第14話 嘆願書

 私は今、とても長閑(のどか)でゆったりと過ごせるキュビック男爵家の領主の館にジュディーアンと二人で滞在している。そしてここはヘレナの実家だった。


 有休消化の名目で、2週間の休暇の予定だ。


 キュビック男爵家の領地にまともに行こうとすると王都からだと、馬車で2日はかかる為、そこは第6師団の力を借りて、一番近くの中継地点まで荷物と一緒に飛ばして貰った。そこからなら、馬で半日だ。


 中継地点の町で、ダイロク指定の、馬を借りる事の出来る宿屋で馬を借りた。


 ヘレナンディアス・キュビック は男爵家の長女だ。


 長男の兄は、生まれつき身体が弱かったが、とても思慮深く尊敬出来る人物だった。ヘレナはその兄の助けになりたくて、父親に付いて領地の管理等を手伝う様に自然となった。


 ただ、ヘレナはキュビック家では今まで産まれた事が無い程魔力も強く、珍しい浄化の能力も持っていたので、家族は彼女に魔法師団の試験を受けてみたらどうかと勧めたらしい。もし魔法師団に入る事が出来れば、本人にとっても、家族にとっても、それはとても名誉な事だ。


 そして、ヘレナが16才で、魔法師団の試験を受けたのは、その頃には14才になる次男も領地の管理の補佐に付ける様になっていたからだ。


 それならば、もし魔法師団に受かる事があっても、安心して領地を任せて出て行く事が出来る。


 キュビック男爵家の領地のある地方は、土地が痩せていて、気候条件もあまり良くない。おまけに自領の近くには大きな水源が一つしか無く、乾季には隣領の農民と自領の農民の水の取り合いになるのだった。


 その季節が来る度に剣呑な雰囲気になり、一触即発になりそうな場を、何とか収めてきた。

 それでも、隣領のメレド男爵領主が代変わりする迄は、水の配分は公平に行われていたのだ。


 同じ様な領地の大きさで、同じく苦しい領地運営をする男爵家同士、協力しながらやって行こうとしていた。


 だが先日、メレド男爵が急死し、亡くなったメレド男爵の、馬鹿で名高い弟が領地を継ぐと、問題が起き始めた。


 そう、水の独占だ。目を離すとキュビック領地側の水門が直ぐに閉められてしまう。それを防ぐ為に見張りの兵を付けると、次はキュビック男爵領地側の水源のすぐ下流にある溜池に牛の死骸を投げ込まれた。


 牛は、キュビック男爵領の農民の牛が殺されて投げ込まれた。その牛は直ぐに引き揚げられて、その後水質も確認された。毒等は撒かれて居なかった。


 勿論、キュビック男爵領の農民は怒り狂った。そんな事をして特になる者などキュビック男爵領にはいない。犯行が誰の差し金なのかは自ずと分かるというものだ。


 その上、キュビック領には疫病が流行りだしたなどと言う、つまらない噂をメレド男爵領の一部の連中がばら撒き始めた。すると風評被害で領地の農作物が売れなくなり始め、農民の総代がキュビック男爵領主のヘレナの父に泣きついて来た。



 そして、それを実家からの手紙で読んだヘレナは、直ぐに第5師団長に、休暇申請を出し、領地に戻りたいと告げたのだ。


 長期申請だったので、理由を聞かれ、そのままを告げると、ハデス師団長から待ったがかかった。


 疫病の噂と言うのは、まかり間違えると他領を巻き込んだ大変な騒動に発展する。聞いてしまったからには手を打たせて貰うと、クワイス・ハデス師団長は言った。


 まずヘレナには休暇という名目で領地に帰るようにと言われたのだ。そして、同期の二人を付けてやるので、三人で様子を確認しろと言われた。


 ダイロクからそれぞれ攻撃用の魔道具を預かってから行けと言われる。攻撃される様な事が有れば、応戦しろと言われた。


 仮にも魔法師団の団員なので防御と対戦の訓練は何時も受けている。 女性三人でも自分の強い魔力を魔道具で攻撃に転じて使えば戦力としては王宮の騎士団100人よりも強い。破壊力だけなら戦闘部隊を派遣したと言っても良いだろう。


 ヘレナは浄化魔法を攻撃に転じて使う時、好んで使うのが得に風系の力に変換される魔道具である弓である。近接戦では、グラディウスタイプの軽量型の剣を使う。


 模擬戦等では後衛に付き弓を射る姿がとてもカッコよく、お嬢様方に大変人気がある。


 ヘレナはスラリとした長身で、体の凹凸が少ないので男装の麗人(別に男装ではなく隊服だが)と呼ばれ、同期のグリンデルとは酒飲み友達の様で、二人でつるんでいても城勤めの女の子に騒がれるのはヘレナだ。よくグリンデルの寂しそうな姿が見うけられた。


 出発前に、フィアラはセレッソ・フィサリスから、浄化の魔道具を一つ渡された。


「フィアラジェント嬢、これは浄化の魔道具の試作品だ。必要な時には使ってくれ」


「ありがとうございます」


 ペンダントになった緑柱魔法石の『聖女の瞳』だった。ありがたく頂いておく。


 ザクには何かしらまた身に付けられそうになり、慌てて断わった。

 もう、十分兵器並みの装備です。


 余談だが、フィアラは小柄だけど庶民の中で幼い頃から母親にこき使われて育ったせいか、普通に貴族令嬢として育った者に比べると基礎体力や運動能力がかなり高いらしい。そう教育官に褒められた。


 魔法師団の模擬戦等で好んで使う武器は槍斧(ハルバード)だ。かなりの重量があるが、魔力を通して使うのであまり気にならないのだ。


 師匠はシルクで、様々な武器の扱いを一通り習ってみて、一番自分に合っていると思われる物を選んだのだ。なかなかに厳しい指導だったけれど、筋が良いと褒められた。褒めて育てるタイプかもしれない。あれから3年経つが、「もう教える事は何もありませんよ」と言われている。

 

 少しは強くなれただろうか? 模擬戦の時に『バケモノか』と誰かが言ったような気がしたが、たぶん聞き間違いだと思う。

 


 そして、キュビック男爵領に3人が出発した。その2日前に、王城の法官宛に、前メレド男爵夫人から夫の死について調べて欲しいと言う嘆願書が届いていた。



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