第2話 奴隷の条件

「お前が人間に危害を加える存在ではないことは分かった……」

「ゴブッ!」


 『名無し』は半年間感じることが出来なかった、女の友好的な態度や言葉に歓喜の声を挙げた。


「だが! お前をこのまま村に入れる事は出来ん。ゴブリンを、いや、野生のモンスターを人間の里に入れるとなれば、恐怖を感じた人々がまたお前を襲う事になる。それに、お前が急に人間を襲いたくなることだって考えられる」

「ゴブぅ……」


 一変した女の言葉に、ため息を漏らし、肩を落とす『名無し』。表情は今にも泣きそうである。


「……。お前が人里に入る方法が一つだけある」

「ゴブ!」

「それは、私の『奴隷』になることだ。奴隷となったモンスターは、主人の言うことを遵守しなければいけなくなる。例えお前が人を襲いたくなろうと、抑止できるというわけだ」

「ゴブ……」


 『名無し』は女の言葉を何となく理解することが出来た。自分が人間と仲良くなる可能性を見出すことが女には出来るという事、だがそれにはそれなりの対価が必要だという事……。


「ゴブゴブ!」


 『名無し』は女の迫力に少し息を飲んだが、すかさず返事をした。夢の為なら対価を支払うことなど、恐るるに足らなかったのだ。


「私は強いモンスターしか奴隷にしないと決めていてな。お前みたいにすぐ泣くようなモンスター……。しかもゴブリンなど、私の奴隷になる資格は普通はない」

「ゴブぅ……」

「だがもし、お前が、私の求めに応じることが出来る程の強いモンスターになることが出来たなら、私の奴隷にしてやろう」

「ゴブ!」


 『名無し』は女の言葉に一喜一憂し、そして、目を輝かせ女を見つめた。


「いい目だ……。お前にこれを渡しておこう。少し頭を下げろ」


 『名無し』は女の指示に従い、頭のてっぺんが見えるように頭を下げた。すると、『カチャッ』と音をたてながら何かが首に掛かった。ずっしりとした首から掛かるそれは、円盤型で二本の針がついており、1~12の数字、それに中心には3という文字が刻まれていた。


「ゴブ?」

「これは時間を測る事が出来る上にその装備者のレベルを映し出してくれる魔道具だ。この短い針が、こう、1、2、……30周するまでに真ん中の数字……。レベルを30にして見せろ」

「ゴブ?」

「そうか、詳しい説明を把握するのは難しいか……。ちょっと待ってろ」


 女は腰に下げていたポーチから、一つの瓶を取り出した。黄色い液体が入ったその瓶の栓を抜くと、女は無理やりゴブリンの口に突っ込む。


「ごぅううううう!」

「暴れるな! 大人しくしないとお前の体を切ってしまうぞ!」


 暴れる『名無し』を抑え、女は黄色い液体が無くなるまで瓶を『名無し』の口に押し当てた。


「はあ、はあ、私の言ってることがさっきよりも分かるだろ? これは人語理解の薬と言ってな、一時的に人の言葉を他種族にも理解させる薬なんだ」

「ゴブ!」


 女が言っている事が、ぼんやりではなく、はっきりと分かった『名無し』は驚きを隠しきれず、声を挙げた。


「どうやら、理解できたようだな。それでは、もう一度説明するぞ。この道具はだな……」


 女は『名無し』が言葉を理解した事が分かり、再び道具の説明をする。


「ゴブ!」


 『名無し』は全てを把握したことを女に伝える為に右手を高く掲げ、大きく返事をした。


「一か月後、私はここに再び訪れる。その時まで、せいぜいあがいて見せろ。行け!」

「ゴブー!」


 『名無し』は女に貰った魔道具を揺らしながら、森まで駆けて行った。『名無し』の不安や失意から重くなっていた体は嘘のように軽くなっていた。


「やれやれ……。何してるんだろうな、たかがゴブリン如きにこの私が……」


 女は金色の髪をなびかせながら、村へと足を運ばせる。


「エリナさん……。何か嬉しそうにしてましたね」

「お前の見間違いだ」


 守衛の言葉を否定すると、女、『エリナ』は微笑を浮かべるのであった。

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