第102話 真の変態は遅れて現れる
スゲエ締まり具合だぜ。しかも相当なテクニシャンだ。そんなにぎゅうぎゅうと(前腕部と上腕部で頸動脈を)挟まれたら数秒でイっちまうじゃねェか。
「……て……まるか」
飛びかけていた意識は股間の激痛で踏み止まっている。
イってたまるか! イカされてたまるか!!
俺は歯を食いしばり、丸太みたいに太くて硬いアーガス騎士長の腕を鷲掴んだ。
「オッサンの……腕の中でよがる趣味は無ェんだよォォ!!」
「ぐ、ぐぉ、なんという!?」
勃起強化に、考えもしなかった手段での脱衣強化が加わった。
おかげで、パワーでアーガス騎士長を大きく上回っている。喉に食い込んで完璧に
「む、消え――!?」
「後ろだ」
拘束から脱出すると同時に、俺は三度、アーガス騎士長のバックを取った。
「お、おのれ、また尻で吹っ飛ばしてくれる!」
「やめとけ。強化された今の状態でそれをすると、冗談抜きで刺さるぜ」
いかに相手が
俺はアーガス騎士長の背中にピストルを突きつけているつもりで凄んだ。
「騎士長、そんなのはアラガキタクトのハッタリです! 刺さるかどうかなんて、ヤってみなければわかりません!」
「テメエ腐女子! どっちの味方だ!?」
「すまない! アラガキタクト×騎士長の可能性もまだ捨てきれないんだ!」
「知ったことか!」
カリーシャ隊長に注意を向けた一瞬の隙に、アーガス騎士長は腰を反って臀部に力を込めていた。これまで以上の尻圧を感じる。
「……私は騎士の模範であらねばならん。たとえパンツを突き破り、尻穴に異物が刺さろうとも、私は騎士道に殉じてみせよう! タクト、私の後ろはお前にくれてやるぞ! 受け取るがいい!」
「そんなもン、いらんわ、バカヤロ――――ッ!!」
「ぬ!? お、おおおおおおおおお!?」
ヒップアタックを繰り出されるよりも早く、アーガス騎士長の胴に両腕を回して持ち上げた。そのまま思い切り後ろへと反り返るように倒れ込んでいく。
――バックドロップだ。
ゴグシャ!!
硬い石畳に、手加減無しでアーガス騎士長を頭から叩きつけた。
いくら超人でも、これを喰らって立つことはできねェだろ。
アーガス騎士長は、ピクリとも動かない。
大技が炸裂したにもかかわらず、周囲はしん、と静まり返ってしまった。
俺もちょっと怖くなってきた。
まさか、死んで……ないよな?
俺は技を決めたブリッジ姿勢のまま、アーガス騎士長の背中に耳を当てた。
よかった。ちゃんと心臓は動いてる。
「これで決着、俺の勝ちだ」
「う……ぐ……まだ、だ……」
返事はあったが、脳震盪を起こしている。しばらくはまともに動けないだろう。
それでもアーガス騎士長の戦意は失われていない。
譲れない勝負だってのは互いに同じ。
だが、自分の意思はどうであれ、勝敗は決している。
とある地上最強の生物は言った。
「決着の際の頭の位置。より標高の上の者こそが勝利者だ」
「くっ!!」
この体勢。俺の頭の方が、アーガス騎士長より高い位置にある。
ちなみに、俺の頭もまた体重を支えるように地面に接しているため、この場合、俺が言っている頭とは亀頭のことだ。我こそが唯一の勝者だと言わんばかりに、俺のエレクチオンが頂点に位置している。
「無……念……」
敗北を認めたと思われる呟きを聞き、俺は技を解いて立ち上がった。
四肢を投げ出したアーガス騎士長を見下ろすように。
そして俺は、自分の股間に視線をうつした。
ちんこの皮が限界を超えて剥けた状態をキープし、滅茶苦茶ヒリついている。
「一体、俺の体に何が起こったンだ……」
「カカ、まだ脱げる余地があったのでな、わちきが剥いてやりんした」
銀髪の幼女がからからと笑って言った。
そうだ。この幼女の声が聞こえた途端、ちんこに異変が起こったンだ。
「……アンタがこれをやったってのか?」
つーか、幼女の前で全裸かつエレクチオンはまずくね? 通報されちゃう。
だけど、俺の18cm砲を見てもまるで動じていない。得体が知れねェ。
「いかにも。【
なンてエゲつない特能だ……。
「お前さん、りぃちの友人だそうじゃな。カカ、ちんこも含めて良き
外見に似合わない妖艶な表情を作り、ぺろりと舌なめずりをした。
その仕草だけで、ぞくぞくと、背中を指でなぞられたような快感が走る。
「それよか、俺のここ、戻らねェんだけど?」
「強めにかけたからの。悪いが、三日は元に戻りんせん」
どうしよう、お風呂入れない。
こんな下ネタ全開の特能がどうして幼女に備わっているのかはさておき。
倒れたアーガス騎士長は俺ではなく、何故か幼女を睨みつけていた。ただ睨ンでいるだけじゃない。今にも殴りかからんばかりの怒気が込められている。
「怖いのう。わちきのような幼子に向ける目ではありんせんな」
「とぼけるつもりか?」
「カカ。わちきが人間ではないとわかるか。騎士の勘かや?」
アーガス騎士長が、よりいっそう眼光を鋭くした。
「その特能、覚えがある」
「ほほう。誰に聞いた? そう多くないはずなんじゃがな。わちきの特能を知りながら、他人に言い触らすような輩は」
そりゃ、こんな特能を喰らったなんて、恥ずかしくて人に言えるわけがねェ。
「忘れたとは言わせんぞ。二十年前のことだ。騎士団が、あわや壊滅という危機に追いやられた。一匹の魔物が原因でだ」
それって、カリーシャ隊長が言っていたやつか?
一人の幼いサキュバスによって、騎士団が半壊の憂き目に遭ったとかいう。
てことは、つまりなんだ?
この幼女――いや、二十年前に事件を起こしているってことは、ロリババア?
この町には利一以外にもサキュバスがいたってことなのか?
「はいはい、なるほどの。さしずめ、お前さんは、あの時の剥き残りかや?」
「剥き残りなどではない。私も剥かれた」
衝撃の事実。俺は人知れず、アーガス騎士長が利一――サキュバスの討伐に執着していた理由に納得した。
「お前さんも喰らっておったのか」
「あの日、騎士団の本部が凄まじい魔力の波動に包まれたことが観測されている。そして、私を含め、駐在していた男性騎士五十名が、何が起こったのかもわからんまま犠牲になった」
「連発はできんが、全力出力じゃと半径10mくらいはいくからの。お前さんもあの場におったということか。それは運が悪かったの。じゃが、わちきも命が惜しい。逃げるためには手段を選んではおられんかった。それに、二十年も前じゃと時効でありんしょ? 寛大な心で許しなんせ」
ロリサキュバスは悪いびれずに言った。
アーガス騎士長も、それを聞いたとて矛を収めるつもりは無さそうだ。
「これで捕獲対象が二体になった。いや、貴様は絶対に、確実に討伐する」
「諦めてくれんかえ?」
「無理だ」
「わちきもりぃちも、他人に迷惑をかけるようなことはせんと約束するが?」
「大罪人の戯言など信じられるはずがない。サキュバスは危険すぎる」
「国落としでもされると考えておるのかや?」
「十分にありえる可能性だ」
「そんなことはしんせんよ」
「信じられないと言っている」
水掛け論だ。
どちらかが折れるという選択肢は存在しない。争いは終わらない。
というかさ、この辺りでサキュバスが危険視されている原因って、全部この人のせいなんじゃねェの? 利一はとんだとばっちりじゃねェかよ。
「やれやれ、仕方ないの。面倒じゃが、そんな気は無いと証明するしかないということでありんすな」
「証明って、そンな方法があンのかよ!?」
咄嗟に口を挟んだ。
「一つだけの。お前さんにも手伝ってもらいんす」
「そりゃ手伝うけど……」
それなら最初からやってりゃイイじゃンかよ。
現時点で、少なくない被害が出ちまってるぞ。
「そのような方法は無い。騎士団がサキュバスの言葉に耳を貸すこともない」
「聞く必要はありんせん。ただ見せつけてやるのよ。実際に国を落とせる力をの」
「……ッ!? 本性を現したか!?」
「カカ、勘違いは困りんす。こちらが見せるのは、それができるという事実のみ。できるが、やりはせん。君臨すれども統治せず。勝利して尚滅ぼさぬ。制覇して尚辱しめぬ。それを証明できればよいのであろ?」
「そこまでの戦力があると言うのか?」
「あると言って、お前さんはそれを信じて降伏するかや? せんじゃろ?」
戦うしかない。二人の目がそう言っている。
「戦争になるぞ?」
「今さらそれを言うか? 仕掛けたのはそっちじゃろ」
「……死人が出るぞ?」
「カカカ、半世紀も生きとらんような
睨み合った末、どうにか上半身だけを起こしたアーガス騎士長が、右手を上げて周囲の騎士に合図を送った。すかさず、空に向けて何かが撃ち出された。
上空でぽんぽんと弾け、白い煙を作る。
それは運動会当日の朝、決行を伝える報のような。
「なんじゃ?」
「この町を包囲している残り百人の騎士を、この場に集結させる合図だ」
「ほほう。それは手間が省けるの」
【メイローク】の男たちの大半は既に制圧されている。そこへ、さらに追加投入。俺は過剰戦力に思えたが、ロリサキュバスはどこまでも強気だ。
騎士の増援は、二分とかからずここへ押し寄せるだろう。
このロリサキュバスと俺で、それらを相手にするってのか?
無茶だ。いくら強化状態にあると言っても、永遠に持続するわけじゃない。
数で押し切られるのは目に見えている。
そんなことを考えながら、空に散っていく白煙を見上げていた俺は、上空に妙なものを見つけた。何かが浮かんでいる。
「……人?」
翼も無いのに滞空している。
黒い髪に褐色の肌。そして長耳の女だ。
「ダークエルフ?」
アーガス騎士長も気づいて呟いた。
あれがダークエルフ。エルフは何人か見たことがあるけど、概ね金髪だった。
金髪最高。それはともかく、ダークエルフを見るのは初めてだ。
そいつはドイツ軍人のような格好をしていて、地上を冷やかに見下ろしている。
そんなダークエルフがおもむろに右腕を水平に伸ばした。
すると、手の先の空間がぐにゃりと陽炎みたいに揺らぎ始めた。
「騎士長、あそこでとてつもない魔力の動きを感じます!」
敵対していることも忘れ、カリーシャ隊長が慌てた様子で進言した。
カリーシャ隊長は、わずかながら魔力を持ち、感知もできる珍しい人間だ。
「この肌がザワつく感覚……瘴気に似ています! しかもこんな一瞬で……。あの洞窟に溜まっていたものよりもずっと濃く……」
その言葉に、思わず俺もアーガス騎士長もぎょっとした。
揺らぎは次第に大きくなり、渦を巻き、そして裂けていった。
「あれは……ゲートか!? 貴様、何をするつもりだ!?」
アーガス騎士長がロリサキュバスに問いかけるが、当のロリサキュバスはぽかんとした顔で同じように空を見上げていた。
「やー、あれはちぃと、わちきも知らんのう」
そんな遣り取りをしているうちに、ゲートの向こうから、新たに何かが出て来ようとしているのが見えた。
まずは白いシャツを着た腕が覗き、続けて黒いマントと共に足を外に出した。
「あ、あいつは……」
超絶美形ということを除けば、人間とそう変わらない姿をしている。
ただし、両のこめかみには上に湾曲した角があり、その瞳は燃えるように赤い。
ダークエルフと同様、そいつは滞空して言った。
「何やら賑やかではないか。我を歓迎する宴でも催させていたのか?」
「いえ、魔王様、ただの偶然です。それよりも、どうしてパンツを穿いていないのですか? この際、ズボンは譲歩しますけど、魔王様が魔王として初めて人の世に姿を現す記念すべき日なのですから、パンツだけは絶対お願いしますと念を押して言っておきましたよね?」
そいつは俺と同じくフルチンだった。
見覚えがある。ちんこにじゃない。いや、ちんこにも見覚えはあるが。
「パストよ、我のことは、魔王ではなく名で呼べと言ってあるだろう。まったく、何度言ってもわからぬ奴よ――痛ッ!? な、何をする!?
「当然の権利かと」
魔王。
確かにそう言った。
奴の名はザイン・エレツィオーネ。
領主邸で会った変態紳士だ。
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