第45話 魅了してみましょう
「ん……」
背中に伝わる感触。いつの間にか、ベッドに寝かされている。
そういえば。スミレナさんが、カストール領主を半泣きにさせて追い返したのを見届けた後、その場で意識を放棄してしまったんだった。営業時間中だったのに、迷惑をかけてしまった。あのままエリムが部屋まで運んでくれたんだろう。
けど、体調は全然回復していない。頭は熱で朦朧とするし、胸の圧迫感も酷い。
「ブラジャー……苦し」
外してしまおう。オレは寝る時、つけない派だ。
目を閉じたまま、手探りで自分の背中をまさぐった。
……あれ?
無い。ブラジャーのホックが見つからない。
「あ、んぅ」
一瞬、胸の圧迫が強まり、こそばゆい刺激が走った。
しかもそれが、二度、三度と続く。
え、何、ちょっと待って。
「ん、ふ、あ」
嘘だろ。
胸が苦しいのは、ブラジャーによる締め付けなんかじゃない。
ブラジャーどころか、肌に触れる空気からして、上半身が全て脱がされている。
そして誰かが、上から押しつけるようにして直接胸を揉んでいる。
「ふぁ、や、あん、くふぅ」
誰だ? この揉み方は……スミレナさんじゃないぞ。
スミレナさんには初日に風呂で揉みしだかれ、次の日にはマリーさんと協力して揉みまくられ、それ以降は、一日一回必ずオレの
「だ、れ」
体がまだ睡眠を欲しているのか、なかなか目蓋が開いてくれない。
スミレナさんじゃないとするなら、他に考えられるのは……。
……エリム?
しかいない。何してんだよ。何揉んでんだよ。お前、そんな奴じゃないだろ。
意識の無い女の服を脱がして、変なことするような奴じゃないだろ。
何か言ってくれよ。怖いだろうが。
「すごいのう、ほんにすごいのう。仰向けでこのボリュームとは。末恐ろしい娘でありんすなあ」
オレの訴えに答えたのは、カラカラと弾むような可愛らしい声だった。
ようやく、薄らと目蓋が開いていく。
そこで見たものは、オレの腹に馬乗りになり、心臓マッサージでもするみたいに一心不乱に胸を揉む幼女の姿だった。
「……メロリナさん?」
「おお、気がついたかや」
幼女というのは言いすぎかもしれないけど、少なくとも中学生には見えない。
「何やってるんですか?」
「揉みとうなる乳があるので揉んでおる」
それがどうかした? みたいなノリで言われた。
「やめてくれます?」
「感じんした? 良い声が出ておったえ。下の感度も調べてよいかや?」
「やめてくれます!?」
改めて自分の姿を確認すると、白いエプロンドレスは完全に脱がされ、黒いワンピースだけにされていた。そのワンピースも、まるでバナナの皮を剥くかのように上半分をズリ下ろされている。つまり、おっぱいモロ出し状態だ。
言っても手を放そうとしないので、オレは強引に体を起こそうとした。
と、そのタイミングで部屋の扉が開かれた。
「――メロさん、何やってるの!?」
体調を崩して倒れたというのに、好き放題弄ばれているオレへの仕打ちを見かねたのか、スミレナさんが血相を変えて部屋に入ってきた。
「いやはや、この手に吸いつくような乳、まごうことなき〝ギガンテス級〟じゃ。こうして揉み続ければ、遠くないうちに〝ヘカトンケイル級〟に上がるやもの」
〝ギガンテス級〟のネクストステージが発覚した。
「いくらメロさんでも、やっていいことと悪いことがあるわよ」
もっと言ってやってください。この人、全然やめてくれないんです。
今もスミレナさんの方を見て喋っているのに、乳揉みの手は止まらないんです。
「怖い顔はよしなんし。乳はこのとおり、二つありんす。分け合えばよかろ?」
そういう問題じゃないです。ほらスミレナさん、早く止めてやってください。
「右乳をいただけるかしら」
味方なんていなかった。
オレの周りに登場する年上の女性って、こんなんばっかか!?
「――姉さん、新しい水とタオルだけど」
続けてエリムも部屋にやってきた。
ということは、もう店じまいを済ませてきたのか。申し訳ない。
でもようやく、この状況を諌めてくれる、良識のある味方が来てくれた。
「あ、リーチさん、目が覚め――」
どぷぱっしゃああああ!!
なんて音を立てて、エリムが盛大に鼻血を噴いた。
ちなみに、半分は洗面器と、中に入っていた氷水が床にぶちまけられた音だ。
エリムは受け身も取らず、顔面から崩れ落ちた。
散乱した水がみるみる赤く染まっていく。
…………いや、オレのせいじゃないよ。オレは悪くない。
「しまったわ。エリムなんかに、リーチちゃんの生乳を拝ませてしまうなんて」
「カカ。これでエリム坊も、今夜は精が出るじゃろうのう。いろんな意味で」
頼れる味方がいないようなので、オレはスミレナさんが参戦してくる前に自分で上体を起こした。オレに跨っていたメロリナさんが、わぷ、とカワイイ声を出し、ころりんと転がるようにしてベッドから降りてくれた。
「リーチちゃん、具合はどう?」
メロリナさんに剥かれたワンピースを元に戻しながら、「あまり良くないです」と正直に答えた。
それはそうと、誰も気に留めないんだけど、エリムはそのまま放置ですか?
どうやら放置推奨っぽいので、多少の後ろめたさはあるものの、オレも目を逸らすことにした。
「急激なレベルアップによる魔力供給過多が原因でありんすね。低レベル時には、ままあることよ。お前さん、見たところ、一度も魔力を消費しておらんしょや」
なんか専門的なことを、メロリナさんが唐突に語り出した。
「リーチちゃん、紹介するわ」
スミレナさんが、メロリナさんの肩に手を置いて言った。
「紹介なら、もうエリムからしてもらいましたよ? お店の常連さんだって」
「あまり声を大きくして言えることじゃないから、詳しいことはエリムにも言ってなかったの。前に少し話してあったでしょう。サキュバスの知り合いがいるって。このメロさんがそうよ」
「え!?」
紹介を受けたメロリナさんは、にんまりと、尖った八重歯を覗かせて小悪魔的な笑みを作った。
「今一度名乗ろうか。メロリナ・メルオーレ。年は三百歳前後と言ったところか。よう覚えておらん。見てのとおり、年老いたサキュバスでありんす」
「三百歳……。見てのとおりって、どこを見てのとおり?」
「ほれ。髪の色も抜けてしまっておろ? 元はお前さんと同じ金髪でありんした」
芸術的に美しい銀髪にしか見えないんですけど。
ぽい、どころの話じゃなかった。完全無欠のファンタジーだ。
「あれ? でも、サキュバスだとしたら、角が」
メロリナさんは、銀髪を真っ直ぐ下ろしている。オレみたいにアップにして角を隠したりはしていない。そもそも角が見当たらないんだ。
「除角した。人里ではいちいち面倒なんでの」
「取って大丈夫なんですか?」
「死ぬことはありんせんが、若いうちはオススメしんせん。淫魔はこの角で性欲をコントロールしていんす。角を切り落とすと、性欲のタガが外れ、男のナニのことしか考えられんド淫乱になってしまいんす。わちきはもう閉経しておりんすから、ちょうどバランスが取れておる感じかの」
性欲を司る器官。人間でいうところの、脳の視床下部みたいなものだったのか。
「翼は? 服で隠れているだけで、生えてるんですか?」
「見るかえ? すみれな、ちょいと後ろを引っ張ってくんなんし」
スミレナさんがメロリナさんの襟首を摘まみ、背中が見えるようにしてくれた。
折れそうな細い首に、少しばかりドキドキしながら覗き込むと、メロリナさんの背中には、オレと同じくらい小さな翼が生えていた。
「これで信じたかや?」
「……はい。本当にサキュバスなんですね。でも、その大きさってことは、オレと同じくらいのレベルなんですか? 角や翼の大きさが、レベルの高さを表す指標になるみたいなことをエリムから聞いていたんですけど」
「角は確かに多少大きくなってはいきんすが、サキュバスの翼は、ある程度レベルが上がると、サイズを調整できるんす。でないと性行為の時に邪魔でありんしょ。必要な時にだけ海綿体が集まり、肥大しんす。要はちんこと同じじゃ」
わかりやすいけど酷い例えだった。
「じゃあ、メロリナさんのレベルはいくつなんです?」
「わちきか。27じゃな」
……ちょっと、すぐには計算できない数字だった。
必要な経験値が倍倍になっていくのがサキュバスのレベルだけど。
ええと、ええと、ダメだ。わからない。でも多分、とんでもない数字になる。
「お前さんのレベルはいくつじゃ?」
「7です」
「体調不良の原因に話を戻すがの。サキュバスは、レベルが上がるにつれ魔力量が増える。これはすみれなが説明したそうじゃな。より詳細に言えば、最大魔力量と時間当たりの魔力回復量が増える。人にもよるが、レベルが5上がれば、それぞれ倍くらいにはなるかの」
ということは、レベル27のメロリナさんは、レベル7のオレの、倍の倍の倍のさらに倍くらい?
「でじゃ、今問題になっておるのは、本来であれば好ましいもの。レベルアップのボーナスとでも言うべきものでありんす」
「ボーナス? ボーナスなのに、どうして体調が悪くなるんです?」
「淫魔はレベルアップした瞬間、最大容量に近いだけの魔力が体内に補充される。魔力は性行為時などに行使し、様々な快楽を男に与えるのでありんすが、乱交中にレベルが上がり、うっかり男を腹上死させてしまうほど魔力を使ってしまうという笑い話も珍しくありんせん」
全然笑えないんですけどおおお!? サキュバス怖いよおおお!!
「お前さん、レベルアップを重ねて魔力がどんどん補充されているのに、一度も外に魔力を放出しておらんしょや。だから内に貯まるばかりで、体が許容できる最大魔力量を超えてしまい、パンク寸前なんでありんす」
「それが、体調不良の原因?」
「原因もわからず放置していれば、お前さん、近いうちに死んでおったな」
「そんなヤバい状況だったんですか……」
「遠い遠い昔、わちきがまだ子供だった頃は、サキュバスも固まって集落を作っていんした。そこで産まれた女子は、体がレベルアップに耐えられるくらい成長するまで、男の目に晒すようなことはしんせん。急激なレベルアップは、今のお前さんのような状態になってしまいんす。なので、だいたい五歳くらいになると、近所に住む男を一人ずつ呼んで見抜きしてもらい、徐々に経験値を上げていきんす」
「とんでもない風習ですね」
向こうの世界なら即逮捕案件だ。
「ええと、つまり、体調を戻したいなら?」
「魔力を外に放出するしかありんせん」
「ど、どうやって?」
「お前さん、魅了はできんのかや? サキュバスであれば、この男を落としたいと意識すれば、自然と発動するような能力でありんすが」
「男を落としたいと思ったことなんて一度もありません。今後もありません」
「死んでもいいのかや?」
「嫌に決まってますよ!」
「別に性行為をしろとも、複数の男を魅了しろとも言っておりんせん。一人を魅了し続けることでも魔力は消費されていきんす。それに魅了の効果は永久ではない。相手の心を一生どうにかしてしまうなどという心配はありんせんよ」
「…………」
「それでも難しいかや? 困りんしたねえ」
本当に、それしか方法は無いのか。
そういうサキュバスの性質に抗うために、ミノコが生まれたのに。
通夜みたいにムードが立ち込めていく。
手詰まりな状況はもちろんだけど、それ以上に、オレのことで他の人たちにまで重苦しい雰囲気を味わわせてしまうのが辛い。
とにかく、今はこれ以上レベルアップしない方法を考えましょう。
そう言って、とりあえず沈黙を破ろうとした。
その矢先だった。
「リーチちゃん、今からエリムを魅了してみましょう」
スミレナさんの提案によって、事態は一気に加速していくことになるのだった。
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