ゴブリノイド~ニンゲンに恋したゴブリンは女冒険者の奴隷です~

シュン

第1話 ニンゲンスキ

「「ゴブぅ!」」


 とあるゴブリンの集落のとある日、数十匹の若いゴブリンが一斉に光輝き始めた。

 今日は、15歳になったゴブリン達が大人になる儀式を行う特別な日。儀式を終えると、ゴブリン達は戦士としての力を得るために進化を始める。力の強いものは筋骨隆々のゴブリンウォーリアーへ、魔法の才能を持ったものはゴブリンウィザードへ、そして、その中でも一番強いゴブリンはゴブリンキングに進化する事がある。


「ゴブガああああ!」


 力強い声が洞窟内に響き渡る。どうやら、ゴブリンキングが生まれたようだ。


「ゴブ?」


 そんな中、体に何も変化のないゴブリンが一匹……。当然名前はないので仮に『名無し』と呼ぶことにしよう。

 『名無し』に近づく、ゴブリン達は、皆、哀れな表情、視線を向ける。中には、同情しているのか、『名無し』の肩を叩き励ましているゴブリンまで……。


「ごぶふがふが」


 すると、白いひげを生やした一匹のゴブリンが現れた。そのゴブリンは、『名無し』を片手で持ち上げると、洞窟の入り口まで歩き出した。


「ゴブゴブ!」


 いきなりの事に慌てて抵抗する『名無し』だったがあまりの力の差に簡単にねじ伏せられ、外に放り投げられる。


「ゴブぅ……」


 放り投げられた『名無し』は擦りむいた足を擦りながら、白いひげのゴブリンを見つめるが、白いひげのゴブリンは一言も発しない。

 実はこの白いひげのゴブリンは集落の王、ゴブリンロードであり、『名無し』の父親でもあるのである。

 進化することが出来なかった息子を見るなり、自分の顔に泥を塗りかねないと思い、『名無し』を集落から追い出したのだった。いわゆる勘当である。


「ゴブゴブ……」


 心配して同行していた先程進化したばかりのゴブリンキングがまるで「そこまでしなくても」というように、ゴブリンロードを諭そうとする。

 ゴブリンキングと『名無し』は以前から仲が良かった。特に二匹はかけっこが好きで、よく競い合っていた。だが、とうとう今日まで、ゴブリンキングが『名無し』に勝つことはなかった。『名無し』は力はないがかけっこだけは群を抜いて速く、同い年の憧れの的でもあったのだ。


「ゴブゴブゴブ」


 必死に『名無し』を庇うゴブリンキング。しかし、ゴブリンロードは相変わらずの態度で、『名無し』を一瞥すると、洞窟の中に戻っていった。ゴブリンキングも、すまなそうに『名無し』を見つめ、洞窟内に戻っていった。

 完全に見限られ、集落から見放された『名無し』。しかし、『名無し』はそこまで、悲観はしていなかった。なぜなら、『名無し』には、外に出て、ある人間に出会うという夢を持っていたからだ。


「ゴブ!」


 『名無し』は立ち上がると、「今までありがとうございます」と言わんばかりの礼を洞窟に向かってすると、一度も振り返ることなく、洞窟を後にした。


 ◇



 集落を追い出されてから丸二日、『名無し』は遂に、山道を抜けて、人間の村まで、辿り着いた。

 道中魔物との遭遇は奇跡的に無く、むしろ、その違和感に不気味ささえ覚えていた『名無し』。

 食事は、木の実と薬草だけだったが、元々、肉がそこまで好きではない『名無し』それは左程苦にはならなかった。


「ゴブぅ!」


 『名無し』は早速大きな声で、挨拶をし、人間が出てくるのを待つ。早く村に入って、人間と話したいという気持ちを抑え、何度も何度も人間を呼ぶ。

 『ある人』のおかげで『名無し』は人間が好きになっていた。『ある人』に会うという目的以前に、今は早く人間と仲良くなりたい、そう感じていた。


「うるせえなあ! 今いい感じで昼寝してたのに……」


 村の入り口辺りから、一人の男が現れた。男は、門の辺りで眠っていたのだろう。眠そうな目を擦り『名無し』と目を合わせる。


「ゴブぅ!」


 ようやく表れた人間に嬉しくなり、挨拶をしながら近づく『名無し』。自然とその足取りは軽くなる。


「ゴブ、リン……。よ、寄るな! 近寄るなああああ!」


 男は、叫びながら『名無し』との距離をとる。しかし、人間の言葉が分からない『名無し』は更に男に歩み寄ろうとする。


 『ピィーーーーーーーーーーーー』


 すると男は首に掛けていた笛を鳴らし、腰から剣を抜いた。流石に、自分が警戒されている事に気づき、足を止める『名無し』。


「こっちだ! ゴブリンが、ゴブリンが出た!」

「慌てるな! 見たところまだ、子供、それに一匹だけだ。我々だけでも問題なく倒せる」


 入り口から屈強な男たちが、武器を片手に現れる。最初の男が『名無し』を指差すと、後から来た男たちも武器を構え、鬼気迫る表情で『名無し』を見つめる。


「今だ! 一斉に攻撃するんだ!」


 『名無し』がその光景にたじろいでいると、一番体格のいい男が、号令をかけた。各々が手に持った武器で『名無し』を襲う。

 男たちの殺意を感じ取った『名無し』は慌てて、手に持っていた木の棒を捨て、無抵抗をアピールするが、男たちの動きが止まることはない。


「ゴブぅ! ゴブぅ!」


 自分は何もしていない。仲良くなりたいだけ。そう叫びながら、襲ってくる男たちから逃げる『名無し』。


「「待てええええ!」」


 しかし、もちろん、ゴブリンの言葉が男たちに届くはずなどない。『名無し』が山道に入り、木々に隠れるまで男たちは、『名無し』を殺そうと追いかけてきたのだ。


「ゴブぅ……」


 男たちが去ったのを確認すると、ホッと一息つく『名無し』。

 恐怖で手が震える。思い出す人間の顔。しかし、それ以上に、『名無し』の人間と仲良くなりたいという気持ちは上回っていた。

 『名無し』は自分の態度、声のトーン、自分がダメだったところを反省しつつ、また村に行く事を決意したのだった。


 ◇

「また、お前かよ……。いい加減ここに来るのはやめろ。俺たち人間がゴブリンと仲良しこよしなんてするわけがないだろ。お前らゴブリンを好きになる奴なんているわけねえし……。それともここの村の偵察でもしてんのか?」

「ゴブぅ……」


 『名無し』が村を訪れるようになってから半年が過ぎていた。何度も何度も毎日毎日、雨でも嵐でも絶対に村に来て、何かを伝えようとする『名無し』に敵意がないことは伝わったのか、村人たちは『名無し』を襲う事はなくなっていた。

 だが、ゴブリンというモンスターへの恐ろしさからか、『名無し』が村に立ち入ることは、一度も出来ずにいた。

 この日も守衛の男に適当に諭されて、森へ帰ろうとしていた『名無し』。半年も通えば人間の言葉も少しくらい理解できるようになっていた。

 いつもの様に、俯きながらとぼとぼとぼと歩いていく『名無し』。『名無し』の気力は既に尽きかけていた。


「お前が依頼のあったゴブリンか……。悪いが私はここの連中より甘くないからな。死んでもらう」


 とぼとぼと歩く『名無し』に語り掛ける一人の女。『名無し』はその声に気付き振り返ると、女は剣を振り下ろそうとしていた。

 反射的に、その一太刀を躱す『名無し』。


「ほう、よく躱した。只のゴブリンにしては、中々やるようだな。だが……」


 再び『名無し』との間合いを詰め、剣を振りかざす女。精魂尽き果て欠けている『名無し』は避けきることが出来ない。

 この時『名無し』の頭の中で今まで聞いてきた人間の言葉の中で、一番先に覚えた、自分の気持ちを表した言葉が不意に飛び出した。


「スキ! ニンゲン、ズギ!」


 『名無し』は気持ちが溢れだし、涙が止まらなかった。しゃっくりが出るほど、赤子の様に泣いて泣いて泣いた。


「……」


 その姿を見た女は、振りかざした剣をしまい声を投げかけた。


「泣くな! お前も……男の子だろ!」

 

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