第24話 竜の眠りが扉を開く(最終話)

 大神官との面会は神殿の花の間で行われた。白い壁には花のレリーフが彫られ、天井には花の絵が描かれている。


 こぢんまりとした花の間には、レンティールと同じ純白の髪と蜜色の瞳をした大神官が待っていた。


 小さな子供の私に対しても、大仰な程の遜った対応だった。


 何ていうか、見た目だけならレンティールと同じ色を纏い、清廉な雰囲気が感じられて、その裏に病的な情念が隠れている様には思えない。


 だが、ほら、その身体を取り巻き付きまとう黒い霧が私には視える。彼は澱んだ気配に憑かれていた。それは、彼の発する気に引き寄せられている様だった。


 

 レンティールはあの話の後も始終落ち着いていたように見える。それは多分、セルバドさんが彼女を守っているからだと思う。彼女はそれを感じているのだろう。


 ザクと私が異界を渡った事で、枯れたこの世界に雨が降る。だがそれはこの世界の理に触れている禁忌の方法だ。


 雨が降らぬからと、犠牲を強いて無理やり雨を降らせても、一時の事だ。それよりも潅水の事業や食物の対策にもっと力を入れるべきじゃないだろうか。


 国を司る二つの柱が協力し合えば様々な事が出来るだろう。国を作っていくとはそういうものだと思う。不測の事態に備えて民を守る・・・。それをするかしないかでこの国の未来は決まって行くだろう。


 私に与えられた部屋のテラスから外を覗き、その湿り気を帯びた空気を吸い込むと。やはりその時も雨の匂いがした。



「神殿の願いを聞き届け、この世界に御使い様と貴女様が来てくださった事に感謝致します」


 大神官は恭しく私にそう言った。


「いいえ、神は強い民の祈りに心を傾けられたのです」


 それっぽい事を答えながら、なるべく大人びた様子で私は答えた。


 この雨は大神官を暫くは大人しくさせるだろう。けれども王家と神家の問題が無くなった訳ではないのだ。


 レンティールはとても危うい場所に立っている事に変わりはない。


「それで、御使い様はいつお目覚めになられるのでしょうか?」


 目を細めて大神官は聞いて来た。


「近いうちに」


「では、御使い様がお目覚めになられた時にまたご挨拶に参りましょう」


 ほんの短い時間の顔合わせだった。彼が立ち去る前に、ほんの一瞬、瞳が竜の瞳になっていたのを見た。レンティールとは違ってとても嫌な感じがする。


 彼は亡くなった兄よりも魔力が強く、魔法の才能に恵まれていた様だ。そして、人の魔力を自分に取り込み使う事も出来た。その力を持っていたからこそレンティールの魔力を奪い、禁術に使おうと考えついたのだ。


 そしてそれには、大聖堂に造られたあの魔法陣が必要だったのだ。だから計画的にあそこに用意されていたのだ。




 

 その夜の事。テラスからカタリと音がして、誰かが寝室に入って来た。その気配が誰なのか私には直ぐに分かった。


「セルバドさん」


 ベッドから身体を起こす。待ち人が現れた。


「・・・よう、嬢ちゃん世話をかけるな」


 一応ここは三階だけど、竜人は身体能力が高いのでテラスから入って来てもそんなに驚きはしないけどね。それよりも警護の神兵はどうしたのだろうか?


 セルバドさんは、十字島に居る頃に比べると別人の様に精悍に見えた。すいません。でも本当の事だ。今の姿はどっから見ても武人という出で立ちだった。


「わあ、セルバドさん、カッコイイ・・・」


 私は思わず声を潜めながらもそう言った。十字島で世捨て人の様にどうでもいい感じでフラフラ過ごしていた彼とは全く雰囲気が違う。


「へっ、そうか?まあ、この身体は十字島に居る時よりもちょっとは若い身体だしな」


 そうだった。彼は今、その魂だけが時代を遡り、自分の昔の身体に入り意識も融合しているらしい。


 ニヤリとふてぶてしく笑う。それがまた良く似合った。黒い武具に此方の衣裳を身に着けたセルバドさんは、とにかくとても格好良かった。


「うーん。なんていうか、別人級に覇気がちがいます」


「おう、なかなか言ってくれるな。それにしても嬢ちゃんは随分縮んだな」


「むう、それはよけいなお世話です」


 思わず口を尖らせた私に、だけどセルバドさんは表情を曇らせた。


「マジで危険な目に遇わせてすまない。俺が生きて帰ったら、まずは紫苑の君に向こうで殴られそうだな・・・」


「ちょっと、帰ったらじゃなくて、帰るんですよ」


 そう言えば、十字島ではセルバドさんはずっと眠ったままだった。魂の抜け殻の身体が心配だ。もし、ここからエルメンティアに戻るとして、同じ時と場所に戻れるのだろうか?他にも気になる事が沢山あった。


「ああ、そうだな。俺はエメを連れて十字島へ帰る。協力してくれ、頼む」


 彼はレンティールをそう呼んでいたのだなと知った。おそらくは彼だけが呼ぶ名だろう。あと、既に十字島は彼の帰る場所になっている様だ。深々と腰を折るセルバドさんに困ってしまった。


「はい、一緒にエルメンティアに帰りましょう。十字島の皆が待っています」


 愛おしい者達の待つ場所に戻るのだ。そして、私にはザクと一緒に進めている北部地域の開発や、色んな事が待っている。早く帰りたい。


 隣の居間に行って、椅子に座ってセルバドさんと話をしようと思っていると、今度は別のお客が来た様な気配がした。


「おや、俺以外にも来客らしい」


 セルバドさんも気付いてその視線は寝室から廊下へと続く扉へと向けられている。扉の鍵が開く音がして静かに開かれた。


 そこには大神官の姿があった。そしてベッドの傍にいるセルバドさんを見つけると、慇懃無礼な態度で声をかけて来た。


「これは、これは、ディアドラ公。ようこそおいで下さいました。ですがこんな夜更けに淑女の部屋へ失礼ではありませんかな」


 セルバドさんはディアドラ公と呼ばれている様だ。


「貴様に言われたくはない。だがどうにも見ただけで一太刀浴びせたくなるので気を付けてくれ」


「何と仰いました?神殿に勝手に侵入されて私も黙ってはいられません。それにしても何と言う無礼な・・・いくらレンティールの番であっても許されない暴挙です」


 大神官は鋭い視線でセルバドさんを見据えている。セルバドさんにとっては仇でも、ここではまだ起こっていない事柄だ。今の大神官としては至極当たり前の言い分だろう。


「そうでもないだろう?貴様にとって、殺すつもりでいる相手が乗り込んできてくれて、丁度いいからと殺す口実でも考えているんじゃないか?」


「・・・何という言い掛かりでしょうか」


「まあいい。二度と好きにはさせない。レンティールを殺そうとしている事も分かっている」


「なっ!何を・・・」


 大神官にとってはごく一部の神殿の者しか知らない計画を、何故セルバドさんが口にするのか驚愕するしかない筈だ。誰かが裏切ったのではないかと疑心暗鬼にもなる。


「それに、エメの父親を殺めたのもお前だな。巫女の口から割れている」


「何を言っているのか分からん!」


 大神官は激昂した。そりゃ認める訳には行かないだろう。けれど、セルバドさんが言っている事は残念ながら事実なのだ。


 レンティールの父親は、信じていた弟に長きに渡り分からぬ様に微量の薬を盛られ、病死に見せかけられて殺されたのだ。幼かったレンティールにはそれを知る術は無かった。それ程までにこの男は大神官という立場に執着があったのだろうか。


 その時、廊下からの扉が開け放たれ、レンティールが入って来た。


「叔父上、貴方が父上を殺していたとは!巫女に話を聞きました・・・」


「知らんっ!私はそんな事はしていない!」


「エメ・・・」


 入って来たレンティールにセルバドさんは一瞬何とも言えない表情を浮かべ、両腕を広げてそっと抱きしめた。


「ユーイン、心配をかけました、会えて嬉しい・・・」


 レンティールもセルバドさんをしっかりと抱きしめ返している。


 お互い、言いたい事は沢山あるのだろうけど、言葉が出て来ない感じだ。


 どうやら、レンティールが呼ぶ特別なセルバドさんの呼び名はユーインの様だ。


 でも、抱擁が済むと、二人は片付けなくてはならない問題に直ぐに対峙する事に決めたようだ。向きを変え、大神官の方を見据えた。


 夢の中で神殿の巫女を操って情報を得ていたザクは思わぬ収穫を得たそうだ。巫女も知らぬ間に麻薬の様な薬を盛られていつの間にか心の自由を奪われ大神官の人形の様な状態ではあったが、前大神官を彼が殺めた事を本人の口から聞き知っていた。他にも彼の周りの側近連中を叩けば多くの埃が出て来る様だ。


 彼が今から起こそうとしていた王家の力を削ぐための計画も、巫女は協力者として内容を知らされていた。彼女は巫女としての良い素養を持っていたが為に、これまで彼に都合よく使い潰されて来た。


 その上、自分の生家を人質に取られ逃げる事も出来ず、悪行に手を貸して来てしまっていた。彼女は精神的にも身体的にも、もう限界が来ていた。よく其処まで酷い事が出来るものだ。自分以外は神家を生かす為の道具でしかないのだろうか?


「嬢ちゃん、こいつを丸ごと浄化してマッサラには出来ないものか?」


 大神官を指差してセルバドさんがそう言った。


「セルバドさん、私には人の心は浄化できません」


「あーやっぱりそうか、残念だ」


「なっ、何を言っている」


 大神官は目を白黒させている。


「取り敢えず、貴様は竜の煉獄にでも落ちてしまえ」


 セルバドさんは大神官を指差すと、その指を地に向けた。


「先程から訳の分からない事ばかり、何を言っている。貴方は神家に直接喧嘩を売ろうと言うのか」


「喧嘩?そんな甘い話ではないぞ。外を見て見ろ」


 そう言われて、大神官はテラスから外を見た。


「くっ、これは!」


 外にはいつの間にか闇に紛れて多くの竜が空に浮かんでいた。それが次々と神殿の庭に降り立ち人型へと変わる。


 大神官の前にセルバドさんは立ち塞がった。


「俺の大切な番を殺そうとした罪は重いぞ。王家への反乱と受け取られても仕方がない重罪だ。証拠も大聖堂にそのまま残っているしな」


「何故・・・」


 彼には納得出来ないだろう。ここまで上手く運んで来た事が突然あっけなく崩れ去る事が。


 大神官は逃げ場を探して目を泳がせた。そして、急に方向転換して走って部屋を出て行く。大聖堂に行くのだと思った。


「あっ、いけない。ザクに何かするつもりなのかも」


 私はあわてて追いかけようとしたが、セルバドさんに首根っこを掴まれて止められる。


 首の所でぶら下げられた猫の気分だ。


「慌てなくても大丈夫だ、ホラ見て見ろ」


 突然、床に青い魔法陣が現れて、ブワリと懐かしい魔力が私の目の前に弾けた。そして、そこに誰かが立っている。顔を上げると、


「ザクっ!」


 すらりとした姿が目の前にある。手を伸ばすとそのまま抱き上げられる。


「フィー、待たせたな」


 私は嬉しくて、彼の首に抱き着いてその滑らかな頬に顔を摺り寄せた。


「なんだ、微笑ましいな。まるで親子の様だ。いやあ、意外に似合っているよな」


 セルバドさんの言葉にザクがじろりと目を向けた。


「心配しなくても、お前にもすぐにこの幸福感がわかるだろう」


「えっ?どういう事?」


 セルバドさんの言葉を無視してザクは向きを変える。


「大聖堂に行くぞ、今からあの男に罰が下るのだ」


「罰?」


「そうだ」


 私を抱っこしたまま、ザクはセルバドさんにそう言ってゆっくりと大聖堂へと歩いて行く。


「ザク、もう大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ。フィーが傍に居れば、私は直ぐに元気になる」


「本当?どこも何ともない?」


「ああ、何ともない」


 私は、それでも心配で、ザクの顔をひとしきり撫でて確認し、次にサラサラの銀糸を触り、頭を撫でて、もう一度首に抱き着く。じんわりと温かい何かが身体に浸透して来る。


 神殿の中は黒い武具をつけた黒づくめの大きな身体の兵士達に制圧されていた。セルバドさんの姿を見ると皆頭を下げた。


 ザク越しに見ると、セルバドさんはレンティールを守る様に彼女の背に手を当てて並んで歩いていた。




 大聖堂も制圧されていた。中には大神官が白い台座の魔法陣の上に一人で立っていた。柩も置かれたままだ。


 その周りを取り囲む様に、兵士達が立っている。


「お前達は皆、異界の間にでも飛ばしてやる。皆死んでしまえ!アハハハハッ」


 次第に白い光を帯びて輝いて行く魔法陣の中で、目がいっちゃってるふうの大神官は笑いが止まらない様子だ。


 どんどん魔法陣は輝きを増し、突然天井に黒い時空の裂け目がパックリと開いた。それを見て益々笑い転げていたが、自分の手を凝視して動きを止める。彼の手はシワシワの老人の手だった。


「ヒイッ!なっ、何だ?これはどういう事だっ!!ヒイイイイィ!?」


 急激に彼の身体の皮膚がシワシワになって干からびて行くのが分かった。特撮映画の様に、背は曲がり目は落ち窪み驚愕の表情のまま固まる。どうやら魔法陣に彼の魔力が吸い取られている様だ。


「フィーは見なくて良い」


 突然、ザクの胸の方へ顔を押し当てられた。


「ぎゅやああああぁぁぁ~・・・・」


 何とも言えない断末魔が響いた。ザクの手が離れてからそちらを見ると、何も残っていなかった。


 後に聞いた話だが、恐ろしい事に全てを吸い取られアッと言う間に干からびて粉になり、時空の裂け目に吸い込まれて行ったそうだ。


 



 しん・・・と静まり返った大聖堂でヒュウヒュウという風の流れを感じ、ハッと天井を見上げると、黒い裂け目がもっと大きく広がっていた。



「皆、神殿から出て、中庭に待機しろ。異界へ引っ張り込まれるぞ!」


 セルバドさんの声に、素直に兵士は身を翻し大聖堂から出て行く。彼の命令は絶対の様だ。


「あれは何だったんだ?」


「あの男がレンティールにしようとしていた事が身に返っただけだ。どうせ使おうとするだろうと思ったので、使用者の魔力を全て吸い取る仕様に一部書き変えて置いた」


 目を凝らして見ると、台座の文字が一部、私の読める古語に変わっているようだった。文字は違っても互換性があるのだろうか?


 そんな事を考えていると、


「ユーイン、身体が・・・」


 レンティールの不安そうな声にそちらを見ると、セルバドさんの身体から小さな光の粒が舞い散る様に立ち昇っているではないか。


「エメ、もう時間だ。俺は、ここに存在していられない。向こうで待っ・・・」


 一瞬、セルバドさんがレンティールを抱き締めた後、光が一気に飛び散りその姿が掻き消えた。


「ユーイン!」


「大丈夫だ。向こうに還った。時間の修正が追い付いたのだろう。あれは無理やり時間を歪めて此処に居たのだ。さて、お前に聞く。異界渡りをするには危険が伴う。お前はそれでもセルバドが待っている世界に行く覚悟はあるのか?」


「はい、どうぞお連れ下さい。身体の何処かが無くなろうと、魂だけになろうと構いません。ただ番の元へと行きたいのです」


「よく分かった。では連れて行こう」


「ザク・・・」


 私は、それ以上言葉にはしなかったが、彼がまた多くの魔力を使う事に不安を感じた。向こうでも眠りにつかなくてはならない程魔の力を使うのだろうと思うと、私にも何か出来ないのかと言いそうになる。でも、私にはそんな力など無いのだ。


「フィーは何も心配しなくても良い」


 ザクの大きな掌に目を覆われたと思ったら、後は切り取られた様に何も分からなくなった。






      ※      ※      ※






 次に目を覚ますと、私は懐かしい離れの寝室で目を覚ました。


 いや、あれは長い夢だったのだろうか?掌を広げて目の前にかざすと、いつもの自分の掌だった。表にしたり裏にしたりじっくり見ていると、ノックの音がしてシルクが入って来た。


「おはようございます。お嬢様。お身体はだるくないですか?」


 そう言われて身体を起こしてみると、何だか覚えのあるだるさが残っている。


「おはよう、シルク。身体がだるい。どうしたんだろう」


「二度も異界渡りをされた事を、お嬢様は憶えておいででしょうか?」


「えっ、やっぱり夢じゃないの?」


「本当の事でございますよ。お戻りの状況は、周りに居た者の目には、お嬢様を追いかけて時空の裂け目に飛び込まれた旦那様が一瞬の間に、お嬢様とセルバド様の番の方を連れて戻られた様に見えただけだった様ですが・・・」


「ザクは大丈夫だった?眠っていない?それに、セルバドさんとレンティールは・・・」


 そのまま起き上がろうとした私を制して、シルクは落ち着く様に背中を撫でてくれた。


「無理をしてはいけません。旦那様はご無事です。皆様とてもお元気ですよ。旦那様は後でいらっしゃいますからお会いできます」


「うん。良かった・・・」


「今日はゆっくりとお過ごしになるようにと旦那様からのお言葉です。内緒ですが、本当は先程までここにいらしたのですよ」


 そう言ってシルクは片目を閉じて見せた。


「うん・・・」


 その後、ゆっくりとして着替えてから居間のソファーで寛いでいるとザクが現れた。


「フィー。大丈夫そうで良かった」


「ザク、ありがとう。それにごめんなさい」


「何もフィーが謝る様な事は無い。しいて言うなら全てセルバドの引き起こした事だ」


「でも、全部ザクに色々な事を背負わせちゃって、私、何にも出来なかったよ」


「そんな事はない。セルバドも白竜の娘も十字島で元気にしている。あいつが生きているのもフィーが頑張ったからだ。私にはどうでも良い事柄でもフィーが望む事なら、全てが大切な事だ」


 ザクがサラリと言った中に、おかしな事が混ざっていた様な気もするけど、まあいいや。良かったザクが無事で。


 ソファーに一緒に座って、両手を繋いだ。いつもの魔力循環だ。お互いの体調や感情が伝わって来て安心できる癒しタイムだ。


 暫くは寄り添ってそうやっていた。その間にシルクがお茶とお菓子を用意してくれていた。いつもの日常が戻って来たのだと安心した。






 それから次の週の休みの日に十字島に行く事になった。ザクには、後で行くので先に行っていて良いと言われたのだ。こちらの紫苑城からあちらの紫苑城に魔法陣で移動してから、直ぐに城の庭に出るとアカイノが待っていた。


「アカイノ、心配かけてごめんね」


「ギュイギュイ、グエエ」


 暫くスキンシップをしてから、竜になったアカイノにセルバドさんの屋敷に連れて行って貰う用意をする。


 アカイノの巣籠の中には、黒バナナや他にもフルーツが沢山入っていた。


「アカイノありがとう。いい香り、バナナいい感じに熟れてるね」


「ギュエエ」


 もう一度モフモフしてから、竜の姿になったアカイノに連れられて空に舞い上がる。


「わー気持ちいい。いつもながらの絶景だあ」


 それから暫く素晴らしい景色を楽しんだ。火山と麓の屋敷が見えると、アカイノがふんわりとそのテラスに巣籠を降ろしてくれた。


「よう、嬢ちゃん。よく来たな」


 直ぐにテラスにセルバドさんが出て来た。


「セルバドさん、こんにちは」


「こんにちは、お嬢様。その節はお世話になりました」


「・・・?」


 もう一人から声をかけられ、彼の後ろに居る人物に目を向け、瞬きを繰り返した。


「レンティールでございます」


 そう、純白の髪に、蜂蜜色の瞳。間違いなくレンティール?


 本人がそう言っているのだ。


 但しサイズが変わっている。


「レンティール?」


「はい」


 にっこりと笑う愛らしい少女が其処に居た。7才位の大きさだろうか。


「あのな、此方に無事に連れて来るには、小さくする必要があったんだ。嬢ちゃんが向こうに行った時にそうした様に」


「・・・そうですね。確かにザクからそう聞きました」


 私の場合、術式は行き帰りの条件で組まれていた様だ。戻りに自動的に元に戻る様に。レンティールには片道分しか無かったのだ。


「ご領主様には感謝しています。五体無事なまま連れて来て頂きました」


「まあ、何ていうか、竜人にとっては十年なんて瞬きの間だ。良い時間を貰ったと思ってる」


 そう言ったセルバドさんは、レンティールを抱き上げた。


「ユーイン、お嬢様の前で恥ずかしいです」


「そう言うな、ここでは番は好きな時に抱き締めて構わないんだ。なあ、嬢ちゃん」


「ええ、そうですね」


 思わず笑ってしまう。セルバドさんの蕩ける様に幸せそうな表情に安堵する。ディスガドゥールズでは番とは言え、会う事も中々難しかった様だ。ここでは今から二人の時間が重ねられて行くんだなと思う。


 それにしても、レンティールの私への『お嬢様呼び』はやめて貰いたい所だけど。まあ、今から時間はたっぷりある。


「あ、夕立が来るぞ、向こうの空が・・・」


 そう言われて、アカイノと一緒に皆、部屋の中に一時避難する。セルバドさんとレンティールがお茶を淹れてくれる。


 レンティールは小さな体なので低いテーブルの上でお茶を淹れてくれた。運ぶのはセルバドさんだ。


 盆の上に並んだ、小さな向こう風の茶器に目を留める。


「ドワーフに頼んでこの茶器を作って貰ったんだ。茶葉はフィルグレットに頼んだら、直ぐに用意してくれた」


 きっとレンティールは毎日セルバドさんに美味しいお茶を淹れてあげているのだろう。


 アカイノもお茶と出されたお菓子をご相伴に預かっていた。


「ギュイギューイ」(おいしかった)


 モフモフ。モフモフ。本当にアカイノは可愛い。スキンシップは大切だ。


 夕立が通り過ぎ、直ぐに明るくなる。外でキラキラと雫が反射して美しい。


「虹が出てるぞ」


 セルバドさんが指さした。


 それも二重になった虹だ。綺麗に半円を描いている。こういうの初めて見た。直ぐに外に出て見る。


 外は、いつもの雨の匂いに、どこかしら清々しくて甘い匂いが混じっていた。


「いい香り」


 思わず言葉になる。


「本当に」


「そうだな」


 セルバドさんとレンティールも仲良く同時に答えた。そこで、私は、覚えのある魔力を感じた。


「フィー、楽しんでいるか?」


 魔法陣が足元に現れてザクがやって来た。


「ザク!うん。とても楽しい」


 すぐに飛びつく。


「なっ、番はいつでも抱きしめていいんだ」


 セルバドさんの言葉に、笑いが溢れた。


 これから、やりたい事や、やらなければならない事。気になっている事、少し不安に思ってる事、そんな事が色々待っているけど、傍に大切な人が居れば大丈夫なのだと思える。


 私の傍にはいつもザクが居てくれる。今日もまた、いつもの日常の風景となって行くのだろう。





 

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