第4話 連絡

 ビノシブ修道院で、第一王子が消えた日、宰相から魔法師団の総師団長宛てに緊急の連絡が送られた。  


 魔法師団にあるヴァルモントル総師団長の執務室に、魔法陣と共に書簡筒を咥えた鶏(にわとり)が現れたのだ。それは緊急時の連絡に使われる事になっている宰相の契約魔獣だった。


 突然、小さな金色の魔法陣が浮かび、口に書簡筒を咥えて鶏が現れる。総師団長は気配に気付かれたのか、そちらにふと視線を向けられたが、私は総師団長の動きで気付いたのだった。


「コケーッ!・・・」


 鶏は一声鳴きかけて、書簡筒を落としそうになり止めた。・・・様に見えた。


 立派な白い身体に紅い鶏冠(とさか)と肉垂(にくすい)の付いたごく普通の雄の鶏に見える。


 トトトッとヴァルモントル公爵閣下の足元に走り寄り、書簡筒を口から落とすと、慌てて魔法陣に戻り宰相の元へと帰ろうとしていた。


「待て、そこの鶏(にわとり)」


 総師団長の凛とした、低い声にビクリとし、ますます急いで消えようとしたが、一瞬で魔法陣が消され、鶏はポツンと残された。


 首を前後に揺らし、所在なく目を泳がせている。鶏冠(とさか)等がプルプル震えていて、怯えている様に見える。


「返事を持たせるから、少し待つのだ」


 人の言葉を理解しているらしい鶏は固まった様になって動きを止めた。


「総師団長、うちの妻の『鶏肉のパイ』はとても旨いのです。この鶏は脂が乗っていていい感じです」


 丁度そこに魔道具の相談で訪れていたエディオン・ガト・メルティディスが黒い色ガラスの丸眼鏡の奥からじっと鶏を見つめてそう言った。美味しいパイの味を思い出したのか、袖で口元を抑えた。


「そうか、だが食べてしまうと宰相が泣くだろう。家のフィーの作る『鶏の照り焼き』もなかなかの物なのだが・・・」


 と、総師団長はふっと目元を緩ませた。鶏の方は震えが激しくなっている様にも見える。


 そんな風景を見ているのは、私、クワイス・ハデスだった。第五師団の師団長をしている。敬愛している総師団長の執務室に入る時はいつも緊張してしまう。今日は別の報告で来ていたが、総師団長の微笑みを目にしてしまった。感動である。


 『フィー』とは、うちの第五師団のフィアラジェントの事だと理解したが、勿論口に出したりしない。総師団長の大切な婚約者だ。特別な浄化の力を持つ者だ。


 幻の存在の様に名前だけ魔法師団に残されていた総師団長は、三年前からまた魔法師団に戻って来られている。


 その執務室に許しなく鶏なんかが入る事は出来ない筈だが、そう言えば、鶏は宰相の契約魔獣だったと思い出したのだった。


 王城からの緊急連絡は宰相の契約魔獣が届ける事もあるので、魔法師団の総師団長室に入る事を魔法契約で許可してあるらしい。


 この魔獣は本来はコカトリスという魔獣で、身体は鶏で尾は蛇なのだが、見た目が気味悪がられるので一見、普通の鶏の姿をさせている。宰相の配慮によるものだそうだ。


 宰相の家は由緒ある『魔獣使い』のバジリオ伯爵家だ。コカトリスは代々このバジリオ伯爵家に憑いているらしい。家紋にも蛇と鶏があしらわれていた。


 コカトリスは石化の魔法と猛毒を持つ魔獣だが、宰相家に憑いているコカトリスはどうやら恥ずかしがり屋だという噂で、まず目にする事はない。憑いている人物に付かず離れずという具合で、人の目には付かぬ様に隠れているようだと聞いた事があったが、本当なのかどうかも分からない話だと思っていた。今回初めて私はそのコカトリスを目にしたのだった。


 だが、どう見てもやはり鶏にしか見えない。バジリオ家では代替わりに、コカトリスを継ぐ魔獣使いは魔獣と契約を交わすのだと聞いた事がある。家に憑いている決まった魔獣というのも珍しい。本来は個々で契約を交わすのが普通だ。


 鶏の口から落とされた小さな書簡筒が浮かび上がり、筒の蓋が外れる。中の紙片が出て総師団長の前に開いた。それを一瞥された後、紙片は青い炎に包まれて消える。


 そして、総師団長の美麗な眉が不機嫌そうに寄せられていた。


「先日ザドール神殿で『聖女の瞳』が盗まれた一件に続いて、ビノシブ修道院に押し込まれていた第一王子が消えたそうだ。ザドールと同じ様に結界を破らずにな。それで、ダイロクにビノシブ修道院の結界を新しい物に張りかえて欲しいそうだ。面白い事に、第一王子がいつ消えたのかは三日前から今日に至るまでの間で、はっきりとは分からないらしい」


 先程の柔らかい笑みとは違い、総師団長はフンと鼻を鳴らして口元を上げられ、そう言われた。 


「相変わらず、王家は緩い様ですね」


 エディオンが本当の事を言った。


「まったくな」


 魔法師団の師団長クラスでは、第一王子の事も全て筒抜けになっている。外に漏れないのは魔法契約が徹底されている事もある。


「では、ビノシブの方はダイロクで対処させて頂きます」


「頼む」


 エディオン・ガト・メルティディスは扉の前できちんとした礼をして部屋を出て行った。彼のこの様な礼儀正しい態度はとても珍しかった。他所ではかなり適当だ。


 総師団長は今消した紙片とは別の紙を空中に取り出すと、指先を小さく振って魔法で古語を焼き付けた。すると浮いたままの紙片は丸まって書簡筒の中に収まり、蓋が閉まると、ストンと音もなく鶏の前に落ちた。


 それを鶏はパチクリとした目で見て、おもむろに口に咥えると、足元に現れた金色の魔法陣に吸い込まれる様に消えた。


 消える瞬間、尾羽の辺りから鱗がぬめる様な緑色の蛇の胴体が伸びて、持ち上がった先の頭から赤い舌がチロリと覗いてるのが見えた。やはりコカトリスだったのだ。慌てて帰ったので体裁を整える事が出来なかった様だ。


「ハデス、明日の朝、師団長会議を行う。皆に通達を頼む」


「はい、分かりました」


 


 






 

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