第136話 男女の友情は成立するのか

【マザークラーゲン討伐】クエストを受注した日の昼下がり、俺はエリムと二人で女性衣類専門店【モッコリ】の品並びを店先で眺めていた。

 男の来店を想定していないンだろうな。店内に入った瞬間、飾られたカラフルな下着類が目に飛び込ンできた。まるで「それ以上奥へ進むなら変質者と見なす」と言われている気がして居心地が悪いったらありゃしない。


「俺たち、場違いだな」

「ですね」


 誤解の無いよう言っておくと、何も野郎二人でこんな所に来たわけじゃない。

 正確には、俺とエリム、そして利一とスミレナさんとカリィとパストさんだ。

 目的は女子たちの水着購入。俺たちはただの付き添いだ。


『男子の意見もあった方がいいかもしれないわね。来たければ来れば?』


 というスミレナ店長のお言葉を賜り、お供する幸運に恵まれたわけだが。

 さっきから「ギャー」とか「ヒエー」とか、試着室の中から聞こえてくる利一の悲鳴が耳に痛すぎて、とてもじゃないけど浮かれる気分になれねェ。

 男の俺じゃ力になれねェけど、ブラジャーにも耐えたお前なら、水着くらい乗り越えられる。これも試練だと思って、頑張れ利一。


 そうこうしていると試着室の一つが開き、水着姿のパストさんが外に出て来た。

 ちなみに、クエストに挑むのは明日。そして、このパストさんも同行することになっている。理由はカリィと同じ。利一が行くなら自分も護衛として、だそうだ。

 一国のお姫様。魔王の妃候補。そりゃ要人警護も必要だわな。


「タクト氏、エリム君、私はこの水着にしようと思うのですが」


 肩紐の位置を指で調整しながら、照れ臭そうに意見を求めてくる。

 パストさんの水着は、首の後ろで結ぶホルタ―ネックの黒いビキニだった。

 斜めに巻いたパレオが、すらりと長い足のラインを分断しているものの、生地がレースでできているため、隠すという役目は果たしていない。


 つーか、美脚も美脚。超綺麗。何この人。スーパーモデル?

 ごくり、と喉が鳴った。

 利一ほどじゃないにしろ、胸も並盛りを余裕で超える大盛り。Eカップくれェはある。こっちじゃエリミネーター級だっけか。

 黒い水着はダークエルフの褐色肌を強調するものじゃないけど、それがかえって全体の統一感を高め、エキゾチックで大人の色気というか、妖艶な魅力をこれでもかと演出している。


「あの?」

「に、似合ってる! うん、めちゃイケてる! エリムも、そう思うよな!?」

「え、あ、はい! とてもよくお似合いです!」


 呆けたように見とれていた俺とエリムが、慌てて賞賛の言葉を送った。

 すると、不安そうだったパストさんの表情が、ほわ、と安心したように綻ンだ。

 普段はできる社長秘書のようにキリリとしているけど、多分、いや間違いなく、俺がこっちの世界で会った女子の中で、彼女が一番本質的に女の子らしいと思う。


「ザインの野郎も、アンタみてェな美人が右腕で、さぞかし鼻が高いだろうな」

「私など全然。リーチ様はもちろん、エリム君の女装の足下にも及びません」

「な、何言ってるんですか!? そんなわけが! あれは……忘れてください」


 顔を手で覆うエリムが羞恥で耳まで赤く染めた。利一を庇い、ザインに初めてのキスを奪われてしまった時のことを思い出したンだろう。


「あの人に男だってバレたら、僕……殺されるんでしょうか」

「ご心配なく。ああ見えて、いたずらに誰かを殺めたりする人ではありません」

「そ、そうですか」

「ただ、男にキスしたなどという汚点を抹消するために、エリム君を女性に変えてしまおうとはするかもしれませんね」


 パストさんが何気なく言った言葉に、俺とエリムは二人して目を点にした。

 かろうじて、俺が「どうやって?」と尋ね返した。


「今から数千年昔、若い娘が溺れたという悲劇的な伝説のある泉がございまして、その泉から汲んだ水で作られた霊酒を飲んだ者は、なんと」

「女になる、とか?」


 俺が合いの手を入れると、パストさんがこくりと頷いた。

 どっかで聞いたことのあるような伝説だな。


「それって、お湯をかけると元に戻ったりはしねェ?」

「いえ、そのようなことはないと思いますが。何故お湯を?」


 こっちの世界のネタなので、気にしないでやってください。


「説明書きによれば、瞬時に男性器が腐り落――んん、全身の男性細胞が消滅し、新たに女性細胞へと作り変えられるとあります。記憶などは残りますが、ほとんど生まれ変わりに等しいようですね。遺伝子レベルで完全に女人化します」


 怖。


「その霊酒ってのは、実在すンのか?」

「一点ものですが、魔王城の宝物庫にあります」

「まさかとは思うけど、逆は? 女を男にする霊酒なンつーのもあったり?」

「いえ、確認されているのは女人化させるものだけです」

「そ、そっか。それなら利一には関係無ェな」


 言って、すぐに気づく。

 ……俺、めちゃくちゃホッとしちまってる。


「お望みとあらば取り寄せますが」

「だ、だってよ。ハサミで切られるわけじゃねェようだし、よかったじゃねェか。美人姉妹+利一とパストさんで、【オーパブ】もさらに繁盛すると思うぜ」


 胸の内を誤魔化すため、俺はことさらに明るく言った。

 が、その冷やかしが、エリムを本気で怒らせてしまう。


「望みませんし、これっぽっちもよくありません! 冗談じゃないです!」

「す、すまねェ。悪気があって言ったンじゃねェんだ」

「私も、申し訳ありませんでした。配慮に欠けていました」


 パストさんと二人して謝ると、エリムも「あ」とバツが悪そうな顔をした。


「……僕も、大きな声を出したりして、すみません」


 幸い、試着室からは絶え間なく利一の「ニョアー」、「フギャー」と、嫌がる猫を無理やり抱きしめたみたいな悲鳴が続いており、エリムの怒声は届いていない。

 けど、空気が死ぬほど重い。何か、何か話題を。


「えと、もしザインがそういうことをしようとしても、俺が絶対止めてやるから」

「……タクトさん的には、僕が女性になった方が都合がいいんじゃ?」


 すかさず、そんな返しをされる。


「悪ィけど、お前にそんな感情持ったことはねェぞ?」

「違います! リーチさんに言い寄る男が減ることを望んでいるんじゃないのかと言っているんです!」

「そりゃまァ、利一は望ンでねェだろうから」

「話をすり変えないでください。タクトさん自身の気持ちはどうなんですか?」


 俺の気持ち。

 俺は誰かさんのように、この手の話に鈍いなンてことはない。

 だからエリムが何を言わンとしているのかも、ちゃんと伝わっている。

 カシカシと頭を掻いた俺は、自分でもまだ整理のついていない気持ちの中から、現時点で正直に言える部分だけをすくい取った。


「見た目は……モロにタイプだ」

「見た目だけですか?」


 言い淀んでも、エリムは質問の勢いを弱めたりはしないだろう。

 イエスか、ノーか。曖昧な返事は許されない。

 俺は自分の中にある、形を成していない気持ちを握り潰すつもりで言葉にする。


「利一は友達ダチだ。それ以上でも、それ以下でもねェ」

「本当ですか?」

「しつけェと、今度は俺が怒るぞ」


 利一を女としてしか見ていない。普通の女だと見ることができるお前と違って、こっちはいろいろと複雑なンだよ。

 利一は自分を男として扱えと言う。だけど、どうしたって無理なところはある。それを踏まえてどう接すればイイか、その線引きをするだけでもいっぱいいっぱいだってのに、なんで他の野郎のことにまで頭を悩ませなきゃならねェんだ。


「納得したなら、この話はもう終わりでイイか?」

「最後に一つだけ」


 まだあンのかよ。

 俺は舌打ちしたいのを我慢して、エリムの質問を待った。


「男女の友情なんて、成立するんでしょうか?」


 この野郎、全然納得していやがらねェ。


「成立するだろ。つーか、言われンでもしてるし」

「そうでしょうか。自信無さげに聞こえますけど」

「イイ加減にしろよ」


 声に怒気を孕ませ、手加減抜きでエリムを睨みつけた。

 が、エリムは視線を逸らすことなく正面から受け止めやがった。睨まれること、相手を逆上させることを覚悟の上で発言してなきゃできねェ芸当だ。


「二人とも、店の中で争い事は……」


 間に挟まれる形になっているパストさんには申し訳ねェと思う。

 だけど手遅れだ。利一の特能じゃねェが、俺とエリムはまさに一触即発。

 こうなっちまったら、止められるのは天然のアホか、もしくは、


「――なんだなんだ? どうしたどうした? 二人して熱く見つめ合ったりして、もしかして接吻か? 接吻するのか?」


 空気の読めない腐った女子くらいだろう。

 目を輝かせながら現れたカリィは、騎士の鎧と同じく青い水着をつけていた。

 前から見るとワンピース、後ろから見るとビキニに見える。いわゆるモノキニと呼ばれるタイプの水着だ。鍛えているため無駄な肉は無く、健康的に引き締まっており、エロさを感じさせない。ともあれ、文句無しに似合っている。

 それはそうと、この瞬間にも胸倉を掴みかけていた手が行き場を失ってしまう。


「しないのか?」

「しねェよ!」

「だったら何を熱くなっていたんだ?」

「男女の友情は成立するか否かで議論されていたのです。どう思われますか?」


 気を遣ったのか、パストさんがこれ幸いとばかりにカリィを会話に加わらせた。

 とはいえ、ちょうどイイ。女子の意見も聞いてみたい。


「私は成立すると思う。私とタクトの間にあるものが、それではないか?」

「言われてみりゃ、そうかもな」


 俺はカリィにセクハラはしても、恋愛感情は全く無い。これからも一切持たずに付き合っていける自信がある。ほらみろ。男女間でも友情は成立するンだ。


「むしろ、男同士の友情が成立しないと私は考えている」

「そこは普通にするだろ! 疑う余地が無ェよ!」


 腐脳の中、それどうなってンだ。


「まあ、考え方は人それぞれだ。しかし、なるほど。なんとなく状況は理解した。私から言えることがあるとすれば、他人を気にしている暇があるなら自分を高めることに時間を費やせということくらいだな」


 上から目線で言われ、俺は溜息をついた。


「正論すぎて何も言えねェ」

「……僕もです」

「では、仲直りの握手だ」


 俺とエリムの手を取り、強引に引き寄せてしまう。

 若干の気まずさは残しつつも、俺たちは促されるままに握手した。


「さっき言ったことだけど、利一が友達ダチだってのは本心だ。でも、それが全部かと言うと、少し違う気がする」


 実際問題、俺は女になった利一が可愛く見えて仕方ねェ。

 当然だが、こんなこと、利一が男だった頃には思わなかった。


「ただ、恋愛感情があるかっつーと、やっぱ違うンだ。違うと言っておきながら、これからも無いとは言い切れねェ。自分のことなのに、先のことが読めねェんだ。そのせいで、今の段階でどうするのがイイのかさっぱりわからねェ」


 そうやってうじうじ悩む時点で、エリムからすりゃ、はっきりしねェ中途半端な奴に見えるンだろう。そんな男が自分の好きな子の一番近い場所を占領している。心中穏やかでいられるはずがない。


「僕は、タクトさんとリーチさんの前世を何も知りません。だからタクトさんが、リーチさんのことで抱えている心境を想像することもできません。それをわかっているのに、自分とは比べ物にならない時間を過ごし、自分の知らないリーチさんを知っているタクトさんが羨ましくて、焦ってしまいました」

「……そか」


 落ち着いて自分の気持ちを吐き出し、俺たちは、ふっと表情から力を抜いた。


「睨んで悪かった」

「僕の方こそ、煽るようなことを言ってすみませんでした」


 いつの間にか、重い空気は消えていた。

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