第142話 出やがったな
「俺はどうすりゃイイと思う?」
イルカに餌をあげるみたいにして、クラーゲンの刺身をミノコに食べさせている利一を見やりながら、俺はこそっとカリィに問いかけた。
「難しい問題だ。悪いが、何が正解かなどと、軽はずみな助言はできそうにない。だが、わからないなら、わからないなりにできることはあるだろう。今はともかく頼りになるところを見せておくに越したことはないと思うぞ。自分の気持ちに答えが出た時、肝心の好感度が低くてはどうしようもないからな」
利一は、女になったこと、それ自体は受け入れている。
受け入れているというか、諦めている感はあるけど、頑なに男であり続けようとしているわけじゃない。そんなことをすれば、自分だけじゃなく、周りにも迷惑がかかってしまうと理解しているからだ。今はまだ、きっと無理をしている。
とはいえ、体に気持ちが追いつく日はきっと来る。
これからの人生、女でいることの方が、ずっと長いンだから。
「カリィ、また俺に尻を貸してくれ」
「そこは力だろうが。貴様、いよいよ遠慮が無くなってきたな」
「誤解してもらっては困る」
「今の直接的な台詞のどこに誤解する要素があったんだ?」
「俺や利一が生きてきた世界に〝頭隠して尻隠さず〟ということわざがある。真に優れた者は無暗に知恵をひけらかしたりはしないが、その有能さは隠しきれるものではなく、尻さえ頼もしく見えてくるという意味だ」
「つまり貴様の言った〝尻を貸してくれ〟とは、頼もしい私に、今後ともよろしくお願いしますという挨拶的な意味を持っていたのか?」
「さすがはカリィ、頭の回転も早いな」
「ふふん。そういうことなら、まあ、尻くらい貸してやるのもやぶさかではない」
はい、
先手はエリムの料理に持って行かれたが、いろんな意味で、本番はこれからだ。
まずはこのクエストで、カッコ良く活躍してやりますか。
腹ごなしを終えた俺は、屈伸したり、関節を鳴らしたりしてマザークラーゲンの出現に備えた。
「基本的に、戦闘は俺が全部こなすつもりだけど、パストさんはどうすンだ?」
「申し訳ありませんが、タクト氏と共闘することはできません」
「え、そうなン?」
パストさんは、魔王勢力の副官という立場にある。
利一を介して魔王ザインと不戦協定を結ンでいるとはいえ、魔王勢力と騎士団が正式に和解したわけじゃねェ。そして俺は、形式上は騎士団に身を置いている。
そんな俺と慣れ合うわけにはいかない。そういうことか?
「タクト氏の戦闘スタイルは、その……なんと表現しますか、少々特殊ですので、直視ができないと申しますか。ですから……」
「あ、はい。察しました」
すンません。全裸でおっ勃ててる野郎の隣で戦うとか、女子には酷ですよね。
だけど、俺の裸を恥ずかしがってくれる女子って、なんか新鮮だな。
利一然り、カリィ然り。特殊と言うなら、俺の周りの女子もそうだから。
「あれ? でも、ザインの丸出しには平気な顔してなかったか?」
「甚だ遺憾ですが、あれに限り見慣れてしまいました。先日も申しましたように、あれはそう、出来の悪い弟のようなものだと思っています」
哀愁を漂わせるパストさんの表情から、普段の苦労が窺える。
「あいつ、今どこで何してるンです?」
「魔王城で政務を行っているはずなのですが、どういうわけか連絡がつきません。後で恨まれても鬱陶しいので、リーチ様が水着になられることをお知らせしようと思ったのですけれど」
「仕事サボって、他の女としけこンでたりしてな」
「大いに有り得ます」
冗談で言ったのに。
ホログレムリンみたいに交信が可能な魔物を何匹か中継し、情報を伝達していくらしいが、ここと魔王城では、どんなに早くとも往復で半日はかかるそうな。
ゲートなんつー、どこでもドアみたいなことができる反面、電話に迫れる技術は無い。こういうところが、異世界だなァと思わせられる一面だ。
「ンじゃ、マザークラーゲンが現れたら、パストさんは船を守ってくれ」
「承知いたしました」
「拓斗、オレも戦うぞ」
「心強いが、今回は俺に見せ場を譲ってくれ。利一は船を守るパストさんを守ってやってほしい。
「そんな風に言われたら断れないな。任せろ」
噓も方便ってやつな。
「僕は、船を守るパストさんを守るリーチさんを守りますね」
「エリム、下手に攻撃を重ねちまうと、海中にクラーゲンの体液が広がっちまう。できれば攻撃は最小限で倒したい。しかし、クラーゲンの構造に精通しているのはお前だけだ。そんなお前には、司令塔になってほしい。俺の近くにいて、捌き方の指示を逐一出してもらいたいンだが」
「僕が司令塔に……。引き受けましょう!」
すまん。噓じゃねェけど、物は言いようだなって思いました。
一番の本音は、利一の傍にエリムを置いておきたくないからだ。
「では、私もパスト氏と共に、船の警備を担当しよう」
「何言ってンだ。カリィは、俺と一緒に最前線だゾ☆」
「はは、貴様は本当に遠慮というものを知らないな。死ねばいいのに」
カリィの快い了承を得たところで、俺は自分のステータスを開いた。
さっきパーカーを脱いだので脱衣強化が発動し、レベルが20に上がっている。
今までの検証から、さらに海パンも脱いで全裸になれば、レベル26に。
海パン一枚の状態でカリィの尻を揉めば、勃起強化でレベル27になる。
両方が合わされば、レベルは30まで上がるが、このクエストはカッコ良さ重視でいきたいので、できることなら全裸になるのは勘弁願いたい。
なので、俺はこのクエストを半裸勃起でクリアするつもりだ。全裸は隠しようがねェけど、勃起だけなら隠せなくもないからな。いざって時は、もちろん下半身も解禁しなきゃならねェが。
それぞれの役割も確認したし、あとは敵の出現を待つだけ――
「――ッ!?」
なんてことを考えていると、突然、ガグンッ、と船が大きく揺れた。
「な、なンだ、
転覆するほどじゃなかったが、これがサメ映画なんかだと、何人かは確実に海へダイブしている。そんな衝撃に皆がバランスを崩し、船のヘリに寄りかかった。
「いや、違う! 船の下を見ろ!」
カリィがヘリから乗り出して叫び、海面を指差した。
そこには、船をすっぽり覆ってしまうほどでかい影が浮かんでいた。
急に深海が出現したかのような不気味な塊に、俺たちの船は乗り上げている。
ゆらり。
一瞬、波のせいかと思ったけど、気のせいじゃない。
影が蠢いた。生き物だ。
「……出やがったなッ」
敵を認識した瞬間、ロープのような触手が一本、にゅるりと海面から生えた。
ホログレムリンの指も触手みたいに伸縮したりはしたけど、こっちは本家本元。マジもんの触手系モンスターだ。しかも、装備を溶かすオマケ付き。
「利一とパストさんは、絶対に捕まるなよ!」
「エリム君、もう少しタクトの傍にいた方がいい!」
カリィと台詞が重なり、俺たちは互いに目を見合わせた。
「オイコラ。男二人、セットで捕まるとイイなーとか考えてねェだろうな?」
「貴様こそ、何故女子の中から私だけ除外した?」
カリィとぎゃいぎゃい言い争っていると、後ろからパストさんが、「似た者同士、お似合いですね」なんて言ってきた。利一も「ですね」なんて頷きやがる。
この流れはよろしくない。
俺は気を引き締め直し、敵に意識を集中させた。
その時、伸びていた触手がアンカーのように、ビタリと船のヘリを掴ンだ。
途端に、しゅー、と接触面から煙が立ち上っていく。
「こ、こいつ、船を溶かす気か!?」
「そうはさせん!」
積んでおいた剣を鞘から抜いたカリィが一閃――触手の先端を斬り飛ばした。
船を掴んだ触手は逃げるようにして再び海中に潜ったが、今度はカリィの剣から煙が上り、中ほどでぽっきりと折れてしまった。
「チッ、一撃でこの様とは……」
「カリーシャさん、触手にも溶解液が行き渡っているということは、マザークラーゲンは既に警戒態勢に入っています! どこを斬っても、通常の武器は溶かされてしまいます!」
エリムの言葉にカリィが奥歯を鳴らし、海中に潜む敵に向かって、半分の長さになった剣を投げ捨てた。
とにかく敵の出現場所が悪い。軟体生物にそこまで知能があると思えねェけど、船を引っくり返されでもしたら最悪だ。
パストさんに船の移動を頼もうとするが、それより早く、船が数メートル後方に進み、マザークラーゲンの上から退いた。
――ミノコだ。
ありがてェ。ミノコが船の尾部を咥え、引っ張ってくれていた。
海水を飲んでしまったのか、ぶぇっ、ぶえっ、と気持ち悪そうに
その直後、少し前まで船のあった海面が、ズズズズズズ、とドーム状に勢いよく盛り上がっていった。海上に姿を現す気だ。
「いよいよ、ご対面だな」
すぱっとカッコ良く倒してやるから、ちゃんと見ててくれよな。
利一を一瞥した俺は、海パンの下――股間に装備した武器を一撫でした。
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