第7話 真宵の決意

 四限終了のチャイムとともに教室を出る。みんながグループを作って食べだすよりも早く。廊下を駆け抜けながら、懐かしくなってフッと顔がほころぶのが感じられた。あの頃は、みんなが集まっているのが嫌で教室から逃げていた。コンクールで金賞を取ってからは、ここまで急ぐ必要もなくなっていたので、なんだか新鮮だ。


 外は真っ黒い雲に覆われて薄暗い。グラウンドに向かうと、いつものベンチに座って なのは が手を振っている。長い腕を大きく振って。傍らには、いつもの三段弁当と、分厚い紙の束みたいなのが置かれている。


「さあ、さあ座って」


 トントンと手を叩いて示された場所に腰掛ける。人懐っこい笑み。まるで、以前と変わらないようだが、そのことが逆に不安でしょうがなかった。


「真宵、ごめん!」


 座った瞬間、いきなり なのは が謝ってきた。腰から体を折ってメチャクチャ綺麗なお辞儀。勢いが良すぎて、弁当箱に頭が激突している。あんまりに見事で、唐突すぎて事態が全く呑み込めなかった。あと結構な音したけど、頭大丈夫かな……。


「あ、ああ、えっと……」

「木曜日。真宵に『変わった』とか言っちゃっただろ。真宵が、人にあんな風に言うなんて思わなくてさ。真宵ってびっくりするぐらいストイックだから、人に言われても気にしないタイプだって思ってたのに、あんな風に攻撃するのにびっくりして言っちゃったんだ。でも、真宵だって人間だもんな。文句の一つや二つや十個や百個や千個は言いたくなるよな!」

「ちょっと待って、待って、待って!」


 いきなり始まったマシンガントークを口をふさいで強制停止させる。まだモガモガ言っているが取り合えずいったん落ち着こう。


「ストイックって何? 人に言われても気にしないって?」


 あたしはそんなタイプじゃないぞ。周りのこと結構気にするし、すぐ逃げるぞ?


 しかし、そんなあたしの動揺に気付いているのかどうなのか、なのは はあっけらかんとしている。言いたいこと言い切ったのか、もう晴れやかな表情になっている。昔からだけど、切り替えが早すぎる。


「え。だって真宵って人から何言われても自分のこと貫くじゃん。色々言われてても、マンガ描き続けてたみたいだし。普通なら心折れて止めてるよ。だから、ブレないなあと思ってちょっと尊敬してたんだぞ」


 同級生に尊敬って、照れくさくてなかなか言えないし、素直に受け取りづらい言葉だ。でも、常にストレートな なのは だから信じられる。まさか、現実逃避だったあの行動をストイックと捉えていたとは。一緒にいたのに気付かなかった。ちょっと申し訳なくなってくる。


「うん、ありがとうそう言ってくれて。でも、あたしは。そんなんじゃないよ。なのは の感じたことも当たってる。前はあんな風に相手を罵倒することってなかったから」


 自嘲気味な笑いが口から洩れて、そのことに弱弱しく納得する。あたしは変わっていた。言い訳なんだけど、縛りによって以前の自分とは別人になっていた。理屈の上ではそうなんだけど。


「でも、もう止める。絶対、やらない」


 変わってしまうということをそのまま受け入れたくない。ここに関しては、前の方が良かった。罵倒した時にはスッキリしても後でここまでウジウジ悩むくらいだったら最初からやらない方が良い。あたしの性には合いそうもない。


「そっか。あたしも、正直真宵のことさ、どっかでヒーローみたいに捉えたんだ。どんなことがあっても、黙って耐えて目的のためだけに一歩一歩文句も言わずに進んでいくみたいな。それこそ、マンガの世界だよな。都合良すぎだ。今考えたら生きてる奴にはあり得ないよ。そんな変な理想押しつけて、勝手に裏切られたみたいに感じちゃってさ。ごめん。もっとありのままの真宵を見ていくようにする。ホントは、もっと早く言うべきなんだろうけど、やっぱ直接言おうと思ったらタイミング無くて」


 なのは がすまなさそうに頭を掻いている。聞けば確かにとんでもないこと押しつけられてる気がするけど、そこまで信頼されていたと思うと悪い気はしない。そう言うと、彼女は照れくさそうに笑った。


「ところで、この前試合に勝ったときに『真宵のおかげ』ってどういうこと? あたし、何もしてないけど……」

「ん? ああ、それそれ。今返すよ」


 イマイチ噛み合わない答えとともに、なのは がお弁当箱の下から紙束を取り出す。そこには見覚えのある絵が描いてあった。というか、あたしが描いた漫画だった。”Sink to the token ocean”


「なんで、持ってるの」


 このマンガはクラスメートの女子に頼まれて貸していたはずだ。体育祭向けの方に集中していて詳しく確認したわけではないが、他クラスのなのは が持っているのはよく分からない。


「うん? このマンガさ。割と人気になってるよ。オリジナルが珍しいっていうのもあって、読んだ人からどんどん貸し出されていってるんだ。又又又又貸しくらいされてたかな」


 又を律儀に指折り数えながら教えてくれた。そうか、そんな旅をしていたのか。感慨深いものだ。持っている原稿がズシリと重くなった気がした。子供が知らぬ間に大きくなっていたみたいな感覚だろうか。


「実はさ、最近チームメイトで振られた奴がいたんだよ。中二の時から付き合ってたらしいんだけど、別の高校行ったら上手くいかなくなったって。それで、めっきり落ち込んでたから、無理やり近くでテンション上げたりして励ましてたんだけど……」


 ふと、思い出した光景があった。先週の金曜日。体育委員との会合に出た時、なのは はやたらはしゃいでいたけど。


「その人も体育委員なの? 眼鏡かけた、背の高い……」

「ああ、そうそう。そいつだよ。ズーンって岩でも背負ってるみたいな顔してさ。ほっとけなかったんだ」


 やっぱり、あの時に絡んでいた相手だった。そうか。別にあたしを避けようとしていたわけじゃなかったんだ。なのに、こっちは気まずくて話し掛けもしなかった。言ってくれればよかったのに……。そしたら、こんな勘違いしなくて済んだんだ。そう思うと口調がどうしてもぶっきらぼうになってしまう。


「それで。それとこのマンガ、どう関係あるの」

「うん。いや、そいつの良い気晴らしになったってことだよ。まあ、それにハマって落ち込んでた気がまぎれたってことかな。プレーのキレも戻ったし。おかげで試合中のエラーゼロ。だから、真宵のおかげ。けっこう、ドロドロしたの好きだったらしくてさ。国の秘密、みたいなの。あと、女ハッカーもカッコいいってさ。自分のプログラムを指揮してるとこ」

「へえ、そうなんだ」

「まあ、科学者の恋愛はあんまりだったみたいだけど。AIに恋愛指南してもらってとんとん拍子なんて都合よすぎ、だって。まあ、そいつの場合は振られた直後だからってだけだと思うが。個人的には好きだぞ。クールな先輩が二人きりの時だけデレるの。可愛いよ。そりゃあ、一生守りたくもなるぞ」


 なぜだか、男性目線で語っているなのは。しかも、ガッツポーズまでして。不思議と似合ってるし。こういうところは、得だなと思う。あたしがやっても絶対合わない。


「そうそうこれ読んだときに、真宵は変わってないって思えたんだよな……。なんかさ。こういうストーリー描くイメージなかったんだけど、でも不思議とさ。真宵らしいなって思ったんだ。よく分かんないけど。絵の雰囲気なのか、台詞回しなのか……。とにかく、ああ真宵だなって思うんだ。それ読みながら、ああホントの真宵はこういう人間なんだ。こっちが妄想押し付けてただけなんだって思った」


 どうしてだろうな。きょとんとした顔で首をかしげている なのは はいつもよりも子供っぽかった。自分より、15cmも背の高い彼女にこんな風に感じるなんて、なかなかない。


 そっと返ってきた原稿を抱きしめる。今まで、みんなが勝手に話しているのを聞いていただけで、面と向かって感想を聞いたのは初めてだった。なんだか、こそばゆい。良いことばっかりじゃないけど、みんなが喜んでくれるもの明るくなれるものを描こうとまた思える。


 ストーリーを変更したほうがいいかな。元の予定じゃあ、科学者たちは公私ともに順調なパートナーだし、女ハッカーは破滅する。でも、女ハッカーは救済したほうがいいかも。恋愛のほうもちょっと波風立ててみようか。ああ、AIの助けが借りられないってどうだろう。


「嬉しそうだな」

「うん。色々アイデアが湧いてくるよ」

「そっか。その調子で体育祭の方も頼むぞ。マンガ使うアイデアの責任者になっちゃってるからさ。言われたらできるだけ手伝う」


 親が子供を見るような眼になっている。確かに、今のあたしは子供っぽい。好きなおもちゃで遊ぶみたいな。そんな心浮きたつ感じ。でも楽しいんだしオールオッケー。そして、そんな内にやってしまいたいことがある。


「あたし、放課後に東雲のところに行こうと思う」

「はあっ!? 東雲って……前にやたら嫌な感じで絡んできた奴だろ。ねちねち正論吐いて。止めとけ。また変ないちゃもんつけられるのがオチだぞ」

「うん。そうなんだけどね。まあ、決意表明だよ」

「決意表明?」


 意味が分からないと言うように、なのは が肩をすくめる。唇をちょっと突き出して。バサバサと音を立てて鳩が飛び立っていった。グラウンド脇ではカップルがイチャついている。


「マンガを描く意味っていうかさ。自分なりに考えたんだよ。それで、決めたのがね。 ……あたしのマンガを読んでみんなが明るくなれるものを描く、楽しくなれるものを描く。みんなが幸せになれる世界を作れるものを描く」


 口に出してみたら、とてもシンプルだった。シンプル過ぎて昨日一日かかってしまった。それでも、手前みそだが奥が深い。だって、みんなが明るく楽しく、だから。誰一人として、漏らすことなく幸せにできる世界を作りだすのだから。


「すぐにはうまく行かないだろうけどね。東雲には、また現実が見えていないとかって言われるのかもしれないけど。でも、そういう風に見ている人がいると思ったら余計に頑張れる気がするんだよ」


 東雲はマンガ志望の伯父のせいで苦しんでいる。だから、マンガが嫌いになるというのは分からなくもない。でも、あたしはマンガが好きだ。恋愛も冒険も、なんでも反則みたいに成立させられる世界が好きだ。そこで癒されるし勇気ももらえる。この三か月近く、あたしがそうだったんだから間違いない。それを、東雲にも知らせたいと思う。マンガそのものが悪いんじゃない、それがみんなを変えることだってできると伝えたい。


 遠くを見つめて、自分の気持ちを再確認しながら、話しているとグラウンドのずっと向こうに人がいるのが見えた。顔は分からないが、影のように黒い服装。人影が右手を上げた。


 頭上を覆っていた黒い雲が裂けていく。そこから、細い光の柱が何本も降りてくる。家々のそこかしこが照らされていく。天使のはしご。あたしたちの近くも明るくなる。幻想的な光景だ。普段の街並みが美しい顔を見せる。


「真宵、なんか変わったな」


 振り向くと、なのは が笑っていた。頬に左手を添えてうっすらと微笑んでいる。短い髪をそよ風が弄び、その目が眩しそうに、切なげに揺れる――。


「良い顔してる」


 そう言うと、ガバッとあたしに抱きついてきた。その胸に抱き寄せられたあたしは、まるで子供のよう。でも、嫌な感じはしない。くしゃくしゃと頭を撫でられるのが心地いい。


「ようし。そんじゃあ、あたしもできることを手伝う! なんでも言ってくれよ、真宵先生!」

「じゃあ、こきつかっちゃおうかな~」


 二人で笑いあう。この体育祭のマンガは、今まで見てもらえなかったパンフレットに注目を集めて、ひっそり捨てられる道から救い出すことだ。マンガで世界を幸せに変える第一歩。たかが校内、たかが一日の読みもの。それでも、あたしの力を試す第一歩。二人のハイタッチが、中庭に小さく響く。ようし、幸先よく成功させるぞ!

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字句の海に沈む 黒中光 @lightinblack

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