第91話 ヤらせねェよ
王都騎士団。
創立は百年くらい前らしく、先代魔王の勢力に対抗してつくられたンだとか。
主力となる第一、第二部隊にはそれぞれ約百名の騎士が所属し、【ラバン】国内に凶悪な魔物が現れたとあっては遠征して討伐している。
他にも各隊二十名ほどで構成された第三~第七の小隊があり、偵察や物資の運搬などなど、縁の下の力持ち的な任務をこなしている。
あとは隊じゃなく、随所に設けられた支部に属している騎士が二百人からおり、日夜王都を警備している。
大掛かりな任務を控えた時には騎士長をはじめ、各隊長、支部長が一堂に会して会議を行う。カリーシャ隊長が単独任務に当たった翌日、すなわち今日。今まさにこれが行われている。
議題は、【メイローク】に現れたサキュバスの討伐について。
この会議に、謹慎を言い渡されたカリーシャ隊長は出席していない。
彼女の第三小隊に仮の席を置く俺もまた、会議には呼ばれていない。
けど、ンなことは関係ねェ。
カリーシャ隊長が【メイローク】で何を見て、何を感じて、何を報告したのかは本人から全部聞いた。それに対し、アーガス騎士長が何を言ったのかも。
「フザケやがって……!!」
俺は騎士団本部の一室、その木製扉を蹴破る勢いで開け放った。
会議に参加していたのは、円卓を囲む二十人ほどの騎士たち。
彼らの視線が一斉に俺に注がれた。
闖入者に大半が驚き、何人かは反射的に立ち上がって、壁に立てかけてある剣に手を伸ばしかけていた。部屋の一番奥に座るアーガス騎士長だけは落ち着いたもので、微動だにせず視線だけを俺に寄越した。
「お前を呼んだ覚えはないぞ。なんの用だ?」
「|殴り込み(カチコミ)だ」
「理由は?」
「言わなきゃわからねェのか?」
アーガス騎士長が下手にとぼけるようなら、俺は鎧を即
それくらい、頭に血が上っている。
「カリーシャの報告を聞いたのか。あれは誤りだ。私がそう判断した」
「納得しかねるぜ。魔物なら問答無用で討伐かよ」
「問答無用ではない。【メイローク】の領主を襲撃した」
「その領主が襲撃を否定してンだろうが!」
「サキュバスなら、相手を魅了して服従させることもできよう。お前とて、領主の態度は見ていたはず。一日やそこらで、どんな心境の変化があったと言うんだ?」
確かに、【オーパブ】を目の敵にしていた領主が、あの酒場を追い詰めるネタを、みすみす手放そうとするとは思えねェ。
「でも討伐って、殺すってことだろ? 憶測で人の生き死にを決めンなよ」
「人ではない。魔物だ」
「人だよ!」
カリーシャ隊長も、そう思ったからこそ討伐に反対する報告をしたンだ。
声を張って訴えかけるも、アーガス騎士長は緩やかに顔を左右に振った。
「複数の証言から、襲撃があったのは疑いようのない事実だと確認が取れている。にもかかわらず、町では騒ぎにすらなっていない。これは異常だ。このことから、町全体が、既に魔物の手に落ちていると考えるべきだ」
「町全体って、そんなことできるわけが」
「できるとも。タクト、お前はサキュバスという魔物の恐ろしさをまるでわかっていない。サキュバスは、あのホログレムリンよりも、よほど脅威なのだぞ」
「ホログレムリンよりって……は? どこが?」
「ホログレムリンも瘴気によって魔力干渉し、ある程度他者を操ることができた。できて数人だが。しかし、サキュバスは違う。数に限りなどない。己のために命を投げ捨てる絶対服従の配下を、何千、何万と作るのだ。過去、サキュバスによって国が滅亡の危機に瀕した例が実際にある」
国が滅亡って、大げさすぎじゃ……。
「【ラバン】国内でも被害の記録はあるぞ。一つの町から若い男が全員消えたり、為政者を籠絡して国を好き勝手動かしたりといったことがな。しかもそれを行ったのが、たった一人の幼いサキュバスだったという。これが成熟したサキュバスともなれば、どれだけ甚大な被害がもたらされるのか想像もつかない。それほどまでにサキュバスとは恐ろしい魔物なのだ。故に、発見次第、討伐すべきだという考えにある」
「サ、サキュバス全員がそうだとは限らねェだろ! あの子がそういうことをする確証なんざ無ェ!」
「確証を得た時には手遅れだ。容姿でたぶらかし、能力で魅了する。お前が躍起になって庇おうとするのも、サキュバスの魅了にかかっているからとも考えられる」
「俺は、そんなもンに……」
かかっていないと、そう言い切れるだろうか。そりゃ、女の子に、しかも一目であんな気持ちになったことなんて今までなかったけど。
この感情が、サキュバスの力で無理やり引き出されたものだってのか?
……いいや、そんなわけねェ。そんなわけあってたまるか。
「ちゃんと考えてくれ! 誰かが傷ついたわけじゃねェ。誰かが迷惑を被ったわけでもねェ。どんな不当判決だ? 討伐は絶対にやりすぎだ」
アーガス騎士長が、やれやれと言わんばかりに溜息をついた。
俺がどれだけ訴えかけても平静な態度が崩れない。
暖簾に腕押しとでもいうか、言葉がまるで届いている気がしない。
「私たちは不安なのだ。今はまだ【メイローク】だけに留まっているが、いずれは【ラバン】国全土を脅かす存在となるかもしれないと」
「かもしれないで、命を奪おうとするんじゃねェ!」
「それで十分だ。たとえ一割に満たない可能性だったとしても、完全には拭えない不安を抱いたまま暮らすなど人間には許容できない。本能に備わった拒絶反応だと言ってもいい。大昔に支配されていた苦しみが魂にまで刻み込まれているのだ」
なンだそりゃ。魂? 頭沸いてンじゃねェのか。
……でも、そういうことか。
誤解があったわけでも、言葉が足りなかったわけでもないのか。
「じゃあ、アンタや、ここにいる連中は、あの子が本当にイイ子だったとしても、そんなことに関係なく討伐するべきだって考えているわけか?」
「悪意のある質問だが、そう取ってもらって構わん。人間にとって、サキュバスは存在自体が悪だ。討伐しなくてはいかん」
わかった。よくわかった。
騎士団はマニュアルに則って、最初から結論を出している。
人里にサキュバスが現れたら討伐する。
後ほど【オーパブ】に一度きりの勧告――彼女の引き渡しを要求し、応じられなければ、常より不穏分子を孕んでいた【オーパブ】もろともを殲滅対象とする。
そうなった場合、いつ、どのように遂行するか。それを決める会議だ。
彼女が善か悪かなんて、そもそも議題にすら挙がっていない。
「タクト、討伐任務に参加しろとは言わん。お前にもカリーシャ同様、謹慎を言い渡す。王都で大人しくしていろ」
「拒否する」
即断すると、騎士の誰かが円卓を強く叩いた。
「貴様、騎士長の命令が聞けないと言うのか!?」
「生憎と、俺はまだ正式な騎士になったわけじゃないンでね」
嘘が下手で、無防備で、たどたどしくも一生懸命働いていた可愛い彼女。
最優先で保護して然るべき存在だろうがよ。
それにカリーシャ隊長が言っていた。
彼女となら、種族の壁を越えて友人になれるかもしれないって。
そんな子が、存在自体悪だと?
「笑わせてくれるぜ。騎士のくせして、揃いも揃ってどんだけ臆病なンだ」
ぴしり、と。
俺と騎士たちの間に明確な亀裂が走ったのを感じた。
ここで、すっとアーガス騎士長が立ち上がった。
「撤回しろ、タクト。お前と言えど、騎士を愚弄する発言は許さんぞ」
「騎士なァ。騎士ってのは、弱きを助け、強きをくじくもンじゃねェのか?」
「そこに異を唱えるつもりはない」
「だったら、ここには騎士なんかいねェ」
「なんだと?」
「罪も無い女の子を手にかけようなんて奴が騎士であってたまるかよ!」
「……お前は今、勃起ができない。そんな状態で立ちはだかろうと言うのか?」
「だからって見過ごすわけにいくかよ! よくわかったぜ。男には、勃たなくても立たなきゃいけねェ時があるンだってな!」
ED:(53時間30分)
あと二日と数時間、俺は勃起強化ができない。
局部裸身拳による強化のみだと、最大でレベル26。
アーガス騎士長と互角だとしても、何百人もの騎士たちを相手にするのは無謀の極みだ。勝てるわけがない。
「騎士団の決定に背くつもりか。それは罪になる行為だぞ?」
「上等。ヒロインのために罪を背負うなんてな、これ以上はない燃えシチュだろ」
勝てなくてイイ。
差し違えられればそれでイイ。
上手い具合に、騎士団をまとめている連中がここに揃っている。
「あの子を討伐なんざ、絶対ヤらせねェよ。悪ィが、全員病院送りだ」
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