第28話 帰りたい場所

 


 “北の精霊の国ネクシーズ”

 正しくは、精霊を(無理矢理)使役する国 であるが。神の話には続きがある。

 ゼクライエは北の地に舞い降りると、西に向け兄の血筋を絶やす呪いを施し、最後の力を使って、北の地を守る精霊を縛った。そしてゼクライエの唾(つば)から作った血肉を持つ後継者に精霊を縛る力を与え、深い眠りについたらしい。


 そうして、ゼクライエに造られた後継者は、北の地の守護精霊、氷の魔狼フェリアノールを地中から現れたグレイプニールと呼ばれる古(いにしえ)魔道具で縛り、氷の柩に閉じ込めてしまったというのだ。


 魔狼フェリアノールは、美しい人形(ひとがた)となり今も柩の中に眠るという。


 フェリアノールを守る為に、上位精霊達はネクシーズの王族の手足となり使役された。そこで命をかけて戦えば、例えフェリアノールを失おうとも精霊の誇りは保てたろうに…


 フィアラの協力により、天才魔道具師 セレッソ・フィサリス が造った、浄化の魔道具『聖女の瞳』は、長年の王家の憂いを取り去りつつある。それは、呪いを解く永久機関(とっこうやく)だった。


 北の地に働く、精霊縛りの力は、少しずつ綻び今や精霊が縛られる原因となった大精霊の封印に僅かな歪(ひず)みが出来始めていた。


 ネクシーズ国の有る北の大陸は半分が凍土である。それでも大国として成り立っているのは、人に非ざる精霊の強大な力を使役し凍土の資源を掘り出し、その力自体を軍事力に使役したからだった。そして、その資源を使い金に物を言わせ他国を操ったのだという。




   ※   ※   ※




 ザクから引き離される瞬間、痛烈に湧き上がったのは怒りだった。

 “喚んだ者”に対しての怒り。


 無意識に喚んだのだろう。視えたのは、人有らざる美しき者だった。

 気が遠くなるほどの年月、氷の柩(ひつぎ)に囚われた、北の地の精霊。

 一瞬の奇跡で、あの精霊と私の魔力が緑柱魔法石を媒介にして奇跡の様に繋がったのだ。


 引っ張られた瞬間垣間見えたその大精霊の記憶……

 悲しい運命により、力を吸い取られるためだけに囚われた

 みな眷属は自分の為に酷使され消えていく……

 その元凶を倒す為に、私の浄化の魔力を欲していた


 これは、運命のいたずらなのだろうか?

 心の中で何かの記憶が呼び起こされるようだ……

 繰り返し見て来た悪夢の残り香の様な、嫌な気持ちを振り払った


 だが、何故?どうして、何故助けなくてはならない?

 眷属達は闘うよりも、北の侵略者に仕える事を選んでしまったのだ……


 流れ込む悲しみの記憶……


 でも、その時私には、ザクと無理矢理引き離された事への怒りしかなくて…… 引っ張られた瞬間に、拒絶した。


 もう引き離されるのは嫌だった……




   ※   ※   ※




 …それで、今、私がどうなったかと言うと、見知らぬ地に落ちている次第で有ります。


 ザクは、どうしているだろう。

 猛獣でも出そうな、鬱蒼とした樹々の中、気づくと岩場に立ちすくんでいたのは、多分だが、ここは緑柱魔法石と引き合う媒体が含まれた岩盤なのではないかと思われる。つまり、北の地に引っ張られる途中、横道に逸れたわけだ。


 白い膝丈ワンピースに、絹のストッキングに絹の刺繍靴なんて。足まわりがスース―して、とても心もとない。せめて、こんな所じゃ登山服くらい着用したい。まともにこれでジャングル歩いたら、直ぐに痛んで捨てなければならなくなりそうなので、足元を魔力で保護してみる。どうだろうか?


 魔力の無駄遣い?でも、靴がダメになると歩けない。うむ。

 そんな事を考えていたら、だんだん落ち着いて来た。


 とりあえず、金のチョーカーと指輪装備で物理攻撃や腹下しは気にせず済みそう…。何食っても、毒にはならないはずだ。


 私は浄化能力以外、特別な能力は無いのだけど…

 魔力を変換して武器に使えるような魔道具を今は何も持っていない。

 でも、普通に生活魔法は使えるようだ。ここでどの程度私の魔法が使えるか、確認しておかないと死活問題だ。

 魔法が使えない者からすれば、生活魔法は大変役に立つ魔法だ。このまま、サバイバル生活にでもなれば絶対必要だしね。


 私は、ザクの様に強大な魔力を持ち、空間移動が出来る訳でもないので、地道に帰る手段を模索せねばならない。ザクが恋しい。ひたすらにザクが恋しい。


 ザクですら、行った事のない場所に直接跳ぶ事は出来ないのだ。時間軸もどうなっているのかも分からない。私に今出来ることは何だろう。


 ああ、でも北に近づく程に魔素は薄くなるらしいし、あのまま引っ張られたら、エライ事になる所だった。


 あの精霊の事は確かに同情する。けれど、私一人があそこに飛ばされて何が出来るというのだ。もっともあれは、本当に緑柱魔法石で偶然繋がったに過ぎなかったのだろう。


 岩盤にしゃがみこみ両方の手をついて横道の軌跡をトレース出来ないか探るが、ここでは己の力が弱すぎて全く何も出来ない。

 ああ、帰りたい。帰りたいよう!ザクのところへ…帰る!

 まず、自分が何処にいるのか把握したいところだ。


 思うに、植物と気候の状態では北ではない、暑い南でも無いのならば、残るは東ではないだろうか、確か、内陸は砂漠化が進んでいた筈で、そう考えれば内海に近い位置かも知れない。よし、落ち着こう。それにザクなら必ず来てくれる。





   ※   ※   ※





「私のものに手を出す等と、死に損ないの精霊風情が……」


 一気に気温が下がりパキパキと、怒りの波長を拾った結晶柱が弾ける中…

 至極真面目な声で、同じ部屋に居たティーザー侯爵が、ザクに問うた。


「どうなさるおつもりですか?閣下」


「迎えに行く。お前は、何も無かった事にして、適当に帳尻合わせをしておけ、それと、東のドーサとジクバの二国は、ハイデルを巻き込んで、南に脅しをかけて来ているそうだ。まだ、懲りていないと見える。エルメンティア側は、フィサリスと連絡を取り、魔法師団との国境演習の準備ををしている。」


 第6師団の活躍により、各地にばら撒かれた道具は国内は勿論のこと、国外へもばら撒かれている。例えば魔素を数値化すると、国外のそれぞれの国と地域によりどう変わるのか?各国の数値は何度も精査されている。


 北の国には、魔法による結界の様な、精霊障壁と言うものが存在し、主要な場所には入れないがそれ以外なら、古(いにしえ)の魔法を使いある程度のことは出来る。魔素が全く無いわけではない。


 虫、鳥、4本足と呼ばれる『道具』は、魔力で編み込まれ記憶させられた動きに沿って行動し、用が済めば解けて自然消滅する。エコである。

 それを介して、あちこちに造られ配置された小さき魔法の陣は、稼働させ繋ぐと中継の門として人すらも送れる。


 こういう時の為に、120年以上かけて仕込んで来た物を、試す機会がやってきた。馬鹿は同じ過ちを何度でも繰り返そうとするが、一度でもやられた側は、次を考える等とは思いもしないのだろうか。


 私はローブの袖を捲り、両手首の金の腕輪を緑柱魔宝石の巨大な石柱に向けた。


『地脈を行け、走り、探り、護り、我を手繰り寄せろ』


 すると、金の腕輪はするりと私の両手首腕から解け、躰中古代文字(ルーン)の刻まれた黄金の蛇になり、くねくねと宙を泳いで二匹とも緑柱魔宝石に吸い込まれる様に消えた。


 その古(いにしえ)の魔道具は、以前フィアラに身につけさせた、チョーカーや指輪の揃いだ。古の魔道具は引き合う。


 ほんの一瞬の差で奪われた大切な者の事を思うと腹わたが煮えくりかえる様だが、直ぐに連れに行くから大丈夫だ。身体から噴き出しそうになる魔力を宥めながら、“蛇” を待った。

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