第3話

 来栖の伝言通り、クラスメートの半数は緋鞠に対し、何も問題はなかった。けれども、もう半分の派閥は緋鞠に対し、突き刺さるような視線を浴びせてくる。


「はあ~すっごい疲れる……」

「緋鞠ちゃん、ドンマイですよ」

「うん、頑張るけど……ん?」

「どうしました?」


 身体測定が終わり、午後からは体力測定だ。昼休みとなり、体操着姿のままクラスの違う琴音といっしょに中庭でお弁当を食べていると、渡り廊下に見覚えのある桃色の頭が見えた。


「あれ、京奈さん?」

「京奈さんて、銭湯花火の? あら、本当ですね」


 なにが楽しいのか、るんるんとステップを踏む京奈の姿は、建物に隠れすぐに見えなくなった。


「朝は何も言ってなかったんだけど……」


(……嫌な予感がする)


 ぶるりと肩を震わせると、琴音が心配そうに緋鞠を見ている。


「大丈夫ですか?」

「う、うん……大丈夫」

「体力測定はハードですよ。無理はしないでくださいね」


 その言葉に、緋鞠は首をかしげる。

 体力測定といえば、百メートル走や反復横飛びなどの体力を測るものだ。体力には自信があるし、問題はなさそうだけれど……。

 そういえば、午後は戦闘服に着替えるようにと通達があった。

 京奈の姿も見てしまったことだし、念のため用心だけはしておこう、と最後に残しておいた卵焼きを頬張った。


 ◇


 女子の戦闘服は、対月鬼用に特化した術式が施された黒を基調とした上着とスカートだ。デザインは和装の襟と袖状になっており、帯の代わりにコルセットで留めている。

 ひらひらの袖には霊符や武器を収納できるらしく、使い勝手は悪くない。また、改造も可能であり、緋鞠は月姫を振るいやすいように右の袖を肩のあたりから切り取っている。


 琴音はスカートではなく袴だった。動きやすいように、膝丈にしている。淑やかな雰囲気の琴音にもよく似合っている。


 髪をひとつに結い上げた緋鞠は、肩にポメラニアンサイズの銀狼を乗せグラウンドへと向かった。


 メェェー

 メェェー


 グラウンドの至るところに白いふわもこが見える。


「ふああジンギスカン可愛いー!」

『羊だ!! 食べる気満々か!?』

「あはは、冗談だってば。ほらほら、マトンちゃんたち、こっちにおいで~」


 緋鞠のいちばん近くにいた羊がぎょっとしたように逃げ出した。それを合図に羊たちが緋鞠から放射線状に離れていく。


「あれ? 逃げちゃった」


 唇を尖らせながら、肩に乗ったポメラニアンサイズの銀狼を睨みつけた。


「銀狼のせいだよ」

『おまえが原因だあああっ!』

「ほぼ緋鞠ちゃんのせいですね……」

「え~?」


「はぁい、みなさん、ちゅうもぉく!」


 グラウンドに明るい声が響く。

 振り返ると、白とピンクのロリータドレスを着た女性が拡声器を手に持ち、お立ち台で立っていた。

 クリーム色のゆるいウェーブがかった髪、小動物のように大きなアイボリーの瞳。まるで絵本の世界から抜け出してきたような女性だ。


「弐組担当の星宮愛良ほしみやあいらです。担当科目は占星術。よろしくねぇ~」


 占星術。陰陽術の中ではメジャーだが、あいにく緋鞠にその知識はない。あとで琴音先生に聞こう。


「壱組と弐組の生徒さん全員、いらっしゃいますね~? それでは、これから行う種目の説明ですよぉ~」


 ぴっと人差し指を立てた。


「ずばり、100とる走ですぅ~」


(さすがは星命学園。変わった種目だな……)


 感心しながら、周囲を見渡すと、生徒たちが呆然としている。弐組の琴音は頭を抱えていた。


「星宮先生のダジャレってセンスいい……なんて思うかぁぁ!!」

「うちの担任、なんで変なことばっかり思いつくの!?」

「普通にまともな授業をしてくれぇえ!」


 弐組の生徒がわめ散らしている姿を見て、緋鞠は察した。


「琴音ちゃんとこの担任って、変わってるね……」

「ええ、まあ……鉛筆転がしで、席や委員を決めてしまうほどです……」

『わふ(運任せなのだな)』

「ある意味、平等ではありますが……」

「まあ、うちの担任も大雅だしね……この学園て、まともな教師がいないのかもね」

『くぅん……(なにも言えん)』


 その大雅は、生徒たちの後方で腹を抱えて大笑いしている。

 この場でまともなのは、自分達生徒だけかもしれない。

 

 愛良は生徒たちの騒ぎに気にすることなく、話を続ける。


「はいはいみんなぁ、ちゃんと聞いてねぇ。ルールはかーんたーんだよ♪ みんなで協力してぇ、羊さんをこの霊符で捕まえてねぇ~?」


 それぇ~、というかけ声と共に、霊符が全員の手元に飛んでくる。霊符を手にすると、それは虫取網へと形を変えた。


「制限時間はぁ、四十分! もちろん、術や封月も使っていいわよぉ! 残り時間が十分切ったら、邪魔が入るからぁ。なるべく全部捕まえてねぇ」


 愛良がパンパンと手を打ち鳴らすと、グラウンドに囲いが現れた。


「それではよぉ~い……スタートぉ!」

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