第65話 適正種族は人間です。とりあえず

※第二部スタートです。

しばらくは、リーチの前世の親友「新垣拓斗」が主人公として話が進みます。

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 これは蓬莱ほうらい利一りいちという少年が異世界へと旅立ち、数日が経った頃の話。

 また一人、若くしてその命を終えた少年が転生の時を迎えようとしていた。



新垣あらがき拓斗たくとさん。アナタの適正種族は【人間】です」

「普通スね」

「特筆すべきことが無い限りは、転生後の生活にすぐ馴染めるよう、生前の種族、年齢、性別が引き継がれる決まりとなっていますので」


 カウンターを挟んで正面に座っている受付嬢――ピシッとしたブラウスを着た、眼鏡の似合うインテリ風のオネエサンが、丁寧な口調で答えてくれた。


 ここは転生支援課。

 主に第三者の手による殺傷といった不条理が原因で、不幸にも生涯を終えた者に新しい肉体を与え、人生をやり直すサポートをしているお役所らしい。

 俺はどうも、友達ダチと飯を食ってる時に事故に遭ったようだ。

 目を凝らせば、薄らと自分の体が透けている。これは魂だけの状態なンだとか。

 後ろから一瞬だったもンで、あんまし覚えていない。即死じゃなくて、二日二晩生死をさまよっていたそうだが、そこンとこも記憶に無い。終始痛みを感じることなく逝けたのは不幸中の幸いか。


「特筆すべきことってェと、例えば?」

「転生は基本的に、悔いの残らない余生を送り直して健やかに成仏していただくのが目的の救済措置ですから、生前の趣味嗜好や行動が反映されることがあります。例えば、夢半ばに亡くなってしまわれた水泳選手には、泳ぎが得意なマーメイドやマーマンに。走るのが好きな菜食主義者ベジタリアンならケンタウロスに転生していただいたりといったケースがあります」


 俺がこれから送られる異世界とやらには、ゲームや漫画にしか登場しないような空想上の生き物が、普通にわんさかいるンだとか。


「珍しいところでしたら、ザー●ン好きが、サキュバ――と……やだ、私ったら。女の子がザー●ンだなんて、はしたないですね。……幻滅しました?」

「や、まあ、可愛いと思うスよ」

「はわわ、お上手ですね。実は女の子のこと、口説き慣れてたりします?」


 はわわて。女の子て。


「それが生まれてこの方、彼女すらいたこともなく」

「ええー、そんなにカッコイイのにフリーなんですかあ? それじゃ、私が彼女に立候補しちゃおうかな、なんて」

「オ、オネエサンこそ、お世辞が上手っスね……」


 本音では、「女の子って歳でもないンじゃ?」とか「キャラ間違ってませんか?」とか「すげェ演技臭かった気がするンですけど?」とか、他にも思ったことはあるものの、そのまま口に出してしまうほど、俺は世渡り下手じゃあない。


 それに、なんでだろうか。

 俺みたいな彼女欲しい盛りにしてみりゃ、年上美人に社交辞令でもこんなことを言われたら、心臓が高鳴って然るべきなのに、全く嬉しいと思えねェ。


 いや、別の意味ではドキドキしている。

 しなを作り、甘ったるい声と口調で和やかに話しながらも、俺を観察するように見つめるオネエサンの目は、虎や豹みたいな肉食獣――ハンターのそれなのだ。

 気を抜くな。油断すると喰われるぞ。

 本能が、そう警鐘を告げている。

 オネエサンの絡みつくような視線を受け流しつつ、俺は転生手続きを促すが、


「すみません。実は、アナタの適正種族が人間であるということ以外は、まだ何も決まっていないんです。新しい肉体も用意できていません。やむにやまれぬ事情がありまして」


 俺への申し訳なさと悲しみを堪えるようにして、オネエサンが言った。


「やむにやまれぬ事情って?」

「聞いてくれますか!?」


 カウンターに両手を叩きつけ、オネエサンが身を乗り出してきた。

 この剣幕。よっぽどのことがあったンだろう。

 わなわなと肩を震わせながら、オネエサンは当時のことを語り出した。


「それは二日前のこと。終業時間ぎりぎりにやって来たクレーマーにも嫌な顔一つせずに残業してまで完璧に仕事をこなした私は、二十代最後の望みをかけた合コンに挑みました」

「はあ。……は? 合コン?」

「男女五人ずつで、相手の男性たちはなかなか粒ぞろいでした。対して女性側は、まあ並といったところですね、私以外。課は違いますが、全員が輪廻転生部の同僚です。若さだけが取り柄の尻軽というか、クソビッチどもです」


 このオネエサン、職場仲間のことをクソビッチって言いましたよ?


「当初の予定では三本――いえ、三人は持ち帰り、体の相性を確かめてから一人――ではなく、一人しぼるつもりでした。ああ、別の意味ではちゃんと三人ともしぼりますよ? こういうのはヤってみないとわかりませんから。体力ありそうに見えるのに、一回ともたずに中折れしてしまう情けない男性もいますしね」


 ザー●ンと口にするのも恥じらう演技(←確信)をしていた一分前を思い出してもらいたい。キャラがブレまくってンだろ。


「話を戻しますが、実際に持ち帰ることができたのは、たったの一人でした」

「一人でも落とせたンなら、よかったじゃないスか」

「合コンが終わるや、ホテルへと直行しました。愛を育む系のホテルです」


 4P上等の人が愛とか……。

 そこでオネエサンは手で顔を覆い、すんすんと声を出す泣き真似をした。


「それなのに、いざ合体というところで相手の男性が怒って帰っちゃったんです」

「何かあったんスか?」

「……おそらく、私が事前にコン●ームを用意していたせいでしょう」

「は? ゴムつけるのが嫌で男が怒ったんスか? とんだクソ野郎じゃねェか」

「いえ、少し違うんです。他のクソビッチが、相手の男性に言ったらしいんです。私からゴムを渡されたら、穴を開けられていないかチェックするようにって」

「ひ、ひでェ……」


 そりゃヘコむわ。女って怖ェな。


「まあ、実際開けていたんですけどね」

「オイ」


 その同僚サン、ファインプレーじゃねェかよ。俺の同情を返せ。


「いいじゃない! 既成事実くらい求めたって! こっちは崖っぷちなのよ!」

「訴えられなくて良かったスね」

「そういうわけでして、合コンでなんの成果も出せなかったショックで仕事が手につきませんでした」

「正直に言やいいと思わないでくださいよ。職務怠慢なだけじゃないスか」


 やむにやまれぬ事情って、それ? マジでそれなのか?


「ですが、考えようによっては悪い話ではありませんよ。本来ならこちらの裁量で決めてしまうところを、最大限アナタの要望を取り入れるつもりですから。むしろ感謝していただきたいくらいですね」

「まあ、そういうことなら……」


 感謝は絶対にしねェけどな。


「ではまず、好みの女性のタイプを教えていただけますか?」

「それ、必要なことなんスか?」

「手続きを円滑に進めていく上で、とても重要なことです」


 俺は疑いの目を向けながらも、質問に答えていった。


「大人っぽい雰囲気より、同年代か、年下な感じがいいっス。胸は断然大きい方が好みかな。美人系より可愛い系っつーのか。あと、これは日本――俺の暮らしてたとこじゃ難しいスけど、天然ブロンドの美少女とか最高だと思ってます。性格は、ちょっとヌケてるところがあるくらいがいいかも」

「なるほど。概(おおむ)ね私のような女性ということですね」

「どっかカスってたとこありましたか?」

「人の好みなんて、実際に付き合ってみると簡単に変わるものですよね。参考にはなりません。むしろ自分色に染めていくのが醍醐味なんですから」

「じゃあなんで訊いたんスか!? やっぱこれ関係ねェ話でしょ!? ちゃんとやりましょうよ!」

「せっかちですね。こういう段取りは時間がかかるものなんです。当日の席割りを決めるだけでも大変なんですから」


 なんの話だ!? 怖ェ、この人怖ェよ!


「まあいいでしょう。少し戯れが過ぎたのは認めます」


 悪びれなく言ったオネエサンが、俺の写真が貼られた資料に目を落としながら、ようやく転生の手続きを進めていった。


「転生の魅力は、なんと言っても、常人と比べて高い能力を得られることです」

「ラノベなんかじゃテンプレっスね」

「ご存知ですか。なら話は早いです。人間に転生される場合、最初に肉体の性能を上げるか、魔力の性能を上げるかを決めることになります」

「魔力? つーことは、異世界には魔法みたいなのもあるんスか?」

「あります。ありますが、元々魔力が無いに等しい人間の魔力を底上げしたところで知れています。生来より魔法のエキスパートであるエルフなどには敵いません」


 しょっぱいな。


「ですので、大抵は肉体の強化にステ振りすることになります」

「ステ振り。ステータスか。ゲームスタート前のキャラクターメイクっぽくなってきたな。魔力を上げてもお得感が少ないなら、俺も肉体の強化でいいスよ」

「ではそのように。次に肉体強化の条件ですが、より限定的なものにした方が強化の度合いは強くなります」

「限定的というと?」

「肉体を常時強化した状態を保つよりも、例えば強化できる時間帯を午前か午後のどちらかに決めたり、剣を持った時だけに限るなどです」

「制限が厳しいほど強くなるってことスか」


 新しい人生の舞台となる異世界は、剣と魔法のファンタジーみてェだし、武器を持った時に限るってのは悪くない。要は、戦闘時に強くなれればいいわけだ。


「質問なんスけど、武器を持った時に限定するとしても、その武器の種類まで限定した方が強くなれるんスか?」

「そうですね。剣にするか、槍にするか。剣でも両手剣にするのか、片手剣にするのか。限定しようと思えばいくらでもできます。たった一つの武器に限定するのが最も強いでしょうけれど、それが壊れてしまえば終わりですので、その点も十分に留意してください」

「なんの武器にするのかは、この場で決めなきゃいけねェんスか?」

「強化条件の大枠さえ決めておけば、アナタが異世界に降り立ってから最初に手に馴染むと感じた武器で登録することもできます。変更は利きませんが」

「そっちの方がありがたいっスね。そんな感じで」

「わかりました。強化の条件は武器の携帯。登録は後ほど現地で行ってください」


 タブレットを操作して、オネエサンが必要項目をテキパキと進めていく。

 できるんじゃん。やろうと思えばスムーズに。


「転生の特典ってこれだけスか?」

「言語に関する自動変換なども特典にあたりますが、人間への転生者には、他にも好きな技能を一つ習得できるという、大変お得な特典があります」

「え、マジで?」

「戦闘系、知識系、芸術系、その他各種取り揃えております。上手く活用すれば、異世界での生活が格段に楽になりますよ。私のオススメは、どんな不感症な女でも満足させてしまう、夜の48手ですね」

「夜の……だと?」

「これさえ習得しておけば、インキュバスにだって対抗できるかもしれませんよ。いかがです?」


 俺は考えた。考えに考え抜いて、


「…………一案としてだけ……受け取っておきます」


 そう答えた。

 正直、かなり心が揺れたけども。役立てられる機会が訪れるかもわからないし。

 それより、他にもっと有用なものがあるはずだ。


 料理とか服飾とか、そんな技術があれば、手に職をつけることもできるだろう。

 安全な生活だって手に入れやすい。

 なんだけど、やっぱり男として、戦闘系ってのに惹かれてしまう。武器携帯時の肉体強化っていう恩恵に加えて、どうせなら強さにステータスを極振りをした方が結果的にはお得かもしれない。


「戦闘系の技能ってェと、どんなのがあります? 北●神拳みたいなチート武術はねェスか?」

「それは漫画ですか? 常識を逸脱するようなものは無いと思われますが」

「残念。魔法があるならもしかしたらと思ったんスけど」

「転生先に存在する武術の一覧をお見せしましょうか?」

「あ、お願いします」


 スッ、スッ、とタブレットに指を滑らせてから、表示したものを渡してくれた。

 日本語の横文字で、流派らしき名前が縦にずらりと並んでいる。

 なんとか神拳……んー、無いか。


「あ、でも、なんとか神剣ならあるじゃん」


 なになに。

 ――大国【ラバン】で主流とされる攻防一体の両手剣技。極めし者は一騎当千の強力無比な武芸者として歴史に名を残している。


 良さそうだ。これ、決まりだな。

 俺はオネエサンに流派名を告げ、さくっと決定した。


 あと必要な手続きは、新しい肉体作成と転生先の座標決定らしいが、前者は半日かかるということなので、しばらく待機しなければならない。

 その間に、俺はどうしても尋ねておきたいことがあった。


「訊きたいんスけど、俺ってしばらく昏睡状態だったわけですよね? その間に、もしかして、俺の友達ダチ――蓬莱利一って男がここに来なかったスか?」

「ほうらいりいち? ああ、あの失礼な少年ですか」

「知ってるンですか!?」

「ええ、彼も私が担当しました」

「ここに来たってことは、利一も……死んじまったのか……」

「残念ながら、私のタイプではありませんでしたね。その点で言うと、新垣さん、新垣拓斗さん、童貞なのにMAX時が17cmもある新垣拓斗さん、アナタは非常に好みです」


 ぺろり、とオネエサンが唇を舌で湿らせた。

 MAX時とか、童貞とか、そんなことまで資料に載ってンのか?


「そ、そんなことより教えてくれ! あいつも異世界に転生したのか!?」

「申し訳ありませんが、他の転生者の情報を漏らすのは規則で禁じられています」

「頼むよ! 大事な友達ダチなんだよ! あいつには、俺がついてなきゃ……」

「困りましたね。どうしても知りたいのですか?」

「どうしてもだ」


 俺の真剣さを汲み取ってくれたのか、オネエサンは肩を竦めて立ち上がった。


「禁則事項なので、ここでは話せません。ついて来てください」


 オネエサンが窓口から外に出て来ると、小声でついて来るように言い、役所内の廊下を歩いて行った。俺はその後ろを黙って追いかけて行く。

 次第に人の声が届かなくなり、無機質な足音だけが響くようになった。


「入って」


 やがて行き当たった扉の一つをオネエサンが開け、俺を中へと招いた。


「ここは?」

「今の時間は使われていない会議室の一つです」

「すんません。無理を言ったみたいで」

「いいえ。ここなら多少大きな声を出しても、誰にも聞こえませんから。ふふ」


 低い声で笑ったオネエサンが扉を閉め、カチャリと鍵をかけた。

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