補足―信託者の怒り―後編

三十六



―4月29日(木)午前11時12分―


―都内某所 プルス・アウルトラ本部 指揮所―



副長「はい 犯人であった嘉手名貴代子ですが―」


そう言って資料に眼を落とす。


副長「彼女は相当慎重だった様で、今回の事件に関する生徒拉致に関しては、一人ずつ、足が付かない様に攫っていたようです」


ドミニク「…ほう」


副長「決して欲張ったりはせず、ストックも作らず、淡々と身寄りの無い女生徒だけを攫った様です 進路訪問と称して」


ドミニク「…中々の悪行ですね…しかも食人とは…人類に於ける、どの宗教でもタブーの、大罪です …だからですか?」


言いつつ振り返る。


副長「…はい、そこを暴食の大罪に憑かれた様です 昨年8月の、三宅島で」


ドミニク「…居たんですね…あの時、あの島に…忌ッッッ々しい…! あの時に…!」


再び青筋を浮かべながら忿怒の形相へと変わる。


副長「はい…その時、彼女は飛羽惰(とわだ) 愛己(まなみ)の遺体を持ち帰っています」


ドミニク「…ほう…!」


昨年8月の、自分達協会を蔑ろにした事件―三宅島の魔界化と協会内での離反者を出した―思い出すだけで忌々しいあの時に、嘉手名貴代子は関わっていたと。


副長「その時にも、彼女はその遺体の一部を食しています そして、その時に声を聴いたそうです」


ドミニク「ほほォぅ?」


その一言に興味を抱いた様だった。


副長「"自らの欲求に従え"という甘言が聞こえたとの事です これが恐らく―ベルゼブルではないかと」


ドミニク「そうですね…そう考えるのが妥当です」


副長「彼女はその甘言に従い、突き動かされ、遺体を喰らい、持ち帰ったそうです」


ドミニク「…だからあの時の報告書には腐敗が進みすぎて…とあったか…しかしそれも彼女が魔力で作成した蠅と蛆で出来ていたと…」


副長「その通りです 彼女はそれから独自の伝手を使い、教育と名を打った食材探しを学校ぐるみで行ったそうです 教師や生徒には気付かれぬ様に… お陰で違和感を持つ人間はいなかったそうで…」


ドミニク「…悲しき事ですね…これでは人に救いを求めるなど…絶望的です」


吐き捨てる様だった。


ドミニク「嘉手名貴代子…彼女は何者です?」


副長「…二十八歳、あきる野第二高等学校理事長でありながら、料理研究家…元は芸能人としてタレントをしていたようですが…彼女は、最近では第一線を退いています」


用紙を捲(めく)りながら伝える。


副長「しかし、本人はその部分に拘りが在った様で、自身を観てもらう事に対して必死だったと…本人が述べた様です」


ドミニク「…ありきたりの下らない理由…自己顕示欲ですか…」


副長「ええ… 鑑定の結果、彼女の家庭は幼い頃から教育熱心の親によって圧迫された状況にあり、彼女はそれによって親の望む様な人生を歩まされ、それに深層意識で苦痛を感じていたそうです 自覚の無いまま お陰で彼女は失敗という失敗を知らず、精神が発達しない精神的幼児(アダルトチルドレン)に育ったとの事です」


ドミニク「…それが食人にどう関係を?」


副長「若さです 仕事を貰えないのを、彼女は見てくれや外見的魅力と感じたようで…彼女によれば、人を食す事により、全身の細胞が若返る感じがする、拒食症を治せるスーパーフードだと…」


ドミニク「愚かしい…そんなもの、只のプラシーボ効果(思い込み)でしかない…!」


嫌悪感を込め、吐き捨てる様に言う。


ドミニク「…しかし、彼女…この状況なら必ずなってしまう状態に…」


副長「…はい、恐らく罹患していると思われます …"暴食の大罪"に憑かれている時には、身体能力の向上が見られる様でしたので…脳も食しているだろうし、栄養の身体循環及び代謝率は上がっています 発症はしていませんが数値を見ればこれは―伝達性海綿状脳症…」


ドミニク「―"プリオン病"」


副長「…はい 発症していませんが、兆候があり、彼女の命は恐らく…」


ドミニク「持って十年でしょうね…ですが、自業自得です 生きている方がもっと苦しいでしょうね」


冷たく言い放つ。


副長「…」


ドミニク「以上ですか?」


副長「いえ、彼女に取り憑いていたベルゼバブですが…黒い男とバチカンの魔術師によって退けられました 聖餅と聖水と神の御言葉によって」


ドミニク「…忌々しい…! それにバチカンで魔術だと…?! 異端過ぎる…! 何を考えているのだ…?! 本国は…!」


親指の爪を噛みながら苦々しく述べる。


副長「…以上です」


ドミニク「…解りました それでは、これからは忌々しい背教者である黒い男と魔術師を追う事を最優先とします!」


副長「…それでは、異端狩りでは?」


その越権行為には、流石に口を出してしまう。


しかし、それはドミニクにとっては禁句だった。


ドミニク「何を言うか! 裏切り者や異端者を罰せずとして、信念は貫けるものか! 我々は神罰の神の代行者! プルス・アウルトラ(更なる先へ)! 許せるものか! 許せるものか! この!私が! 作った規律を! 破る者など! 許せるものか! 神の御城(みしろ)を! 我が信仰を! 絶やさせるものか!」


その妬みにも似た執着はと怒りは周囲を黙らせ、その黒い意志は、黒い男に向けられた。

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