第131話 オシリコネクト

 俺が提案した【尻相撲】の真意がわからないらしく、利一とカリィが揃って首を傾げた。気が触れたとでも思われているのかもしれない。

 だが、俺はいたって正気。

 理由を説明するには、小学生時代にまで記憶を遡らなければならない。


 あれはそう、三年生だか四年生だか五年生だかの遠足だった。

 正確な時期と施設の名前はうろ覚えだが、動物たちを見て触って、飼育員さんの仕事を体験できるふれあい牧場。そこで得た知識と経験は鮮明に覚えている。

 ちなみにこの牧場、牛に馬に豚に羊に鶏にと、いろんな種類の動物がいる。


 あの日、俺は自分に一つの課題を出していた。

 鶏にもちんこは付いているのか。

 鶏はどうやって交尾をするのか。

 その真相を究明する。

 本格的に性に興味を持ち始めていた俺は、これが気になって仕方がなかった。


 俺は他の動物には目も暮れず、真っ直ぐ鶏舎へと向かった。

 そして知る。


『ちんこが……無い』


 鶏には、それに該当する部位が見当たらなかった。

 ならば、どうやって交尾をするというのか。

 その答えは、このふれあい牧場の園長を名乗る中年のオッサンが教えてくれた。


『おちんちん、あると言えばあるし、無いと言えばないかな。発情した時、小さな突起が出るんだけど、それだってオジサンの――じゃなく、哺乳類と比べちゃうとずいぶん小さいからね。わからないのも無理はないさ』

『そんなミニマムちんこで、どうやって交尾するンだ?』


 飽くなき探求心が先走るあまり、俺は年上への敬語も忘れて尋ねていた。

 園長は嫌な顔一つせず、むしろ、どこかテカテカとした笑顔で教えてくれた。


『基本、雌の背中に雄が乗るバックスタイルだよ。でもね、雄の生殖器はほとんど雌の生殖孔に入らないんだ。穴同士を接触させている感覚に近いかな。雄の小さなおちんちんから出た赤ちゃんのもとを、雌の総排泄口に付けるのさ』

『総排泄口……銀●匙を読んだから知ってるぞ。うんこが出るとこじゃねェか』

『そうだよ』

『尻穴じゃねェか!』

『そうとも言えるね!』


 衝撃の事実だった。鶏の交尾は、当時の俺の性知識を凌駕していた。


『驚くことはないさ。人間だって、お尻でヤったりするだろう? と、小学生にはまだ難しいかな。だけど、君もいつか鶏さんのように、お尻に性的な興奮を覚えるようになるよ。可愛いあの子のお尻に、赤ちゃんの素をぶっかけてやりたいという気持ちを理解できる日が必ず来る。オジサンが保証するよ』


 その時の園長の顔は、菩薩のように慈愛に満ちていた。


『ところで、君のお友達はどうしたんだい? この園に来た時、一緒にいたよね』

『利一のことか? あいつなら、牛の乳しぼり体験に行くって言ってたけど』

『どぅふふ。そうかい、ありがとう。じゃ、オジサンもぶっかけに――ではなく、そっちを手伝いにイこうかな。まったく、小学生は最高だぜ。どぅっふふ』


 そう言って、子供好きな園長は牛牧場がある方角へスキップで消えて行った。

 こういう知識を大人は隠そうとする。変なオッサンだったけど、小学生相手にも誤魔化さず、正しい知識を与えてくれたことに俺は感謝した。


「――ということがあってだな」

「お前なあああ! お前が教えるから、オレは危うく!」


 思い出話を語り終えた直後、利一が急に怒り出した。


「な、なんだいきなり!? 俺が何かしたのか!?」

「くっ……ごめん……拓斗が悪いわけじゃないんだ」


 かと思えば、急速に鎮火して肩を落としてしまう。

 事情を聞いてやりたいところだが、今はクエストの真っ最中だ。

 利一もあまり触れてほしくなさそうなので、俺は話を尻相撲に戻すことにした。


 ルールはいたってシンプル。

 まず、二人が向き合っている状態から互いに後ろを向き、背中を合わせる。

 審判の合図で勝負開始。

 尻を突き合わせ、相手の尻を押し、相手の足の位置を動かした方が勝ちとなる。


「そんなことより、なんで尻相撲なんだ? そこが知りたいんだよ」


 利一が口を尖らせて言った。

 さすがに日本の国技である相撲なんて言葉は異世界に無いだろうと思ったので、尻相撲のルール説明はカリィにしたものだ。


「利一は、サキュバスが本来持っているであろう魅了の力を使えない。それは魅了する対象――つまり、男を異性だと思えないからって話だったよな。てことはだ、言い換えれば、相手を異性だと思えるなら魅了は発動するわけだ」

「男を引きつけるフェロモンのような魔力が全身から放出されると言われている」


 カリィの補足に俺は頷き、続きを話していく。


「そこで俺はこう考える。魅了とは、相手を虜にすることだ。つまり、相手よりも優位に立とうとする意識の表れによって発動するのではないかと」

「だから?」

「相手より優位に立つ。パッと思いつくことと言えば、戦って勝つことだ」

「そしたら魅了が発動するって? 今までそんなことなかったぞ?」

「当然だ。相手に異性を感じなければ無理だからな」


 利一の口がへの字になる。さっぱりわからないって顔だ。


「利一は言った。カリィの裸を見られるものなら見たいと」

「バラすなバカヤロオオオ!!」

「これは男ではなく、女であるカリィを異性だと思っている証拠。想像してくれ。尻で相撲を取るという性質上、嫌でも相手の性的魅力を感じることになるだろう。性的に異性を認識したまま相手の優位に立ちたいという意識を高めてやれば、魅了はきっと発動する。まさに尻相撲は打ってつけだ」


 発動したとしても、女のカリィに効果は現れないだろう。

 だが、周囲にいる雄はどうかな。


「いや、鳥だぞ?」


 その疑問はもっともだ。俺は畳み掛けるようにして熱弁をふるう。


「シャブシャブ鳥のヒナに性的刺激を与えると反応を示す。それすなわち、ヒナであっても性欲はある。異性の魅力を感じ取れるということに他ならない」

「そうかあ?」

「細かいことは考えるな! 感じろ!」


 根拠が希薄なのは百も承知だ。


「哺乳類という言葉が存在していることからもわかるように、鳥類には乳が無い。だが尻はある! 鶏は尻で性行為をする! シャブシャブ鳥はどうか知らねェが、多分同じだ! つまり、鳥は尻に性的興奮を感じている! だからこそ、俺は尻を最大限にアピールすることができ、かつ魅了の発動が期待できる尻相撲を強く強く推奨する!」


 俺の言いたいことは理解できたはずだが、利一の表情はまだ晴れない。

 加えて、はにかむような視線は、チラチラとカリィに注がれている。


「何か気がかりでもあンのか?」

「や……女の人と、尻をくっつけ合うっていうのが……ちょっと」


 なるほど。早くも異性を意識してしまっているのか。

 そうでなきゃ困るわけだけど、尻を合わせてもいないうちから初心なこった。


「それに相撲だろ。女の人に危ないことは……。他に方法は無いのか?」

「あるっちゃ、あるけど」

「あるならそっちにしよう! そうしよう!」

「簡単だ。ヒナに【一触即発クイック・ファイア】を撃てばイイ。弱いので構わないンだけど」


 効果が出れば雄、出ないなら雌だ。超絶わかりやすい。

 けど、性的快感を強制的に与えるサキュバスを象徴するかのような特能を利一は極力使いたがらない。それに今回の相手はヒナ。さすがに倫理面で問題がある。

 予想どおりと言うか、利一の顔が「無理」と、そう物語っている。


「仮にやるとしたら、魔力量的には足りンのか?」

「いくら〈丙〉でも千羽はキツい。それに、こんな小さな動物だと〈丙〉でも」

「経験値が入るかも?」


 せめてもの情けで、「イカせちゃうかも?」とは言わなかった。

 利一は心底嫌気が差したような顔で頷いた。

 なら、やっぱ尻相撲しか手は無いンじゃねェか? そう言おうとしたところで、


「リーチ姫、先程の発言だが」


 厳しい声音と表情でカリィが割って入って来た。


「女性に危ないことはしたくない。大いに賛同するが、私個人には使わないでもらいたい。それは騎士に対する侮辱だ。私は一人の女である前に騎士なのだから」

「ぶ、侮辱だなんて」

「そんなつもりがないのはわかっている。しかし、そう取れてしまうんだ」


 面倒臭い女で済まないと謝罪を添え、カリィが申し訳なさそうに微笑ンだ。

 怒っているわけじゃない。ただ、問いかけている。

 自分が同じことを言われたら、どう思うかと。

 利一の口が、「あ」と小さく開く。


「……ごめんなさい。オレも多分、女だからって手加減されたり、必要以上に気を遣われたりしたら、嫌な気分になると思う」

「そうか。やはり私たちは似た者同士だな。ふ」


 くすりとするカリィの笑みには別の思惑があるのでは? と勘繰ってしまう。


「カリィは尻相撲に反対しねェのか?」

「特に反対する理由は無いな。勝負事は嫌いじゃない」

「さすが、こと尻にかけては右に出る者がいないと言われるだけのことはあるぜ」

「そんな誇大文句は初めて聞いたぞ」


 俺発祥で、今後広めていくつもりだ。


「利一もOKか?」

「……カリィさんがいいなら」


 とか言って、本当は嬉しいンだろ? なんて言ったらブン殴られるかな。

 とにかく、二人から尻相撲の了承を得ることができた。


 利一とカリィが、土俵に上がる力士のような面持ちでケージに入り、他の連中の邪魔にならない位置で互いの背中を合わせた。

 利一が緊張を滲ませた息を吐き、カリィが瞳に闘志の炎が灯らせた。

 え、本気ガチ


「あー、お二人さん? 言っとくけど、目的は魅了を発動させることだから、別に本気でやらなくてもイイからな? くれぐれも怪我の無いようにしろよ?」

「バカヤロウ。やるからには本気を出すのが相手への礼儀だろ」

「そのとおり。いついかなる時でも真剣勝負。それが私の流儀だ」


 えー。何この脳筋女子たち。

 そんな呆れとは裏腹に、俺の心中には暗い影が差していた。

 利一はサキュバスの性質に抗おうとしているってのに、俺の勝手な思いつきで、みすみすサキュバスの特性を引き出し、利用しようとしている。

 利一が利一らしく生きていけるようにサポートしなきゃならねェのに、これじゃ申し訳が立たねェ。

 二人に気づかれないくらい、かすかに奥歯を鳴らした。

 が、入れ替わりでケージから出て来たフレアにその様子を見られてしまう。


「タクトさん、おちんこ揉まないで」

「揉んでねェよ」

「やだ、間違えちゃった。落ち込まないでって言おうとしたのヨ」


 それにしては、噛まずに綺麗に言ったよな。


「お姫ちゃんに悪いことしたって顔をしているわネ」

「アンタ、怖いくらいに見透かしてくるな」

「タクトさんのことなら、なんでもわかるワ。これって愛かしら」

「極めて鋭い洞察力だと思います。絶対そうだと思います」


 やん、と気色悪く身を捩ったフレアから1mほど距離を取った。


「そんなに気に病まなくても大丈夫ヨ。すぐには無理でも、時間が経つにつれて、少しずつ心と体のズレにも折り合いをつけられるようになるワ」

「アンタが言うと、なんか重みがあるな」

「そりゃ、実体験から来る言葉だもの。そのアタシが言うんだから間違いないワ」


 やだ、頼もしい。

 不覚にも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、その逞しい胸筋に抱擁ハグされてもイイかな、なんて血迷ったことを思っちまった。


「何をしようとしているのか、話は聞こえていたワ。上手くいくよう、アタシたちはここで見守りましょ」

「……そうだな」


 ケージの中では、二人が拳を握って力を溜め、俺の合図を今か今かと待ちわびている。お前らはああ言ったが、やっぱり怪我だけはしないでくれよ。

 開いた右手をすっと高く上げ、俺は大きく息を吸い込んだ。

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