番外編 僕とユニコーンと脱ぎたてパンツ(前編)

「ユニコーンが現れたんですか?」


 テーブル席の一つから非常に珍しい名前が挙がったのを聞き、僕は調理が一段落ついてから話に食いついた。


「おや、エリム少年、聞こえていたのであるか」

「こんばんは、エリム君。お仕事お疲れ様です」


 テーブルを囲んでいるのは二人。

 一人はリザードマンのギリコさん。【オーパブ】の常連だ。

 もう一人は人間。領主邸での一件以来、リーチさんの特能で聖人君子もかくやの清い存在へと生まれ変わった、冒険者のグンジョーさん。客としてウチに来たのは今日が初めてだ。


「いかにも。【オロゴス湖】周辺での目撃情報があるのである」

「それに合わせて、冒険者ギルドから角の入手クエストが発注されたんですよ」


 煎じたユニコーンの角は、万病に効く薬として重宝されている。

 そのため、ユニコーンは乱獲されないよう保護指定されているけど、他の種族と群れたりするようなことはなく、むしろ気性も荒いという。


「――なんです、なんです? クエスト? 面白そうな話をしてますね」


 新たに話に加わってきたのは、この店の看板娘であるリーチさんだ。

 昼間、ちょっとした誤解があってギクシャクしていたんだけど、姉さんにどんな説得をされたのか、開店前にリーチさんの方から謝られた。


「【ルブブの森】から川を下ったところに湖があったのを覚えていますか? そこにユニコーンが出たそうなんですよ」

「へえ。ユニコーンって、一本角の馬みたいなやつ?」

「そうです。見たことありますか?」

「いや、オレが住んでた世か――おっと、住んでた場所にはいなかった」


 異世界から来たリーチさんにとっては、空想上の生き物ということらしい。

 こちらの世界では現実に存在する生き物だけど、とてもレアで、僕も実物は見たことがない。なので興味を引かれている。


「お二人でクエストに挑まれるんですか?」


 もしそうなら、同行させてもらえないか頼んでみようと思う。


「左様。小生しょうせいは冒険者ではないゆえクエストを受けられない。よってグンジョー殿が受注し、それを手伝わせていただくのである」

「わたくしだけでは荷が重いクエストですから、ギリコさんに協力していただけるのは心強い限りです」

「そんなこと言って、報酬をぼったくるつもりじゃないだろうな?」


 リーチさんが、グンジョーさんをじろりと睨みつけた。

 グンジョーさんとはいろいろあったから、そう思うのも仕方ない。


「リーチ殿、心配はいらぬ。このグンジョー殿は、もうそのようなつまらぬことをする御仁ではないのであるよ。報酬は半々ということになっているのである」

「ギリコさんの力に遠く及ばないわたくしが半分もいただくのは気が引けてしまいます。やはりここは、ギリコさん8、わたくしが2という分配で」

「何を言うであるか。グンジョー殿、貴君は言っていたではないか。此度の報酬は全て王都の孤児院に寄付するのだと」

「え、寄付?」


 リーチさんがきょとんとする。僕も同じような顔をしているはずだ。


「それに、この薬であるが、最近特に品薄になってきているせいで高騰している。貧しい者たちの手にまで回らぬ状況にあるのである。グンジョー殿はそれを憂い、少しでも供給の助けになれればと考えておられる。小生、その心意気にいたく感銘を受けたのである。いや立派!」

「立派などと……。その孤児院は、わたくしが幼少のみぎりにお世話になった施設でして、何か恩返しができたらという、ひどく個人的な理由なんですから」

「なんか……ホント……ごめんなさい」


 リーチさんが罪悪感に押し潰されそうになっている。そんな表情も可愛いです。


「ギリコさん、グンジョーさん、お願いします。僕もそのクエストに連れて行ってもらえませんか? 希少なユニコーンを間近で見ておきたいんです」

「エリム少年は勤勉であるな。湖付近に危険な魔物は出没しないので同行するのは構わないのであるが、それ以前に、少々問題があるのであるよ。その点をどう打開するか、グンジョー殿と相談していたのである」

「問題ですか?」


 こくりと頷いてから、ギリコさんが、その問題とやらが何かを答えてくれた。


「ユニコーンの捕獲方法である」

「ユニコーンは警戒心が強いですから。わたくしやギリコさんの前には姿すら見せてくれないと思うんです」


 ギリコさんの言葉をグンジョーさんが継いだ。

 問題はそれだけじゃない。ユニコーンは保護指定されているので傷つけることは許されていない。ましてや、殺したりなんかすると罪にだって問われてしまう。

 どうにかして、角だけを穏便に切り取らなければならないのだという。


「方法は無いんですか?」

「あるにはあるのであるが、そのツテが無いのである」


 ギリコさんとグンジョーさんが、難しい顔をして唸った。


「ユニコーンは美しい処女に目が無いという。処女が一人でいれば、誘われるように向こうから寄って来るのである。十分に愛でると、処女の膝に頭を置いて眠ってしまうので、それを見計らって角を切るのが定石なのである。……が、生憎あいにくと協力を頼める女性冒険者の知り合いがいないのである」

「落とし穴でも掘るしかないでしょうかと話していたんですよ」


 なるほど。男だけでこなそうとすれば、相当難易度が高そうですね。

 これは長期戦になるかもしれないな。


「それって、協力者は別に冒険者じゃなくてもいいんですよね?」


 他に手はないかと僕なりに考えていると、リーチさんがそんなことを言った。


「リーチ殿、まさか」

「美しいかはともかく、処女ならここに一人いますよ」


 妙案見つけたり、とばかりに大きな胸を張る。揺れた。


「ギリコさんにはいつもお世話になっていますし、グンジョーさんには失礼なことを言っちゃったし、オレに協力させてください」

「し、しかしであるな……」


 完全にやる気の目だ。そんなあっさり決めてしまって大丈夫なんだろうか。

 リーチさんのことだ。多分、深くは考えていないだろう。

 僕たちが慎重にならないと。


「その捕獲方法って、女の子に危険は無いんですか?」

「危険は……無いのであるが……」

「いえ、ある意味では危険ですよ……」


 二人の口振りは重い。リーチさんがやるなら、どんな些細な危険も見逃せない。

 僕は「答えてください」と詰め寄った。


「……舐められるのである。それはもう、全身くまなく」

「描写的に年齢制限がかかりそうな状況になる危険があるんですよね」


 斜め上の危険だった。


「マ、マジっすか……」

「ほら、リーチさん、やめた方がいいですって」

「い、いや、一度言ったことだ。オレは……下りないぞ!」


 なんでこういうところは男らしいっていうか、頑固なんだろう。


「だったら、【一触即発クイック・ファイア】で気絶させるというのは?」

「どうしてもっていう状況以外では使いたくない。馬だろうが、雄をイカせることに比べたら、まだ舐められる方がマシだ。つーか、馬ってパンツ穿いてないだろ。そんな奴に使ったら……」


 ああ、それはちょっと、見たくありませんね。


「でも、リーチさんにそんなことはさせられません」

「エリム、お前……!」


 気が重い。とてつもない覚悟を要することなのに、きっとこれは、どう考えても男らしい台詞にはならない。

 だけど、怪我の危険は無くとも、たとえ相手がユニコーンであろうとも、好きな女の子が他の雄に舐められるのを、黙って見ていられる男がいるだろうか。

 だから僕は、これを提案する。


「リーチさんにやらせるくらいなら、僕がやります」

「な、何をであるか?」


 相槌を打ったギリコさんだけでなく、リーチさんもグンジョーさんも、僕が何を言っているのかわからないって顔をしている。つまり、こういうことです。



「僕が女装して、処女になりすまします!!」



 ドドン!!

 と、後ろに文字を背負っているつもりで、僕は力いっぱい言い放った。


 ギリコさんとグンジョーさんが、口をあんぐりと開いて唖然としている。

 何こいつ、馬鹿みたいなことを言っているんだと思われているだろう。


「ま、待つのである。エリム少年は、確かに体つきも顔立ちも中性的であるから、女装が致命的に似合わないわけではないと思うのであるが、匂いだけはどうしようもないのであるよ」


 ギリコさんが、細長い舌をちょろちょろと出し入れした。リザードマンは、ああやって空気中の匂いを敏感に感じ取れるという。そのギリコさんが言うんだから、僕の匂いは、まぎれもなく男のものなんだろう。


「リーチさんの服を借ります。それでなんとか騙しましょう。股間だけは触れられないよう死守して、胸は貧乳で通します」

「や、いやいや本当に待つのである! ユニコーンにはこんな噂もあるのである。囮になった者が処女ではないとわかるや、その場で突き殺されるとも、八つ裂きにされるとも。エリム少年の言っていることは、それほどに危険なことである」

「だ、だとしても、男に二言はありません!」

「やめろって! それならオレがやった方が――」

「僕は男で、リーチさんは女性です! 譲れないものがあるんです!」


 リーチさんが、こういうことを言われるのを嫌うのは知っている。

 でも、わかってください。


「……本気……なんだな?」

「本気です。冗談で、こんなことは言えません」


 複雑な表情をしていたリーチさんが、やがて「そうか」と言って項垂れた。


「だったら、オレも協力を惜しまない」

「協力って、え? リーチさんは留守番を」

「ギリコさん、グンジョーさん、湖へはいつ行くんですか?」

「明日の早朝を予定しているであるが」

「ほ、本当に、エリム君が囮になるんですか」


 やるなら今夜しかないな。そんなことをリーチさんは呟いていた。







 どうしてこうなった。


「二人だとやっぱ狭いな」

「リリリリリリ」

「鈴虫か」


 僕は今、リーチさんの部屋で、リーチさんのベッドで、リーチさんと二人で一つの布団に入っている。甘い。めちゃくちゃ甘くてイイ匂いがする。


「リ、リーチさん、これは、まま、まずくないですか?」

「仕方ないだろ。お前に、少しでも女の匂いをつけておかなきゃ。湖へ行く時も、ぎりぎりまでくっついてるからな」

「で、でも」

「うるさい。男だってバレて死にたいのか」


 後ろから抱きつくようにして、リーチさんが体を寄せてくる。

 背中に〝ぽにゅわ~ん〟という擬音がしそうな柔らかさを常時感じている。

 耐えろ。耐えるんだ。


「ね、姉さんが、よく許してくれましたね」

「せめて自分も一緒に寝るって言い張ってたけどな。それはオレが困るからやめてもらった。何かあれば、声を出すでも、壁を叩くでもいいから、とにかく大きな音を出しなさいってさ。変なことすんなよ」

「し、しません、けど。リーチさんは、嫌じゃないんですか?」

「ぶっちゃけ言うと、ちょっとだけ抵抗はあるよ。だってお前、オレでヌいたことあるんだろ」

「死ねと言われれば死にます」

「言わんけど。でも、一回だけなんだろ」

「……すみません。初日の晩に三回しました」

「おま……」

「すみません! すみません! すみません!」

「……それ以降でしてないなら……いいよ。スミレナさんが言ってた。一つ屋根の下に同年代の女子がいる環境で、その女子をネタにして自慰しないっていうのが、どれだけ強い精神力が必要かって。想像すると、確かにキツすぎるなって思った」


 謝りに来てくれたのは、そんな話を聞かされていたからなのか。


「リーチさんは女性なのに、想像できるんですか?」

「想像できるさ、中身は男――……みたいなもんだからな」


 自分は男勝りだと、そう嘆いているんだろうか。

 大丈夫ですよ。ボーイッシュなところもリーチさんの魅力ですから。


「だからまあ、そういう面でもエリムを信用することにした。変に意識したりして悪かったな。なんだかんだ言っても、エリムってすげー紳士だよな。そんなお前とこうしてるのは嫌じゃない」


 姉さん、ありがとおおおおおお!!


「おやすみ。朝早いんだから、しっかり寝ておけよ」

「はい、おやすみなさい」


 しばらくすると、リーチさんの可愛い寝息が聞こえてきた。

 まあ、僕の方は寝れるわけないんですけどね。


 耐えろ。耐えろ。頑張れ僕!!


「……ん……拓……斗……」


 タクトさんの名前? 夢の中にタクトさんが出ているんですか!?

 いや、悔しくなんかないぞ。

 だって、この状況を見れば、拓斗さんの方が悔しがるはずだし。


「ギョ……ザ…………メン……むにゃ…………んまい……」


 ザー●ン美味い!?

 えええ、ちょっとちょっとリーチさん、いったいどんな夢を見ているんですか!?


「つるつる……しこしこ……」


 しこしこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?

 拓斗さんの!? 拓斗さんのをですか!?

 気になるんですけどおおおおおおおおおおおおおおおお!?


 この後、僕は夜通し背中の感触と戦い、謎の寝言にうなされ続けた。

 追伸、勃起継続時間の最長記録を余裕で更新しました。

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