地 其の十一 ―無惨―

―正午過ぎ―


―薄木・粟辺地区"阿古高濃度地区"七島展望台"教会"内―



…え?


山羊頭の言葉と共に、ゆるりと愛己彼女が此方を振り向く。


漸く反応した!


という喜びと共に、"獣"が横から噛み付き、突進してくる。


黒い男「?ぐぁッ!!」


壁に押さえ付けられ、両の手で上から抜け出そうと足掻きながらも彼女に視線をやる。


だが、その表情を視て、頭の中の期待は吹き飛んだ。


彼女の表情は、憐れな生き物を視るかの様な、まるで自分の周りをうろつき、どうにかしようとしている猿を視る様な…


そう、見下した眼だった。


その眼には見覚えが在る…


心臓がどくりと大きく脈打つのが解った。


愛己「わざわざ助けに来てくれたんですか…? 結構な事ですね…」


結構な事…?


その不遜じみた言い方は、今まで聴いた事が無かった。


更に大きく心臓が脈打つ。


愛己「でも―ね…」


大きく息を吐いた後、続ける。


愛己「正直、迷惑なんですよ…黒い男(アナタ)が…」


やめろ…


心臓が更に脈打つ。


愛己「だって…いっつも私のやる事を咎めるし、したり顔で注意するし…私を助けてくれた事は感謝してるけど、それだけ それ以上も以下も無い アナタと居るのは一緒に居て何かを得られる場所に連れてってくれるから アナタには何も無い 私は好き勝手やりたいの …邪魔しないで?」


最後は吐き捨てる様な一言だった。


山羊頭(バホメット)『解ったか?この娘は自分で享受しているのだぞ?』


…何?


心臓が更に脈打つ。


山羊頭(バホメット)『この娘が望んでこの罪を呼んだのだ』


ウソだ


山羊頭(バホメット)『故に、我が呼び掛けに直ぐ応えたのだ』


じゃあオレは―


心臓が更に脈打つ。


山羊頭(バホメット)『これを望み、起こしたのは』


止めろ…!


山羊頭(バホメット)『この娘そのものなのだよ』


―何の為に?


山羊頭(バホメット)『貴様の行い救いは無駄だった』


聴きたくない…!


山羊頭(バホメット)『こうも言っていたぞ』


その言葉と同時に愛己が振り返り、山羊頭と同時に口を開く。


愛己「正直アナタが鬱陶しかった」


山羊頭(バホメット)『貴様が鬱陶しかった―と』


握り潰される様な胸の苦しみ―それが何かは解らなかった。


続けて愛己が口を開く。


愛己「正直、アナタを選んだのは"失敗"だった―… だって、ツマラナイんだもの」


もう、心臓の鼓動と、彼女の声以外、何も聴こえなかった。


その言葉を聴いた時、自分の中で守っていた、何かが崩れた気がした。


失敗―


親に言われた、あの時が思い出される。


―お前を育てるのには"失敗"した―


何かが壊れた。


彼女から視線を外し、項垂れる様に頭(こうべ)を垂らす。


ああ―そうか


こんなものは護れない。


山羊頭バホメット「貴様は護ってなどいなかった 来る時も言っていた―」


―狩るべき存在だったんだ


愛己「本当に…」


力が―…


愛己「ツマラナイ男―…」


力が欲しい―…


もっと力を―…!


その決意と渇望の心が、全身に広がる。


そして、何処からともなく― そう、頭の中に声が響いた。


??『我を求めるは其か? 其は何ぞ 我は"閻魔"也 我が"力"、邪(よこしま)を滅(めつ)し、罪を喰らわん 其は我を欲するかや?』


その言葉に、迷う事無く応えた。


黒い男『オレは…邪(よこしま)を滅し、罪を喰らう…! だから…! オレに…"力"を貸せ…!』


そう…この東京の邪気を全て祓ってやる…! 相手が何で在ろうと、誰が立ち塞がろうと…! その罪全てを喰らう! その為にだったら…何だってやる!何にだって為ってやる…!


その意志に呼応するが如く、頭の中で響く声が応える。


閻魔『で、あるか… ならば唱えよ…我を呼べ…闇を滅ぼせし者よ―!』


脳内に響くその言葉を、呟く様に唱え始める。


黒い男「ナウマクあまねく諸仏にサマンダボダナン帰命致しますエンマヤ特に焔魔天にソワカ帰命して奉る…」


山羊頭(バホメット)『寧(むし)ろ疎(うと)―』


山羊頭が饒舌に喋っている最中、黒い男に噛み付いている"獣"の頭が突然黄金(こがね)色に輝いて吹き飛んだ。


山羊頭(バホメット)『何―?!』


何が起きているか解らず、吹き飛んだ方向に視線を向けると、其処には""が立っていた。

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