第2話
ふたりを正座させていると、琴音と銀狼が駆け寄って来る。
「緋鞠ちゃん、すごく心配しましたよ!」
「がふわふ!(まったくだ!)」
「あーごめんごめん。もう大丈夫だよ。来栖くんが手を引いてくれるって」
「えっ、本当ですか!?」
銀狼は尻尾をパタパタさせながら、ふんっと鼻を鳴らした。
『元はといえば、こいつらのしゅじ……』
「わぁ犬だ! 来い来い」
『誰が犬だ! 俺は誇り高い狼だぞ!』
「マジでぇ!? かっけぇー!」
銀狼は本来の狼の姿に変化し、ふんぞり返ったまま湊士の称賛を受けていた。
――単純なんだから……。
ふたり(?)のことは放っておくことにして、緋鞠は蔵刃を見下ろす。一瞬、びくりと身体を震わせたのは、緋鞠が怖いからじゃないと思いたい。
「――貴方たちは来栖くんの友達?」
いや、と蔵刃は静かに首を振った。
「我らは従者だ。来栖さまを御守りし、来栖さまのために生きる」
「ほおー」
なるほど。次期当主ともなれば、従者がいるのか。となると、瑠衣の側にいたあのふたりも従者の可能性がある。
「時に神野殿。提案があるのだが」
蔵刃が背筋を正すと、緋鞠の紅い瞳を見据える。
「我が陣営に加わらぬか?」
「はい?」
緋鞠の眉間にしわが寄る。
聞き間違えたのかと思ったが、蔵刃の真剣な表情から冗談ではないことがわかる。
「理由を聞いてもいい?」
「貴女は非常に腕がたつ。その腕を見込んで、ぜひともその力を御借りしたい」
蔵刃が深々と頭を下げる。
「ちょ、顔を上げて」
しかし、蔵刃は依然、その態勢を変えない。
困り果てて湊士に助けを求めるも、満面の笑顔で銀狼をひたすら撫でまくっている。緋鞠の視線に気が付くと、親指を立てた。
「賛成だぞ! おまえ、度胸あるし、きっと強いんだろ?」
『俺の主だぞ。当然だ!』
ふふーん、と銀狼が鼻高々になった。琴音を見ると、何故だか落ち着かない様子だ。悪い話ではないのだろう。
だけど──。
緋鞠は頭を下げる。
「ごめんなさい。来栖くんの派閥に入ることはできません」
はっきりと断ると、蔵刃が顔を上げる。
「理由を伺っても?」
「どこかに属するってことは、他を否定することになる。私は、みんなと協力していきたいの。誰かと対立するのではなく、手を取り合っていきたい」
「それを実現するために、リーダーを三國に託すおつもりか?」
その言葉に緋鞠は数回、目を瞬かせた。
ああ、そうなってしまうのか。緋鞠は、彼に自分の理想を押しつけようとしているのか?
……いいえ、違う。
「そんなつもりで、翼を選んだわけじゃない」
誰かに代弁者になってほしいと思ったことなど、一度もない。
――私は、ただ……。
「翼はぶっきらぼうだし、愛想はないし、ちょっと怖いけど。優しいし、面倒見いいし、強いし。それから……本当に困ってたら助けてくれるもの。とてもいいリーダーになる」
それはきっと瑠衣も来栖も同じなんだろう。私が彼らをよく知らないだけで――。
「だから、来栖くんたちのことも、これから知りたいって思ってる」
緋鞠の中で、今。一番は誰かを問われれば、答えはひとつだけだ。
「でも、今の私にとっては、翼が一番なんだ」
自身で納得のいく答えを出せたと、晴々とした笑顔で答えれば、蔵刃は瞳を伏せた。どうやら、勧誘は諦めてくれたようだ。
「主従ではなく友との絆か……。しかと見せてもらった」
「あーあー。ま、いっか。ライバルの方が遠慮なく手合わせできるもんな!」
湊士は少し残念そうにしながらも、嬉しそうに破顔する。
確かに身内となれば無意識に手加減してしまうだろう。本気で湊士と手合わせをしてみたかった緋鞠としては都合がよかった。
「ん?」
銀狼の様子がおかしい。チワワのように身体を震わせている。
「銀狼、どうしたの?」
『……そういう言葉はあまり使わない方がいいぞ』
「? なにが?」
何かおかしいことを言っただろうか。
琴音の方を見ると両手でおさえた頬を赤らめ、うっとりしている。いったいどうしたんだろう?
「琴音ちゃん?」
「すばらしいです!」
「へ?」
「青い春と書いて、青春! ステキです!」
「なにが!?」
ふたり(?)とも本当にどうしたんだろう?
……春だからかな?
始業のチャイムが鳴ったので、みんなで教室へ向かう。その間、銀狼の小言がうるさくて、緋鞠はずっと耳を塞いでいたのだった。
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