ⅩⅢ 魔術師
一方、そうして悪魔祓いを終えたイェホシアが野次馬達と盛り上がっているその頃、王都ヒエロ・シャロームの郊外にある廃墟然とした古い一棟の家の中では……。
「――我が友、シモール・マゴスよ。やられました……」
薄暗い部屋の中、ゆらゆらと揺れる小さな蝋燭の明かりに映し出され、角のある異形の者の影が朽ちた日干し煉瓦の壁に現れたかと思うと、不快なしわがれ声が夜の闇の中に静かに響く……それは、あのシモベに取り憑いていた悪魔のものだ。
「……やられた? 悪魔祓いをされたというのか?」
その声に、暖炉を転用したと思しき簡易的な祭壇の前に座る、黒いローブにフードを目深にかぶった男が顔だけを少しそちらに向けて、少々驚いた様子で異形の影に聞き返す。
だが、その祭壇に祀られているのはダーマ教の神の
「まさか。これまで、そなたを祓えるような司祭や戒律学者は一人としていなかったというのに……なぜ、そんなことに?」
「ベリアルです。彼が今度の者の味方をしていたのです。サタンに次ぐかの上位君主には、さすがに我ら下級の悪魔では逆らえません」
続けて尋ねるシモールと呼ばれたその
「〝不正の器〟が? なぜ、そのような上級悪魔が人間の味方をする? 悪魔ならば、サタンに
すると、
顕わになったその顔は、まるで血が通っていないのかと思うほどに蒼白く、闇の中で怪しく光る蛇のような眼をしており、そのせいか、束ねて三つ編みにした長い黒髪もなんだか蛇のように見えてきてしまう。
「わかりません。イェホシアと呼ばれていましたが、聖者としても戒律学者としても、まるで評判を聞いたこともない者でした。自分では神の言葉を預かったとかなんとか、預言者のようなことを言っておりましたが……」
「預言者? ……確かにベリアルは四大天使とともに創られ、
その蛇の眼に睨まれ、再度答える悪魔のしわがれ声に、シモールはますます信じられないというような様子でぶつぶつと独り呟いた。
「これは、我らが目指す
「ハッ。仰せのままに……」
何やら思案した後にシモールがそう告げると、朽ちた壁に映る異形の影は徐々に縮んでいって完全に見えなくなる。
「我が盟友サマエルよ! 聞きたいことがある! 速やかに我の前に姿を現せ!」
悪魔が立ち去るのを確認した後、再び祭壇の方を素早く向き直ったシモールは、中指に嵌めた六芒星とそれに巻きつく蛇を模った指輪を天に掲げ、やはりベリアルに匹敵するほどの大悪魔の名を高らかに叫ぶ。
「何用だ? 我が友シモールよ。人類に智慧の実を与えしこの魔王を呼び出しておいて、くだらぬ用ならば八つ裂きにしてくれるぞ」
すると、頭上に広がる漆黒の闇を抜け、赤黒い全身を覆い尽くすようにたくさんの眼のついた、十二枚の赤い翼を持つ異形の存在が祭壇の前に舞い降りた。
また、その身体には長大な蛇が巻きついており、開いたその蛇の真っ赤な口がなんだかとても恐いことを言っている。
「そいつは御免こうむりたいが心配はご無用だ。イェホシアなる、ベリアルを味方につけている
だが、その恐ろしい姿を目にし、恐ろしい脅しの文句を耳にしても、シモールは微塵も臆することなく、要件だけをはっきりとした声で端的に伝える。
「ほおう。あのベリアルがな……そいつはおもしろい。だが、イェホシアなどいうありふれたダーマの民の名前だけではどこの誰ともわからぬ。調べがついてからまたそなたに伝えよう……」
そんな大悪魔にも物怖じせずに頼みごとをする不遜な
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