番外編 オレとエリムと水着写真集
「リーチちゃん、これはエリムの部屋に持って行ってくれる?」
「え? あ、はい」
取り込んだ洗濯物を、そのまま軒先でテキパキと畳んでいくスミレナさんを眺めていたオレは、ハッと思い出したように我に返った。
「どうかしたの?」
「家事ができる女の人って素敵だなって。ちょっと見とれてました」
こんな恥ずかしい台詞、男だった頃は絶対口にできなかったろうな。相手に他意を感じさせず言えるようになったのは、自分が女になったからだ。
「あらあら、嬉しいことを言ってくれるわね。ありがとう」
料理だけは苦手だけど。そう続けて、スミレナさんがくすくすと上品に笑った。
やっぱこの人、理想のお姉さんとしての基本スペックは相当高いよ。
それだけに、残念な部分が悪目立ちしてしまうんだよな。
「でも大丈夫よ。リーチちゃんは家事なんてできなくても、今のままでも世界中の童貞男子を虜にできるくらい素敵だから。この最強おっぱいがある限り」
「ここぞとばかりに揉まないでください」
こういうところな……。
胸からスミレナさんの手を引き剥がすものの、くすぐったい以外に何も思わなくなってきている自分の慣れに頭を抱えたくなった。
「毎日ギガンテス級を揉めるだけでも、女に生まれてきて良かったと思うわ」
「女同士でも、普通は揉んだりなんてしませんから。こんな堂々と揉んでくるのはスミレナさんくらいですよ。あとはマリーさんとか、メロリナさんとか」
あれ? よく考えると、知り合った女の人たち、全員普通に揉んでくるぞ?
「自分で揉んだりはしないの?」
「……なんのために揉むんですか?」
「リーチちゃんってば。ふふ、アタシに言わせたいの?」
「いえ、言わなくていいです。言わないでください」
「気持ちよくなるためよ」
言わないでって言ったのに。
「あら、リアクションが薄いわね。その様子だと、したことないの?」
「オレにはちょっと、そういうのはまだ早いっていうか」
「うふふ。そうね。やり方だってわからないでしょうし」
「そういう問題じゃないんですけど……」
「その気になったら、いつでもアタシのところへいらっしゃいな。いろいろ教えてあげる。きっと新しい世界がひらけるわよ」
言って、スミレナさんが人差し指と中指を立てた。
「あれ? こっちの世界って、ピースサインは無いはずじゃ――」
あ、違、ピースじゃない。なんかくぱくぱ――もといチョキチョキしてるもの。
「……畳んだ服、持っていきますね」
「よろしくね」
からかわれているんだろうけど、どこまで本気なのか、いまいちよくわからないから怖い。本当に女にしか興味が無い人ってわけじゃない……と思いたい。
重ねられたエリムの衣類を抱え、長い廊下を歩く。
数日前まで物置だった一番奥の部屋がオレ、その手前がエリム、もう一つ手前がスミレナさんの部屋になっている。
エリムは店の方で料理の下ごしらえをしているから不在なのは知っているけど、一応礼儀として、ノックをしてから部屋に入った。
ほんのり汗の匂いが混じった男臭さ。男だった頃のオレの部屋も似たような匂いがしていたはずなのに、女になったせいか、余計に強調されて感じる。
部屋の中にはベッドにタンス、机に書棚、主な家具はそれくらいで、男にしては整理整頓が行き届いている。
「A型だな」
勝手に決めつけ、一人納得した。
四段になっている衣装ケースの前に膝をつき、下から順に引いてみる。
一番下はベルトやら手袋やら、手持ちの衣類とは関係の無い物が入っていた。
下から二段目はズボン類。下穿き専用だった。てことは、三段目は上着かな。
当たり。それぞれに、皺にならないよう丁寧に収納した。
残るは靴下とパンツだ。一番上の段がそうだろう。
ふと、エリムのパンツを目の前に掲げ、うーん、と唸った。
「男物のパンツ、懐かしいな」
まだ十日やそこらだってのに、そんなことを思ってしまう。
トランクスタイプだ。オレが今穿いているのは、もちろん女物。
「絶対こっちの方が楽だろ」
エリムのパンツを横に引っ張ったり、指に引っ掛けてくるくる回したりしながら愚痴る。リーチちゃんに男物を穿かせるなんて、たとえ世界が許しても、アタシが許さないわ。――家主様のお言葉だ。
「中身は男だってところ、もう少し尊重してもらいたいよな」
距離感無視のスキンシップなんかもそうだ。自分の体には慣れてきたとしても、他の女性にくっつかれるのは全然別。今だって、性的嗜好は男のままなんだから。
そこでオレは、ある重大なことを思い出した。
〝素人エルフの水着写真集〟
エリムがオ●禁に挑んだ際、スミレナさんに預かっておいてもらうようなことを言っていたけど、今はどうなんだ?
オレの特能の実験台になってもらって以降、オ●禁は解禁されている。
体に悪いからやめておけと、メロリナさんにも言われていた。
ということは。ということは?
「……あるのか? この部屋に」
ごくり、と生唾を飲んだ。
そして耳元で囁かれる、悪魔の声。
――部屋にはオレ一人しかいないぞ。今なら誰も見ていないぞ。
もう一度喉を鳴らし、オレはふらりと書棚の前へ移動した。
書棚には、料理関係の本が特に多いように思えた。
「図鑑……図鑑……」
例の物は確か、生物図鑑の表紙で隠していると言っていた。
ちょうどオレの目の高さにあったため、それはすぐに見つかった。
高鳴る胸をおさえながら陳列の中から引っ張り出し、オレはそっと覗き込むようにしてページの端だけを開いた。女性の生足が見えた。
これだ、間違いない!
所持がバレているから、隠し場所を変えることもしなかったのか。
他人の部屋で勝手に見ている背徳感も手伝い、初めてエロ本を目にする小中学生みたいな気分になる。オレは気を鎮めるため、ベッドに腰を下ろした。
そうして改めて、今度は遠慮なくページを左右に開いた。
耳がツンと尖ったエルフのお姉さんが、肌面積の多いビキニ姿で扇情的なポーズを取り、読者にこれでもかと身体の凹凸をアピールしていた。
「お……うぉぉ……」
感動だった。
スミレナさんやマリーさんのスキンシップとは違う。興奮を興奮として楽しめる久しぶりの喜びをオレは噛み締めた。
ぺらり、ぺらりとページをめくっていく。
その中で、特に手垢の目立つページがあった。
そこに載っている金髪セミロング女の子は、小柄であどけない顔をしているが、胸はとても大きかった。まるで、オイルを塗ってと言わんばかりに背中の水着紐を外し、砂浜に寝そべっている。
どう考えても、エリムはこの子に一番お世話になっていると思われる。
「こういう感じの子がタイプなのか。拓斗と気が合うかもな」
オレはもう少し、大人びた雰囲気の方がいいかな、なんてことを思った。
その時――
廊下を軋ませ、この部屋に近づいてくる足音が。
「や、やばっ!」
本を棚に戻している時間は無い。
反射的にオレの取ってしまった行動は、明らかに失敗だったと言える。
オレはベッドと壁の隙間に体を落とし、あろうことか、本と一緒に自分まで隠れてしまったのだ。
その直後に、ガチャリと扉を開けて、誰かが入って来た。
「んんー、疲れたー。開店時間まで、少し横になろうかな」
エリムだ。
どうしよう。出て行くべきか。
今ならまだ、ドッキリで済ませられるんじゃないだろうか。いや、でも……。
「あれ? 靴下が落ちてる。姉さんが仕舞い忘れたんだな」
ごめんなさい、オレです。
タンスを引き、靴下を収納する音がした。
くそ、驚かせようとして隠れてましたと言ってやり過ごそうにも、この写真集の存在が邪魔をする。どうしたって言い訳になってしまう。
そうこうしているうちに、オレは出て行くタイミングを決定的に逃してしまう。
ギシッ、とベッドが揺れる。エリムが寝転がったようだ。
「ああ、リーチさん、今日も可愛いなあ」
オレの名前が出てしまった。さらに出辛くなる。
「ふううぅぅぅ……可愛い可愛い可愛い! どうしてそんなに可愛いんですか!? ぎゅってしちゃいますよ!? しちゃいますからね! ちゅううう! はふはふ! ああああああ可愛すぎるうぅぅぅ!」
やめてー。やーめーてー!
ベッドが激しく揺れまくる。
何をしているのかと思い、首を持ち上げてそろりと覗いてみると、エリムは枕を抱き締め、ベッドの上を右へ左へ転げ回っていた。
「ああ、ダメだ、高ぶりが全然収まらない! どうしよう。やるしかないか……。だけど、リーチさんでそういうことはしないって約束したし……」
独り言を呟いている間も、カチャカチャと音がする。
金具? え、これって、まさかベルトを外してる?
「仕方ない。今日も、リーチさん似のあの子で」
あ、これやばい。出辛いとか言ってる場合じゃない。
リーチさん似ってどういうことなのかとか、考えている暇もない。
「リーチさん、僕は約束を守る男です!」
「へ、へー、そうなん? 感心だなー」
できる限りの自然を装いつつ、オレはリズミカルにベッドが揺れ出す前に、壁の隙間から這い出した。
…………時が止まった。
エリムはオレに背中を向ける形で横たわり、尻は丸出しになっている。
不幸中の幸いか、こっち向いてなくてよかった。
のそりと体を起こしたエリムは、ベッドに腰掛けるようにして座り、もぞもぞとズボンを穿き直した。一連の行動を終えても、まだ振り返ろうとしない。
「……リーチさん……どうしてこの部屋に?」
「えっと、洗濯物、畳んだから持って来たんだけど」
沈黙。
死ぬほど気まずいんですけど、誰かなんとかしてください。
「……聞いていましたよね?」
「……あー……まあ」
「ちょっと死んできますね」
「待て待て待て落ち着け! オレも恥ずかしいことを白状するから!」
「恥ずかしいこと?」
ここでようやく、エリムが顔だけを後ろに向けた。絶望のドン底にいる表情だ。
オレは正直に言うことにした。エリムに比べれば、なんてことのない恥だ。
「これ、この本を見てたんだ! それでエリムが来たから、思わず隠れちゃって」
「写真集……ですか」
「そう、写真集! いやあ、興奮するよな! いい趣味してるじゃん!」
「興奮しながら見てたんですか?」
「見てた見てた。ハァハァ言いながら超見てた」
「僕のパンツを持って、ですか?」
「そうそう。エリムのパンツを持って――……ん?」
言われてそれに気づく。
オレの右手には、素人エルフの水着写真集。
そして左手には、エリムのパンツが今もまだ握られたままだった。
あ、仕舞うの忘れてた。
「そ、そういうことなんですね……!?」
そういうことって何が? え、何? なんで急に顔を赤らめてんの?
「しかも、僕のパンツで……」
さっきまで死にそうだったくせに、今はやたらと嬉しそうに見えるのは何事?
「その写真集とパンツはお貸しします。どうぞ、好きに使ってください」
「使うって……え? え? え!?」
「リーチさんが僕でしているなら、僕も、リーチさんでしてもいいですよね?」
もじもじしながら、ちら、ちら、と上目遣いでそんな確認をしてくる。
「あ」
状況を把握。
した瞬間、カァァ~~~~ッッッ、と猛烈な勢いで顔が熱くなっていく。
つまりオレが、このオレが?
エリムのパンツをくんかくんかしながら?
そういうことをしていたと、そう思っていやがるわけか!?
「い、い、いい、いいい」
「どうしました? 声が震えていますよ?」
「いいわけないだろ、このセ●ズリ野郎ォォ!!」
オレはエリムの顔に写真集とパンツを叩きつけ、オマケに腹部にパンチを一発、股間に蹴りを一発お見舞いした。
「なん、で……おあいこ、じゃ……」
「オレはしてねえよ! 死ね! 一人で勝手に死んで来い!」
ベッドに沈んだエリムを踏みつけ、オレは部屋を飛び出した。
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