第6話

 緋鞠は琴音の後を追いながら、緋鞠たちを助けた札について考えていた。琴音ではないとしたら、いったい誰が投げたのか。


 振り返って誰が投げたのか確認しておけばよかった。

 会って礼のひとつくらいしたい。

 

 ――礼といえば……。

 翼にまだ礼を言えてない。彼は本当に無事なんだろうか?


 そういえばあの札、どこかで見覚えがあるような……。


 琴音があっ! と声をあげた。


「緋鞠ちゃん、ここを曲がって、もう少しです」

「えっ、本当!?」


 ぱっと顔を上げ、両手を万歳と挙げると、その手をがしりとつかまれた。

 骨ばった男性の手だ。


「緋鞠、捕まえたぞ……」

「っ!?」


 ざぁっと血の気が引いた。


 顔を背後に向ければ、銀狼がいた。

 その瞳は、怒りの炎で燃えている。


「ぎ、銀狼、奇遇ね。まさかこんなところで会うなんて……」

「ああ、まったく奇遇だな。病室で大人しく待っていろ、と言ったはずだが?」


 見逃してくれと言っても、今の銀狼は聞いてくれそうにない。


「こんなところで何をしているんだ?」

「えっと……そのぉ……」


 正直に言うか迷う。

 噂の天照さんに会いに来ました、なんて言ったら、なにかの商法にでも引っ掛かったとか思われて、即強制送還だろう。

 目を逸らし、うまい言い訳を必死で考えるが、何も思い付かなかった。


「あ、あの! 私が緋鞠ちゃんに付き合ってもらったんです!」


 琴音が銀狼から緋鞠を庇うように割って入った。

 しかし、銀狼の背が高いため、見下ろされるような形になってしまう。さらに不機嫌さがプラスされているせいで、目付きがかなり悪くなっており、琴音は恐怖から足が震えていた。

 けれども一歩も引かずに、まっすぐ銀狼の目を見ている。


「どんな怪我もすぐに直してくれる薬師がいらっしゃるんです。緋鞠ちゃんには、その方にお会いするのに、一緒に来てもらったんです」


 ちらりと銀狼が緋鞠を見る。

 緋鞠はこくこくとうなずいた。


「だからと言って、怪我人を連れ歩くとはどういうことだ? それなら、病室に連れてくればいいだろう?」

「そ、それは、滅多に外に出てこない方で……!」

「連れてこれないということは、いないんじゃないか?」

「っ!」


 銀狼に指摘された琴音は、言葉を失った。


 ウソつき呼ばわりされた幼い頃の苦い思い出が、一気によみがえる。

 緋鞠はカタカタと身体を震わせる琴音の肩に手を置いた。


「ちょっと、銀狼。ちゃんと話を……」

「緋鞠もだ。そんな話に耳を貸しおって! 友人は選べ」


 プツッと緋鞠の中で何かが切れた。


「……なんでそんなこと言うの!!」


 銀狼は驚いて緋鞠を見る。


「琴音ちゃんのこと知らないくせに! 私の友達を悪く言う銀狼なんて嫌い!!」

「なっ……」


 ――悔しい。どうしてちゃんと話も聞かずに、頭ごなしに否定するの?


 感情が昂って、涙があふれてくる。


 優しくて思いやりのある琴音がいなかったら、緋鞠は試験に落ちていたし、この世にいなかったかもしれないのに。


「もう顔も見たくない! バカ銀!!」


 琴音の腕を引っ張り、その場を後にする。

 視界の端に傷ついた表情の銀狼が映り、胸がチクリとした。けれども、緋鞠の友人に対し、ひどいことを言ったのは銀狼だ。


 ――私は悪くない。悪くない……!


 自分に言い聞かせながら、ひたすら足を動かした。


「緋鞠ちゃん!」


 立ち止まり振り返ると、琴音が悲しそうな表情で緋鞠の手を握った。


「今すぐ戻りましょう。今なら間に合いますよ」

「いや」


 友達を悪く言う銀狼が悪い。

 首を振ると、強く手を引かれた。


「私も一緒に謝りますから」

「なんで? あんなにひどいこと言われたのに!」

「それは、銀狼さんは緋鞠ちゃんが大事だから。緋鞠ちゃんだって、銀狼さんが大事でしょう?」

「琴音ちゃんだって、大事だもん!」


 絶対に戻らない! 琴音にいくら諭されようとも絶対嫌だ。


「へい! そこの少女ガールたち!」


 シリアスな雰囲気を壊すような明るく陽気な声に呼び掛けられ、ふたり同時に視線を向けた。


「うちの銭湯寄ってかない?」


 道の向こうからショートヘアーの女が、おいでおいでとふたりに向かって手招きをしていた。

 緋鞠と琴音は思わず顔を見合わせ、再び女へと視線。移した。


 淡い桃色をしたショートヘアは元気よく外側に跳ね、マスカット色の瞳は猫のような吊り目をしている。

 少々幼く見える容姿だが、見た目と相反したスタイルと、酒と書かれたサッカーボールほどの丸い徳利を持っていることから成人していることがわかる。


 女は包帯に包まれた緋鞠の右手を気づき、ぱちくりと大きな瞳を瞬かせる。


「あらら? 怪我してるの!?」


 女は徳利を背中に背負うと、ふたりの手首を引っ張った。


「みーおに見てもらえば、あっという間に治るよ!」

「えっちょ……どこにいくの!? ていうか貴女、誰!?」

「私? 篝京奈だよ!」


 京奈と名乗った女は、ふたりを引きずっていく。


「あの、私たち薬師の天照さまに会いに行くところでして!」

「天照ぅ? ……あー! それ、みーおが昔所属してた族の名前といっしょだね!」

「族!? 族って、まさか、暴走族……?」

「そうそう!」


 その言葉を聞いて、ふたりはすくみあがる。

 薬師の天照さまが、暴走族であるわけがない。人違いだ。


 そう言って、京奈から逃げようとして抵抗するも、びくともしない。小柄なのに、なんという怪力!


「はい、とーちゃく!」


 目の前に現れたのは、民家より少し大きな日本家屋。

 大きな引き戸の玄関には紺色の暖簾が提げられており、“銭湯花火"とカラフルな文字が書かれてあった。


「わあ~」

「ふふーん、なかなかいいでしょー? ここ、下宿も兼ねてるから結構広いんだよ~」


 相づちを打つと、琴音が慌てた様子で緋鞠に顔をむける。


「緋鞠ちゃん、ここ! ここですよ、私が案内しようとしてた場所は!」

「えっ!?」


 ――それじゃあ、薬師の天照さまって暴走族なの……?

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