第十三話
四十
5月31日(木)夜11時前―
―町田市 南 廃工場横 長大な道―
その草木が生い茂った整備されていない悪路を走り抜けると、その先には少し開けた空間が在った。
夜11時前―
―町田市 南 廃棄場―
その開けた場所に出ると一度立ち止まり、周りを見渡しても、あの不細工な妖精はいなかった。
見失ったか隠れたか…
まぁ、探す事には変わりはない。
一旦思考を切り替え、状況確認の為に周囲に目を配る。
その開けた場に出たら、多少は外の様子が伺えた為だ。
空は日が出ているかの様に青くあるも、周囲は光が無く薄暗い。
夜だ。
なのに青空とは気味が悪い。
側に一本だけ立っている古めかしい街灯だけが明滅している。
それ以外は草木が生い茂り、何の生物か解らない、不気味な鳴き声などが周囲の森の中から聴こえる様だった。
心なしか、植物も生き物の様に動いているところが在る。
そして、その開けた空間の右手側には廃屋が在り、左手側は工場の裏口となっていた。
右手側の廃屋は、入り口近くの蛍光灯の電気が生きているのか点っているものの、中は一切明かりが無い。
外観も錆びが酷く、火気厳禁のパネルが樹木に浸食されていた程だった。
その上、使われなくなった古い自転車やバケツ、空と思われる錆びたガスボンベやパイプ椅子など、廃材が所狭しと無造作に置かれていた。
左手側の廃工場裏口は、錆びた門の先に広場があり、その奥に工場が見えた。
手前の広場には、
奥の建物は、まだ外観が綺麗に残っているも、錆が酷かった。
白の男「どっちから行くよ」
そう聞かれた直後、右手の廃屋から女性の叫び声が聴こえた。
黒い男「右へ!」
白の男「了解!」
脊髄反射で、右手の廃屋へ向かう。
その叫び声は、廃屋に向かうには十分な理由だった。
―夜11時―
―町田市 南 廃屋―
入り口のドアを蹴破り、中に侵入する。
ドア自体は軽量で非常に脆く、すんなりと破壊出来た。
だが、その際に大きな音が出たので、侵入はバレただろうが。
中に入ると、部分部分薄明かりが明滅していた。
電源は辛うじて生きているらしい。
そう思考し、叫び声の聞こえた奥に向かい走り始める。
黒い男「連れ去られた女の数は?!」
奥に向かいながら、インカムにそう訪ねる。
鈴木『少なくともこの一週間で6』
黒い男「ッ!」
嫌悪感からか、その数を聞き、思わず強い舌打ちをする。
白の男「そんなにか?!」
青い男『ハイ、…この半月で9人なんで、今週に入ってからは多いです』
検索しながら伝えているのだろう。
辿々しさで慣れていないのも解るが、やって貰わねば困る。
白の男「なら…どれだけ救えるかだな…!」
その言い様は、力を発揮出来る事への喜びの様だった。
黒い男「…」
無言で走りながらも銃の弾倉をチェックする。
走りながら一番奥の部屋へ進むが、どうやらこの建物は一昔前に使われなくなった余り大きくない、ガスのボンベ注入施設らしい。
だから火気厳禁か…
心の中でそう呟く。
確かこの工場の主な生産は液体窒素だったらしい
だが…
こんな小さな施設でこんなマネをして大丈夫なのか?
そんな疑問が湧いた。
まるで映画で観た麻薬工場の様な狭さだったのだ。
まぁ、実際には判らないが、この工場の薄暗さも想像力を加速させた。
そうこう考えながら、余り広くない荒れた通路を奥へと二人で進むと、一番奥に明かりの薄く点る、開けた部屋が見えてきた。
白の男「あそこか!」
そう言って、いの一番に部屋に入ると、其処には二体の獣人の内一体に、正に襲いかかられんばかりの全裸の女性が一人居り、後ろには意識の無い女性が三人、今正に獣人の一体に犯され、気を失っている女性が一人いた。
白の男「…なんだコイツぁ…」
嫌悪感の籠もった声音で率直な感想をそう述べた。
その獣人は、禿げ散らかし延び放題の頭髪に山羊の角を生やし、耳が尖り、顎髭を蓄えた中年なのだが、下半身は山羊であり、尻尾も生えていた。
そして全裸であり、馬程の陰茎を晒していた。
鈴木『…サテュロス』
鈴木がそう述べると次いで、
黒い男「怠惰で無用の種族…欲情の塊…!」
不快な表情で述べる。
白の男「なんだソイツ?」
一人だけ付いていけず、疑問を口にする。
欧州神話には疎い。
女「イヤッ…! イヤァァァァァァ!!」
後退りながら身振り手振りで助けを求める様に此方に懇願する。
恐らく目前で犯される様を視たのだろう。
恐怖で歪んだ顔がそれを物語っている。
白の男「オイ…! 弱点とか在るのか?!」
知識が無いせいか、対策方法が必要なのか聞く。
鈴木『いえ、特には』
黒い男「普通に死にます!」
そういった時には、もう左手に顕現させた"閻魔"で、迫るサテュロスの陰茎を斬り落としていた。
白の男「おう…! そうか!」
そう言って、もう一体に向かう。
その斬り落とした馬の様な陰茎が、血を流しながら迫っていた女の前に音を立てて落ちる。
女「!ヒィっ…!」
恐怖を与えていた部位が物体に成って目前に落ちる。
サテュロス「ゲェェェェェエエエエェェ…!!!」
大量の血が股間から流れ出し、声に成らない雄叫びを上げ、痛みに藻掻き苦しみ始める。
とても不快な雄叫びだった。
黒い男「
そう嫌悪感を剥き出しにし、小声で吐き捨てる様に言うと同時に、"閻魔"を持つ手とは逆の左手で銃―陰―をサテュロスの頭部に突きつけ、サテュロスに眼も向けず、引き金を引いた。
激しい轟音と共に、サテュロスの頭部が
それは
女「! イッ…! イッイ…!!」
言葉に成らない恐怖で女はガチガチと歯を振るわせ、固まっている。
当然だ。
攫われる事も犯される事も眼の前でそれを殺されるのも、日常では絶対経験しない。
非日常にパニックを起こしている。
黒い男「…助かる もう大丈夫だ」
その女を視ずに、極力優しい声でそう告げる。
…どのみち聞こえても正気ではいられない状況だから、返答には期待しない。
それに女は必ず自分を視て恐怖するだろう。
いきなり目前に現れ、相手が
人間心理を考えれば、必ずそうなる。
案の定、女は
恐怖に戦き、パニックを起こしている。
それを無視し、もう一体に眼を向ける。
白の男「きンもち悪ィーなァー! ほい…よッ!」
白の男は
サテュロス「ごべッ…!」
肝臓からの衝撃で
口から息と共にそんな音が漏れた。
それと同時に、激しい衝撃と共に壁に叩き付けられ、コンクリートにめり込む。
白の男「止めは頼むぜー 外国の化け物はお前の方が知ってる 俺は女が無事か確かめるからよ」
そう言って、奥で倒れている重傷そうな女に安否を確認し始める。
黒い男「…了解」
そう言って、めり込んだサテュロスに近付く。
どうやらさっきの
放っておいても息絶える。
…しかし、ギリシャ神話の怪物が何故此処に居るのか…
その疑問が生まれる。
自分の仮説でいけば、此処はあの男の世界の筈なのだが…
そんな事を思考しながらサテュロスを眺めていると、徐々に人の形に全身が戻り、壁から地面に倒れ込む。
白の男「? なんだ?」
それに反応し、声を掛けられる。
黒い男「…コイツ!」
その声に応えもせずに、驚きの声を上げる。
白の男「どうした? !…コイツは…!」
同じく驚きの声を上げる。
黒い男「ええ…淫行疑惑の芸能人…」
白の男「確か元お笑い芸人だな…数年前に解雇された」
黒い男「そうみたいですね…」
頭はこの数年のストレスで禿げ上がり、白髪がほぼ、当時の面影は無かった。
そして、頭を吹き飛ばしたもう一体に眼を遣ると、そちらも人間に戻っていた。
近くまで行き、屈み込んで調べる。
頭が吹き飛んでいるので顔は判らないが、それ相応の歳を重ねた中年男性の様だった。
白の男「淫行芸能人ばっかりか?」
その、自分が観察している意図を察したのか、そう訪ねる。
黒い男「…みたいッスね」
そう言いながら起き上がる。
大体判ってきた。
今のところは。
後は工場の方に向かわねば。
そこで確実になる。
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