第13話 緑柱魔法石(ルチルエメロード)
フィアラの選んだ魔宝石は緑柱魔宝石(ルチルエメロード)と呼ばれる
ティーザー侯爵領でしか産出されない魔宝石だった。
深く透明なエメラルドグリーンの中に金の針の様な結晶がある美しい魔法石だ
「成る程、貴女の領地でしか産出されない魔法石ですね」
セレッソに言われて、そう言われてみれば、ティーザー侯爵家から私に送られた装飾品の中にもこの魔法石を使った物が多く含まれていた。と思い出した。
これには運命的な物を感じ感じた。
「フィアラジェント嬢、私の中に残っている魔力の澱(おり)の残滓(ざんし)が無いか探して欲しい。そして見つけたら、出来るだけゆっくりとそれに浄化をかけて欲しい」
「では、こちらに来て向かい合わせで手を繋いで下さい、そして、貴方から私へ、魔力を出来るだけゆっくり循環して下さい」
セレッソがフィアラに言った事を、今度は逆に自分に言われ苦笑いになる。
「あら、だって貴方の方が魔力の調節はお手の物でしょ、私が受け取る方がいいもの」
「ああ、なるほど、確かにそうだ」
セレッソと向かい合わせに向き合い、魔力循環を行う為に掌を重ねた。
「……」
これは流石にハードルが高い事に私はやっとこの時点で気付いた。
ザクとは二人、魔力の循環をよく行って来た。
それは私にとって、とても落ち着く作業だった。
けれど、違う人はダメだ。他の人とは流石に気恥ずかしさが勝る。うむ、だけどそんな事言ってられない、頑張れ、私。
頬が熱くなるのを感じたが、心を落ち着ける為に目を閉じた。
私の魔力はこの人を形作る全てのものをめぐり包んで行く。そして、長い年月を掛けてフィサリス家の血肉の中で捻じ曲がり淀んで入り込んだ魔力の澱(おり)の臭気を感じたのだ。
あの、くっさい奴だ。
深く深く潜った場所に、確かに彼の中にもほんの微かだが命を食む澱みを感じた。黒く濁ったとても嫌なものだ。私の魔力を流し込み囲んで、ことさらにゆっくりと、嫌がり逃れようとあがくそれを捕まえてじわじわと解(ほど)く。そうしてセレッソに戻してやった。
すると、一気にセレッソの額に玉のような汗が噴出す。
今から彼のする事は、天才と呼ばれる彼にしか出来ない作業だ。
私の浄化を直接自分で受け、それを読み取り、彼の魔力で編み上げ暗号化する作業が始まったのだ。
見ているだけで、魂が揺さぶられるような彼のその真剣な眼差しを見つめ、上手く行くように私は祈った。それしかもう出来る事はないから。
あまり祈るという事をした事は無かったが。
そして読み取り暗号化する作業が唐突に終わりを告げた。
彼は、その手の中に緑柱魔法石(ルチルエメロード)を握り込み見つめている。
今度は先程の情報を魔法石に入れ込むのだ。寧ろそちらの方が倍以上の時間が掛かった。
張りつめていた空気が一気に緩み、彼は目の前のテーブルに両手を乗せて屈み込むようにした。
「ああ…素体が壊れなかった…やっと入れ込めた!」
そして顔を上げて時、彼は笑顔だったのだ。
セレッソは、信じられないように、何度も何度も石を握り直し、目を閉じて出来栄えを確認している様だった。
彼の水色の瞳から頬を伝い知らず流れ落ちる水分に本人は気付いてない。
綺麗だなぁ、とフィアラは静かにその姿を黙って見つめていたが、そっと横からハンカチを差し出した。
「ほら、目から汗が出てるよ」
「あ、ああ。すまない」
その後、セレッソは、緑柱魔石をティーザー領から多量に取り寄せ、原本オリジナルから複写されたレプリカを幾つか作成し、それぞれの石の魔力の暗号を少しずつ書き換えた。
それにより、浄化の効果の強弱がある石が出来た事になる。
もう一つは彼のデータを元にした澱の計測計だ。触れるだけでレアメタルで出来たカードに数値が出る。
「先ずは、家の者から協力してもらうよ」
セレッソは、フィサリス家の三男である。
フィサリス家は、南の国ロードカイオスとの国境にある辺境伯家だ。
生まれる男子は皆、髪は銀髪、瞳は水色だ。
国の主要な国境を守っている。故に、独立した軍隊を持つ権限を持ち、王家の姫の降嫁が良くある名門中の名門である。だが、反面王家の血が濃く、短命な者が多い。
セレッソはその原因である王家の呪いとも言える、血の澱を何とかしたかった。
ティーザーの瞳を持つ、フィアラジェントの出現はまたとない絶好の機会だったのだ。
滅多に現れない、ティーザーの穢れを払う瞳。おおよそ300年近く表れていないと言う。
それまでに現れたティーザーの穢れを払う瞳は、王家によって使い潰され、短命であった。
以降現れていない。
それは、ティーザーの血の自己防衛によるものなのかも知れない。
この、セレッソの試みが成功すれば、王家の血の穢れを魔導具で祓えるようになるのだ。
そうすれば、王家もその血の入る者達も、その魔導具で寿命を人並みに伸ばす事ができるようになる。
なんの手立てもなく、若くして亡くなる身内を助ける事ができる。
他にも、浄化能力を持つ者がいない場所でも、様々な応用が利くだろう。戦場や病院でも使える。
彼の祖父は53才で亡くなっている。彼の父親もどうなるか分かったものではない、早速この緑柱魔法石を使い情報収集をしよう。まずは穢れの数値を図り、その後で効力の一番大きいエンチャントを加えた緑柱魔法石(ルチルエメロード)を持たせるのだ。
煩がられるだろうが、30分おきに、数値計測用のカードで数値を確認したい。
合わせて、長男と次男の兄にもデータを取る協力をしてもらおう。
フィサリスは、ダイロクの師団長、エディオン・ガト・メルティデスに、実家に仕事絡みで帰る為の申請を出す為、師団長の執務室に向かった。
セレッソの家での情報収集の細かさに家族は悲鳴をあげたと言われている。
だが、これにより出来上がった浄化の魔道具『聖女の瞳』は多くの王族の血が混ざる者達の憂いを祓う事となった。
この『聖女の瞳』はその後改良が加えられ、様々な浄化に使われて、多くの功績を残す事となる。
その五年後、セレッソとフィアラジェントは、功績を称えられ、爵位と勲章を賜った。
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