中編 其の十四

十四



―4月26日(月)夜11時22分―


―東京都あきる野市 秋川渓谷 秋川河原―



黒い男「何!?」


周囲の状況に気付き、周りを見回す。


勿論、竜尾鬼への力は一切抜いていない。


ワラワラと周囲を覆い尽くすほどの大群で現れたのは、一週間前に校内で戦った気持ち悪い蠅共だった。


蠅達「Baal…Zebul…至高ノ…王…Summi…Regis」


曇り空で月の無い、それでいて街灯の少ない場所では、その羽音と数が生み出す暗闇は不気味であり、その上で、またもあの言葉を呪詛の様に呟いているので、その不気味さは倍増だった、


超忍「これは…」


クリフ「! あの時の…!」


黒い男「…蠅騎士共か」


呟く様に、非常にウザったく、吐き捨てる様に述べる。


竜尾鬼「がぁァァァァァァ!!」


金色に輝く力によって中空に固定されるも、足掻く様に暴れる竜尾鬼だが、身体が徐々に変化していく。


黒い男「…だが、先ずコッチからだ…!」


そう言って竜尾鬼に向き直り、右手の"顎(あぎと)"の力を強める。


超忍「! イカン! 竜尾鬼だけでなく…! ヤツも呑まれたかッ」


その言葉と共に、二人の間に割り入ろうとした時だった。


超忍「!」


蠅達が超忍とクリフを取り囲む様に立ち塞がった。


超忍「! 何ッ!?」


クリフ「これは…?!」


邪魔をされ二人は戸惑う。


黒い男はそんな事は気にせずに目前の鬼(竜尾鬼)へ述べる


黒い男「鬼は人にとって脅威だからな…!」


握り潰す様に力を込めると竜尾鬼が苦しみの声を上げ始める。


竜尾鬼「! ッグゥアアアアァァァァァーーーッッ!!」


超忍「手を貸せ! 少年!」


そう言ってクリフへ向く。


クリフ「え…?!」


面食らって言葉を返すことが出来なかった。


超忍「二人の方向へ向かって炎を放て! その後は俺が二人を止める!」


クリフ「え!? あ…あ、ハイ!」


その言葉と気迫に思わず答えると、詠唱を始める。


しかし、クリフ本人はその掛けられた言葉で気付く。


この人は信じられるだろう、と。


クリフ「In quattuor elementis, quae mundum formant,(父と子と聖霊の御名において命ずる、) habitant in nomine Patris et Filii et Spiritus Sancti,(この世を形成せしめる四大元素に宿りし"火"の力よ、) et his meis verbis virtutem ignis involvunt(我が言葉を用いて体現せしめよ)!!」


唱え終わると、手にした"棒(ワンド)"から、巨大な火球が現れ、それが猛烈な速さで蠅達の織り成す暗闇へ飛び込んでいった。


超忍「オン・マカシリエイ・ソワカ(偉大なる吉祥天に帰命し奉る)!」


少し遅れて真言を唱え、クリフが火球を放つと同時に両手で上下から弧を描く様にした後、手を開き、親指、小指、手首を付けて華開く様な形の手印を胸の前で一瞬作った後、右腰撓めに構えると、その手の中に炎の様な輝きが生まれる。


超忍「とぁああァァァァーーーッ!」


その力を込めた掛け声と共に両手を前に放つと、長大な炎の龍が現れた。


その龍は現れると同時に、蛇の様に長い身体を振るわせながら、周囲の蠅達を喰らい始め、黒い男と竜尾鬼達への道を作る。


そしてそのまま二人の間へ割って入ると、蜷局(とぐろ)を巻く様に二人の周囲の蠅達を喰らいだす。


そして喰らい終えると、黒い男を体当たりで吹き飛ばした。


黒い男「! ぐぁっ…!」


そのまま続けて力から解放された竜尾鬼に正面から体当たりを仕掛ける。


竜尾鬼は正面から来た"炎の龍"を、刀で受ける。


受けた衝撃の瞬間、炎が散り、その龍は超忍へと姿を戻し、鍔迫り状態となった。


竜尾鬼「ッ…グゥゥゥゥ…!」


超忍「止せ! 竜尾鬼! 友を斬るつもりか! 気をしっかり保て!」


竜尾鬼「ウ…ウ…ウ…!」


惑いを見せるが、刀の力は抜けない。


超忍「ならば! 少し灸を据えてやる!」


そう言うと、押し込む刀の力を抜き、身体を横にずらす。


すると竜尾鬼の刀が超忍の横を通り抜ける。


その数コンマの隙に竜尾鬼の脇腹に強力な右膝を打ち込む。


竜尾鬼「! グヲッ…!?」


刀を納刀しながら、そのまま流れる様に左手で竜尾鬼の左手を掴むと、空中で背後を取る。


そのまま両脇を掴んで、錐(きり)揉み状態で頭から地面へ真っ逆さまに墜とした。


激しい衝撃音と共に、地面が揺れる。


超忍が竜尾鬼を地面に落とすと同時に飛び退く。


地上3~4mではあるが、普通の人間ならたまったものではない。


普通の人間なら。


しかし、竜尾鬼は無事であった。


鬼となった竜尾鬼には。


筋力が強化された鬼でなければ、間違いなく死んでいた。


しかし、流石の鬼でもこれには五体無事ではない。


大の字で倒れ込む。


倒れると、胸部から薄ぼんやりとした光が無数に現れ、中空を漂い、少しして、消えた。


竜尾鬼「うッ… 何が…?」


少しの間の後、数度の瞬きをし、竜尾鬼が呟く。


超忍「…戻ったか」


竜尾鬼「! 僕は…?! ! まさか…ッ!?」


そう言って起き上がると、自分の状態から何が起きたのか察したか、狼狽(うろた)える。


超忍「そのまさかだ お前は力に呑まれた」


竜尾鬼「! そ…! …そうですか…」


その言葉に一瞬驚くと、下を向く。


超忍「…このままではヤツは止められん …其れ処か、お前は友を止めるどころか友に殺され、友も力に呑まれ人ではなくなる…魔に変貌することとなるだろう…」


竜尾鬼「!…ッ それだけはッ…! 絶対にッ…!」


止めなければならない。


初めての仲間を。


無くしたくはない。


超忍「…ならば強くなれ それに…」


そう言って周りを見る。


先程の二人が放った炎の術によって、焼かれた蠅達の残滓が火の粉を纏って、周囲を舞っていた。


超忍「二人はこの状況に乗じて先へ向かった様だ…ヤツも強(したた)かになったものだ」


その言葉の最後には、ほんの少しの喜びが籠もっている様だった。


竜尾鬼「…僕も、そう思います」


竜尾鬼も同じ様に感じ、黒い男の変化を喜んだ。

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