第8話
「さてと、それじゃあ傷を見せてくれるかい?」
「よろしくお願いします」
澪の向かいに置いてある椅子に座って包帯を外す。
短刀で穿たれた手は、医師によって縫合されていた。
本来なら、そこから傷が塞がっていくのだろうが、緋鞠の傷にはそういった変化が見られない。
澪は緋鞠の手を取りじっと観察する。
「何で傷つけられた?」
「短刀です」
「刀傷? それにしちゃあ禍々しい傷だねぇ……こりゃ妖刀の類いだ。普通に治療しても治りゃあしないよ」
「見ただけでわかるんですか?」
「まあ、経験だね。霊力の波が乱れてる。紫と緑は、ハッカとナズナ。赤は……」
澪は近くを飛んでいた折り鶴に指示を出す。そうして脇に置いてあった薬研を引っ張った。
「何日、入院したんだい?」
「一週間近くですかね……」
「一週間!? 傷に変化がないのに、そんなに放置されたのかい!?」
とんだヤブ医者に捕まったねぇと、気の毒そうに頭を撫でられる。
「身体自体に問題はなさそうだから安心しな。呪いさえどうにかすれば、すぐに傷は塞がる」
澪は折り鶴たちが薬を用意している間に、パソコン机へと移動すると緋鞠の入院先の総合病院にアクセスした。電子
読み込んでいる間、気になっていたことをたずねた。
「そういえば、あんたの兄は何て名だい?」
「
「……っ」
澪は息を止めた。しかし、次の瞬間には何事もなかったかのように作業へと戻る。
「あの、知っていますか?」
「んー……ちょっとわかんないねぇ」
ごめんね、と緋鞠を見ずに澪は答えた。
違和感を感じたが、緋鞠は特に追求はしなかった。
◇
――同時刻。
銀狼は神社の境内に座り、桜を眺めていた。花びらがひらひらと舞い落ちる様をじっくり見るのは初めてかもしれない。
一匹で行動していた頃は花を愛でる余裕などなく、緋鞠といっしょのときは彼女が楽しむ様子ばかりを見ていたからだ。
「おや、ひとりかい?」
気配を感じ顔をあげると、神の遣い――陽春が立っていた。
「人の姿をしているから、てっきり逢い引き中かと思った」
「……相変わらずの減らず口だな」
陽春は銀狼の様子がいつもと違うことに気がつき、首をかしげる。
人型なのに、耳と尻尾は仕舞い忘れ、どちらもぺしょんとして元気がない。これはあの主人がらみかな? と観察しながら、銀狼の横にある紙袋に目を留めた。
「なんだそれ?」
「それは……!」
紙袋の中には、プリンがひとつ入っている。
銀狼は甘いものは苦手のはずだ。となると、これは彼の主人のものと予想できる。
つまり――。
「おまえさん、主人を怒らせるような真似をしたな?」
指摘すると、銀狼の身体が大きく跳ねる。
「図星か。それで詫びのプリンというわけか」
銀狼は観念したようにため息を吐き、首を振った。
「これを買いに行かされてる間に、脱走されたんだ」
「何だそれは」
緋鞠の脱走劇の話をすると、陽春がぶはっと笑い声をあげる。
「ぷっ……くくっ。君の主人、顔に似合わず豪快だねぇ!」
腹を押さえながら笑い声をあげる陽春を、銀狼は冷めた目つきで見下ろした。
「笑い事じゃないぞ。治療が必要だから入院していたのに、逃げ出すなど……!」
「それで? 主人は友達と、どこへ向かったんだ?」
「天岩戸の天照、とかいうやつの元だ」
うわさ話なのに、それを鵜呑みにして抜け出すとは……そう続けようとすると、陽春が感嘆の声をあげた。
「おお! あの美人薬師のことだな!」
「……え?」
「容姿に優れ、腕のある薬師だ。妖怪たちの間でもかなりの評判だぞ」
「そう、なのか?」
「ああ、彼女に任せれば、君の主人も早く元気になるだろう」
銀狼の額に汗が浮いた。
「ただのうわさ話じゃない……のか?」
「南山にある楠木の長老の話だから間違いない」
銀狼は地面に突っ伏した。
つまり、嘘つき呼ばわりしてしまった琴音の情報は本物だったのだ。
緋鞠と琴音の悲しげな表情を思い出し、銀狼は頭を抱えた。
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