第20話 師匠と弟子

リデル曰く、トルーシャの隣には魔術師の国があるという。

正確には国とは呼べないため、国名や地域名などは存在しない。

暗黒地帯と呼ばれている、とリデルは言った。

そこに彼の師匠が住んでいる、とも。

「俺の師匠は本物の変わり者だ」

リデルは念を押して何度も言った。

「お前を超える変人は見たことない」

ライカは冗談交じりに言う。

「俺もお前みたいなお人好しは見たことないな…いや人間じゃないか、吸血鬼か」

リデルも軽く笑って返した。

彼の師匠は暗黒地帯の北のほうに住んでいるという。

もっともまだ生きていればの話だが。

魔術師はその好奇心と冒険心で簡単に命を落とす者が多い。

「師匠とは最後に会ったのが5年前になる」

「暗黒地帯は出入り自由なんですか?」

ルイが尋ねる。

「国では無いから何の管理もされていない。自己責任での出入りだ」

「…吸血鬼は出るのか?」

ライカも尋ねる。

「出る」

「えっ、本当に出んのか」

「いつものことだ」

「いやいつもって…おれ人間だしルイは戦えないし、お前に任せることになるけど」

「吸血鬼といっても雑魚ばかりだから安心しろ、俺なら一発でやれる」

「…魔術師は容赦ないな」

「ルイちゃんのことを勘づかれると厄介なことになるかもしれない」

「そういえば彼らはわたしのことを“上位個体”と呼んでいました」

ルイが思い出したように言う。

「上位…個体?」

「はい、確かにそう呼ばれました」

「血を吸えない吸血鬼が上位だと」

ルイは不服そうに唇を尖らせた。

「…悪かったですね」

「それが今後調べることのひとつだな」

リデルはメモを取りながら言った。

「師匠なら何か知っているかもしれないから、聞いてみるよ」

3人はトルーシャを徒歩で横断しようと考えたが、最短でもかなりの距離があり、リデルは頭を悩ませた。

しかし馬車を用いようものなら、ルイが吸血鬼であると知られてしまう危険性もある。

現時刻は午後1時。

3人は既に疲れてきていた。

暗黒地帯まではおよそ1日で行ける見込みだったが、それは歩き続けた場合の話であり、休憩は含まれていない。

「魔術でなんとかならねえか?」

ライカがダメ元で聞いた。

彼はいちばん元気だったが、側を歩くルイがかなり疲れている。

基本的に引きこもりのリデルもそれなりに疲れていた。

「俺は物理的な魔術しか扱えない。時間や場所には干渉できない」

「魔術師にも得意不得意があるってことか」

「そうだ。師匠はどんな魔術でも扱ってたんだがな…未熟ですまない」

「気にすんなよ、人間にも得意不得意はあるからさ」

「ああ」

「とりあえず、少し休憩しよう」

手近の店に入り、昼食をとることになった。

ルイはライカのフードを借りて目深くかぶり、赤い目を隠した。

そして席についた…のだが、リデルの姿がいつのまにか消えていることにふたりは気づいた。

「あれ、リデルさんは?」

「どこ行ってんだあいつ」

ふたりが辺りを見回していると、年配の女性が近づいてきて言った。

「君、吸血鬼だね?」

しゃがれた声でその女は言う。

ルイは心臓を鷲掴みにされたような、

そんな痛みを感じた。

「…いいえ、違います」

震えた声で反論したがとっくの前にばれていたのだろう。

女はフードに手をかけようとする。

ライカは女の手を掴んで止めた。

「妹に何をするんですか!その手を下ろしてください」

騒ぎにならない程度の声で牽制すると、視界の奥でリデルが慌てて走ってくるのが見えた。

「師匠!どうしてここに…」

「どうしたも何も、あんたが厄介ごと引き受けたって知ったからだよ」


しゃがれ声の女を、リデルは師匠と呼んでいる。

ライカはルイの肩を抱きつつ、驚きを隠せなかった。

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