第99話 ちんこを制す者は決闘を制す

 カリーシャ隊長と利一りいちが、負傷したリザードマンの彼を運んで行くのを見送り、俺は目の前の敵に意識を集中させた。


「じゅ……18cm……!?」


 俺のエレクチオンに驚愕したシコルゼが、そのサイズを目測した。

 さすがは目に特能を持つだけあって、正確な数字だと思われる。

 俺自身、これまでのMAX17cmを上回る膨張を感じている。五日間も沈黙していたせいか、いつもより海綿体が頑張っているらしい。


「し、信じられない……。こ、これが……貴様の本気ぼっきき)なのか……!!」

「はっきり言っておくぞ。瞬間的に出せる角度はまだまだこんなもンじゃねェ」

「なっ……なんだとっ……!!」


 日は建物の向こうに消え、伸びていた影も周囲の暗がりと同化しつつある。

 時間も時間だし、子供は家に入ってなさいね。ここからの戦いは教育上よろしくない。ちィとばかし、刺激が強い大人の時間だぜ。


「貴……様……!! これ見よがしにぶんぶんと揺らすのをやめないか!!」

「悪ィが、見てのとおりの暴れ馬だ。じっとしてろってのは無理な相談だぜ」


 俺はボクサーのように細かくステップを刻むことで、強化した瞬間からちんこをメトロノームみたいに一定のリズムで左右に振り続けた。

 サイズに相当なコンプレックスでもあるのか、シコルゼは動く獲物を追いかける猫かよってくらい、俺のちんこに視線が釘付けだ。


「さっさと終わらせようぜ。テメエの後に、まだ厄介なのが控えてンだからよ」


 ギャラリーの中に紛れているのか、姿は見えないけどいるはずだ。

 この討伐任務を取り仕切っている騎士長、アーガス・ランチャックが。


「この僕を前座扱いとは。ナメられたものだ」

「別にそういうつもりじゃねェけど」


 カリーシャ隊長の尻の感触が残っているうちに決着をつけきゃいけねェ。

 勃起強化は、当然ちんこが萎えたら解除されてしまう。女体から離れ、外的刺激も加えずに勃起を長時間維持するのは、いくら十代の若さがあっても至難の業だ。

 もって三分ってとこか。どこぞのウルトラヒーローみてェだな。


 一騎打ちを察してギャラリーが沸き出した。

 騎士たちのシコルゼコールに対し、町民たちから「裸の兄ちゃん頑張れ」という声もいくつか耳に届く。


「ちなみに、今のレベルは27だぜ」

「だからどうした? 一秒先を見通す僕の【浅謀近慮ネイティオ】に敵うと思っているのか」


 その台詞は負けフラグだと言ってやりたいが、一度完全敗北を喫したシコルゼの近未来視が強敵であることに違いはない。

 しかもだ。全裸マンの登場で、女性や子供の多くは家の中に退避したとはいえ、それでも騎士たちを合わせて二百人近い観衆の前で俺は愚息を晒している。

 普通なら緊張と羞恥でガチガチになり、本来の力なんて出せるはずもない。


 なのに、自分でも不思議なほど落ち着いている。

 前回の敗北以降、俺は一度も服を着ていない。実に50時間以上も全裸をキープしている。こんな経験は、前世も含めて初めてだ。

 だからなのか、服を着ていない自分が自然体として感じられるようになった。

 実際、これ以上はないくらい自然にかえった姿ではあるけれど。


「俺からイクぜ」


 見られることで怯むようなメンタルの弱さは、今の俺には無い。

 見たければ見ろ。むしろ見てくれ。

 見られることで強化持続時間が延長する。そんな気がする。


 これだけの衆目の中にいて、俺は体を強張らせることなく(一部除く)、股間の振りに合わせて大胆に間合いを詰めた。

 強化された身体能力に任せた上段振り被り。


「速い。――が、やはり素人だな」


 シコルゼが鼻を鳴らし、俺を小馬鹿にした。

 素人と嘲笑われるのも仕方のないことだ。

 なんせ、槍の基本的な構えなんて全部無視して殴りかかっているだけだからな。


「ッラアア!!」

「視えているぞ! 空振り直後に槍を引き、水平に払おうとしているな!?」


 俺の突撃槍ランスは先端以外で斬るということができないため、この脳天に振り下ろす唐竹割も、斬撃というよりも打撃だ。殺すつもりはない。

 そんな気遣いは無用とばかりに、シコルゼは難無くこれをかわした。

 俺はシコルゼの予言をなぞるようにして槍を水平に寝かせてしまう。

 どこにどんな攻撃がくるのかわかっているのなら、カウンターも取り放題だ。


「――ッ!?」


 しかし、シコルゼは攻撃にうつることなく後ろへ跳んだ。

 距離を取り、俺を睨んでくる。その表情には疑念を張りつかせている。


「……貴様、何をした?」

「何をって、普通に攻撃しただけだぜ?」

「馬鹿な。僕は貴様の攻撃を完璧にかわし、次に来る攻撃も視えていた。なのに、それらとは異なる攻撃で喉を突かれるイメージが浮かんだぞ」

「気のせいじゃねェの? そっちが来ねェなら、続けて攻撃のターンをもらうぜ」


 シコルゼに考える暇を与えず、俺は追撃を開始した。


「くっ、おのれ……!!」


 ガムシャラに、縦横無尽に振り回す。一緒にちんこもぶるんぶるんと暴れ狂う。

 型もへったくれもない、自分でも単調でお粗末な攻撃だとは思うけど、腐ってもレベル27。一撃の速さ、重さは並の騎士を凌駕する。

 前の決闘でシコルゼ本人が言っていた。一撃でも喰らえば戦闘不能だって。

 そんな攻撃を、未来視ができるのだとしてもよくかわす。

 前回と違うのは、シコルゼが攻勢に転じるタイミングを掴めないでいることだ。


「くおおっ!? まただ……また、今度は猛獣のあぎとのように、上下から噛みつかれるイメージが!!」


 シコルゼが視えざる攻撃に翻弄されている。


「どれだけ目を凝らしても捉えることはできねェよ。いくらテメエでも、見えない物の先を視ることはできねェだろ」

「き、貴様、他にも武器を隠し持っているのか!?」

「さァ、どうかな」


 ぶんぶん。


 ぶるんぶるん。


 ぶるるんぶるるん。


 俺は振りに振りまくった。

 これでもかと強調し、存在を無視できないくらいに。


「ま、まさか……!?」


 シコルゼが、ハッとして目を剥いた。

 気づきやがったか。

 シコルゼが視えざる攻撃の正体に気づく前に決着をつけるのがベストだったが、敵も歴戦の騎士。そう上手くはいかねェか。


「視えない攻撃の正体……それは貴様のちんこだな!?」

「ご明察」


 シコルゼが視ていた――いや、感じていたのは〝実〟の攻撃じゃない。

 激しく動く俺のちんこから伝わるプレッシャーを攻撃と錯覚していたのだ。

 言うなれば、それは〝虚〟の攻撃。

 の宮本武蔵ほどの剣豪になると、実際に刀を持つことなく、構えを模すだけで相手に抜き身の刀を幻視させたという。


「己のちんこを御しきれていない。テメエに言われたことを教訓にして、牢の中で散々イメージトレーニングしてきたぜ。ちんこを武器だと思わせるまでに存在感を強調する腰の動きなんかをな。この一戦、俺はレベルの高さで勝つつもりはねェ。このちんこを駆使して勝ってみせる!」


 二天一流ではないが、俺は二槍をもって、シコルゼに宣戦布告した。


「たった二日で、ここまで……」

「雑魚扱いは改めてもらうぜ」


 額から頬に伝い落ちてきた汗をシコルゼが手の甲で拭った。

 間違いない。シコルゼから慢心が消えている。


「認めよう。そのちんこは飾りではないようだ」

「本来の用途で使ったことはまだねェけどな」


 いや、あるのか? ……あまり考えたくねェな。


「しかし、攻撃が錯覚だとわかった今、もう惑わされることはない。視えないから惑わされる。ならば貴様のちんこを直視していればいいだけのこと。よもや忘れていないだろうな。貴様の動きは全てちんこが教えてくれるということを」


 局部裸身拳を習得している俺は、無意識にちんこの振り子運動を利用している。

 それは並々ならぬスピードを生み出すが、同時に弱点にもなる。

 シコルゼいわく、反動をつけるために、俺が動こうとする反対側を常にちんこは指している。これにより、未来視がなくとも動きを先読みできるのだと言う。


「種が割れた以上、僕の勝ちは揺るがないぞ。全裸で勃起したのは失敗だったな。おかげでよりはっきりと、貴様の動きが手に取るようにわかる」

「そう思うなら試してみろよ」

「言われるまでもなく、そうさせてもらう!」


 俺の挑発に応じ、ここで初めてシコルゼが攻撃にうつった。

 迷いの無いダッシュと共に、大剣を肩に担ぐ。視線は俺の股間にロックオン。

 俺は戦闘開始から続けていたステップを止めた。


「……見えたぞッ!!」


 ちんこの向きを読み、俺のかわす方向へと斬撃が軌道修正される。

 俺のちんこは右を向いている。

 すなわち左へかわす。

 シコルゼの袈裟斬りが、俺のかわすであろう空間へと繰り出された。



「かかったな」



 ニッ、と笑んだ俺は、弓を引くように右の拳を振り被った。

 シコルゼの斬撃が虚しく空を斬り、その表情が固まる。

 俺の足は微動だにしていない。シコルゼが勝手に外したのだ。


「な、何故……!?」


 俺が勃起してから常にステップを踏んでちんこを振り回していたのは、ちんこの存在を強調するためだけじゃない。真の目的は、この一撃を叩き込むため、ちんこの形状を隠すことにあったのだ。


「勃起した俺のちんこは右曲がりなんだよ」

「ぐぶあッ!?」


 渾身の右ストレートを、打ち下ろし気味にシコルゼの横面へとお見舞いした。

 叩きつけられるようにして、ぐしゃりとシコルゼが石畳を舐める。


 愛玩人形ラブドールの体なのに、どうして右曲がりなのかは定かではない。

 アラサービッチの好みなのか。

 はたまた入れ物に血が通ったことで、少なからず肉体構造に変化があったのか。

 全ては推測の域を出ないので、俺は考えるのをやめた。


「まだやるか?」


 返事が無い。もう気絶しているようだ。


「これで一勝一敗だな」


 勝ち名乗りをあげると、俺の勝利を称えるように町民たちの歓声が響き渡った。


 腕を上げてそれに応える間も、俺は騎士たちを見据えていた。

 騎士たちが左右に割れ、道を開けていく。


「部隊長がやられたら、次に出て来るのはアンタしかいねェよな」


 思わず息を呑む。

 やっぱ、風格が他の騎士とは桁違いだ。敵として対峙することで、その威圧感をまざまざと感じる。


「どうやら、牢の中で頭を冷やすことはできなかったようだな」

「俺は騎士団を止めるぜ。たとえ、世話になったアンタを倒してでもな」


 シコルゼにしたように、俺はアーガス騎士長にも同じく宣戦布告を突きつけた。

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