第20話 師匠と弟子
リデル曰く、トルーシャの隣には魔術師の国があるという。
正確には国とは呼べないため、国名や地域名などは存在しない。
暗黒地帯と呼ばれている、とリデルは言った。
そこに彼の師匠が住んでいる、とも。
*
「俺の師匠は本物の変わり者だ」
リデルは念を押して何度も言った。
「お前を超える変人は見たことない」
ライカは冗談交じりに言う。
「俺もお前みたいなお人好しは見たことないな…いや人間じゃないか、吸血鬼か」
リデルも軽く笑って返した。
彼の師匠は暗黒地帯の北のほうに住んでいるという。
もっともまだ生きていればの話だが。
魔術師はその好奇心と冒険心で簡単に命を落とす者が多い。
「師匠とは最後に会ったのが5年前になる」
「暗黒地帯は出入り自由なんですか?」
ルイが尋ねる。
「国では無いから何の管理もされていない。自己責任での出入りだ」
「…吸血鬼は出るのか?」
ライカも尋ねる。
「出る」
「えっ、本当に出んのか」
「いつものことだ」
「いやいつもって…おれ人間だしルイは戦えないし、お前に任せることになるけど」
「吸血鬼といっても雑魚ばかりだから安心しろ、俺なら一発でやれる」
「…魔術師は容赦ないな」
「ルイちゃんのことを勘づかれると厄介なことになるかもしれない」
「そういえば彼らはわたしのことを“上位個体”と呼んでいました」
ルイが思い出したように言う。
「上位…個体?」
「はい、確かにそう呼ばれました」
「血を吸えない吸血鬼が上位だと」
ルイは不服そうに唇を尖らせた。
「…悪かったですね」
「それが今後調べることのひとつだな」
リデルはメモを取りながら言った。
「師匠なら何か知っているかもしれないから、聞いてみるよ」
*
3人はトルーシャを徒歩で横断しようと考えたが、最短でもかなりの距離があり、リデルは頭を悩ませた。
しかし馬車を用いようものなら、ルイが吸血鬼であると知られてしまう危険性もある。
現時刻は午後1時。
3人は既に疲れてきていた。
暗黒地帯まではおよそ1日で行ける見込みだったが、それは歩き続けた場合の話であり、休憩は含まれていない。
「魔術でなんとかならねえか?」
ライカがダメ元で聞いた。
彼はいちばん元気だったが、側を歩くルイがかなり疲れている。
基本的に引きこもりのリデルもそれなりに疲れていた。
「俺は物理的な魔術しか扱えない。時間や場所には干渉できない」
「魔術師にも得意不得意があるってことか」
「そうだ。師匠はどんな魔術でも扱ってたんだがな…未熟ですまない」
「気にすんなよ、人間にも得意不得意はあるからさ」
「ああ」
「とりあえず、少し休憩しよう」
手近の店に入り、昼食をとることになった。
ルイはライカのフードを借りて目深くかぶり、赤い目を隠した。
そして席についた…のだが、リデルの姿がいつのまにか消えていることにふたりは気づいた。
「あれ、リデルさんは?」
「どこ行ってんだあいつ」
ふたりが辺りを見回していると、年配の女性が近づいてきて言った。
「君、吸血鬼だね?」
しゃがれた声でその女は言う。
ルイは心臓を鷲掴みにされたような、
そんな痛みを感じた。
「…いいえ、違います」
震えた声で反論したがとっくの前にばれていたのだろう。
女はフードに手をかけようとする。
ライカは女の手を掴んで止めた。
「妹に何をするんですか!その手を下ろしてください」
騒ぎにならない程度の声で牽制すると、視界の奥でリデルが慌てて走ってくるのが見えた。
「師匠!どうしてここに…」
「どうしたも何も、あんたが厄介ごと引き受けたって知ったからだよ」
しゃがれ声の女を、リデルは師匠と呼んでいる。
ライカはルイの肩を抱きつつ、驚きを隠せなかった。
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