最終話



―2018年 4月中旬 昼―


―都内某所―



薄暗い部屋の中で、多群雄一はノートPCのマウスを操作し、時偶ときたまキーボードをカタカタと弄っていた。


その横で黒い男が薄明かりの真ん中にあるデスクに足を乗せ、普段着で行儀悪くイスに座っている。


PCの操作する音が止み、モニターこちらに向ける。


雄一「来ました 今回の依頼です」


黒い男「どれだ?」


そう言って、足を下ろし、PCに眼を向ける。


『OrACle』のサイトの依頼受領画面を見ると、珍しい単語が眼に入る。


雄一「珍しいですよね それに、今流行っている事件らしいです 女性の誘拐」


そこには、『東京ホテル旅館衛生組合』という名前が載っていた。


黒い男「女がホテルから攫われるってヤツか…大方ラブホテルだろ」


溜息混じりに皮肉っぽく言う。


雄一「いえ、そうじゃないらしいんです」


そう言ってPCを自分に向け、カタカタと小気味良い音をさせ、再びモニターを此方に見せる。


雄一「ホラ、上野、東京が一番多いんですよ。」


そう言ってネットで検索した、被害者の人数と場所を記したニュースサイトを見せる。


黒い男「…人の往来が激しい所だな」


そう言うと、雄一が指を鳴らしながら答える。


雄一「鋭い!」


黒い男「イヤ、解るだろう…」


そのフツーの感性に、少し呆れて答える。


これが未だ、普通だという所存だ。


雄一「恐らく、女性を攫うのであれば、それに関する妖怪や悪魔の類と思って、リストアップしておきました」


そう言って資料と呼ばれる綺麗にファイリングされたプリントを渡される。


雄一「じゃ、先ずは最初から覧て下さいー♪」


揚々と喋り出すが、明らかに問題が在る。


頭でどうなるものでもないのにこんな紙の資料で…しかも今紙って…資源だろうが…!


と心で思うがそれを口に出す言葉に変換して伝える。


黒い男「…こんな山程紙使って予測するんじゃなく、もっと下調べをしろ これじゃこの中から探すのも大変で手間だし、もし間違っていたら作った事をまたゼロからやり直さなきゃ成らん しかも資源の無駄だ」


雄一「あ…そうですか…」


ガッカリとした態度で少し落ち込んだ様だった。


その表情を視て、このままだと仕事に支障が出ると感じ、フォローしなければと言葉を紡ぐ。


黒い男「…あのなぁ、探り方は前教えたろう? そのやり方を自分なりに昇華してやってみせろ」


雄一「解りました…なら!それが出来る様に成ったら、俺も現場に行けますね?」


頓狂とんきょうな答えだった。


黒い男「…何?」


何を言っているのか。


以前伝えたが、まだ理解出来ていないらしい。


―現場に出るべきではない


これが自分の答えだった。


余りに普通過ぎる。


今回の資料作成もそうだ。


事務会議か何かだと思っているのか。


そうではない。


命を賭けているのだ。


失敗したら―死


味方か救助対象か、通行人等のそれこそ雄一と同じ一般人か。


資料を作るにしても、もっと細かな調査と情報を収集するだけで出来る―尚早しょうそうに断定して良い物事じゃない。


それを解っていない。


その想像力の欠如と危機感の薄さが、


黒い男「バカヤロウ! お前はサポートだ… 履き違えるな…!」


それは静かな怒りだった。


雄一「え…あぁ…済みません」


流石にその怒りは、雄一を押し黙らせるのに十分だった。


黒い男「…兎に角、調査はオレがやる お前は状況と依頼内容チェックとそれを逐一報告 良いな?」


雄一「解りました…」


コレで良いとは言わないが、取り敢えず雄一の技量不足は眼を瞑り、仕事に取り掛かる為、シャツを上に羽織り、外へと向かった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る