中編 其の二十三
二十三
―4月27日(火)夜0時44分―
―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸地下一階 食肉加工室―
クリフ「なぜ― なぜ―? こんな事を―?」
絶望の表情で、眼鏡を握り締めながら、後ろから着いてきた松田リカに聞く。
松田リカ「何故―? 必要だったから」
コツコツとしたヒール音と共にクリフの後ろに来ると止まった。
クリフ「こんな…? こんな…こんな行いが…?」
三日前までは笑顔で話していたのに―
彼女の―
約束を―
守るはず―
だったのに―
もう…二度と出来ない。
もう…叶わない。
彼女の手料理を食す事を―
なぜ―
クリフ「こんな…酷いことを…?」
人が人にこんな行いをするだなどと。
クリフは、打ちのめされてしまった。
松田リカ「必要なの」
さらりと答える。
クリフ「―どこが?」
ゆっくりと松田リカの顔に向きながら問う。
クリフには全く理解出来なかった。
松田リカ「私は―まだまだなの」
答えるその顔は、ライトの逆光でよく見えない。
クリフ「―なにが?」
松田リカ「まだまだやれるわ だって私の若さは、まだまだ通用するもの」
クリフ「?― 何を…? 言ってるんです…?」
思ってもいない返答に意味が解らず問い返す。
松田リカ「私の魅力が通用しないなんて…そんなワケないでしょう?」
さも当然の様に、彼女は述べる。
クリフ「アナタは―… だって…大人?…の、女性ですよ…?」
松田リカ「そうよ でも私はまだまだ若いの! それをみんな解ってないのよ! TV局も! あの事務所も! マネージャー達も! 視る眼が無いの!」
急に捲し立てる様な剣幕で誰に言うとでもなく激し出した。
クリフ「??―…アナタは…? もう…親になっても…おかしくない…歳なのに…?」
その発言に幼さを感じ、出てきた疑問がストレートに口から漏れた。
松田リカ「私は! まだそんな!オバサンじゃないわ! まだまだ若いのよ! その証拠に! ホラ! この服だって! 似合ってるじゃない!」
その言葉に反応したか、突然、更に語気を荒げ言い放つ。
普段は大人の女性といった彼女も、端から見たら若作りをした中年女性にしか見えないのは否めないが、しかし、今、目前で起こっている彼女のその仕草や態度は、普段の彼女の印象より、大分幼く視得た。
そのアンバランスさは、異質で不気味さを醸し出す。
松田リカ「だから…! だから私には…あのコ達が必要なの…! 私が! 今のままで居続ける為に!」
クリフ「…だから…調理したんですか…?!」
その必要という言葉に反応する。
松田リカ「そうよ! 若いあのコ達を取り入れて…! 今の私を! もっと良く視てもらう為に! 褒めてもらう為に! だから! 半年前のあのコのお陰で気付けたんだから! 食べたら良くなるって! だから! 私を褒めなさい! ドナヒュー君! あの時の様に! 認めろぉッ!」
その剣幕は狂気だった。
しかし、膝を付いたクリフには、そんな事は気にもならなかった。
人間が人間に、こんなにも酷く、禁忌な行いをするなど、十六歳の少年には受け止めきれなかったのだ。
戦意喪失した天才魔術師は呆然とし、松田リカを見上げたままだった。
その時だった。
途轍もない音、そして衝撃と共に、この加工室の壁が吹き飛んだのは。
黒い男「…認めねえよ…! 身勝手な若作りババァの事なんざな!」
そう言って、加工室の壁に空いた穴から入ってくる。
松田リカ「無礼な男…! お前なんか…! 何も関係無いくせに…!」
現れた黒い男のその言葉に怒りを露わにし、睨み付ける。
黒い男「カンケー無いだと…? あの女の頭はなんだ…!」
返された言葉に更に怒気を孕み、指を指したそれは、開けっ広げな冷蔵庫に吊された佐久間美穂の隣にある棚に置かれた、女性の頭部だった。
紅い眼で睨むその視線には、完全な敵意と、凄まじい怒りが見て取れる。
松田リカ「彼女は…! 私を救ってくれたの…! 三宅島で!」
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