足利義輝伝「剣聖」

永禄5年(1562年)3月5日 和泉国・久米田


馬上の武者が大音声とともに采配を振るとほぼ同時に、槍を携えた騎馬隊がどっと進んでゆく。その先には、河内畠山氏の家紋・小紋村濃の旗印を掲げる軍勢があった。騎馬隊が矢のごとき素早さで小紋村濃を取り囲む。

この采配を手にした馬上の男、三好実休は焦っていた。

先ほどから相対すのは、岸和田へ侵攻した畠山高政率いる紀泉の軍兵二万余。数の上では勝負にならない。それならば、雑兵には目もくれず敵本陣めがけて突貫し、大将の首を挙げればよい。

何よりも、“日本の副王”たる三好長慶の実弟が無様をさらすわけにはいかない。実休はそう思っていた。

「座して死を待つわけにはゆかぬ! 今、我らが意気地示さねば、後々の世までの笑い者となろう。いざ、討って出て、敵に目にもの見せてくれようぞッ!」


かくして実休はこの久米田の地へと繰り出した。

…しかし。


実休は前線に兵を投入しすぎていた。気づけば彼の周りには、近習がわずか数騎残るのみであった。精鋭とはいえ、本陣の守備には心許ない。

その時、後方から銃声がした。畠山氏と結んだ紀伊根来衆の手勢である。奇襲だった。だが実休は智よりも武の人である。数が足りぬならば力で押し通るのみ。

「ええい小癪な!者ども、この実休に続けーっ」

実休は力強く手綱を引いた。馬が嘶き、勢いよく駆け出す。後を近習が追う。


そこへ、再び銃声が響いた。


刹那の静寂ののち、実休は馬から転げ落ち、身体じゅうから血を噴出して事切れていた。



数日後、京・二条御所


「そうか、修理(修理大夫。三好長慶のこと)の弟が死んだか…」

時の将軍・足利義輝は、斥候からもたらされた久米田での三好軍敗北にほくそ笑んだ。そもそも、三好氏はこの時、幕臣でありながら洛内で将軍以上の権勢を振るっていたといわれている。その当主であったのが、“日本の副王”こと、修理大夫長慶だった。


だがしかし、その権威もこの頃霞んできていた。それは、長慶の実弟・十河一存の死と、長慶自身の病がためであった。

特に三好一族で軍事を司っていた一存の死は大きく、各地で反三好勢力が活発に動き始め、和泉では畠山氏らによる反撃が開始された。それが先の久米田合戦である。

「これで…修理めの弟が死ぬのはふたり目よの」

義輝にとって、権力を独占する三好一族は邪魔な存在だった。長慶さえいなくなれば…義輝は常々そう思っていた。その矢先、とある幕臣の男が長慶に捨て身で斬りかかるという事件が起きた。しかし、長慶には小さなかすり傷を負わせることしかできなかった。


長慶を直接殺すことはできないと悟った義輝はある人物を御所に呼び寄せたのだった。



「…そちが松永弾正か。余に力を貸すとはまことだな?」

呼びかけられた長慶の右筆の松永という男は、恭しく平伏した。

「はっ」

「…面を上げよ」

「はっ」

松永の顔は、年齢の割に皴が多かった。彫りも深く、随分と老けた印象だった。松永は、義輝と目を合わせ微笑むような顔をしたが、その目は冷たく妖しく光っていた。

「修理の右筆の身でありながら、呼びかけに応じるとは…そちも貪欲よの」

「ふふ…公方様にはかないませぬよ」

「なんの…余は将軍として、出過ぎた真似をする臣下を止めるまでよ」


ふたりはうす暗い灯りの下で、密談を交わした。

三好氏の…いや、長慶ひとりによる幕政の専横を止めるべく、義輝は長慶の一門衆を狙ったのである。それは、今や敵なしの存在となった長慶を徐々に追い詰めてゆくため。ひいては、本来足利家が持つべき将軍としての地位を奪還するため。それに呼応したのが、野心高き松永弾正であった。


長慶の弟・十河一存が謎の死を遂げたのは、この密談のわずか五日後のことである。



「余は、名実ともに京を今一度制さねばならん」

これまで義輝は、それだけを考えて動いてきた。

都全域を巻き込んだ応仁の乱。それ以後、将軍の権威はすっかり薄れてしまっていた。それどころか、都を治める立場の将軍が都から追放される始末。義輝は、それに対して何も成さなかった父や祖父を腹立たしく思っていた。

父などは京へ戻るため何度も戦を仕掛けたが、そのたびに敗れ、山里へ逃げ帰る。なんとも情けない男たちだと思った。


そして、11歳になった時、義輝は父を継いで将軍になった。

自分は父たちとは違う。


義輝はその日から、剣術の稽古に打ち込んだ。鹿島古流で知られる塚原卜伝を東国から呼び寄せて朝も夜も、ただひたすらに剣を振るった。そして、ついに秘剣‟一之太刀“を習得するまでになったのである。


それもすべて、京の都の支配者・三好長慶ただひとりのため。

そして、満を持して京へ侵攻した。


しかし、その壁は厚かった。義輝ひとりの剣の腕で覆る戦いではなかったのである。結果は和睦。義輝にとってはこれ以上ないほどの屈辱であった。卜伝から授かった剣の奥義をもってしても、圧倒的な権力者たる長慶には勝てなかった。積もりに積もった雪辱の念が、彼を“策謀”という、剣とは相反す道へと駆り立てたのだった。



こうして将軍の前に高い壁として立ちはだかっていた長慶であったが、一族がふたりも立て続けに死んだため体調を崩しがちになっていた。


そして、永禄6年(1563年)6月。

三好長慶の最愛の嫡男・義興が、22歳という若さで亡くなった。


誰よりも溺愛し、その将来を嘱望していた義興の死に、長慶はついに狂った。毎晩奇声を上げて飛び起きては、中庭に飛び出てきて、

「一存が戻ってきた」「実休よ、そこに居ったか」などと喚くようになったのである。

そんな長慶の容態は家中に知れ渡り、近臣の中には「ついに修理大夫様はおかしくなってしまわれた」と囁くものまで現れたという。

病もさらに重くなり、その手のひらに収めた権力に比例するがごとく、どっしりとしていた彼の体型は、日に日に細くなっていった。


そして、松永が見舞いに訪れた時、長慶は完全にやせ細って骨と皮だけになっていた。すっかりか細くなった声で長慶は呟いた。

「あの義興がこうも早く死ぬなど…ありえぬ…あの若さで…そうじゃ、義興は何者かに殺されたのであろう!そうだろう…弾正…!」

「…では、冬康殿に問われてはいかがですかな?先日まであの方は義興様のもとにおられたとのこと。何かご存じやもしれませぬ」

「冬康が……!」


すでにこの時、相次ぐ肉親の死と、最愛の息子の死とが長慶の心身を侵し、彼の思慮を奪ってしまっていた。やがて、先の安宅冬康という男も、松永の讒言を真に受けた長慶の命によって粛清された。

長慶がそのことに気づき後悔したところで、あとの祭りであった。


そしてその二か月後、松永弾正に散々弄ばれた長慶は失意のうちに世を去ったのだった。



「ふはは…!修理が…あの修理がとうとう死におったわ…!」


義輝が両手をたたいて喜んだのは言うまでもない。これを機に、幕府権力の復活に向けてさらなる政治を行なえるからである。もう己の邪魔をする存在はいない。

幼いころからの放浪の日々、義輝が名実ともに将軍となる日がやってきたのである。

しかし、その手を恭しく握り返す松永の目が、いまだ妖しい光を放ち続けていたのに義輝は気が付かなかった。


「余こそが、天下の主である」


それからも義輝は、ただ幕府権力と将軍権威の復活のために力を尽くした。京の都と近江の山奥を往復するだけの将軍などもうどこにもいない。この天下は誰にも譲らない。それをこの日ノ本という地上すべてに知らしめるために。

ようやく都に平穏が戻ってきた。人々はそう思った。義輝もまたそう思っていた。


そんな矢先の出来事であった。



義輝は炎の中にいた。


やたら腥く、むせ返るくらいの煙が充満した二条御所の奥の間に仁王立ちになり、その両の手に将軍家に代々伝わる名刀を携えて。


「ふはは…!やはり貴様の真の狙いはこの都を手中に収めることであったか!まさか余を討ちに参るとはな…ずいぶん殊勝なことよ、弾正!」


松永弾正は、義輝を裏切った。

あろうことか、己の手で葬ったはずの三好家の残党と手を結んで、である。


弾正らは清水寺参詣を名目に軍勢を結集して御所に押し寄せ、将軍に訴訟(要求)ありと偽って取次を求めたのだった。奉公衆の者が訴状の取次に奔走する間に、鉄砲組が四方の門から撃ち掛けて攻撃を開始した。

弾正の包囲は周到なもので、京洛いたる箇所に兵を配備しており、その数は数千にも上った。対する将軍側は100から200余り。それも侍女衆や小姓らを合わせた数で、剣をとって戦える者はこれよりもずっと少ない。

逃れる術すらない多勢に無勢の状況。もはや義輝の死は絶対かに思われた。


そこへ、先の奉公衆が飛んできた。

「公方様っ、三好と松永の軍勢はこの御所を完全に取り囲んでおります…!」

「さようか、もはや逃げ場はないか…。ふん、弾正らしく周到なことよ」

義輝の声は、一切の揺らぎのない、落ち着いたものだった。しかし、次いで吐き出された言葉は、その場にいた近習たちを驚愕させるのに十分だった。

「…御所にある刀剣をすべて持って参れ。そして、この間に置いていけ」

「で、ですが…ここにあるのは童子切安綱、粟田口国綱、一文字助宗…どれも将軍家に伝わる天下の名刀ばかり!まさかそれを…!?」

義輝は、己の足に縋りつくようにして窘める近習を蹴り飛ばし、一喝した。

「戯けがッ…!剣は飾り物ではない!人を斬るためにあるのじゃ!早うせい!!」

「恐れながら…公方様。申し上げまする」

怒声にすっかり怯えた近習が奥の間を出ると同時に、先の奉公衆が跪いた。

「反逆者を御所に引き入れたは拙者の咎にござる。どうか…この命をもってお詫び申し上げたく」

奉公衆は懐から短刀を取り出し、腹を突こうとした。しかし義輝はそちらには目も向けず、こう返した。

「…戯けが。少しでも詫びる気持ちがあるのなら、最後まで戦え。…死にたくば、十二分に戦い抜いてから死ね。自刎など余は決して許さぬ。」


義輝の瞳は、炎で爛爛と輝いていた。


そして、次々と運ばれてきた剣をひと振りずつ、銘を確かめるようにゆっくりと鞘から抜き出し、畳に突き刺した。

「ふっ…これだけ並べれば、壮観よな」

そうすると、様々な感情が押し寄せてきた。自分は今まで何のために剣の腕を磨いてきたのだろうか。そうだ、三好修理大夫長慶と戦うためだ。だが、長慶は死んだ。

他の誰でもない、己が殺したのだ。剣士としてあってはならない、卑怯な手を使って。

幼いころから研ぎ澄ましてきた剣を、まさかこのような形で使うことになるとは、思いもしなかった。


「…せめて共に地獄を見ようぞ。のぅ、弾正…この犬畜生めがッ!!」



遠くで剣と剣がぶつかり合う音が聞こえる。柱が次々と焼け落ち、その度に瓦がどっと崩れていく。それを掻い潜って、義輝は一歩一歩前へと歩を進める。

「…ふ、余は何をしておるのだ」

あれだけ多くあった名刀たちもすっかり血肉にまみれ、使い物にならなくなった。その刃がこぼれるたびに、義輝は剣を持ち替え、迫りくる兵を斬り捨てた。

今、両の手に握られているのが、最後の剣だ。

「…余は何のために、こ奴らを斬るのだ……」

もとより、塚原卜伝という剣聖の下で鹿島古流の修業を積んできた己とたかが雑兵とでは勝負にならない。太刀筋が違いすぎる。秘剣‟一之太刀“を使うまでもなかった。

「何人斬ってもきりがないわ…。」

義輝が目を閉じたその時。


「将軍義輝公とお見受けいたす!お命頂戴仕るッ!」

またしても闇の中からそんな声が聞こえた。義輝はカッと目を見開いて刀を握りなおすと、一瞬ひるんだ雑兵の前で、それを斜め下から上へと瞬時にずばっと払い上げた。

何度目かもわからないほど斬り続けると、肉の切れる音が心地よくすら思えてくる。そのあまりの早業に、雑兵は斬られたことも分からないでいたが、次の瞬間、血しぶきを上げてどうと崩れ倒れた。


その倒れた先に、またしても武士の一団があった。先頭の侍大将が義輝を指差して、すかさず周囲に命じる。

「いたぞ…!あやつが将軍じゃ! 皆、討ち取って手柄とせよ!」

敵は束になって掛かってきた。

 

義輝の太刀もうなりを上げる。白刃は上へ下へと流れ、群がる敵を次々と切り伏せていった。青ざめた侍大将が叫ぶ。

「ええい、一人ずつ掛かるな! 大勢で一気に討ち取るのじゃ!」

四方八方から押し寄せてくる敵をすべて片付け、義輝は侍大将に斬りかかる。

キィン!

肉を切るのとは違う、鋭い音。兜を叩いてしまったようだった。

侍大将はあまりの衝撃に失神したが、義輝の最後の刀も折れてしまった。

「ちぃっ…!」

義輝は屍に折れた刀を投げつけると、即座にその腰にあった安い打刀を手に取った。

「切れ味は…悪そうじゃな」


一瞥しただけで大量生産品とわかる粗悪な刀に義輝は顔をしかめたが、すぐにその切っ先を足元に転がった侍大将へと、気の迷いごと断ち切るように思い切り突き立てた。



義輝が進んだ後には、兵の屍ばかりが残されていた。義輝自身目立った傷はないが、これほどまで戦い続ければ、体力は奪われる一方。意識も朦朧としてきた。

「もはや…これまでか…」

その時、視界の隅に横たわる侍が映った。それは、先ほど自害を申し出た奉公衆であった。

全身に刀傷を負っており、すでに息は絶えていた。

「…これまでよう仕えてくれた。…大儀」

義輝は、彼の見開かれて乾ききった目をそっと閉じてやった。そして、その傍らに腰を下ろし、幼き日に思いを馳せた。

父・義晴は優しい人だった。義輝もまた、“父親として“は、彼を心から敬っていた。

しかしその優しさは、「将軍」という地位には相応しくなかった。


やがて義輝は成長し、そのことに気が付いた。そして、心の中で三好ごときに権力を独占されてしまう軟弱な父を恨んだ。己は強くあらねばならないと思った。

だからこそ、剣術を学んで、今の己がある。


「足利家の世は既に終わっていたのだ…。余がどれほど剣を磨いても、結局は…父上やじじ様のようにしかなれぬということか」

その結論に至った瞬間、全身からすっかりと力が抜け落ちた。剣の腕では何も変えられなかったという事実が、義輝の心の中にある種の倦怠感を生んだのだ。

「余も…無力だったのだな…」

彼の頬を、そっと一筋の涙が伝った。


火に巻かれた柱や梁がさらに崩れ落ちてゆく。うだるように暑く、息も苦しくなる程の業火の中だが、今となってはそれすらも心地よい。

義輝は、覚悟を固めた。

「おぉ、裏切りの炎よ…余の身ごと、この腐りきった浮世を…足利の世を焼き焦がすがよいッ!!」

彼の叫びに応えるかのように、炎がごぉっと迫ってきた。

義輝はその中に身を投げた。もう十二分に戦った。この首は、己の屍は、弾正はじめ誰の手にも遺してやるつもりはない。

「くははははッ!焼けッ!焼きはらえェッ!!」

義輝は全身を包み込む猛火の中で、朽ち果てるまで笑っていた。その声は、いつまでも御所に響き渡っていた。


五月雨は 露か涙か 不如帰


我が名をあげよ 雲の上まで


名ばかりの将軍としてでしか生き抜けなかった男が、最期の最期に見せた無双の剣。

これこそが、男が立派な侍であったことの何よりの証。

自分には、しっかりとした強さだけはあった。 

足利義輝の辞世といわれるこの歌には、そんな心情が込められているに違いない。

もしも彼がまた違った時代に生まれていたら、その類稀なる才が光ったことだろう。


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