第四章

第1話 出発

 離れの庭をいつもの様にザクと二人で散策していた。ザクが籠(カゴ)を持ってくれているので、果樹園を周り、みずみずしいフルーツを鋏で摘み取りそっと傷つけないように入れていく。


 スモモが真っ赤に熟れてなんて美味しそうなんだろうか、それにいい匂い、とても甘くて華やかな香りだ。


 その一つを顔に近づけ何度も匂を嗅いでいると、彼はクスリと笑う。


 そして、なんてことなさそうに、さらりと言った。


  


「そうだ、フィー。私と二人で異国へ旅をしないか?」


 突然の彼の言葉に、ちょっと驚いたけど、ぐっと見上げて即答した。


「する!」


「なんだ?フィーは何処へとも聞いていないのに、直ぐに返事をするのだな。私としては、少々心配になる」


 彼は首を傾けて顎に手を当てて私を見つめる。銀の髪がサラサラと肩から落ちて行く。


「心配しなくて大丈夫、ちゃんと考えて返事したよ。ねえ、だって今、二人で旅って言ったよね?」


「ああ言った。嘘ではな・・・」


「わーい」


 ぎゅーぎゅーとザクの胴周りを抱きしめぴょんぴょん跳ねた。


 満面の笑みを浮かべる私をザクは何か考えるような顔をして見て言った。


「ほら、跳ねずに落ち着くのだ。兎になってしまうぞ。それではゆっくり話ができない。―――シルク、お茶の用意を頼む」


 どこかにむかってザクが声をかけると、直ぐに返事がある。


 私の大好きなシルクが直ぐ近くに立っていた。


「はい、旦那様、直ぐにご用意致します。此方のテラスで宜しいでしょうか?」


「ああ、そうしてくれ。フィー、おいで」


 カゴをシルクに渡して、胴に回された私の手を解き、彼の右手と私の左手を繋いで、テラスのテーブルへと誘う。


 白い椅子を引いて私を腰をかけさせると、今度はテーブルを挟んで対面に座り私に微笑んだ。


「同盟を結んでいるロードカイオスから向こうに招待された。式典があるそうだ。そしてもう一つ、エルメンティアとロードカイオス間の航路の定期便が作られたので試しに船の乗り心地や、向こうの街への観光等を体験してみないかと言われた。他にも幾組みかの枠があるので、此方から向こうに行ってみたい貴族や商家の者等も招くと言われた。基本的にはそれぞれが個人的に参加をする形だ。だれがどの様に参加するなどというのは知らせない様に配慮されている」


「すごいね。ザクと二人で行ける?私、カイナハタンに飛ばされた時にザクと少しだけ街歩きしたけど、よそに行く時は仕事だし、旅はした事がないから・・・。嬉しい!」


「――――その様に喜ぶのなら、もっと彼方此方に連れていってやれば良かったな」


「えっ、でもずっと忙しかったし、十字島とかは一緒に行ってくれてたから、それはとても楽しかったよ」


「だが・・・そうか、『旅行』か、それ程よろこぶとは思わなかったのだ」


 ザクは私の反応に驚いたようだったけど、私は興奮してしまっていた。


「うん、ありがとう。うわ、どうしよ、どうしよう。嬉しい」


 こんな状態だった。


「ロードカイオスの人々は魔法を使う者が殆どいない。なるべく目立つ方法で魔法は使わずに旅行をしてみようかと思っている。それと、エルメンティアから向こうの国に行く者達がどのような様子なのかも見る必要もあるので、強力してくれるか?」


「うん。私もそうする。他国の人に対するエルメンティアの人達の様子も知りたいし。ああ、でも魔法も必要な時には使ってもいいんだよね」


「もちろんだ」


「いつ行くの?―――船に乗るのは、ザクと初めて会った時以来だね」


「フィーに会えた時の事はよく覚えている。予定では二週間後に出発する船で行くつもりだ。良いか?」


「私もあの時のことは昨日の事みたいに覚えてるよ。そうか、二週間後なんだ、直ぐだね何を用意するかシルクと相談しなくちゃ」


「気候や食べ物も変わるので、体調を崩さない様にしなければならないが、大丈夫だろうか?」


「大丈夫。いつも元気だし、それに気をつける」


 そう、私はザクと一緒に暮らすようになって、病気知らずでとても元気だった。それは、魔力の循環が身体の中で滞りなく行われている証だ。ザクとお互いの魔力を流し循環することでいつも確かめている。


「公務になるので、魔法師団の方には私が連絡する」


「公務?旅行に出るのに?」


「そうだな。旅行という名目の公務なのだ。旅の終わりには、エルメンティアの王族として式典に参加しなければならない。フィーは私の婚約者なので、一緒に参加しなくてはならない。良いか?」


「うん。その時はちゃんと務めを果たすよ。それに、ザクと二人でよその国を旅出来るなんて、夢みたい」


「うむ、夢ではない。知らない世界を見るのは楽しみだな」



 それから、二週間後、エルメンティア港に馬車で向かっている。いつもの様にフィルグレットが御者をしている。


「セルバドさんとレン、アカイノにもお土産買って来るって約束したの。紫苑城の皆にもね」


 レンというのは、レンティールの事で、最近やっと名前で呼び合えるようになって来た。


 ヘレナとジュディーにも土産を楽しみにしていると言われた。カイナハタンのお土産って何が良いのかな?


「フィーのトランクの一つを離れの納戸と繋げているので、大きさや量を気にせず買っても大丈夫だ」


「わーすごい、安心だ。ザクありがとう!」


「フィーが楽しそうで、私も嬉しい」


「えへへ」


 座席は隣に座って手を繋いでいる。いつもの事なので、これは普通なのだ。

 

 ね、ザクも普通に笑って私を見て、空いている方の手で頭を撫でてくれた。


 暫く会えないという事で、城の皆からはとても寂しがられた。


 私も淋しいけど、知らない世界を見る楽しみで、ワクワクもしている。


「旦那様、お嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


「ああ、屋敷を頼む」


「フィルグレット行って来ます!」




 荷物を船のポーターに渡し、浮桟橋を通り、巨大な船を見上げた。


「大きいね」


「そうだな。不安か?」


「そんなことないよ。ザクがいるもん」


 そっと肩に手を置かれ、促される。


 さあ、今から、ザクと二人の旅が始まるのだ。




 






 

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