第六章

第六章

三人は杉ちゃんの作ってくれたカレーを食した。カレーをたべ終わった武史君は、またすぐにスケッチブックを出して、絵を描き始めるのである。

「武史君、おばさん、テレビゲーム買ってきてあげたのよ。一緒にやらない?」

咲が、鞄の中からテレビゲームのソフトを出して、武史君にみせたが、そんなもの全く興味がないらしく、顔を背けてしまうのだった。

スケッチブックに描かれた絵を見ると、やっぱり岡本太郎にそっくりだ。まあ、言ってみれば、セザンヌとかモネのような美しい絵ではなく、岡本太郎の気持ち悪い絵なのだ。

「たしかに父ちゃんが描いている絵とはぜんぜん違うな、、、。」

と、杉三がそう呟く。

「こんなに気持悪い絵ばっかり描いて、たのしいのかしら?」

咲も、心配そうにそういうのだが、どこ吹く風で、武史君は絵を描き続けている。

「まあ、本人はたのしいんじゃないの?たのしくなければ、続かないだろうし。」

杉三がそう呟いた。暫く沈黙が続く。

「ねえジャックさん。」

咲は、杉三に、ちょっと彼を見てて、とお願いして、ジャックを家のそとへ出した。

「どうしたの?」

「ちょっと、相談に行った方が良いのではないかしら。あたしも、子どもを持ったことがないから、そういうところが何処にあるか、全く知らないんだけど。」

「そうですねえ、、、。」

咲の発言にジャックもそう考えこむ。

「こういう絵を描くなんて、ちょっと問題があるわよ。いくら絵を描くのがすきな子どもでも、ああいう気持ち悪い絵を描くなんて。もしかしたら、あたしはよくわからないけど、発達障害とかそういう問題が

あるのかもしれない。」

「そうですね。たしかにそうなのかなと思ったことはあります。」

と、ジャックは正直に認めた。

「ならそうした方がいいわ。中途半端にしておくと、彼の方が不幸な人生を歩くことにもなるかもしれないのよ。いじめられたり、学校の先生に馬鹿にされたりして。」

「そうですね。ですが、イギリスの学校にも、変な子は居ましたよ。今で言うと知的障害なのかな。でも、それで学校の先生が馬鹿にするということはありませんでした。其れよりも、そういうこの面倒を見る様に、生徒さんを誘導したりしていました。そういう変な子が学校に来るということは、別に大きな行事でもなく、普通にあった事ですしね、、、。」

なるほど、西洋では、そういう「共生のための教育」というのもやっているのだろう。また、基本的に自分に危害がなければ、そういう変な子に出くわしても、嫌悪感を持つことは少ないという文化的な事情もある。

「だから、そういうところが違うのよ、日本ではちょっとでも、他人と違う所がある子は、クラス一丸となって、排除しようとするのよ。学校の先生だって、そんな力のある人じゃないし。日本と外国ではそういうところが、ぜんぜん違うのよ。だから、それを上手くやれなくて、結局犯罪者になっていく障害者も少なくないんじゃないの。」

「だけど、うちの武史はまだ子どもですよ。それが犯罪をする訳がないと思うのですが。」

「いいえ、このまま居続けたら、そうなってしまうという事よ。日本はそういう傷ついた子どもを守ってくれる施設は、本当に少ないのよ。だから、予防が大切なの。そのために、患者を隔離するという事だって、平気で行われるのよ。若しかしたら武史君、このまま放っておくと、将来は刑務所が居場所になってしまうかもしれない。其れよりも、早く専門的な人に相談して、ちゃんと彼にも障害者であるということを自覚してもらって、ちゃんと日本社会で生きていけるようにしなくちゃ。日本というところは、一度、躓いたり何とかしたりして、社会からはみ出てしまったら、二度と帰ってこれない所なんだから。」

「そうですか。では、浜島さんは、日本社会には、全部同じ人がいると言いたいわけですか?一寸でもちがう所があると、すぐに抹殺されてしまうような。」

と、ジャックさんは聞いた。

「そうよ。そうなのよ。そうじゃなきゃいけないのよ。人の作ってくれたレールに素直に従って、その通りの人生を生きてきた人間でなければ、すぐに排除されるのが日本社会なのよ。」

咲も一生懸命説明する。

「だからあたしはね、世の中は、そういうものだって教えていくのも愛情だと思うの。だから、学校に行くにしてもある程度は学校の先生の指示に従えるように強制していくことだって、愛情なんじゃないかしら。其れは生きていくには必要な事だから。そういうことを教えていくには、早ければ早いほどいいと言われているの。順応できないからほかの場所へ避難ではなくて、順応していかなきゃいけないってことも教えて行かなきゃいけないの。日本では。たしかに、イギリスでは、そういうことはなかなか教えてくれないから、ピンとこないと思うけど!」

「でもですね、浜島さん。僕も思うのですが、そういう障害のあるとかそういうことを教えていくという事はですよ、其れのせいで武史が自信を失くしてしまうというか、自分は異常なのだと思ってしまうと思うんですよね。そういうレッテルを、武史が一生背負って生きていくっていうのも何だか可哀そうな気がするんですけどね。」

ジャックさんがそう反論するのも、わかる気がしないわけでも無かった。でも、咲は、こっちのほうが正しいと思い込んでいた。

「そうっていうか、それでなきゃいけないの。そういう障害というモノを持っているとはっきり形にしてみせて置かなければ、日本では認めてもらえないわ。もう、日本の社会はちょっと違っているだけでも、大げさな位いじめるんだから!」

「そうですか、、、。」

ジャックさんは、そうだなあとまた腕組をした。

「あたしも、施設とか探すの手伝いますから。武史君がこれ以上不幸な人生を歩まないように、二人でやってきましょう。早速タブレットでなにか探してみましょうか。」

そういう所も、現代社会特有の現象だった。すぐに支援施設がインターネットで見つかるようになっている所。そうやってすぐに見つかるからこそ、障害のある人はすぐそこに、という風潮がでてしまうのかもしれない。

「ちょっと私、タブレット取ってきますから。ここでまっててもらえないかしら?こういうことは本人の前ではしないほうがいいのよ。」

と、咲は、一度自分の鞄にあるタブレットを取りに、家の中に戻る。靴を脱いで、家の廊下を歩いていくと、

「いて、いて、痛いなあ!」

と杉ちゃんの声が聞こえてくる。

「どうしたの杉ちゃん。」

咲が居間に直行すると、武史くんは、また絵を描いているが、隣で杉ちゃんがおおきくため息をついた。

「いやあ、痛いなあ。ちょっと絵を拝見させてくれと言ったら、また噛みつかれてしまった。全くよ、可愛くない子どもだなあ。」

「あら、大丈夫?杉ちゃん。」

と、咲が杉ちゃんの方を見ると、左手の甲が血まみれになっているのでまたびっくり。これは、武史君が、噛みついたために出来たのだとわかると、相当な力で噛んだのだと思われる。咲は、自分が誰であるのかを忘れて、

「ちょっと武史君!」

と、声を掛けた。

「よせ、やめておいたほうがいい。お前さんまで噛まれるぞ。」

と、杉ちゃんに言われてハッとする。そんなことされたら、フルートが吹けなくなってしまう。明日もレッスンがあるんだっけ。それではいかんと思い、声をかけるのはそれ以上しなかった。

代わりに武史君をぎろっとした目でにらみつけてやった。

「浜島さん、どうしたんですか?いつまでも来ないから心配になりましたが。」

玄関先からジャックさんの声が聞こえてくる。

こんな所をジャックさんが見たら、絶対に怒るだろうなと咲は思った。杉三はというと涼しい顔をして、残った右手で着物の袖を破り、器用に包帯したりなんかしている。

「浜島さん?」

ジャックさんが、そういいながら、やってきた。丁度その時、杉ちゃんが、包帯をし終えた所だった。

「杉ちゃん、その左手どうしたんですか?」

「いや、単に武史くんに噛まれてしまってな。」

と、杉三はけがをした手で頭をかじる。

「杉ちゃん、其れ、黒大島の着物でしょう?」

咲が聞くと、

「そうだよ。」

と、サラリと答える。黒大島と言えば、超高級として有名な着物なのに、そんなモノを破って、と咲はおどろくというか、呆れるというか、、、。

「後で、うんと叱っておきます。すみません、こんなことをしてしまって。」

ジャックさんが申し訳なさそうにいうのだが、

「良いってことよ。黒大島なら、うちになんぼでもあるからな!」

と、杉三はカラカラと笑った。

「この着物は、ばらして、布団にでも作り直すよ、着物は、ばらしてまた素の四角い布にもどってしまうことが出来るところがいいなあ!」

「杉ちゃん、杉ちゃんだけよ。そんな風に、にこやかに笑って、片付けられちゃうのは。」

咲はそんな杉三にそういうのだが、

「いや、こういうと時にはな、笑って片付けるしか方法はないんだ。」

と、杉三がいう言葉が、まさしくそうなんだろうなと、そう解釈するしかないんだと、咲もそう考え直した。

「すみません。やっぱり、浜島さんのいうとおり、相談した方がいいのかもしれないですね。」

ジャックさんが、之からどうしたらいいのだろうと不安なのを隠せない顔をして、そういうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る