中編 其の八



―4月23日(金)放課後―


―都立あきる野第二高等学校三宅分校 1―2教室―



あれから8日過ぎたが、特段大きな事は起きなかった。


一、二回深夜に校内で蠅を駆除したぐらいだった。


それ以降は何も起きず、クリフも学生生活を送っていたのだ。


日常生活を送る中で、佐久間美穂とは大分仲良くなった。


彼女は料理が得意であるため、クリフに振る舞った。


とはいえ、おかずやお菓子といったもので、味見という名目だったが。


その日常感が、クリフには新鮮だった。


美穂「あ! クリフ君! 今日は昨日作った鰤大根なんだけど食べてもらえる?」


クリフ「食べてみたいです 鰤って事はお魚料理ですか?」


美穂「うん あ、でもイギリスの人には青魚ってキツイかな?」


クリフ「大丈夫ですよ サーモン料理やニシンのパイもありますし、何より今までで美穂さんが作ったもので美味しくなかったもの、ありませんから」


笑顔でそう答えるクリフに美穂は安心する。


美穂「そっか そう言ってもらえるなら食べてもらおうかな 感想もお願いね」


クリフ「わかりました あ、昨日の唐揚げはとてもニンニクが効いていて醤油ととってもマッチしてました 自分でも作ってみたいので、レシピ教えてもらえますか?」


美穂「うん いいよー じゃ、あとで調理実習室に来て! 部活で今日作るから」


クリフ「そうなんですね わかりました」


美穂「今日は理事長も来るから良いとこ見せなきゃ!」


クリフ「がんばって下さい」


そう言って、美穂を送り出す。


これが今週に入ってからの、午後の日課になっていた。



―4月23日(金)夕方―


―都立あきる野第二高等学校三宅分校 調理実習室―



いつもの実習が終わる時間にクリフが調理実習室に向かう。


調度実習室の前に辿り着くと、中から学校に似付かわしくない服装と着飾り方をした女性が出てきた。


細めとは言えないが女性らしさが強い体付きに、身体のラインが出る様な服で色は紅く、少し派手目のメイクに毛先をゆるく内側にカールさせた上品な巻き髪で、見た目以上に若く見える。


??「アラ? アナタ…?」


身長は170は在りそうなその女は、クリフに気付くと視線を落とす。


クリフは軽く会釈をする。


??「交換留学生のコね 確かー…イギリスからの」


クリフ「あ、ハイ ヘイデン・クリストファー・ドナヒューです」


松田リカ「アナタみたいな優秀なコを交換留学生として迎えられて、私も理事長として鼻が高いわ あ、私は嘉手名…松田リカという名前で料理研究家もしているから、今日はその実習を兼ねてね」


そう言って視線を実習室へ向ける。


クリフ「そうなんですね」


へぇ と驚いてみせる。


松田リカ「うちは優秀者が多いから、進路先も引く手数多なの」


クリフ「それも理事長がこうやって見て上げているからですか?」


その言葉に、松田リカは一瞬だけ驚いた様に眼を見開く。


松田リカ「…そうね、私が皆の役に立てているなら、こんなに充実している事は無いわね」


笑顔でそう答えた。


クリフ「いえ、本当の事だと思います」


そう、クリフも笑顔で答えた。


松田リカ「それじゃ、私は行くわね」


クリフ「はい、それでは」


クリフは丁寧にお辞儀をし、松田リカはその場を去った。


部員が帰り支度をして部屋からまばらに出てくる。


その流れで、クリフを見付けた美穂が側に来る。


美穂「やったよやった!クリフ君!」


そう言いながらクリフの両手を取って振るってくる。


クリフ「え?!え?!えぇ?!! な…なにが…!? どうしたんでっすっかっっ??!」


美穂に両手をぶるぶる上下に振られてクリフは困惑していた。


美穂「あ! んーとね、私選ばれたの! 卒業後の進路! 有名パティシエの人も紹介してもらえるし、専門学校も!」


興奮し過ぎて支離滅裂だが、喜んでいるのは解る。


クリフ「ちょ…! ちょっっ…おち…落ち…ちゅいて…っ!!」


クリフは両手を上下に振られすぎて、全身をがっくんがっくんさせられていた。


美穂「あっっ…! ごめんね…! 嬉しくて…つい…! 進路決まったの!」


そう言ってクリフの手を離す。


クリフ「そうですか…! それはよかったです 僕も嬉しいです」


手を離され、一息吐いたあとそう言って、美穂に笑顔を向ける。


美穂「うん! ウチの理事長料理研究家だから、繋がりがスゴイらしくて…それで!理事長がやってるワークショップに私も来ないかって誘われたの!」


クリフ「そうなんですか? それってスゴイんですか?」


美穂「そうだよー! 有名な料理家さんも来るらしくって…色々そこでお話しとか出来たりもするらしいんだー!」


クリフ「それ…スゴイじゃないですか…!」


美穂「うん! これで、亡くなった家族にも良い報告出来そう…」


喜びの中に、ふと憂いが感じられた。


クリフ「あ…前少し話してくれた…三宅島の?」


美穂「そう…噴火の土石流でね…だから、こっちの親戚のおじさんに頼るのも悪いから…私はがんばらなくちゃいけないんだ」


そう言って、上を見上げる。


その真剣な眼差しに、クリフは何も言えなかった。


来日した経歴がウソな自分には。


美穂「…だから、クリフ君におかず作ってあげるの減っちゃうかもしれないんだ…ゴメンね」


クリフ「…え? それって…?」


美穂「えっとね、良ければ秋川渓谷にある教室に行くことになるかもだから…」


申し訳なさそうに述べる。


クリフ「いいえ そんなことはないです 目標が叶って良かったじゃないですか それに何かあったらメールとか電話も出来るんだし、大丈夫ですよ」


そう言って、純粋に笑顔を向けた。


美穂「ありがとう…私がんばるね!」


クリフに笑顔を向け、美穂は唐揚げの入ったタッパーを渡し、夕方の廊下に消えた。


それを、クリフはを笑顔で送り出した。

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