綿パンツも良く似合った。シャツはオーバーシャツにしてサラリと着ている。


 彼は美しい人だから、何を着ても素敵で、ぽーっと見上げてただ眺める事も多々ある。


 私の持っている遠い彼方の記憶でも、彼を飽きることなく眺めていた覚えがあった。


『どうしてそんなにきれいなの?』


『どうしてわたしにやさしいの?』


 不思議だった。


 





 そんな私を、クスリと笑いながらいつも優しく頭を撫でてくれた。白い指先の優しさは時を経ても変わらぬまま。


「少し歩き疲れたか?、そろそろホテルに戻ろうか」


「うん」


 素直に頷いて横に並んで歩いた。


 ザクには、エルメンティアから持って来た繊細な細工の服も似合うけれど、シンプルな服も素敵だ。


 

 


 しかし彼は自分の服などおざなりで、私の身に着ける物や、喜びそうな物ばかり見て歩こうとするので、私は彼に似合いそうな物を見つけると、彼の身体にあてて見るのだった。それすらも、幸せで、楽しくて仕方ない。


「フィーが私の身に着ける物を選んでくれるのは嬉しいな」


「本当?良かった」


「ちょっと、待って。ああ、これも似合うな。フィーは本当に何を着ても可愛い。私もフィーの洋服を選べて嬉しい」


 そう言って、サラリとした生地で赤い模様のワンピースを私の身体にそわせて見ている。


 お互いに商品を相手の身体にあて、様子を見て笑う。エルメンティアでは、なかなか出来ないこの様な事が、此処では出来るのは新鮮だった。


「ありがとう。ザクと洋服選び出来るなんて幸せ。ザクは何を着ても似合うから迷うな~」


「そうか?自身の事には興味が無いゆえ、よく分からないが、フィーが楽しそうで何よりだ」


「ふふっ」


 目を合わせて微笑み合いながら、そのまま仲良く歩いてホテルに帰る。

 

 途中にあれこれ買った菓子の包みを大きな紙袋に入れて貰い、私はその包みを両手で抱えていた。軽いので、ザクが持ってくれると言ったけど、遠慮しておいた。


 ザクは他にも、途中で露天で買ったお土産を入れた袋を幾つか持ってくれていたのだ。



 ホテルの広々とした風通しの良いラウンジを通り、2階へと続く階段を見上げる。


 白い手摺が、下から見上げると天使が羽を広げた様なデザインで優美だった。


「キャーッ」


 驚いた事に、その時、突然叫び声が聞こえて、女性が階段上から不自然な態勢で落ちて来た。


 咄嗟の事だったけど、ザクは一瞬で私を危険のない脇へと移動させ、持っていた荷物を置くと落下して来た女性を危なげなく階段の途中まで赴き受け止めたのだった。


 トサリと音が響いた。


 普通の人には目にも留まらぬ早技だったので、気づいたら階段で、落ちて来た婦人を男性が受け止めていたという感じだと思う。


 ロビーラウンジにいた何人かの人が驚いた様に此方を見ている。何事かと驚いているのだ。


 落ちてきた女性(ひと)は放心状態で、ザクの腕の中で震えながら自分が落ちて来た階段の上をみつめるばかりだ。


 おや、と私は思った、この人は・・・。


「お、お嬢様!、ご無事ですか?」


 そこから、やはり見覚えのある侍女らしき女性が、転げそうになりながらも慌てふためいて2階から駆け降りて来る。


 お嬢様と呼ばれた人は、船で一緒だったエルメンティアの貴族の女性だったのだ。


「お客様、どうされましたか?」


 ここで、ホテルの支配人という人が駆け寄って来た。


「このご婦人が、階段上から落ちて来たので、たまたま下にいた私が受け止めたのだ」


 そう、ザクは答えた。


「だ、誰かが、私を突き飛ばしたのよ!」


 身体の強張りが解けた様で、当人が叫んだ。


 そして、思い出した様に、彼女を抱えていたザクの顔を見上げて、一瞬驚いた表情をした。次には顔を赤らめた。それはそうだろう、ザクの美貌は髪や瞳の色を暗く変えても問題ない。


「怪我が無いのなら、降ろすぞ」


 ザクは、声をかけてから籐で出来たロビーの長椅子に彼女をそっと降ろした。すると、慌てた様に彼女が言った。


「ま、待ちなさい、貴方、エルメンティアから来た者でしょ、このまま部屋まで私を連れて行って頂戴!」


 そう言い放つ彼女は、エルメンティアから来た庶民なら、貴族の自分が言うことは、聞いて当然だと言わんばかりの態度だった。でもまだザクに助けて貰ったお礼すら言って無いんだけど。素直に腰が抜けたと言えば良いものを。


 ザクはもう彼女の事など無かった事の様に、私を見てニッコリ笑った。


「フィー待たせて悪かった。さあ部屋に戻ろうか」


「えっ、う、うん」


「ちょっと待ちなさい、エルメンティアの庶民のくせに、言うことが聞けないの!」


 私は呆れて目を見開いた。これは絵に描いたようなダメダメなエルメンティア貴族の見本だ。


 一言、物申してやろうと思ったけど、その前にザクがほんの少し威圧の魔力を彼女に向けたのだった。


「ヒイッ!」


 途端に、彼女は身震いして両手で自分の肩をだきしめる。えも云われぬ不快感が彼女を襲ったのだろう。


 強い魔力を向けられると、耐性の無い弱い魔力持ちであれば、失神する事もあると聞く。


「思い上がったエルメンティアの貴族の娘よ、程々にする事だな。他国で恥を晒せば国の恥にもなる」


 静かな声にも威圧がかけられていた。


 もう彼女には自分の目の前にいるのが、庶民の色に姿を変えた恐ろしいほどに強い魔力を持った、高位の貴族だと分かった筈だ。残念ながら船での出来事も彼女には教訓にはならなかったのだろう。




 そんな事があった後、彼女の事はホテルの支配人に任せて、二階に上がった。


 先ほどあの人が落ちてきた場所だ。


 ホテルを出るときには気づかなかったけれど、落下事故の際に少し気になる事があったのだ。


 そっとザクにだけ聞こえる様に、彼の隣を歩きながら声をかけた。


「ザク、私、瘴気が彼女に憑いていたのを見たわ」


「そうだな。落ちてきた事と何かしら関係あるのかもしれぬな」


 ザクも気づいていた様だ。



 階段の突き当りの広間は、この地の歴史的な成り立ち等を展示してあると、宿泊の手続きの際に聞いた事を思い出す。なるほど、扉の前にはそのような事が書かれたプレートが吊り下げられていた。


 開いた扉の中には係りの人がいて、説明をしてくれている様子で、宿泊客も何人かは展示物を見ている様子が伺える。


「ねえザク、荷物を置いて展示室に行ってみよう」


「そうだな」


 


 


 


 


 



 







 


 


 

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