第7夜 忘却の地下牢

第1話

 雀の声に緋鞠は目を覚ます。

 床では銀狼が丸まっていた。起きないところを見ると、昨日、憑依をしたことで慣れない霊力の使い方をしたから、疲れているのかもしれない。

 銀狼を起こさないよう気をつけながら、部屋を抜け出す。


 星命学園に入学した生徒は、一人前の陰陽師と認められ、模擬試験後から任務に着任することが決まっている。時間は午後十時から午前二時まで。

 そのため、授業の開始は午前十時からとちょっと遅めの開始となっていた。


 今日はその授業の前に、昨日受け損ねた測定を受けることになっていた。緋鞠は眠い目をこすりながら洗面所に向かっていると、廊下の角で誰かとぶつかった。


「ごめんなさ……!?」


 視界に飛び込んできたのは、緋鞠よりも少し背の低いくらいの美少女だった。

 湯上がりと思われる上半身裸の姿に、緋鞠の寝起きの頭が一気に覚醒する。慌てて自身の着ていたカーディガンを美少女に羽織らせる。

 持っていた洗顔用タオルで、美少女の床に届きそうな長いエメラルド色の髪を丁寧に素早く拭いてやった。


 その間はただ無心である。

 孤児院にいた頃小さい子はお風呂から上がると、脱衣場から逃走といったことは良くあることだ。そんな子達をタオルを持って捕まえることなど朝飯前。


 そして軽く背を押して洗面所に連れていくと、丁寧に長い髪をドライヤーで乾かす。仕上げに椿オイルを施し、髪を梳けば絹のようなきれいな髪に仕上がった。


「ふぅ……できた。ちゃんと服を着ないと。着替えはある?」


 小さく首を振ったので、緋鞠は番頭台にある浴衣を取りに向かった。

 その様子を、実は始めから見ていた大雅は、女子用の洗面所にいる部下に向かって無表情で問うた。


「零……おまえ、なにやってんの?」


 零はそのままじっとしていたかと思えば、どこに隠していたのかいつもの不気味な人形を取り出した。


『……JKに世話されるのって、いいな』


 開口一番に出た言葉に、大雅は引いた。


「おまえ……二十七のおっさんが何いってんだ」

『ぷぷー! 俺より若いくせに老け顔www』

「んだとてめぇ!」

「大雅!」


 振り返ると、緋鞠が着替えの浴衣を持ってぷるぷると震えていた。


「どうして女子の洗面所に入ってるの! まさかそういう……」

「待て。こいつ男だぞ」

「へ?」


 洗面所にいる美少女に顔を向けると、零は前をはだけてイエーイとピースサインをした。あきらかに女子の身体ではない。


『ごっめーん☆ 俺オトコ♪』

面形おもかたれい。二十七、独身だ」

『歳までバラすな。殺すぞ(激おこプンプン☆)』

「かっこ要らねぇだろ!」


 緋鞠は状況を把握すると、顔を真っ赤にさせ床に土下座した。


「ごっ、ごめんなさいぃぃぃ!!」


 仕度を終えて居間に行くと、京奈が朝食の準備をしていた。緋鞠の後ろから浴衣に着替えた零が顔を出すと、京奈は珍しく怒ったように頬を膨らませる。


「あー! なんでいるのよ!」

『たっだいまー!』

「まりまりに近づかないで! 悪影響!」

『……俺が近くにいると、迷惑?』


 緋鞠の袖をちょっと掴んで、うるうると泣きそうな上目遣いで見てくる。緋鞠のハートにドスリっと矢が刺さった。 か、可愛い……!


「う、ううん! 迷惑じゃないよ」

『わぁ嬉しい♪』


 きゅっと腕にしがみついたのを見て、京奈はさぁっと顔を青くした。


「騙されちゃダメー! こいつこんな顔してムッツリスケベだから!」

『俺、そういう風に見える?』

「見えません!」

『だよね♪』

「こらー!! さりげなく二の腕触るな!!」

「ふ、太ってないはずです!!」

「そーいうことじゃない!!」

『ほどよいだんり……!?』


 ガシッと零の頭が綺麗な指に掴まれた。そして指が食い込むほど強く力を込められる。絞めていたのは、澪だった。美しい顔に影ができていて、笑っているのに恐ろしいほど迫力があった。


「ほぉ……そりゃあよかったねぇ。冥土の土産ができて」

『あ、姐さん! 姐さんのには敵いませ……』

「出会い頭にセクハラしてんじゃないよ!!」


 ぶんっと、片手で勢いよくぶん投げた。野球のボールのように吹き飛んで、庭の壁にぶつかってずり落ちる。

 人一人を片手……?

 あまりの恐ろしさに緋鞠は震えが止まらない。


「ふぅ……緋鞠」

「ひゃい!」

「見た目があれでもあいつは男だ。いいね。一人で近づいちゃあいけないよ」

「あ、えと、男の、人………」


 女子に負けず劣らずの美しく長い髪。涼しげでありながら、少しつり上がった丸い瞳。小柄で守ってあげたくなるような仕草。声が人形から聞こえるのは謎だけど、ちょっと変わったダミ声で逆にミステリアスのギャップ萌え。

 ……めちゃくちゃ美少女なのだけど。絶対男とか嘘だ。あんな可愛い男がいてたまる……。


 がしっと澪に肩を掴まれた。合わされた視線には、かつてないほど脅しに似た強い眼差し。


「い・い・ね?」


 ドスの聞いた低い声に緋鞠は、思考を放棄した。


「はい。一人で、近づき、ません」

「よろしい」

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